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最高速で死地を往く

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 二人で悪巧みをする時のように、火の迫る車内で瞳が合わさる。愉快そうな笑顔は死地にいるものとは思えない。涼の答えに、ヨウは満足そうに声を上げて笑った。

「嘘つけ! 殺そうとしたくせに!」

 はしゃいだ声を上げながら、ヨウは対戦車用ミサイルを再び引っ張り上げる。

「そうだった?」

 涼はそう嘯いてシートベルトを外した。踏みっぱなしのアクセルに導かれて車は死の淵へと吸い込まれていく。ヨウは立ち上がると、真後ろに向かってミサイルを撃ち放った。ほとんど距離を詰めていた二台のバンが驚愕したのが分かる。その爆風は並大抵ではなく、涼とヨウの車までも巻き込んで跳ね上がった。

「ぐっ……!」

 吹き飛ばされてしまいそうなヨウの体を、涼が全身で押さえる。車はアスファルトに叩きつけられるように数度跳ねたが、勢いは衰えない。ガードレールは目の前まで迫っている。今更ブレーキを踏んでも衝突は免れないだろう。
爆風に晒されていたヨウは体を反転させ、前方を見据えた。対戦車用ミサイルを投げ捨て、愛銃に持ち替える。そして、ありったけの弾丸をガードレールに撃ち込んだ。ヨウの意思は涼にも伝わっていたのだろう。ブレーキが踏まれることはなく、涼が思い切りアクセルを踏みしめているのが感じられる。エンジンはますます唸りを上げて突っ込んでいく。
 壊れかけのエンジン音とハイな重低音が絡み、海風に攫われていった。ガードレールを引きちぎって飛び出した車が宙を駆ける。放物線を描いた車は勢いのままに木々を越え、岩場を越え、危ういところで海へと飛び込んでいった。重たい物体が沈む音が波音を乱す。着水した車はみるみるうちに飲み込まれていき、すぐに車体が見えなくなってしまった。
 海に静けさが戻る。寄せては返す波に、時折吹く潮風。暗い海を照らすものはなく、黒々とした海原が続いている。突如、水面に二つの頭が飛び出した。ぜえはあと酸素を求め、濡れて重たくなった衣服を引きずってなんとか浅瀬まで戻ってくる。石だらけの波打ち際にやってくると、二つの影はどさりと倒れこんだ。

「マジで死ぬかと思った……」

 げほげほと水を吐き出してヨウは言う。その隣で荒い息を吐く涼も同じ思いだったようで、ずぶ濡れになった頭を数度縦に振ってみせた。水のせいだけでなく全身が重だるく、動く気力も湧かない。冷たくなった体を横たえて、星の多い夜空を見るともなく眺めていた。

「あー、車壊してまた怒られる……」

 涼がぼやくと、ヨウはくつくつと笑った。危うく命を失うところだったのに、車の心配だなんて。やはり豪胆で、どこか麻痺している。なぜ笑うのかと不思議そうに見てくる涼を見返して、ヨウはおかしくてたまらないという笑顔を見せた。
 目を合わせていると涼もゆるゆると口が緩んでくる。血が踊るような高揚感と、天に召されそうな浮遊感。そして今生きている自分達を思うと、笑いが漏れ出して止まらない。くすくす笑いが綻んで声が上がってしまうともう堪えられなかった。どうにか今夜も生き延びた。目に涙を浮かべ、腹を抱え、二人はいつまでも笑っていた。
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