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第3部
【8】因縁の再会⑫(~暁さんの『彼女』)
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【8ー⑫】
「ーー緋色くん、あのさ、もしかして、その“女嫌い”って、ええっと、私が『原因』?」
おそるおそる聞いてみると、緋色くんに おもいっきりそっぽを向かれた。ーーあはは(白目)
「ふん、思い出したってわけ?」
「え? あ、いや、それが………ゴメン。だけど“思い出した?”って事は、やっぱり私が『原因』なんでしょ?
私が そんな君の人生を左右するほど酷い事してたなんて、しかもそれを忘れるって、緋色くんが怒って当然だよ。今更だけど本当にごめんなさい」
私が頭を下げると、緋色くんは よほど私と視線を合わせたくはないのだろう、先ほどから顔を横に背けている。ーーあはは(もはや泳ぎ目)
ーーああ、当然なんだけど、かなり嫌われてるなあ………まだ、出会ってから二日目なのに。しかも愛しの『春人』くんに似ているからかな。実は地味~にダメージ受けてたりして。
あ、でも嫌いとは言ってないって言ってたっけ? でも態度では見るからに嫌いって言われているようなものだし、これってどう解釈すればいいんだろう?
「自分が何をしたのかも覚えてないのに謝ればなんとかなると思っていたんですか? そんな気持ちのこもらない謝罪なんて受けてて気持ち悪い」
ーーうわぁぁん『春人』くぅ~ん、ごめんなさいっっ!!
「ご、ごめんなさい! でも謝る事しか思いつかなくて。緋色くん、私、どうすればいい?
自分のやった事を忘れているくせして何言ってんだって思っているだろうけど、緋色くんの人生をおかしくしたのが私なら、きちんと責任取るから。だから、どうしたら許してもらえるの?」
それを聞いた暁さんが急に激怒で私の前に立つ。
「おい!珠っ!! また変な事を気軽に口走るな! お前は まだ未成年のくせして一丁前に責任取るとか、子供がいっぱしの口きいてんじゃねーよ!
ーーそんでもって、柏木弟!! お前も いい加減にしろよ! 男だったら女にされた事をいつまでも根に持って引き摺んな!
そんなことじゃ器の小さいカッコ悪いヤツだって、他のヤツからも馬鹿にされるぞ!?」
私はそんな緋色くんに文句をつける暁さんにカチンときたので、すかさず反論。
「暁さんだっていい加減にしてよ! そもそも、これは私と緋色くんの問題で暁さんには関係ないでしょ。
私の事を心配してくれるのはすごく感謝してるし嬉しいけど、私はもう18歳で小さな子供じゃないんだから、自分の責任くらい自分で取るよ!
それに元はといえば、悪いのは私の方にあって緋色くんじゃないからね? なのに暁さんが一方的に緋色くんに文句をつけるのはおかしいでしょ。
しかも緋色くんは暁さんよりもずっと年下なのにそんな風に絡むなんて大人げないよ!」
私も暁さんに対抗するように激おこしてる態度で接すると、思わぬ反撃をくらったようで暁さんの態度がみるみる柔和になっていく。
ーー実のところ私の方は、暁さんが私を心配しての言葉なんだって ちゃんと分かってるので激怒なんて全くしていないんだけれど、
さっきの言い方にはあまりに一方的すぎて、ちょっとイラッときちゃったので、激怒演技で意地悪をしました。効果は抜群のようです。はい。
「珠、俺だって無意味に絡んでいるわけじゃねーよ。ただコイツの目的が分からないから忠告しているだけだ。
それにお前も責任取るなんて簡単に言うけどさ、もし それがとんでもない無茶な要求だったら どーするよ? お前一人でどうにか出来るのか?」
ーーあ、そこまで考えてなかった。
すると桃華さんが横から私の顔を覗き込んでくる。
