上 下
55 / 114
絢爛の宴

3

しおりを挟む
「さては本命ができたな?」

 金髪が涼の肩に肘を乗せ、ニヤリと笑う。口には出さねど皆同じ見解だったらしい。話を聞かせろと視線を向けられて涼は落ち着かなげだ。

「えー……本命っていうか……」

 一緒に過ごしている仲間達のことをなんと言ったらいいのかうまく見つからなくて言葉を濁す。そもそも本命というものが涼にはよくわからない。ヨウも友弥も幸介も、誰か一人だけが特別なわけではないし、一人でも欠けていたらこんなに一緒にはいなかったかもしれない。
どうしたら答えたらいいか分からず、涼は唇を尖らせる。

「……セックスはしたことない」

 その言葉にはどよめきが起こった。あの涼が、とでも言わんばかりの空気に涼はなんとも不服な気分だ。近づくものとは取り敢えず体を重ねると言われても否定はできないが、彼らは特殊なのだ。

「それでも一緒にいるわけ?」

 セックスの下手な男に価値はないとばかりに切り捨ててきた涼が、性行為なしで良好な関係を築いていることに驚愕される。仕事仲間という枠を超えて利害関係以上のもので過ごしている相手であるのに。

「そうだよ。たとえしたとしても、今と変わんないと思う」
 
 涼自身も言葉にしてみて自分がそんなことを考えていたのかと気づく。信じられないと言わんばかりな彼女達に、涼はなんだよもうとむくれたふりをしてみせる。変わったねえと言われるとむず痒くてアルコールのせいだけでなくほんのり首筋が赤くなる。

「ついに愛を知ったのねぇ」

 黒髪がしみじみと言う。涼はきょとんとして姉のように慕う女達を見回す。
 愛するという行為はよく求められていたから得意だった。愛を表す言葉を囁き、丁寧な愛撫をし、微笑みかけて口付けて細かなケアをしてやれば満足してくれた。しかし世間のいう愛というものはよく分からなかった。愛の果て、愛の行為がセックスであると定義付けている世間と、物心つく前からセックスに慣れ親しんでいた涼とではズレが大きすぎた。人肌の恋しさは欲求不満のことだったし、心の触れ合いとは体の触れ合いだった。

「愛……なのかなあ?」

 いまいち腑に落ちていない涼に柔らかい微笑が投げられる。思春期の少年に向けられるような慈愛に満ちた視線がくすぐったくて涼は逃れるようにグラスに口を付けた。よくわかんねぇや、と零す涼にまだ青いと言わんばかりに快活な笑いが降ってくる。ぐしゃぐしゃと左右から髪が乱され、もぉと破顔した。成長したといってもまだまだ子供扱いはなくならないらしい。
久しぶりに顔を見せた涼のために宴は続く。またいつでも遊びに来て、今度は連れておいでよ、とあちこちで言われながら涼は今夜の主役としてもてはやされたのだった。









 薄く空が白む頃、涼は彼らの待つ家へと帰ってきた。三人とも眠ってしまっているのか部屋の中は静かだ。
 リビングに電気が点いていると思えば、ソファーで幸介が寝息を立てていた。胸元のスマートフォンは誰かと連絡でもとっていたのだろう。足音を忍ばせれば余計に警戒させてしまうので自然体で近づいていき、電気を消す。薄暗くなると心なしか幸介の寝顔も和らいだように思えた。誰かしらソファーで寝てしまうことが多いので常備されているブランケットをかけてやる。

「……ただいま」

 小さな声で言ってそっと微笑んだ。馴染みのなかったはずの言葉が、彼らと出会ってから当たり前に使うようになった。
 ジャケットを脱いでソファーの背にかける。はたしてこれはヨウのだったか自分のだったか、とふと思ったがどちらも同じようなものかと結論づける。上機嫌に廊下を歩いてヨウの部屋を覗いたが、部屋の主はどこにもいなかった。
 もしかしてと友弥の部屋に行けば先程不在だった男は我が物顔でベッドに入っていた。友弥とヨウは寄り添うようにして布団の中にいる。抱き合ったり手を繋いだりすることもなく、体温だけを分け合うような距離感は動物がくっついて眠っている時を思い出させられる。枕元には二人分のゲーム機が転がっていた。遊び疲れて眠ってしまった子供のようだ。並んだ寝顔を見ているとどうしても微笑ましい気持ちになった。
 涼も混ぜてくれと言わんばかりに無遠慮にベッドに上がる。大きめなベッドは三人並んでもそこまで窮屈ではない。ヨウを挟むように体を滑り込ませれば、流石に目が覚めたのか友弥が薄らと目を開けた。友弥もヨウも侵入者への警戒心ですぐに目が覚めてしまうためわざと気配を消さないように帰ってきたのだが。
 涼がベッドに入ってきた揺れだったのだと気づくと、友弥は眠たげな顔つきにふにゃっと笑顔を浮かべた。

「おかえり」

 小さな声で言われて涼は温かい気持ちになる。彼の口から何度も聞いた言葉のはずなのに、今日は特別な響きに思えた。

「ただいま」

 ちゃんと自分は帰ってきたのだと示すようにしっかりと言えば、友弥は安心した様子で目を閉じてしまった。再びすーすーと落ち着いた寝息が聞こえてくる。

「ん……くせぇ……」

 もぞりと胸元で寝返りを打ったかと思えばヨウは不機嫌そうに眉を曲げて唸る。涼自身の汗の匂いだけでなく煙草、酒、香水、あの場にあった全ての匂いが髪やら服やらに染み込んでいる。嗅覚が敏感なヨウには慣れない香りが落ち着かなかったらしい。

