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嘶く稲光

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 万策尽きた、と言うのが適切な言葉であろう。友弥は崩れかけた壁を遮蔽物にしてしゃがみ込み、息を整えていた。辺りは殺気に覆われており、少しも気が抜けない状況だ。

「ってぇ……最悪…………」

 隣で荒く息を乱している涼は、右肩を押さえつけていた。強く掴んだ手の隙間から血が流れ落ちている。なんとか掴んでいる銃の中にはもう弾が入っていない。まさか襲撃を受けるとは、涼も友弥も考えていなかった。
 友弥は普段から武器やら何やら全身に仕込んでいるが、仕事着でない今はほとんど備えがない。銃のひとつやふたつは常に携帯しているが、護身程度にしか使えはしない。相手の数は二桁に達しており、二人で相手取るには骨が折れる。その上友弥も最後のマガジンを使い切ろうというところだ。
 これがゲームなら間違い無くリセットボタンを押している。しかし悲しいことに現実であり、どうにか切り抜けなければゲームオーバーでは済まない結末が待っているのだ。
 運が悪いことにヨウと幸介は別の仕事にあたっている。まさか友弥と涼が襲われているとは思いもしないだろう。地下へ行くと言っていたから通信機が通じないのも無理はない。友弥は必死に思考を巡らせ、援軍を呼んでいた。後はそれまで無事に生き延びられるかどうかだ。
 仕事着ならば応急処置の道具も入っていたが、あいにく今は何の持ち合わせもない。周囲の警戒も解けないため、手当てをしてやる余裕がなかった。自分達を探して行き交う足音と声を聞きながら、友弥はじっとりと嫌な汗をかいていた。見つかってしまったら抵抗する手段はほとんどない。息を殺し、気配を消し、祈ることしかできなかった。

「いたぞ!」

 殺し屋の祈りなど届くはずもなく、高らかな声で居場所が見つかってしまう。声をあげた男の額を一撃で撃ち抜くが、銃声も手伝って何人か集まってきてしまった。手負いの涼を連れて逃げきれるとも思えない。残弾数を思うと無駄撃ちはできず、友弥は身を屈めて弾丸の雨を避けるしかなかった。
 だがそんなものは長く続かない。後ろに回り込まれてしまえば遮蔽物はなく、後は引き金を引くだけで撃ち殺せてしまう。向けられた銃口に咄嗟に振り向き、友弥は確実に一撃を放った。どっと倒れたのは一人、しかし新たに向けられた銃に撃ち返そうとするが虚しくカチリと音が鳴るだけだった。
 さっと血の気が引いていく。予備のマガジンはスプリングの持ちをよくするために装填数ギリギリまで入れていなかったのだ。数え間違えた余白が命取りになる。もうナイフを取り出して投げる程の余裕もない。

「友弥!」

 涼が声をあげ、覆い被さるようにして友弥を庇った。耳元で聞こえた唸り声に、友弥に当たるはずであった弾が涼の体に吸い込まれたことを知る。パッと視界に赤が弾け、涼の黒髪が揺れた。その向こう側にこちらを狙う銃口が見える。その光景があまりに緩やかな速度で目に入り、常から遠くはない死の足音がすぐそこまで近づいていることが分かった。
 あまりに呆気ない幕切れだ。目を見開き、終止符を打たんとする銃口を注視する。ゆっくりと引き金に指がかかる。その瞬間、視界いっぱいに青い稲妻が走った。
 止まっていた時間が急激に動き出す。涼の体が崩れ落ちてきて、慌てて抱き止めた。気づけばこちらに銃を向けていた男は倒れており、友弥達を狙っていた敵は大声を上げている。ギャリッと鋭く地を抉る音がして、バイクの車体が急旋回するのが見えた。

「しゃちょさん!」

 青色のバイクが凄まじい速さで走り抜けていく。それを操る人影を捉え、友弥は安堵の声をあげた。友弥が悩んだ末に助けを求めた男は、最悪の事態に陥る前に駆けつけてくれたのだ。
 ともすると女性に見まごうような細身の体に、艶やかな黒髪が靡く。一房混じった青のメッシュが闇を彩った。鷹野を社長というあだ名で呼び出したのは誰が最初だったか。闇夜を駆ける青色のバイクはこの運び屋の相棒だ。
 鷹野は片手でバイクを操りながら銃撃を繰り出している。命中率はあまりよくないが、圧倒的な機動力で翻弄し着実に相手を撃ち倒していく。興奮しているのか、鷹野の瞳孔は開ききっている。笑みの形を作った唇から尖った犬歯が覗く。麗人という言葉の似合う風貌であるのに、その顔つきはひどく獰猛だった。まるで自分の体の一部かのように操られるバイクが右に左にうねり、男の体に突っ込んでいくのが見えた。
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