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第3部

【8】因縁の再会⑨(~廉さん現る)

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【8ー⑨】



「皆さん、お待たせ。お客様も揃ったみたいだし準備も出来たから、そろそろ始めましょうか? 

ーーって、あら? じゅちゃんも ここにいたのね? もう~ 来ていたのなら声を掛けてくれればいいのに。あきと一緒に探していたのよ~」


「ごめんなさい、マスター。みんなの仕事の邪魔をしても悪いと思ったから様子を見て落ち着いたら声を掛けようと思ってたので。もし人手が必要なら私、手伝いますよ?」


するとれんさんは とんでもないと言うように首を横に振る。


「もう、珠里ちゃんったら本当に優しいんだから。でも駄目よ? 珠里ちゃんは今日はこのパーティーの主催者側の招待客で私達にとって、大事なお客様なの。

だから私達に気を遣わないでゆっくり楽しんでいって頂戴? それに今日は素敵な趣向が用意されているそうなの。ーーうふふ、そうよね、いろくん?」


廉さんはニコニコと笑いながら緋色くんを見ると、緋色くんはそんな廉さんとは視線を合わせずにうつむいて答える。


「それは俺に聞かれても困ります。俺の方はあくまで余興の付録の一つですから、姉に聞いて下さい」


ーーんん? 素敵な趣向? 余興の一つ? もしかして緋色くんが何かするのかな?


なにげにとうさんを見つめると、桃華さんが私に向けて微笑んだ。


「ふふっ、昨日私がタマちゃんに緋色はピアノも弾けるって言ったでしょ? だからそれを証明するわ。 実は今日の余興で緋色にピアノを弾いてもらう事になったの」


「ええっ!?」


驚く私の隣では緋色くんがムスッとした表情を浮かべている。すると廉さんが私の肩をポンと叩いた。


「珠里ちゃん良かったわね。リアルな『春人』くんのピアノの演奏が聴けるのよ。 私も楽しみだわ~」


「で、でもマスター、彼は『春人』くんじゃないですよ?」


「あら、そこは想像力をふくらませればいいのよ。だって彼ほど『春人』くんのイメージにピッタリな男の子は探そうったって中々いないわよ? それに然り気無く優しいところがまた良いじゃないの。

彼、珠里ちゃんが学校の制服だから、あなたが気にしないように わざわざ着替えて同じ様に合わせてくれたんでしょ? 女の子を独りぼっちにしない気配りが出来るなんて、本当に優しい子ねぇ」


そんな廉さんの言葉に すかさず緋色くんが反応する。


「違います。俺も制服の方が楽だと思ったからです。彼女の為に着替えたわけじゃありません。変な勘繰りは やめて下さい」


「そ、そうですよ、マスター。それに緋色くんは私の事が嫌いなんですから、そういう事じゃないと思います」


私も ここは緋色くんに合わせて否定するも、その緋色くんから意外な言葉が返ってきた。


「ーー先輩は人の話を きちんと聞かない人ですよね。俺は『嫌い』だなんて言葉を使った覚えはないです」


ーーえ、嫌いじゃない??


「え?  ええっ? だって、さっき言ってたよね? こんなヤツ嫌いだとか、逆に恨んでるとかなんとかってーーー」


「“恨んでる”とかは確かに言いました。だけど“嫌い”という言葉は言ってません」


そこへ桃華さんが私達の会話に割って入ってくる。


「え~っとね?  タマちゃん。緋色の言う通りだと思う。 緋色は「好きでも なんでもない」とは言ったけど「嫌い」とは一言も言ってなかったよ? 

ーーでもまあ、ニュアンス的には嫌いって取られてもおかしくない発言だったから、やっぱりこれは緋色が悪いんだよ! 