「暁の言う通りよ~タマちゃん。暁に味方するわけじゃないけど、不用意な発言は自分の首を絞める事になっちゃうかもね。
うふふ、でもそうねぇ~折角のタマちゃんからの申し出だし、それならタマちゃんが緋色のお嫁さんになってくれない?」
「ええっつ!!」
「桃華姉!!」
「桃華!! お前まで何を言い出すんだ!?」
私と緋色くんの声が重なり遅れて暁さんの声が続く。
「あら、だってタマちゃんが責任を取るって言ったんだから、それなら取って貰おうと思って。だから暁は黙っててね? 部外者なんだから」
桃華さんはそう言ってニッコリ笑うと片手で暁さんの肩をポンと叩く。
「おい! 桃華!?」
そして訝しげに呼び止める暁さんを無視して桃華さんは私に更に詰め寄ってきた。
「ねぇ~タマちゃん。責任取って緋色と結婚して頂戴? 緋色はこの通り すっかり女嫌いになっちゃって、この先結婚するのは多分難しいかもしれないの。
だけど弟は柏木家のたった一人の長男で跡取りだし、我が家もそれだと困るのよ。
だからタマちゃんが緋色と結婚してくれれば問題は解決。マスターさんや暁と結婚出来るのなら、相手は緋色でもいいわよね?」
「え? ええ~っと、それはそのーーー」
そんな桃華さんの攻め視線を受けて私がタジタジになっていると、緋色くんが苛立ちながら反論する。
「桃華姉! やめろよ! 俺はコイツと結婚する気なんて全く無いし、それに女が嫌いなのは、俺の回りでつきまとってキャーキャー騒ぐ煩いヤツが多いからだ! だからコイツには関係ないだろ」
ーーあ~そういえば、奏も康介もそういう女の子をすごく嫌がってたなあ。
だけど人気アイドルを見てキャーキャー騒ぐ気持ちも女からにしてみれば分からなくもないし、だからといって度が過ぎているのは追い掛けられている身にしてみれば、すっごい恐怖かも。
しかし桃華さんは弟の抗議すらも意に介す様子はなく、ずっとニコニコと笑っている。
ーーなんだろう? 桃華さんの雰囲気がなんか変?………う~ん、気のせい?
すると桃華さんは今度は私に微笑んだ。
ーードキッ。
「タマちゃん、緋色の容姿はタマちゃんの好みにドンピシャなんでしょ? 性格の方は………まあ、ちょっと可愛くないところもあるかもしれないけれど、それは まだ若いから素直になるのが恥かしいだけで、ホントのホントにいい子なんだから。
それに緋色はまだまだ男として発展途上のようなものだから、そこはタマちゃんが『育成』して、もっと自分好みの男に育てれば いいのよ。それって、ちょっとワクワクしない?」
………それは まるで悪魔の囁きの誘惑。
イケメン少年を自分の手で『育成』!? この現実世界で自分好みの男の子を育てる? 乙女の夢の『育成ゲーム』の醍醐味を現実に??
「………イケメン少年を『育成』? 私が育てる………」
私はぽそりと呟きながら緋色くんをジッと見つめると、緋色くんがまたプイっと顔を逸らしてしまう。
ーーか、可愛い。この『春人』くん少年を私の手で育てるのかーーーウズウズ。
私が妙なウズウズ感に自然と変顔になりながら考えて込んでしまった一方で、桃華さんがニヤっと口元に笑みを浮かべて「フッ、掛かった」と囁いたのは私の耳には届かなかった。
突如体を後ろに引っ張られて、私は暁さんに背後から羽交い締めにされる。
「ぐえっつ、な、なにすんの!? 暁さん!?」
「珠!! ちょっと来い!! 話がある」
「はいぃぃぃ? は、話ってーーって、暁さん、後ろに引っ張んないで。く、首絞まるから、ぐえっ、ギ、ギブ!!」
しかし暁さんは私がもがいていても お構い無しで、そのまま引っ張って部屋の入り口に向かうが、その足が急にピタリと止まる。
ーーあれ? 急に止まった。なにが………
「ーー七奈心」
ーーえ? ナナコ? って、確か暁さんの『彼女』?
