上 下
40 / 73
第2部

【6】カフェバー『原石』①ー2

しおりを挟む
【6ー①】



私は お店の裏の従業員入り口まで来ると、バッグから従業員カードキーで入り口を解除して店内に入る。

店内の下階は相変わらず従業員達が忙しく働いているので邪魔にならない様に取り敢えず制服に着替えようと控え室に向かおうとすると、ふいに背後から呼び止められた。


「お客様、申し訳ありません。 そちらの方は関係者以外の立ち入りはお断りしておりますーーって、もしかしてーー『タマ』か??」


振り返った私を見て驚いた表情で私を猫のように『タマ』と呼ぶ この お兄さんは『おう あきさん』


22歳の大学生で髪型は真っ黒な髪に部分的に赤いメッシュを入れていて、耳にはピアスを幾つか付けており、バンド活動もしているビジュアル系イケメン男子である。 

そんな彼は廉さんのお兄さんの息子で、こうして叔父さんのお店を手伝っている。


「おはようございます、暁さん。 今日は随分と早いね。もしかして暁さんも明日の結婚パーティーの お手伝い?」

 
私を識別した暁さんは用紙の挟まったバインダーを片手にこちらの方に歩いて来た。
 

「ああ、実は明日のパーティーの新郎は俺の大学の先輩で新婦は俺とタメなんだよ。まあ、あれだ。 学生結婚ってやつだな。だから廉さんに無理言ってセッティングを頼んだんだ」


それを聞いて、今度は私が「ほええぇ~」と驚く。


「ほええぇ~ 学生結婚なんて、なんかスゴいね。でも まだ早すぎない? お互い まだ学生なんでしょ?」


「まあ、そこは色々事情があってな、新郎の就職先が遠方に決まった事もあったからさ。このままいくと遠距離恋愛になって、中々会えなくもなるし」


「ふぅん、そうなんだ? 確かに遠距離は辛いカモ。電話やメールだけじゃ切ないもんね」


そんな私が同感の意を示して頷いていると、暁さんが意味深に含み笑いを浮かべる。


「へえぇ? タマに遠距離恋愛の気持ちが分かるなんて驚いたな? それでなくても現実の男に全く興味すら示さないタマがねえ?」


私は、その含み笑いの視線から逃れるように そっぽを向く。


「私の事はどうでもいいんだよ! それに私だって『乙女ゲーの世界』では何度も遠距離バッドエンドを経験したから そういうのも分かるんですぅ~。 

特に『四季』様が外国美女と結婚してしまうエンドなんか、思い出すだけでも悔しくて、ああ~くっそ!シナリオ腹立つぅぅ!!」


あの散々苦労した『四季』様のエンドの一つである、財産目当ての性悪な外国美女の策略にまって『四季』様が親から強制的に結婚させられてしまうという、

なんとも胸糞悪さ200%の超ムカつきバッドエンドを思い出し、私は両手の拳を強く握りしめながら地団駄を踏んでいると、突然、頭をポンポンと手で軽く叩かれる。


「ははは ーーまあ、それはさておき、今日は一体どうしたんだよ? 髪型といい、格好といい、後ろ姿を見た時はてっきり追っかけの客だと思ったくらいだ。珠のこんな格好なんて初めて見た。しかもスッゲぇ別人じゃん」


それを聞いた私は大きく肩をすくめて首を横に振る。

 
「はああ~ 言われると思ったよ。 まあね、実際、私本人もそう思うもん。鏡見ても、まだ信じらんないくらいだからさ、まるで修正写真って感じ? 

しっかし、着るものと髪型変えるだけで別人みたいになるって、私の顔ってホント良くも悪くもモブ顔だよ」


私は短いため息をつきつつ自分の頭を撫でていると、暁さんが自分の持っているバインダーで私の肩にコツンと当てる。


「ははは、違う 違うって、その逆。 そもそも珠は元から素材がいいんだよ。だから本人にその自覚が無いだけ。珠は背も高くてスタイルいいし、顔だって その辺の美少女アイドルよりも美人だし、今日だって一瞬どっかのファッション誌のモデルかと思ったぜ?」


「あ~はいはい、お気遣いありがとうございます。自分の事は自分が一番よく分かっているので、変な忖度そんたくは必要ないで~っす! 

しかも こんな背ばっかり伸びたウドの大木ならぬ地味子と世間のラブリー天使なアイドル様を比較するなんざ、もっての外の恐れ多い勘違いでっせ、旦那!

そもそも今日の私が別人なのは、この可愛い洋服と髪型のせいであって、本来の私の姿ではないのであります! 

