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第2部

【6】カフェバー『原石』①ー5

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【6ー①】



私は首を傾げつつも店の方に戻ると、弟クンの お姉さんであるとうさんが真っ先に私に申し訳なさそうに謝罪してきた。


「タマちゃん! 本当にウチの弟が ごめんね? どうやらいろはタマちゃんを知っているみたいだけど、あの子、あんな態度を取っているから女の子から忘れられちゃうのよ。

だから、タマちゃんは全然気にしなくていいからね? なにがセクハラよ! 男のくせに肝っ玉が小さいったら。しかもトラウマなんて、男なんだから自分で克服しなさいよね。

なんでもかんでも女のせいにするなって、後で弟にガッツリ言っておくから。タマちゃん、今日は本当に嫌な気分にさせて ごめんね?」


そう言いながら更に頭を下げる桃華さんに私も慌てて頭を下げる。


「いえいえ、お姉さんが謝る事なんて全くもって全然無いです! 寧ろ私の方が悪いんですよ。私、どうやら弟クンに酷い事をしたみたいなのに、それすら覚えていなくて。

ああっ~ 自分の頭の空っぽさに腹が立つうぅぅぅ。しかも一体何をしたんだろう? 私ィィィ!!」


私は自分の頭を両手で押さえて天井を仰いで思いっきり仰け反っている所を背後であきさんが転倒防止の為の つっかえ棒になってくれている。


「おい、タマ。 それ以上やるとマジで倒れるぞ? まあ、お前がそこまで気にしなくてもいいんじゃね? 相手は男だしさ、今日珠に再会した事でかしわ弟も いい加減、吹っ切れただろ?

大体、お前の性格からしてセクハラってのも、そんな大した事じゃねぇよ。そもそも乙女ゲーキャラしか愛せない女に そんな大それた事が出来るかよ。 

それともお前まさか、過去に男を押し倒したとか、痴女さながらに下半身触ったとか記憶にあるか?」


ーードカッ。


「痛ってぇぇぇ!!」


私の足が暁さんの足を思いっきり踏んづけたので暁さんは痛みからか、その場にしゃがみ込んでいる。


「あのねぇ! 未成年の、しかも女子高生に対して、なんっつーう事を聞くわけ!? しかも万が一にでもそんな経験があったら一生忘れるわけねーわ!!  

ーーふん、私の靴がヒールじゃなくスニーカーで、よかったでしょ?   お兄さん?」


「くぉら、珠っつ!! いくら何でも やり過ぎだぞ!? しかも加減ってもんを知らねーのかよ!?」


「ふ~んだ。タマは子供だから全~然わっかんないも~ん。それに暁さんが変な事を言うから思わずビックリして足踏んじゃっただけだも~ん」


私はそう言いながら暁さんに向けて お客様の前だという事も失念して、あっかんべーのポーズを取ると、暁さんの先輩の坂下お兄さんと桃華さんが突如吹き出すようにして笑う。


「ははは、暁。お前がこの子を可愛がっているのもスッゲぇ分かるよ。 マジに『天然』っていうかさ、超 変わってんな、この子。

いや~  俺、こういう子、初めて見たかも。さすがはこの『原石』の紅一点だけあるな。しかも面白いし可愛いし、俺の妹にして皆に自慢したい!」


せい先輩、それは駄目っス! 珠はもう俺の妹なんで諦めて下さい」


「え~  それはズルいぞ!    暁! 俺だって、こんな可愛い妹が欲しい!  それに兄貴が他にいてもいいんじゃん!  