私は体を捩って振り返ると、入り口にいたのはこの度の新郎の坂口さんと、その隣には落ち着いた大人の雰囲気が漂う上品な美人のお姉さんが立っていた。
「おー暁!、やっぱりここに いたのか。ーーって、おお!? 緑峰の制服!って事はタマちゃんか!! 来てくれたんだ、ありがとうな。
ーーで、暁。お前、なに女子高生をいきなり拉致ってんだ? それ犯罪だぞ?」
「誠司さん、人聞きの悪い事言わんで下さい。俺はバイトの後輩をきちんと教育する責任があるんです。だから今から世間知らずのコイツを指導するのに事務所に連れて行こうかと」
「おいおい、暁。その子は俺達の大事な お客様だぞ? それに もうそろそろパーティーを始めないと招待客が待ちくたびれてる。しかもお前、自分のカノジョ放っぽってたら駄目だろ。七奈心ちゃん、お前をずっと探してたんだぞ?」
すると七奈心さんは困惑するように首を横に振る。
「坂口先輩、暁はお仕事で忙しいんだもの。私の事はいいの。ただ暁に声だけ掛けておこうと思って探していただけだから」
そんな七奈心さんはこちらをちらりと見たので、私はハッと我に返ると、まだ私を羽交い締めにしていた暁さんの腕を叩いて離すように無言で促すと、暁さんの腕がようやく離れてくれた。
ーーはあ、暁さんのせいで窒息するところだったよ。だけど暁さんも暁さんだよね。自分のカノジョの前で他の女を後ろから羽交い締めって、いくらなんでもマズイっしょ。変に誤解されたら どーすんの?
それにカノジョさん、さっきの会話聞いてたりしないかな? いくら冗談から盛り上がってた話でも、自分のカレシが他の女との結婚を勧められているとか、それって恋人としての自分の立場を全否定されたって事で、まさに『修羅場』の一幕が上がるところだったじゃん!
私は気まずい焦りで他の人達を見ると、その場にいる桃華さん達も同じ事を思っていたのだろう、皆が沈黙したまま視線だけを泳がせている。
ーーだよねぇ。廉さんや緋色くんはともかくカノジョ持ちの暁さんを話題に使っちゃ駄目だったのに。そもそも なんで私の結婚話にまで発展しちゃったんだろ? 今日の結婚パーティーの雰囲気もあったからなのかなあ。
「七奈心、今日は家の用事で来られないって言ってただろ。なのに、どうしたんだ?」
暁さんが七菜心さんに話し掛けると、七菜心さんはちょっと困ったように笑う。
「うん。それが急に予定が変わって、今日のパーティーに出席出来るようになったから来てみたの。でもちょっと遅くなっちゃって、暁を探していたんだけど」
「それならスマホに連絡くれればいいのに。急にそこにいるからビックリするだろ?」
「ごめん、でも一応メールは入れたんだけれど既読にならなかったから暁が忙しいんだと思って、あえて電話は入れなかったの」
それを聞いて、暁さんが腰ベルトに装着してあるスマホを取り出して画面を確認している。
「ああ、メール入ってたな。悪い、丁度 忙しい時だったから気付かなかった。だけど来ていたんなら受付で俺を呼び出してもらえば、わざわざ探さなくてもよかっただろ。いつから来てたんだ?」
「うん………ちょっと前かな。でも受付の人達も忙しそうだったから、自分で探した方がいいかなって思って」
ーーなんだか、この二人を取り巻く雰囲気がモヤモヤする。どこがどうっていうか、暁さんがカノジョに対してちょっと冷たい?って思うのは気のせい?
それに七奈心さんも笑顔だけど口調が なにげに暗いというか、暁さんの顔色を伺っている感じだし、少なくとも私が知っている暁さんとは様子が違う。
そういえば、さっき桃華さんのお友達が言っていた暁さんが“倦怠期”とかなんとか。
もしかして暁さん、カノジョと上手くいってないの? 喧嘩してるとか? もしくはどちらかの浮気? あぁ~なんかますますモヤモヤしてきた!!