ーーごめんね~ タマちゃん。ひねくれた可愛くない弟で」


「それって、つまり私の事『嫌い』じゃないって事?」


緋色くんの方に視線を向けるも、緋色くんは全く こっちを見る事もなくむしろ背中を向けてしまう。


「………あんたの事は『嫌い』以前の感情で正直、面倒くさいし、どうでもいい。ただ あまりにも食い下がってしつこいし、姉がお世話になる店の従業員だから、今回は仕方なく先輩に合わせているだけだよ。

だから先輩も早とちりして勝手に解釈しないでくれる? いちいち会話の意味を説明するのも、こっちは疲れるんだけど」


「緋色!!」


桃華さんがたしなめる様に叫ぶも、緋色くんは相変わらず私達から背中を向けたままだ。すると桃華さんが代わりに私に頭を下げる。


「タマちゃん、本当に弟が ごめんなさい。 緋色はまだまだ子供のようなところがあって、今だ中学生気分が抜けきれていないのよ。だからあんな生意気な態度で悪態をついているけれど、そこは年上のお姉さんのよしみで許してやって? 勿論、私が後でしっかりと叱っておくから」


そんな桃華さんに私は笑顔で片手を振った。


「いやいや、桃華さん。気にしないで下さい。実は私も生意気な弟が一人いて、しょっちゅう喧嘩ばかりしてるんで 悪態なんて もう日常慣れっこです。だから緋色くんに何言われても大丈夫。

しかもうちの弟なんて特に口が悪いわ 図体も態度もデカいわで、本当に可愛くなくて、緋色くんの方がまだ可愛げがありますよ」


「え、タマちゃんも弟がいるの? わ~ 私達って同士だね~   嬉しいな。お互い苦労するよね~」


桃華さんに 私も「あ、それ すっご~く わかりますぅ」などと共感していると、廉さんが緋色くんを見つめて笑う。


「ふふっ、緋色くん。お姉さんが あんな事を言っているけれど言い返さなくていいの?」


「別に、どうでもいいです」


「あら、私も『弟』だから、どっちかといえば君の気持ちが分かるわよ? 何故か態度と気持ちが裏腹に出ちゃうのよねぇ。それも年上への反発心とでも いうのかしら? 

ふふっ、本当のところは珠里ちゃんが制服で来た時の為に自分の制服を持ってきていたんでしょ? 

いくら形式に こだわらないパーティーとはいえ、さすがに大人達の中に学校の制服を着た女子高生が一人だなんて目立つものね。

だから自分も同じ制服を着ていれば、彼女も他に仲間がいる事で安心すると思って合わせたんじゃない?」


ーーえ? それって 本当に?


私は思わず廉さんと緋色くんを見つめる。


「ーーだから違います。俺は本当に自分の為にしか考えてない」


「そう? それなら君も珠里ちゃんのように家から制服を着たまま出てくれば よかったんじゃないの? わざわざ着替える事も無いんだから。 んもぅ~ 素直じゃないところが可愛いじゃないの」


それを聞いた桃華さんが緋色くんの肩を抱きつく様にして引き寄せる。


「うふふ、そうなんですよ~ ウチの緋色は一見素直じゃないけれど、本当に優しくて私の自慢の弟なんです~」


「ちょっつ、桃華姉!!」


「だからさっきまで緋色、ずっと外を気にして落ち着かない様子で、何度も正面と裏口の方を行ったり来たりしてたのって、実はタマちゃんが来るのを待ってたのよね? 偉いぞ~ 緋色」


「え? 私を待っててくれたの?」


私は思わずポカーンとしながら驚いて緋色くんを見つめると、そんな彼は桃華さんの腕を肩からほどいて怒った口調で反論する。


「だから違うって言ってるだろ! 桃華姉! 俺は元々騒がしい所が苦手だから外の空気を吸いたくなっただけだ。

それなのに、どうして俺がわざわざコイツを待たないとならないんだよ! それに来るとも思ってなかったし」


ーーええっと、あの~緋色くん? 私、君に招待状貰ったんだけど? ーーまあ、待ってる事は無いから、それはそれでいいんだけど。


「なに言ってんの。そのタマちゃんを招待したのはあんたじゃない。 そんな自分のお客様に対して責任を持つのは当然よ。

それに緋色、タマちゃんに対して『コイツ』とか態度が悪過ぎる。 タマちゃんは あんたと同じ学校の先輩なんだから、きちんと敬意を払いなさい」


あ、あれ? なんか私が来た事で迷惑掛けてる? しかも そんな私が原因で姉弟喧嘩なんて事になっちゃったらまずいよね? ど、ど~しよ。 やっぱ ここは部外者は退散した方がいい? 