 ーーな、タマちゃん。俺の妹にならない? 俺の方が暁よりもずっと優しいお兄ちゃんだからさ」


「え? ええ~っと??」


突然の坂下さんの妹ナンパ?に呆気に とられてポカ~ンとしていると、暁さんに肩を引かれて、その背中に隠される。


「いいや、絶対に駄目だから! 珠の兄貴は俺一人で間に合ってます! それに先輩は新婚さんのくせして、もはや浮気とはいただけないっスね。しかも奥さんの目の前で『ナンパ』なんて更にあり得ねーっスよ!」


「ふん、『浮気』とか よく言うぜ。そういうお前だって美人の『彼女』がいるだろ? それに誤解が無いように明言するが、俺は桃華一筋だからな。俺の奥さんは生涯桃華ただ一人だよ。だから『妹』はどちらかといえば『ペット』と同格ポジションだろ?」


………『妹』と『ペット』は同格……か。ふむふむ、言われてみれば確かにそうかも? 

そういや、私もよくかなでづきを『ワンコ』扱いするもんなあ………すると私はなんの動物になるんだろう?


「ちょっと!  あんた達。私の可愛い娘を好き勝手に取り合いしないで頂戴! じゅちゃんの『兄貴』を名乗りたいのなら、まずは『保護者』の私を納得させてもらわないと認めないわよ? 特に不誠実な男になんて珠里ちゃんを任せられないもの」


私に手招きするれんさんの側に行くと廉さんは私の肩を引き寄せて彼等を睨む。


ーー廉さんは ここ『原石』最強のパパでありママだもんなあ。しかも本気で怒ると、かなり怖いしね。 ーーまあ、私には激甘なんだけど。


「ほらな、先輩。珠には最強の『パパ』がついているから簡単にはいかないんですって」


「くっ、中々に手強いな。俺んとこは男兄弟だからさ、だから昔っから『妹』が欲しかったのに」


そう言って心底悔しがる坂下さんに、桃華さんがクスクスと笑いながら彼の肩を叩く。


「ふふっ、そんなに落ち込まないで? まだチャンスはあるんだから」


「桃華?」


桃華さんの意味深な言葉に、この場にいる皆が一斉いっせいに彼女に視線を向ける。


「私もタマちゃんがすっごく気にいっちゃった。だから誠司がタマちゃんを『妹』にしたいって気持ちがよく分かるよ。私も弟が一人だけしかいないから尚更ね。 

だからほら、ウチの緋色とタマちゃんが上手く くっつけばタマちゃんは本当に私達の『妹』になるじゃないの」


「ああ!  その手があったか! 桃華、さすがは俺の奥さん!  頭がいいな」


「おい、ちょっと待て、桃華。なんでそうなるんだよ。しかも桃華の弟と珠がくっつくなんざ、珠の性格やかしわ弟の態度から見てもあり得ねーよ」


暁さんは呆れたように否定するも桃華さんは人差し指を振って笑う。


「これだから男は駄目ね。恋はね? ある日、突然落ちてしまうものなの。本人に自覚が無くてもね。 

それにどうやらウチの緋色とタマちゃんは昔の知り合いのようだし、これって、もしかしたら『運命』の出会いなんじゃない?

だって、この広い世界でかつての知り合いにばったり出くわしたんだよ? しかも緋色にとってタマちゃんは思い入れの深い相手みたいだし、加えて同じ学校の生徒で姉の私とタマちゃんのバイト先の先輩である暁は友人同士で二人に繋がりがあるでしょ?

こんな小説みたいな偶然なんて滅多にある事じゃないよ! だから二人はもう出会うべくして出会ったって事じゃない? 

うっわあ~  これってスッゴい事よね? なんかドラマみたいでドキドキしちゃう!」


桃華さんは やや高揚気味に頬を紅潮させて両手を胸の前で組んで「ほうっ」と息を吐いている。


ーーあの~  もしもし? どうして出会ったばかりで『恋』とか『運命』とか そんなお話になっているのでしょう?     

しかも私はどうやらお姉さんの弟である『ヒーロー』君に対してセクハラ疑惑のある女だし、トラウマになるくらいだから彼はかなり私を恨んでいるのでは?