「おいおい、暁。そんな言い方は七奈心ちゃんが可哀想だろ? 七奈心ちゃんはお前を気遣って探してたんだろうに。この部屋の前で一人で途方に暮れていたんだぜ?」
誠司さんのその言葉に暁さんの表情が変わる。そして私も一瞬 表情がこわばった。
ーーも、もしかして、さっきの私達の会話、聞かれた??
「七奈心………お前さ、いつからここにいた?」
暁さんの問いに七菜心さんは小さく首を傾げながら答える。
「いつからって、暁が部屋から出てくるちょっと前? 桃華さんにお祝いのご挨拶をしようと、ここに来たら先客のお客様がいて暁の声も聞こえてたから、声を掛けるかどうか迷っていたら、丁度坂口先輩と会って、そうしたら暁達が部屋から出てきたの」
「………俺達の会話、どこまで聞いてた?」
「どこまでって、立ち聞きしていたわけじゃないけど、桃華さんがタマちゃんと弟の緋色君との結婚がどうとか言っていたような。
で、でも会話は部分的でハッキリと聞こえていたわけじゃないから、それこそ意味不明で内容は殆ど分からなかったわ。
ーーあの、もしかして私、聞いちゃいけない話だった? だったら、ごめんなさい。だけど決して故意があったわけじゃなく、本当に偶然だったのよ?」
それを聞いて私はこっそり胸を撫で下ろした。
ーーじゃあ、七奈心さんが聞いたのは、本当に後半の会話の部分だったんだ。
はあ~ギリギリセーフ!! もうちょっと早く来られていたらヤバかったよ、もうっ!!
すると暁さんは小さく息を吐くと自分の頭を掻いた。
「………いや、大した話じゃないから気にすんな。それよりもうパーティーが始まるから席についてくれ」
「………うん。分かった」
………う~ん、やっぱりこの二人の間に微妙な空気が流れているような………喧嘩中なのかなあ?
こういう雰囲気 苦手なんだよね。側にいるこっちまで微妙な空気になって対応に困るんだもん。
そんな周りを見ても、気まずそうな空気が あちこちから だだ漏れで、さて、どうしよう?という矢先、そのモヤモヤな空気を打ち破ったのは他ならぬ廉さんで、両手をパンパンと叩いて皆を急かせる。
「さあさあ、あなた達。こんなところで時間をくっていたら他のお客様にも大変失礼してしまうわ。
各々早く席について頂戴ね。そして暁は自分の持ち場に直行よ。じゃあ、みんな行きましょう」
「そ、そうだね。それじゃ桃華、また後でね~」
早智さんと綾乃さんが我に返ったように笑顔で桃華さんに手を振りながら、早歩きで場を離れて行く。
一方の誠司さんは いまいち状況をつかめていないせいか頭の上にハテナマークが飛んでいるし、
そんな暁さんも「じゃあ、俺も行くわ」と言って片手を上げると持ち場に戻っていった。
そしてその後ろ姿を七奈心さんが愁いを帯びた表情でずっと見つめている。
………う~ん。なんか見てはいけないものを見てしまった気分。男女の関係って思っていたよりも奥が深くて難しいみたい。
これが乙女ゲーなら攻略チャートがあるから簡単なのにーーなどと考えていると、今までずっとそっぽを向いていた緋色くんが私の袖をクイッと引っ張ってきた。
「ほら、橘先輩。ボケッとしてないで行くよ」
「え? あ、うん」
そして何故かまた私は再び緋色くんに袖を引っ張られたまま先を急かされ歩いている。
慌てたまま後ろを振り返れば、廉さんが「あら? まあ、ふふっ」と笑っているし、桃華さんにいたっては「よっしゃ!」とばかりにガッツポーズ。ただ一人、誠司さんだけがポカンとしていた。
私は掴まれている自分の袖を見ながら、手を引かれて歩くほど子供じゃないのにな。うぅ、そんなに私って年下から見ても子供っぽいのか?
