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闇隠れの影

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 聞こえてくる射撃音と視界の端で散る火花に焦燥が募る。なるべく当たりづらい走り方をしているがいつ撃ち抜かれてもおかしくはない。なけなしの弾を使って背後に弾幕を張りながらなんとか追跡を逃れようとする。一人一人精密射撃をしている暇はないが、それでもどこかしらには当たっているらしい。呻き声が聞こえて足音が減る。だがまだ5人程着いてきている。早く撒かなければすぐに応援が駆けつけるだろう。
 ビル群の隙間を縫うようにしながら脳内で地図がわからなくなってくる。むやみやたらと走り回ったせいで現在地がわからなくなるなどあまりに愚鈍だ。しかし足を緩める隙も頭を働かせる余裕もない。
 どうする、どうすればいい、と想定外の事態に弱い自分の頭が混乱を告げている。そしてついに引き金が軽くなり、残弾数がゼロになったことを示した。もちろん替えの弾はない。撃ちきってしまった、と頭の中でアラートが鳴る。残弾数は命に直結する。戦う術がなくなれば待っているのは、死だ。
 カッと右足が熱くなり、不意に体が宙へと投げ出された。踏みしめていたはずの地面がわからなくなり、体が思い切りコンクリートへ打ち付けられる。咄嗟に顔を庇ったが受け身というにはお粗末なものだった。いくら体力のない身といえどまだ足が動かなくなる程ではないはずだ。なぜ転んだのか分からない。こうしている間にも足音は迫ってくる。地面を伝ってドカドカと響いてくる振動が心拍をさらに激しくさせる。
 立ち上がろうとしてがくんっと膝が折れた。走った鋭い痛みに視線を下げれば、右のふくらはぎに被弾していた。ズボンが裂け、黒い生地が濡れているのが分かる。防弾チョッキは着込んでいたが足をやられてはどうにもならない。左足に力を込めて立ち上がろうとするが遅く、人影は眼前まで迫っていた。ナイフを取り出すのも身を捩るのも間に合わない、と判断する。咄嗟に両腕で頭を庇い、身を縮めて衝撃に備えた。
 ドッ、と鈍い音が聞こえて奥歯を食いしばる。確かに銃弾が飛んだと思えたが体のどこにも痛みがなかった。続けて同じような重たい音が続く。友弥は恐る恐る顔を上げ、腕の隙間から周囲を窺った。細められた瞳が驚愕に見開かれる。
 友弥の足元には自分に襲いかかろうとしていた男が倒れていた。人形のように力の抜けた体は明らかに命が失われている。どろっと地面に流れていくものから、頭を撃ち抜かれたように見えた。奥の人影も全て同じように倒れており、どれも一発で仕留められていた。慌てて辺りを見回すが自分を助けてくれたと思われる人物はいない。もう一度死体を見下ろし、傷口の大きさに気がついた。拳銃で撃ち抜かれた痕ではない、と今度は上を見やる。
 高いビルの隙間からは星の少ない夜空が見えた。その屋上に小さく人影が映る。友弥からは体躯も分からなかったが、視線が合ったと感覚で分かった。
 人影は構えていたスナイパーライフルを下ろし、友弥の視界から消える。数十秒の間が空いたと思うと再び人影が覗いた。そう思った瞬間、影はみるみる大きくなってくる。ビル壁に沿うように直下降してくる人物が少しずつ輪郭を露わにし、やがて目鼻の判別もつくようになった。

「Nさん……!」

 友弥は喜色が隠しきれぬ声で呼びかけ、安堵でふっと力を抜く。
 Nとは殺し屋仲間の一人だ。友弥達とはひと回りほど年齢が上だが、気さくに接してくれる友人だった。
 スナイパーライフルを収納したケースを背負ったNは危なげなく地面につま先をつけた。屋上から繋げていたワイヤーを巻き取るとどういった仕組みなのか袖口のあたりに吸い込まれていく。彼が手袋をつけているのを見ると一気にワイヤーで下降したようだ。こういった身のこなしから、彼は忍者と呼ばれることもある。

「よ、友弥。大丈夫?」

 Nはワイヤーから手を保護していた手袋を外すと友弥へと歩み寄る。友弥は自分の傷が掠っただけの物だと判断し、応急処置として傷口を縛って止血をした。なぜNが助けてくれたのかと問うと、仕事終わりに丁度逃げる友弥を見つけたのだという。

「普通に殺しちゃったけどよかった?」

 転がった死体を見てNは軽く首をかしげる。Nは狙撃を主にしているが潜入、暗殺から近接戦闘までなんでもこなせる。友弥も時々稽古をつけてもらいに通っているのだ。彼に見つけてもらったのは運が良かったと友弥は感謝することしかできない。
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