まあ、確かに世間は意外にも狭いって本当に そう思うよ? だって、ここにいる皆が何かしら繋がって、こうして出会っているんだから。


だけど、私と『ヒーロー』君がくっつくなんて暁さんの言う通り、それこそ あり得ない話だよ。

同じ学校といったって、学年だって二年も違うし校舎も違うから顔を合わせる事自体がほぼ無いだろう。

しかも『原石』で働いているのは暁さんで『ヒーロー』君じゃないし、

このお店は下階は『乙女の園』であり上階『大人の園』だから、今回はたまたま彼がお姉さんにくっついて来ただけであって、未成年の男の子が客として来られるような場所じゃない。


そして『ヒーロー』君のお姉さん。 まず根本的に私が現実で『恋』に落ちる事はあり得ません。なので『運命』の出会いなど あろうはずもありません。 

だって私は『乙女ゲー』をこよなく愛する究極の妄想オタク女!! そんな私が『恋』に落ちるのは『乙女ゲー』のイケメン達だけなのですからーーー


「あのなあ、桃華。 お前の恋愛ドラマ好きは知ってるけど、残念ながらこの珠は そんじゃそこらの普通の女子高生じゃないんだよ。 

珠は現実の男には全く興味がなくて、そんな珠が唯一惚れるのは二次元のイケメンキャラ男だけなんだよ。しかも筋金入りの入れ込み様だ。 

まあ、だからこそ『原石』で働ける唯一の女子従業員ではあるんだけどな」


「ええっ!  勿体ない!  タマちゃん、すっごく可愛いから学校でもモテるでしょう?」


「いやいや、全然です。しかも可愛いなんて とんでもない。見たトコ通りの ただのヒョロ長 地味子でオタクだから誰も近寄ってなんか来ませんよ? 逆に遠巻きに薄気味悪がれているかも?」


「え~?  そんな事ないよ!  それは男子達の目が節穴しているんじゃない?」


「いいえ。 ホンットに そうなんです! 私は百葉ひと括りの野草であり、または道端の砂利石の一つ! だから、かえって目立たない分、生きていくのも楽なんですよ?」


私は真顔で力説すると、皆が顔を見合わせる。


「なあ、暁。 この子ちょっと珍しいタイプだな? 悪い意味じゃないけど『ビックリ箱』みたいな?」
 

「だからこそ『原石』の天然記念物なんっすよ。しかもマスターの大のお気に入りですからね。下手に珠に妙な気を起こそうものなら、アレ………潰されるかもな」


潰す………何を?とは聞かない。


「うっ、怖えぇ~  彼女、めっちゃハードル高えじゃん!」


そんな坂下さんに廉さんが不敵に微笑む。


「うふふ、そうよ~ 私の可愛い娘のタマちゃんによこしまな気持ちで近付くヤロー共にはこの手で天誅を下してやるわ! 

だから珠里ちゃんも、もし『彼氏』にしたい男が出来たら、まずは私に紹介して頂戴ね? 私があなたに相応しいかどうかジャッジしてあげるから」


「あ、ハイ。そうデスネ………ははは」


なんかもう、どう反応していいやら。ここは笑うしかないね………うん。


私がいたたまれずに頭をポリポリときながらヘラヘラ笑いを浮かべていると、桃華さんがテーブルに身を乗り出す。


「ねえねえ、マスターさん? それなら尚の事ウチの弟をタマちゃんにお薦めしたいわ。緋色はあんな風に一見ぶっきらぼうだけど、本当はすごく優しい子なの。ただ愛情表現が不器用なだけなのよ。

ああ見えても真面目で頑張り屋さんだし、『緑峰』に入れるくらいには頭も良い方だし、肉親の贔屓ひいきで見ても結構イケてるでしょ? 

しかも浮気をするようなタイプじゃないから『彼氏』にするなら将来有望な最良物件よ?

それにタマちゃんと緋色は案外お似合いだと思うの。お互いに無いものを補い合う相手ともいうのかな? 