などと心の中で自問自答しながら、そのまま緋色くんに先導されていったのだった。
【8ー終】
「ーー緋色くん、あのさ、もしかして、その“女嫌い”って、ええっと、私が『原因』?」
おそるおそる聞いてみると、緋色くんに おもいっきりそっぽを向かれた。ーーあはは(白目)
「ふん、思い出したってわけ?」
「え? あ、いや、それが………ゴメン。だけど“思い出した?”って事は、やっぱり私が『原因』なんでしょ?
私が そんな君の人生を左右するほど酷い事してたなんて、しかもそれを忘れるって、緋色くんが怒って当然だよ。今更だけど本当にごめんなさい」
私が頭を下げると、緋色くんは よほど私と視線を合わせたくはないのだろう、先ほどから顔を横に背けている。ーーあはは(もはや泳ぎ目)
ーーああ、当然なんだけど、かなり嫌われてるなあ………まだ、出会ってから二日目なのに。しかも愛しの『春人』くんに似ているからかな。実は地味~にダメージ受けてたりして。
あ、でも嫌いとは言ってないって言ってたっけ? でも態度では見るからに嫌いって言われているようなものだし、これってどう解釈すればいいんだろう?
「自分が何をしたのかも覚えてないのに謝ればなんとかなると思っていたんですか? そんな気持ちのこもらない謝罪なんて受けてて気持ち悪い」
ーーうわぁぁん『春人』くぅ~ん、ごめんなさいっっ!!
「ご、ごめんなさい! でも謝る事しか思いつかなくて。緋色くん、私、どうすればいい?
自分のやった事を忘れているくせして何言ってんだって思っているだろうけど、緋色くんの人生をおかしくしたのが私なら、きちんと責任取るから。だから、どうしたら許してもらえるの?」
それを聞いた暁さんが急に激怒で私の前に立つ。
「おい!珠っ!! また変な事を気軽に口走るな! お前は まだ未成年のくせして一丁前に責任取るとか、子供がいっぱしの口きいてんじゃねーよ!
ーーそんでもって、柏木弟!! お前も いい加減にしろよ! 男だったら女にされた事をいつまでも根に持って引き摺んな!
そんなことじゃ器の小さいカッコ悪いヤツだって、他のヤツからも馬鹿にされるぞ!?」
私はそんな緋色くんに文句をつける暁さんにカチンときたので、すかさず反論。
「暁さんだっていい加減にしてよ! そもそも、これは私と緋色くんの問題で暁さんには関係ないでしょ。
私の事を心配してくれるのはすごく感謝してるし嬉しいけど、私はもう18歳で小さな子供じゃないんだから、自分の責任くらい自分で取るよ!
それに元はといえば、悪いのは私の方にあって緋色くんじゃないからね? なのに暁さんが一方的に緋色くんに文句をつけるのはおかしいでしょ。
しかも緋色くんは暁さんよりもずっと年下なのにそんな風に絡むなんて大人げないよ!」
私も暁さんに対抗するように激おこしてる態度で接すると、思わぬ反撃をくらったようで暁さんの態度がみるみる柔和になっていく。
ーー実のところ私の方は、暁さんが私を心配しての言葉なんだって ちゃんと分かってるので激怒なんて全くしていないんだけれど、
さっきの言い方にはあまりに一方的すぎて、ちょっとイラッときちゃったので、激怒演技で意地悪をしました。効果は抜群のようです。はい。
「珠、俺だって無意味に絡んでいるわけじゃねーよ。ただコイツの目的が分からないから忠告しているだけだ。
それにお前も責任取るなんて簡単に言うけどさ、もし それがとんでもない無茶な要求だったら どーするよ? お前一人でどうにか出来るのか?」
ーーあ、そこまで考えてなかった。
すると桃華さんが横から私の顔を覗き込んでくる。
「暁の言う通りよ~タマちゃん。暁に味方するわけじゃないけど、不用意な発言は自分の首を絞める事になっちゃうかもね。
