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中空を駆け抜けろ

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──殺し屋に興味はないけど、あんた達になら興味はある

 あの冬の夜、涼はそう言って友弥の誘いに乗った。殺し合いから始まった関係は不確かなもので、初め涼は気まぐれに顔を出す程度だった。夜の街を生きてきた男は掴み所がなく、追えば消えてしまいそうな危うさがあった。かと思えば野生の獣のような鋭い気配と冷ややかな支配者の目を持って三人を翻弄した。
 それが四人住処を同じくし、帰る場所ができた。それぞれを仲間だと認め、信頼して命を預けるようになった。くだらない毎日を過ごし、死と隣り合わせの夜を越え、今ここにいる。

「やっぱり、おかしい」

 闇雲に走りながら友弥は小さく言う。涼から冷たい言葉を浴びせられても、どうしても裏切られたとは思えなかった。ヨウも幸介も無言だったが、考えることは同じようだった。
 まさか本気で涼があんな戦法を取るとは思えない。わざわざ姿を見せておきながら、涼自身は直接手を下さなかった。本当に殺す気ならば不意打ちでもなんでもやりようはあったはずだ。あの狭い部屋に兵を集めたのも、まるで一網打尽にしてくれと言わんばかりではないか。幸介や友弥に比べて戦術に詳しいとは言えない涼だが、そんな愚かなことをするはずがない。

「これはあいつの意思じゃない」

 幸介も確信したように言う。きっと自分達には話せない事情があるのだ。涼は仕方なく敵対することを強いられているに違いない。

「誰の意思じゃないって?」

 不意に聞こえた声に急停止する。ザッと床を踏みしめて顔を上げれば、通路に立ち塞がる涼の姿が見えた。張り詰めた空気に両者睨み合う。涼は軽く首を傾げるとつまらなそうな顔で三人を眺めた。

「直接分からせてあげに来たんだよ。ここの部下は全然使えないみたいだし」

 一瞬で爆殺された男達に呆れるように涼は迷惑そうな声を出した。一歩も動いていないというのに、涼からは動きを封じるような威圧感があった。明確な殺気が感じられて臨戦態勢が崩せない。

「本当諦め悪いね。叩き潰せば分かるかな?」

 長袍の裾が揺らぐ。涼がゆっくりと踏み出し、距離を詰めた。話が通じるような状況ではなさそうだと、三人は姿勢を緩めない。涼は無表情を貫いている。それでも伝わってくるのは微かな苛立ちだった。睨みつけてくる瞳は確かに三人を敵視しているようだった。

「幸介、友弥。お前らはここのボス探せ」

 ヨウが迎え撃つように前に出た。視線は涼から離さないまま小さく二人に言う。声が聞こえなくとも口が動いたのが見えたのか、涼は微かに眉を寄せた。

「居場所がなくなれば目も覚めるだろ」

 低く言ったヨウは仲間でさえ背筋が冷えるような表情をしていた。今にも破裂してしまいそうな激情をすんでの所で抑え込んでいるように見えた。睨め付ける瞳だけで射殺してしまいそうだ。されど、幸介も友弥も同じ感情だった。
 ちらりと瞳の中に強い炎が宿る。涼が本当にここにいたいのだと言っても、無理矢理奪い返すと決めた。心底この場所に惚れ込んでいたとして、無くしてしまえば帰る場所はひとつだけだ。自分達のあの家以外、涼の行き場がなくなればいい。
 雰囲気の変わった三人に涼が警戒したように見えた。その瞬間、弾かれたように幸介と友弥は走り出す。身構えたことで筋肉が硬直していた涼は、素早い動きについていくことができない。ただでさえ身軽さでは勝てない相手だ。

「っ……!」

 横をすり抜けていく幸介を追うことができず、走り去る友弥を止める手立てもない。なにより、ヨウが涼を逃がすつもりは全くなかった。

「なあ涼。素手でやろうぜ」

 ヨウの静かな声が涼を縫い止める。ヨウは銃とナイフを取り出し、ゆっくりと屈んで地面に置く。足先で蹴って床を滑らせれば無防備な状態となった。身一つになったヨウに対し、涼は殺気立った笑みを見せる。

「いいよ。その代わり、俺が勝ったら三人とも出て行ってもらうから」

 涼が銃を落とし、蹴り捨てた。互いの武器は通路の壁に当たって沈黙する。息をすることさえ苦しいような重たい空気の中、確かに興奮が感じられた。絡んだ視線は冷ややかなものから熱を帯び始め、既に呼吸の読み合いが始まっている。何度となく組手を重ねた相手だ。両者構えを取りながら睨み合う。稽古とはまるで違う、戦場の緊張感が身を刺した。
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