しかもこうして運命的な再会でもあるわけでしょ? だからマスターさんの目からいって、私の弟は『不合格』かしら?」



すると廉さんが腕を組んで静かに唸る。


「そうねえ。正直まだ会ったばかりだもの。彼の人となりは分からないけれど、お姉さんがここまでお薦めするくらいだから、きっとすごく良い子なのよね。私もツンデレタイプは嫌いじゃないわ。寧ろ大好きよ? 

しかも彼、ちょっとクールで可愛いし、外見からでいえば珠里ちゃんも結構好きなタイプよね? うふふ、もしかしてだけど彼、ピアノが弾けたりる?」


「あ、エレクトーンなら弾けますよ? 3歳から習ってましたから」


「あら?  まああ~  それは素敵!」


な、なんと? 惜しい!! しかもエレクトーンとは!!


「ふふっ、珠里ちゃん、どうする? 『春人』君そっくりの男の子よ? それに運命的な出会いだなんて、もしかしたら本当にあなたの赤い糸の相手かもしれないわ? そう考えたら、確かにちょっとドキドキするわね~」


そう言って胸に手を当て目をつむる廉さん。


「そうなの!? タマちゃん!   ウチの弟みたいなのがタイプってホント? ウチの緋色はピアノも弾こうと思えば弾けると思うの。だったらタマちゃんの好みにドストライク?」


「あ~いや、え~その、そういうんじゃなくってーーー」


何故かノリノリでグイグイと迫る桃華さんトークに思わず後方に身を引いてたじろぐ。


どうしていきなり、こんな話題になるんだろう? 

この度の『主役』は貴方達二人であって私や『ヒーロー』君じゃないのに。しかも別にピアノが弾けるからタイプとかじゃなくって、確かに『ヒーロー』君は『春人』クンに似てはいるけれど、何度も言うが(誰に?)私の好きな人は『春人』クンご本人である。

それにピアノならかなでも子供の頃に習っていたから、男の子のそういう特技も私にはそんなに珍しくはない。それでもエレクトーンには少し意表をつかれたけどね。


ーーまあ、そんな奏も中学に上がってからは部活をするからってピアノは やめちゃったんだけど。

うう~ん………それにしても私って『お見合い』しに来たのかしら? 確か仕事をしに来たはずなんだけどーーー


そこへ暁さんが間に割って入るように大きな ため息を吐く。


「おいおい、大の大人達が寄ってたかって女子高生で遊ぶんじゃねぇよ。珠だって困ってるだろ? 

しかも今回の『主役』はあんた達二人であって珠じゃねぇからな? そんなメルヘン童話じゃあるまいし、初めて会ったヤツを見て恋愛対象になんて出来るかよ」


「でも~  緋色とタマちゃんは知り合いじゃない。それって昔は仲が良かったかもでしょ?」


ーーいや、それは無いと思う。いくら私だって仲の良かった人は忘れないよ?


「それは あり得ねーな。そもそも珠が覚えていない時点で二人は『初対面』なんだよ。だから、この話は もうおしまい。 

ーーほら、珠、行くぞ。こんな所で時間をくっていたら何もしない内に帰る時間になるだろ? 仕事の指示を出すから、こっちを手伝ってくれ」


「え? う、うん。分かった」


私は暁さんにうながされながら店の奥の方に追いやられていく。


「もう! なによ~  暁ぃ。ちょっとくらい、いいじゃない。 ケチぃ~」


背後から桃華さんの不満げな声が掛けられるも、暁さんは私を先へと進ませながら後方に片手を上げてヒラヒラと手を振った。


「暁のヤツ。なんだかんだ言って、あれ、相当な“シスコン”じゃね?」


坂下さんの呟きに廉がフッと笑う。


「うふふ、分かる? 暁は外私よりも煩い妹思いな『お兄ちゃん』なんだから」




【6ー続】
















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