うふふ、でもそうねぇ~折角のタマちゃんからの申し出だし、それならタマちゃんが緋色のお嫁さんになってくれない?」
「ええっつ!!」
「桃華姉!!」
「桃華!! お前まで何を言い出すんだ!?」
私と緋色くんの声が重なり遅れて暁さんの声が続く。
「あら、だってタマちゃんが責任を取るって言ったんだから、それなら取って貰おうと思って。だから暁は黙っててね? 部外者なんだから」
桃華さんはそう言ってニッコリ笑うと片手で暁さんの肩をポンと叩く。
「おい! 桃華!?」
そして訝しげに呼び止める暁さんを無視して桃華さんは私に更に詰め寄ってきた。
「ねぇ~タマちゃん。責任取って緋色と結婚して頂戴? 緋色はこの通り すっかり女嫌いになっちゃって、この先結婚するのは多分難しいかもしれないの。
だけど弟は柏木家のたった一人の長男で跡取りだし、我が家もそれだと困るのよ。
だからタマちゃんが緋色と結婚してくれれば問題は解決。マスターさんや暁と結婚出来るのなら、相手は緋色でもいいわよね?」
「え? ええ~っと、それはそのーーー」
そんな桃華さんの攻め視線を受けて私がタジタジになっていると、緋色くんが苛立ちながら反論する。
「桃華姉! やめろよ! 俺はコイツと結婚する気なんて全く無いし、それに女が嫌いなのは、俺の回りでつきまとってキャーキャー騒ぐ煩いヤツが多いからだ! だからコイツには関係ないだろ」
ーーあ~そういえば、奏も康介もそういう女の子をすごく嫌がってたなあ。
だけど人気アイドルを見てキャーキャー騒ぐ気持ちも女からにしてみれば分からなくもないし、だからといって度が過ぎているのは追い掛けられている身にしてみれば、すっごい恐怖かも。
しかし桃華さんは弟の抗議すらも意に介す様子はなく、ずっとニコニコと笑っている。
ーーなんだろう? 桃華さんの雰囲気がなんか変?………う~ん、気のせい?
すると桃華さんは今度は私に微笑んだ。
ーードキッ。
「タマちゃん、緋色の容姿はタマちゃんの好みにドンピシャなんでしょ? 性格の方は………まあ、ちょっと可愛くないところもあるかもしれないけれど、それは まだ若いから素直になるのが恥かしいだけで、ホントのホントにいい子なんだから。
それに緋色はまだまだ男として発展途上のようなものだから、そこはタマちゃんが『育成』して、もっと自分好みの男に育てれば いいのよ。それって、ちょっとワクワクしない?」
………それは まるで悪魔の囁きの誘惑。
イケメン少年を自分の手で『育成』!? この現実世界で自分好みの男の子を育てる? 乙女の夢の『育成ゲーム』の醍醐味を現実に??
「………イケメン少年を『育成』? 私が育てる………」
私はぽそりと呟きながら緋色くんをジッと見つめると、緋色くんがまたプイっと顔を逸らしてしまう。
ーーか、可愛い。この『春人』くん少年を私の手で育てるのかーーーウズウズ。
私が妙なウズウズ感に自然と変顔になりながら考えて込んでしまった一方で、桃華さんがニヤっと口元に笑みを浮かべて「フッ、掛かった」と囁いたのは私の耳には届かなかった。
突如体を後ろに引っ張られて、私は暁さんに背後から羽交い締めにされる。
「ぐえっつ、な、なにすんの!? 暁さん!?」
「珠!! ちょっと来い!! 話がある」
「はいぃぃぃ? は、話ってーーって、暁さん、後ろに引っ張んないで。く、首絞まるから、ぐえっ、ギ、ギブ!!」
しかし暁さんは私がもがいていても お構い無しで、そのまま引っ張って部屋の入り口に向かうが、その足が急にピタリと止まる。
ーーあれ? 急に止まった。なにが………
「ーー七奈心」
ーーえ? ナナコ? って、確か暁さんの『彼女』?