どっちにしろ桃華さんへの挨拶は済んだことだし、お祝いも渡したから後は緋色くんに私の事を教えてもらうだけだし、

それなら後日、日を改めてという事で出直せばいいか。 そうしよう! それがいい!うん!!


「あ、あの、私、やっぱり失礼しますね。 急な用事があった事、今思い出しちゃって。ホントにお騒がせしてごめんなさい! それじゃあ皆さん、お疲れ様でした~!!」


「え? ちょっと、タマちゃん?」


「おい? 珠?」


「珠里ちゃん?」


私は周りから口を挟む間もないくらいに素早い動作で皆に軽くしゃくをし、脱兎の如く足早に場を後にしようとすると、いきなり片腕をグイッとつかまれ後方に引っ張られ足を止められる。振り返ると、その腕を掴んでいるのは緋色くんだった。


「ーー先輩、逃げるの?」


「へ?」


ーードキッ。


たぶんその一瞬だけ空気が止まったのかもしれない。緋色くんの無愛想な表情は相変わらずだが、今まで まともに目を合わせまいとしていた視線が怖いくらいに真っ直ぐにこちらを見つめている。

そのせいもあってか急に心臓がドキドキして、頭の中をサーっと何かが退いていく。

さらに その目があまりに真っ直ぐなので、私の中の『怖い』という感覚が見透かされている気がして、表情筋がみるみる強張っていく。


「に、逃げるって、ち、違うから。いい、言ったでしょ? 用事を思い出したって」


「用事ってなに? それに今頃 思い出すなんて『逃げ口上』だとしか思えないんだけど?」


「に、『逃げ口上』って、そうじゃなくって、本当に私も一応この店の従業員だし顔だけ出したら、その後は帰るつもりだったから」


「ふうん? でも先輩は俺に聞きたい事があったんじゃないの?」


「そ、それは後日改める。だって ほら、よく考えたら今日は色々忙しいだろうから時間を取らせるのも申し訳ないし、だから後日でもいいかなって」


「それって『逃げる』って事ですよね。それに後日、俺が自分の時間をわざわざ割いてまで先輩の所に訪問するとでも?」


「いや いや いや、そうじゃなくって、それなら電話でもいいし、今はメールって手もあるでしょ? 

とにかく今日は緋色くんのお姉さんの大事な日でもあるんだしさ、関係ないウチらの問題は取り敢ず後日という事で、私と連絡先交換しない?」


私はとにかく早くこの場をなんとかしようと緋色くんの連絡先を尋ねたその時、突然暁さんが私の腕を掴んでいる緋色くんの手を引き離して私と緋色くんの間に入り込んだ。


「駄目だ!!」


「暁さん?」


そんな暁さんを見上げると、暁さんは私のおでこをすかさずデコピンしてくる。


「いっ、痛ぁ~い!!」


「こら! 駄目じゃないか、珠! そんな簡単に連絡先を誰にでもかれにでも教えるんじゃない! 特にヤローには絶対に教えるな!」


私はじんじんするおでこを押さえつつ、暁さんを睨む。


「う~暁さぁん、いきなりデコピンって酷くない? それに誰にでもなんて教えてないもん。

あくまで連絡の必要のある人にしか教えてないし、ヤローに絶対に教えるなって、そんな暁さんだってヤローだけど私のアドレス知ってんじゃん」


「俺はお前の『兄貴』だからいいんだよ!  身内は許す! だけどそれ以外の男は例え子供だろうと老人だろうと絶対駄目だ!」


………暁さん。なんつー過保護っぷり。しかもウチのお父さんより だんっぜん厳しいーーっていうか、ウチのお父さん、私には全然厳しくないんだよなあ。寧ろお母さんの方が怖いっス。


すると桃華さんが暁さんに抗議する。


「ちょっと、暁!! ウチの弟が信用出来ないっていうの!? 緋色は本当に根も真面目で優しくて女の子をもてあそぶような子じゃないよ! それに多少、無愛想で口も悪いかもしれないけど、すごくいい子なんだから! 

