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【小話】~サイドストーリー

【小話②ー2我が国の王太子と我儘?な婚約者】

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【小話②ー2】



ふと過ぎった懸念を吹き消すように首を横に振ると、思わず深いため息がついて出る。そしてやはりこのロイズも姫に対する心象が変わってきているのが分かる。それというのも実を言うと、自分とロイズは王子と姫の結婚反対派だったからだ。それが今ではどうだ。冗談とは言えど、そんな相棒の口から姫を攫うなどと問題発言まで飛び出している。

………やはりこいつも姫にあてられている。国に帰ったら、この男も自分と一緒に精神鍛練が必要だ。自分以上にこいつの理性が信じられない。本当に主の婚約者をかっ攫いかねない。そんな愚行を防ぐ為にも、やはり団長に厳しく鍛え直してもらわなければ。

そう思い、ロイズをひとにらみすると、そんな相棒は「おっと?」と小さく肩を竦める。それを見ながら、ため息混じりの小さな息をはくと、今度は王子だけに聞こえるように小声で話し掛ける。


「ーー王子。リルディア姫の事、まこと本気なのですか? 確かに本日、姫と直にお会いして、姫が王子の言われる通りの御方だというのは分かりましたが、いくら大人びてはいらっしゃっても、やはりまだ子供だと実感致しました。大変魅力的な姫君ではありますが、王子のご年齢からいっても伴侶とされるには姫はいささか幼すぎるのではありませんか? しかも母君が言われるには姫はあの父王と同じ性分だとか。

これは我が国と王子の為に敢えて一臣下として申し上げます。リルディア姫は“危険”です。あの姫は最強国であるブランノアの国王に守られているからこそ“安全”なのだと思います。

王子は姫に「今のままでいて欲しい」と仰いましたが、私は王子にも同じ事を願いたい。『傾国の美女』というのはどんな賢王ですら堕落させてしまうと言われています。リルディア姫がそうならないとも限りません。それでなくとも子供の内からあの美貌です。まさに『傾国』を予兆しているとしか思えません。

私も姫の母君が申し出られたように姫がまだ子供である内に、この婚姻契約を一度白紙に戻された方が良いと思います。そしてよくお考えになられた上でそれでもまだ姫を望まれるのであれば、改めて申し込まれても良いのではないでしょうか?」


王子はしばらく静かに耳を傾けて聞いていたが自分が話し終わるとその表情に哀愁をまとうがごとく前方を真っ直ぐに見つめながら自重気味に口を開く。


「ーーアイザック。貴方が国や私の事を心配し、考えてくれているのは重々分かっています。そして国の事を考えるならば、私は姫の母君の申し出を受けるべきであるという事も。

……でも、申し訳ありません。もう手遅れなのです。私は姫に捕まってしまった。彼女に会えば会うほどに惹かれてやまない。自分でも7歳も離れている、まだ子供である姫に対して、こんな気持ちになるとは思ってもみませんでした。

私も同じ『男』ですから貴方の言う姫が“危険”だと言うのは分かっています。だからと言って、その“危険”を避けていては本当に欲しいものは何も手に入らない。それが非常に入手困難である希少な『至宝』ならば、当然、リスクはあるでしょう。

ですが私はーーその『至宝』が欲しい。だから婚約解消はしない。確実に姫を手に入れられる手段をそう簡単に手放せるわけがない。そして残念ながら今の私は姫の眼中には殆ど入ってはいないので尚更、手段は必要なのです。

そしてこの先も姫の心を動かそうとする男は沢山出てくるとは思いますが、姫が父王と同じ性分であるならば逸早く姫の愛情を得た者が“勝者”。ブランノアの国王の盲目的な愛情はもはや有名ですから。

ですから少しでもこちらが有利になるのなら、今は姫の兄という立場でも喜ばしいのですよ。姫の中での『特別』である事には変わりないのですからね」


王子の言葉を聞いて驚いたのは言うまでもない。まさか温厚で優しい王子にこんな一面があったとは。今までずっと王子の側で仕えていたのに全く知らなかった。それはロイズも同じで明らかに驚いている。

自分は王子だけに聞こるように話したのだが、さすがに王子の会話は隣で並行しているロイズにも聞こえていたらしい。ロイズは呆気に取られた表情をしていたものの、直ぐに笑顔で王子に話し掛ける。


「いやーー王子はやっぱり陛下似だったんですね。私は今、王子の中に陛下を見ましたよ。陛下もお若い頃はかなりの美男子だったそうで、その容姿もそうですが、王子も陛下と同じく押しに強い性格であったとは。

でもそう思えば、今日の王子は珍しく姫に積極的でしたよね? 姫が固まっているのが可愛らしくて思わず笑いそうになりました。私はてっきり王子は『草食系』だと思っていたのに、実は『肉食系』とか意外や意外。でもやっぱり男は『肉食系』ですよね。特に好きな女性には攻めまくって自分を主張しなくては。