そう、しいて言うのなら、これは『シンデレラ✨マジック』

地味子は二人の『弟魔女』によって魔法を掛けられ、別人にされた次第であります閣下!」


私は暁さんの前で姿勢をビシッと正し敬礼ポーズを取ると、今度はバインダーが私の頭にポンと置かれる。
 

「お前な~ ホントに今時の若者かよ? “ラブリー天使”とか言うヤツ初めて見たぜ。しかも なんで そんな結論に至るわけ? 

“シンデレラ マジック”っつーのも よく分からんけど、その江戸っ子オヤジならぬ「でっせ、旦那」とか「であります閣下!」って軍人か!?」


ーーと言って、暁さんから、すかさずバインダーの持っていない方の手で私の頭にチョップが入る。勿論、ポーズだけなので痛くはない。


ーー芸名『アキ&タマ』なんちゃって!
 

「ーーなあ、珠。 俺、不思議なんだけどさ。お前って『乙女ゲー』で仮想ではあっても一応は散々恋愛ゲームをしていているんだろ? だったら『現実』に それを置き換えられないのか? 

学生の今なら身近に若い男が沢山いるわけだろ? それを見てカッコいいとかドキドキするとかさ、『リアル』な恋愛も結構楽しいと思うぞ?」


「それは無い」


私はその問いに『きっぱり』と断言する。そう『きっぱり』とだ。


「~あのなあ、この世には『男』と『女』しかいないんだそ? それなのに『リアル』を拒絶して『仮想』の男に惚れたところでお前に何が残るんだよ? 考えたら虚しくならないか?」


ーーううっ、なんとも痛いところを突く。だがら私は負けない!! 何故なら私は『乙女ゲー』をこよなく愛する女だからだ!!


「虚しいとかって、それは人それぞれの受け止め方次第だよ! 私は『乙女ゲー』をしているだけで人生最高に幸せな気分になるもん。だから何も残らないわけじゃないよ。

実際、私は“現実の男”より“乙女ゲーの男”しか好きになれないんだから仕方ないじゃん。

私の愛する『乙女ゲー』のイケメン達はね、すごく綺麗でお洒落でカッコよくって現実の男みたいに毛穴も無いし、 汗臭く無いし、 ヒゲだって生えないし、いつもドキドキするセリフしか言わないし、 乱暴じゃないし、すごく優しくて包容力があって、しかも頭も良くて運動神経抜群で声だって色っぽくて素敵で、とにかく完璧な男達なの。だから現実の男なんて及びじゃないわ!

それに、たとえ私が現実の男に興味が無かろうと、それこそ、この世には男も女も星の数ほどいるんだから人類の生態系にはさして問題無いでしょ!」


「さして問題無いって、珠、あのなーーー」


ーーと、暁さんが口を開きかけたところで突如、二階の方から第三者の声が降ってくる。
 

「ちょっと!  暁! あなた自分のお客様を放っておいて何やってるのよ!? しかも痴話喧嘩は店内御法度って知っているでしょーーって、あら?」


その第三者はこの店のオーナーでありマスターの廉さんで、私達を交互に確認するなり両手を自分の頬にそえて驚く表情をする。

 
「まああ! もしかして、そこにいるのは珠里ちゃんなの?」


「あ、はい。おはようございます、マスター。出来るだけ早く来るつもりだったんですけど、用事が立て込んでいて遅くなりました。 ごめんなさい」


私が頭を下げると、廉さんは二階から螺旋階段を使って下りてくる。 

そんな廉さんの外見は髪は短髪で銀色に染めており、両耳にも銀色のピアスを幾つか付けていて、しかも背もスラリと高く非常にカッコいい大人の男性ではあるが、仕草や言葉遣いは『オネエ』さんである。

 
「珠里ちゃんが謝る事なんてないわ。今日は珠里ちゃんはお休みだったのに、私が急に応援を頼んだんだもの。だけど本当に無理をしないで断ってくれてもよかったのよ?

珠里ちゃんのお家はここから遠いし用事があるのに、わざわざ時間を作ってお店に来てくれたんでしょう? しかもその格好、もしかして『デート』だったんじゃない? だったら尚更悪い事をしたわ~」


廉さんは申し訳なさそうに私を見つめるので、私はヘラヘラと笑いながら口を開く。


「あはは、違いますよ。『デート』なんて私には無縁のイベントですから。今日は たまたま買い物に出かけていただけですよ?」


「あら、隠さなくてもいいじゃないの。珠里ちゃんがこんなに可愛く変身しているなんて、今日は男の子と一緒だったんじゃない? もしかして、とうとう『彼氏』でも出来た?」


ーーうっ、廉さん。するどい! だけど『彼氏』じゃなぁぁ~いっ!! 幼馴染みの『弟』だよ!!『弟』!!