それは実の姉が保証するわ。だけど暁はタマちゃんのお父さんでもないのに、赤の他人がタマちゃんに対してでしゃばり過ぎよ。

もしかしたら暁のせいでタマちゃんに恋人が出来ないんじゃないの?」


そんな桃華さんに続いて早智さんと綾乃さんも追撃する。


「え~暁が邪魔してるの? ひっど~い。自分は『彼女』がいるくせして、この子の『彼氏』作りには邪魔するって、どんだけ自己中の我儘なんだっつーの。タマちゃんが可哀想」


「ホントホント、タマちゃん美人さんだから いい男が沢山寄ってきそうなのに暁がこの調子だと逆に男が逃げちゃうよね~ 暁、馬に蹴られて死んじゃえ~」


「うっせーよ。いいか、男は基本狼だ! どこの誰だろうと信用出来っか! それでなくても珠は今時 珍しい世間知らずの箱入りだからな。 悪い男に騙されても分かんねぇくらい お子様なんだよ。

ーーだから珠! 寄って来る男は全て警戒しろ! それにちょっと知り合ったくらいで気軽に連絡先を教えるな! 

それから、もし二人っきりになるような事があれば いつでも逃げられるようにしとけ! ーーっつーか、110番だ! いや、俺にすぐ電話しろ!! 分かったな!?」


「う、うん。分かった」


暁さんに両肩を掴まれながら、あまりの勢いに詰め寄られて、もう子供じゃないのにとか過保護過ぎだとか、色々モノ申したいところはあったが、

ここは素直にコクコクとうなずいておく。じゃないと暁お兄さんがますます煩くなりそうだ。


ーーそれにしても、暁さんが結婚して娘が出来たら、きっと大変だろうなあ。 

だって私でこうなんだから、自分の娘となったらメッチャ煩さそう。しかも暁さんの中では私って何も知らない箱入り娘的位置にいたんだな。


ーーあ~いやいや、暁さんごめんよ。私、そこまで世間知らずじゃないし。一応人並みに男に対して警戒心もそこそこあるから。 

しかも実はエロゲーとかも結構好きだしさ。経験こそ 勿論ないけど、そういった方面にも耳年増で ある意味男より知識は豊富かもよ? まあ、一応女としての名誉の為に絶対に口には出さないケドね。


「マスターさぁん。暁があんな事言ってる。甥っ子なんとかして下さ~い。暁がいたらタマちゃんが一生『彼氏』も出来ないばかりか結婚も出来なくなっちゃうわ!」


「いやいや、桃華さん。私、それならそれでいいというか、そもそも現実世界の『彼氏』なんていらないですから」


「ええっ! なに言ってるのタマちゃん! まだまだこれからなのに今から諦めてどうするの! しかもタマちゃんなら男なんて選り取りみどりじゃない。

ーーというより、ウチの緋色が絶対におすすめだから。タマちゃんを大事にしてくれる事間違いなし! だからウチにお嫁においで?」


それを聞いて直ぐ様、緋色くんが怒る。


「おい!桃華姉!! なに勝手な事言ってるんだよ! いい加減にしろよ!」


しかし桃華さんは、お構い無しでひと指し指を横に振る。


「あのね緋色、こういう事は先手必勝なのよ? よくあるじゃない。 ショッピングで気になるものを見つけたけれど、後で買おうと思って戻ったら、もうすでに他の誰かに買われてしまってたって。そして、それはもう手には入らないものだったとかね。 

それと同じよ。タマちゃんは一人しかいないし、しかもすごく可愛いから、今からつばを付けておかないと、すぐに他の誰かに持っていかれちゃうんだから」


「あはは、さっすが桃華! 例えが上手い」


「桃華は昔っから積極的だからね~ だから結婚も一番乗りなんだもんな。そういう所がうらやましい~」


などと桃華さんの友人達が感心している中、なにやら廉さんが腕を組んだまま「う~ん」と考える素振りを取ると、ふいにイケメン色気を含んだ笑みを浮かべて私を見る。


「そうねぇ、だったら珠里ちゃん。 私のところにお嫁に来る?」


「へ?」



ーーれ、れれ、廉さん!??





【8ー続】

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