「シャワーあびてこいよ……」

 ヨウは寝起きの低い声で言って涼の胸を遠ざけるようにぐいっと押してくる。寝ていたせいで熱い手にはほとんど力が入っていなかった。

「んー、やぁだ」

 まだ酔いの残った体は睡眠を求めている。ベッドに入れば温かく、もう出ようとは思えなかった。ヨウは不満そうな声を出したが、涼はそのまま目を閉じてしまう。
 涼に動く気がないと分かってヨウはため息をついたが言っても無駄だと諦めたらしい。大人しく涼を隣に迎え入れた。ヨウの手が軽く背中をとんと叩く。それが無言のおかえりであることが伝わった。涼は目を閉じたままふふっと笑う。今日のような馬鹿騒ぎも楽しかったが、こうして心落ち着く時間はいいものだと、すぐに眠りに落ちてしまうのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

宵どれ月衛の事件帖

Jem
キャラ文芸
 舞台は大正時代。旧制高等学校高等科3年生の穂村烈生(ほむら・れつお 20歳)と神之屋月衛(かみのや・つきえ 21歳)の結成するミステリー研究会にはさまざまな怪奇事件が持ち込まれる。ある夏の日に持ち込まれたのは「髪が伸びる日本人形」。相談者は元の人形の持ち主である妹の身に何かあったのではないかと訴える。一見、ありきたりな謎のようだったが、翌日、相談者の妹から助けを求める電報が届き…!?  神社の息子で始祖の巫女を降ろして魔を斬る月衛と剣術の達人である烈生が、禁断の愛に悩みながら怪奇事件に挑みます。 登場人物 神之屋月衛(かみのや・つきえ 21歳):ある離島の神社の長男。始祖の巫女・ミノの依代として魔を斬る能力を持つ。白蛇の精を思わせる優婉な美貌に似合わぬ毒舌家で、富士ヶ嶺高等学校ミステリー研究会の頭脳。書生として身を寄せる穂村子爵家の嫡男である烈生との禁断の愛に悩む。 穂村烈生(ほむら・れつお 20歳):斜陽華族である穂村子爵家の嫡男。文武両道の爽やかな熱血漢で人望がある。紅毛に鳶色の瞳の美丈夫で、富士ヶ嶺高等学校ミステリー研究会の部長。書生の月衛を、身分を越えて熱愛する。 猿飛銀螺(さるとび・ぎんら 23歳):富士ヶ嶺高等学校高等科に留年を繰り返して居座る、伝説の3年生。逞しい長身に白皙の美貌を誇る発展家。ミステリー研究会に部員でもないのに昼寝しに押しかけてくる。育ちの良い烈生や潔癖な月衛の気付かない視点から、推理のヒントをくれることもなくはない。

骨董品鑑定士ハリエットと「呪い」の指環

雲井咲穂(くもいさほ)
キャラ文芸
家族と共に小さな骨董品店を営むハリエット・マルグレーンの元に、「霊媒師」を自称する青年アルフレッドが訪れる。彼はハリエットの「とある能力」を見込んで一つの依頼を持ち掛けた。伯爵家の「ガーネットの指環」にかけられた「呪い」の正体を暴き出し、隠された真実を見つけ出して欲しいということなのだが…。 胡散臭い厄介ごとに関わりたくないと一度は断るものの、差し迫った事情――トラブルメーカーな兄が作った多額の「賠償金」の肩代わりを条件に、ハリエットはしぶしぶアルフレッドに協力することになるのだが…。次から次に押し寄せる、「不可解な現象」から逃げ出さず、依頼を完遂することはできるのだろうか――?

心に白い曼珠沙華

夜鳥すぱり
キャラ文芸
柔和な顔つきにひょろりとした体躯で、良くも悪くもあまり目立たない子供、藤原鷹雪(ふじわらのたかゆき)は十二になったばかり。 平安の都、長月半ばの早朝、都では大きな祭りが取り行われようとしていた。 鷹雪は遠くから聞こえる笛の音に誘われるように、六条の屋敷を抜けだし、お供も付けずに、徒歩で都の大通りへと向かった。あっちこっちと、もの珍しいものに足を止めては、キョロキョロ物色しながらゆっくりと大通りを歩いていると、路地裏でなにやら揉め事が。鷹雪と同い年くらいの、美しい可憐な少女が争いに巻き込まれている。助け逃げたは良いが、鷹雪は倒れてしまって……。

戒め

ムービーマスター
キャラ文芸
悪魔サタン=ルシファーの涙ほどの正義の意志から生まれたメイと、神が微かに抱いた悪意から生まれた天使・シンが出会う現世は、世界の滅びる時代なのか、地球上の人間や動物に次々と未知のウイルスが襲いかかり、ダークヒロイン・メイの不思議な超能力「戒め」も発動され、更なる混乱と恐怖が押し寄せる・・・

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

「お節介鬼神とタヌキ娘のほっこり喫茶店~お疲れ心にお茶を一杯~」

GOM
キャラ文芸
  ここは四国のど真ん中、お大師様の力に守られた地。  そこに住まう、お節介焼きなあやかし達と人々の物語。  GOMがお送りします地元ファンタジー物語。  アルファポリス初登場です。 イラスト:鷲羽さん  

処理中です...