 
私は そんな廉さんの大いなる勘違いを否定すべく、慌てて手と首を横に振る。
  

「『彼氏』なんて、出来てない出来てない!! この格好は出かけるならって弟にさせられて、まあ、似合わないケドお母さんが買ってきた服を一回でも袖を通さなきゃ悪いかなあ~とか、

そんな単純な理由で今日はたまたま、こんな格好なだけで、勿論髪型もたまたまだし、いつもはもっと普通のシンプルな格好なんですよ? 

それに私が『乙女ゲー』のイケメンオンリーなのはマスターも よく知っているでしょ?」


すると私の言葉を補足するように隣にいる暁さんが廉さんに口を開く。


「あ~オーナー、今それを珠と話していたんだよ。まことに残念ながら珠は相変わらず『現実男』には全く興味が無いんだってさ。しかも毛穴も汗もヒゲも無い、トイレにも行かない男じゃないと及びじゃないそうだ」


「トイレに行かないなんて言ってない!」


「ふぅん? それじゃあ珠の好きな『乙女ゲー』のイケメン君達はトイレには行くんだ?」


「うぐっ」


ーートイレ………行かないな。………うん。


「こらこら、暁? そんな風に まだ10代の可愛い女の子をいじめないの。

珠里ちゃんは、まだまだ純真な乙女なんだから現実の男に興味が無くても仕方ないのよ。女の子は、ずっと理想の王子様を夢見るものよ?

でも、きっといつか珠里ちゃんの本当の王子様が現れるわ。今はまだ、その時期じゃないだけよ。

それに珠里ちゃんはこんなに可愛いくて素敵な女の子なんだもの。 現実だって王子様は絶対に放っておかないわ」


そう言って笑顔で「大丈夫よ」と私にウインクする廉さんがすごくカッコいいっス。

ーー『オネエ』さんだけど。

 
………う~ん。だけど『王子様』って、そんな夢見る乙女でも無いのだけれど。

自分はただ単純に『乙女ゲー』マニアのオタクなだけなのだが、どうやら廉さんには私が「いつか王子様が~♪」とか歌う夢見るお姫様にでも見えているのだろうか?

廉さん自体が結構、乙女思考だからなあ……逆に私は妄想癖のあるガサツな女子だよ? 純真な乙女だなんて、私には全く当てはまらない言葉だよ?ーーと、心の中で廉さんに呟く。

だって折角、暁さんの意図せずの補足のおかげで奏と一緒だった事を説明する手間が省けたのに、話を蒸し返して再び『デート』などという誤解を生は大いに困る。


「あ、マスター。これ、冷めちゃったケド、差し入れの たい焼きです。今時の たい焼きってバラエティー豊かで、いろんな味があるんですよ? 知ってました?」


私は先ほど差し入れに買ってきた たい焼きの入った袋を廉さんに差し出す。


「あら? これって最近モール内に出来た たい焼き屋さんの? 話には聞いていたけれど、まだ食べた事はないのよね~ 

わざわざ助っ人に来て貰った上に差し入れまでしてくれて、珠里ちゃん本当に どうもありがとうね。 後で皆で分けて頂くわ」
 

「お、珠、気が利くじゃん。 普段は『鈍 ニブ子』なのに」


「誰が『ドン ニブ子』じゃ! それでなくても猫みたいなあだ名で呼ばれているのに、またヘンテコなあだ名つけないでくれる?」


「けど、名前が珠里で『たま』って漢字だろ? だから呼びやすくていいじゃん。しかも『タマ』って愛称も可愛くね? 俺、猫派だし、すっげ~いけてると思うけどな」


「はいはい。暁さんの猫派はどうでもいいです。ーーそれじゃあマスター。着替えてきま~す」
 

「ひでぇ、珠だって「猫可愛いぃ~」とか言ってたじゃん」


私は そんな暁さんを放っぽってヒラヒラと、片手を振ると暁さんは大きく肩を竦めている。


「珠里ちゃん。着替え終えたら、そのまま二階に来てちょうだい? そして暁は自分のお客様の応対よ。 あなたがいないと坂下様も困るじゃないの」


「ああ、オーナー、すいません。 すぐ行きます。ーーじゃあ珠、後でな」


そう言って暁さんは私に手を上げると、そのまま廉さんと共に二階に戻って行った。




【6ー続】



















しおりを挟む

処理中です...