私は体を捩って振り返ると、入り口にいたのはこの度の新郎の坂口さんと、その隣には落ち着いた大人の雰囲気が漂う上品な美人のお姉さんが立っていた。
「おー暁!、やっぱりここに いたのか。ーーって、おお!? 緑峰の制服!って事はタマちゃんか!! 来てくれたんだ、ありがとうな。
ーーで、暁。お前、なに女子高生をいきなり拉致ってんだ? それ犯罪だぞ?」
「誠司さん、人聞きの悪い事言わんで下さい。俺はバイトの後輩をきちんと教育する責任があるんです。だから今から世間知らずのコイツを指導するのに事務所に連れて行こうかと」
「おいおい、暁。その子は俺達の大事な お客様だぞ? それに もうそろそろパーティーを始めないと招待客が待ちくたびれてる。しかもお前、自分のカノジョ放っぽってたら駄目だろ。七奈心ちゃん、お前をずっと探してたんだぞ?」
すると七奈心さんは困惑するように首を横に振る。
「坂口先輩、暁はお仕事で忙しいんだもの。私の事はいいの。ただ暁に声だけ掛けておこうと思って探していただけだから」
そんな七奈心さんはこちらをちらりと見たので、私はハッと我に返ると、まだ私を羽交い締めにしていた暁さんの腕を叩いて離すように無言で促すと、暁さんの腕がようやく離れてくれた。
ーーはあ、暁さんのせいで窒息するところだったよ。だけど暁さんも暁さんだよね。自分のカノジョの前で他の女を後ろから羽交い締めって、いくらなんでもマズイっしょ。変に誤解されたら どーすんの?
それにカノジョさん、さっきの会話聞いてたりしないかな? いくら冗談から盛り上がってた話でも、自分のカレシが他の女との結婚を勧められているとか、それって恋人としての自分の立場を全否定されたって事で、まさに『修羅場』の一幕が上がるところだったじゃん!
私は気まずい焦りで他の人達を見ると、その場にいる桃華さん達も同じ事を思っていたのだろう、皆が沈黙したまま視線だけを泳がせている。
ーーだよねぇ。廉さんや緋色くんはともかくカノジョ持ちの暁さんを話題に使っちゃ駄目だったのに。そもそも なんで私の結婚話にまで発展しちゃったんだろ? 今日の結婚パーティーの雰囲気もあったからなのかなあ。
「七奈心、今日は家の用事で来られないって言ってただろ。なのに、どうしたんだ?」
暁さんが七菜心さんに話し掛けると、七菜心さんはちょっと困ったように笑う。
「うん。それが急に予定が変わって、今日のパーティーに出席出来るようになったから来てみたの。でもちょっと遅くなっちゃって、暁を探していたんだけど」
「それならスマホに連絡くれればいいのに。急にそこにいるからビックリするだろ?」
「ごめん、でも一応メールは入れたんだけれど既読にならなかったから暁が忙しいんだと思って、あえて電話は入れなかったの」
それを聞いて、暁さんが腰ベルトに装着してあるスマホを取り出して画面を確認している。
「ああ、メール入ってたな。悪い、丁度 忙しい時だったから気付かなかった。だけど来ていたんなら受付で俺を呼び出してもらえば、わざわざ探さなくてもよかっただろ。いつから来てたんだ?」
「うん………ちょっと前かな。でも受付の人達も忙しそうだったから、自分で探した方がいいかなって思って」
ーーなんだか、この二人を取り巻く雰囲気がモヤモヤする。どこがどうっていうか、暁さんがカノジョに対してちょっと冷たい?って思うのは気のせい?
それに七奈心さんも笑顔だけど口調が なにげに暗いというか、暁さんの顔色を伺っている感じだし、少なくとも私が知っている暁さんとは様子が違う。
そういえば、さっき桃華さんのお友達が言っていた暁さんが“倦怠期”とかなんとか。
もしかして暁さん、カノジョと上手くいってないの? 喧嘩してるとか? もしくはどちらかの浮気? あぁ~なんかますますモヤモヤしてきた!!
「おいおい、暁。そんな言い方は七奈心ちゃんが可哀想だろ? 七奈心ちゃんはお前を気遣って探してたんだろうに。この部屋の前で一人で途方に暮れていたんだぜ?」
誠司さんのその言葉に暁さんの表情が変わる。そして私も一瞬 表情がこわばった。
ーーも、もしかして、さっきの私達の会話、聞かれた??
「七奈心………お前さ、いつからここにいた?」
暁さんの問いに七菜心さんは小さく首を傾げながら答える。
「いつからって、暁が部屋から出てくるちょっと前? 桃華さんにお祝いのご挨拶をしようと、ここに来たら先客のお客様がいて暁の声も聞こえてたから、声を掛けるかどうか迷っていたら、丁度坂口先輩と会って、そうしたら暁達が部屋から出てきたの」
「………俺達の会話、どこまで聞いてた?」
「どこまでって、立ち聞きしていたわけじゃないけど、桃華さんがタマちゃんと弟の緋色君との結婚がどうとか言っていたような。
で、でも会話は部分的でハッキリと聞こえていたわけじゃないから、それこそ意味不明で内容は殆ど分からなかったわ。
ーーあの、もしかして私、聞いちゃいけない話だった? だったら、ごめんなさい。だけど決して故意があったわけじゃなく、本当に偶然だったのよ?」
それを聞いて私はこっそり胸を撫で下ろした。
ーーじゃあ、七奈心さんが聞いたのは、本当に後半の会話の部分だったんだ。
はあ~ギリギリセーフ!! もうちょっと早く来られていたらヤバかったよ、もうっ!!
すると暁さんは小さく息を吐くと自分の頭を掻いた。
「………いや、大した話じゃないから気にすんな。それよりもうパーティーが始まるから席についてくれ」
「………うん。分かった」
………う~ん、やっぱりこの二人の間に微妙な空気が流れているような………喧嘩中なのかなあ?
こういう雰囲気 苦手なんだよね。側にいるこっちまで微妙な空気になって対応に困るんだもん。
そんな周りを見ても、気まずそうな空気が あちこちから だだ漏れで、さて、どうしよう?という矢先、そのモヤモヤな空気を打ち破ったのは他ならぬ廉さんで、両手をパンパンと叩いて皆を急かせる。
「さあさあ、あなた達。こんなところで時間をくっていたら他のお客様にも大変失礼してしまうわ。
各々早く席について頂戴ね。そして暁は自分の持ち場に直行よ。じゃあ、みんな行きましょう」
「そ、そうだね。それじゃ桃華、また後でね~」
早智さんと綾乃さんが我に返ったように笑顔で桃華さんに手を振りながら、早歩きで場を離れて行く。
一方の誠司さんは いまいち状況をつかめていないせいか頭の上にハテナマークが飛んでいるし、
そんな暁さんも「じゃあ、俺も行くわ」と言って片手を上げると持ち場に戻っていった。
そしてその後ろ姿を七奈心さんが愁いを帯びた表情でずっと見つめている。
………う~ん。なんか見てはいけないものを見てしまった気分。男女の関係って思っていたよりも奥が深くて難しいみたい。
これが乙女ゲーなら攻略チャートがあるから簡単なのにーーなどと考えていると、今までずっとそっぽを向いていた緋色くんが私の袖をクイッと引っ張ってきた。
「ほら、橘先輩。ボケッとしてないで行くよ」
「え? あ、うん」
そして何故かまた私は再び緋色くんに袖を引っ張られたまま先を急かされ歩いている。
慌てたまま後ろを振り返れば、廉さんが「あら? まあ、ふふっ」と笑っているし、桃華さんにいたっては「よっしゃ!」とばかりにガッツポーズ。ただ一人、誠司さんだけがポカンとしていた。
私は掴まれている自分の袖を見ながら、手を引かれて歩くほど子供じゃないのにな。うぅ、そんなに私って年下から見ても子供っぽいのか?
などと心の中で自問自答しながら、そのまま緋色くんに先導されていったのだった。
【8ー終】
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