ーーまあ、王子の場合は何もしなくても向こうの方から寄って来るんですがね。ですがあのリルディア姫はさすがと言うべきか、その辺、一筋縄ではいかないみたいですし。

でも王子のその意外性は「有り」です。特にリルディア姫には有効ではないですか? あの姫は“意外性”を好んでいるようですから。そして今度姫と会われた時にはその“意外性”を使って姫の心を掴んでしまいましょうよ。姫が王子に惚れるのも間違いなしですって!」


そんな浮き足立つ相棒に釘を刺すように苦言をする。


「ロイズ、そんな事を言ってあまり王子を煽るな。もしその“意外性”とやらが間違っていたらどうするんだ? あのリルディア姫は他の姫君やご令嬢達とは違うぞ? それこそ慎重に行かないと、姫の機嫌を損ねてみろ。あの父王が黙ってはいない。それに思うにあの姫は好き嫌いがはっきりしているから一度でも嫌われてしまえばそこで終わってしまうだろうが」


今まで公の場で姫を見てきて思っていた事だが、素直であるのは良いのか悪いのか、姫は嫌いな人間には誰が見てもこの人間が嫌いであると分かるような態度を取る。だから王子の元婚約者であった侯爵令嬢の事も姫が嫌っている事は分かっている。それで侯爵令嬢から王子を奪ったのだと貴族の間では密かに囁かれてもいるのだがーーー

ロイズも当然そんな姫の“好き嫌い”を知っているので、唸るように口をつぐむ。通常からいけば、王子が嫌われるとは思わないものの、あの姫に関しては父王の性分を知っているだけに、こちらの認識など当てはまらないだろう。

ーー王子も何とも厄介で難しい相手に惚れてしまったものだ。王子ならば、恋愛対象になる相手などいくらでもいると言うのによりにもよってーーである。

そんな王子に思わず同情の視線を向けると王子はフッと笑う。


「確かにロイズの言う“意外性”も有効であるのかもしれませんが今はまだ使える段階ではないと思うので、ここはアイザックの言う通り「慎重」にと言うのが私も同意見です。姫に嫌われてしまっては元も子もありませんから。ですので姫の成長に合わせてその度私の存在を主張する事にします。その過程で“意外性”も「有り」だとは思うのですが」

「ふふっ、王子、中々の策士ですね。また王子の意外な一面を見てしまいました。それは勿論「有り」です。王子の想いが成就する様、私達はこれからも全面的にご協力しますから遠慮せずに是非相談して下さいね。それにしても本当に次に姫にお会いできる日が楽しみですね。私は王子の筆頭側近でよかった。帰ったら皆に今日の事を自慢しよう」

「ロイズ、自慢はいいが、やはりお前は気が抜け過ぎだ。ここはまだセルリアではないぞ? 恋愛云々言っている場合か?」


王子の恋愛事情に、まだ浮き足気味の相棒に注意をうながすと、ロイズは片手を上げて肩を竦める動作を見せる。


「やれやれ、恋愛云々って、そもそも君が王子に話を振ったのが発端だろうに。君もさ、少しは王子を見習術や勉学だけじゃなく、そっち方面の勉学もした方がいいんじゃない? 君ってそういう所、結構鈍いからさ。女性がいくら君に好意を寄せて来ても全然気付いてないし、しかも女性への扱いも下手だし相棒としては心配だよ。何なら私が女性の扱いについて講師しようか?」

「ーー結構だ。そんな事を言ってお前この間、付き合って間もない恋人に振られたって言ってただろ? 何でそう付き合う女が短期間で、しょっちゅう代わるんだよ。お前こそ王子の誠実さを見習えよ」


「う~ん、それは私の運命の相手ではなかったーーと言う事だろうね? でもどうしてかな? 私は王家直属の騎士で高給取りだし容姿も良い方だし女性からも人気があるのに何故か、いざ付き合うと相手から振られてしまうんだよ。それってどう思う?」

「知らん! 俺に聞くな!」


相棒の言葉にそっぽを向くとロイズは王子に視線を送る。


「王子、これってどう思います? 私の何がいけないのでしょうね?」


ロイズの言葉に王子は少し困惑気味に小さく首を傾げる。


「そうですね………いけないという事は無いとは思うのですが………」

「王子! こいつの言葉は無視して下さい。真面目に答えてやる必要は全くありません。答えなんて決まっています! こいつが不誠実なせいか女を見る目が悪いだけですから」

「あーーそれって、恋愛音痴にだけは言われたくはないなぁ」

「だったら言われないようにしろよ。それから王子にくだらない事を相談するな! 王子が困ってしまうだろう!」

「はいはい。だってさ、相棒の君が全然相談にのってくれないからつい王子に話を振っちゃったんだよ。ああ、そうだ。今度は付き合う前に君にお伺いを立てるから良いか悪いか君の目で判断してもらえない? なんか君の見る目の方が正しい気がする」

「断る! それにそういう考え方が不誠実だというんだ! ーーおい、だからといって王子に頼むなよ? 王子はお前に構っていられるほど暇じゃない」

「はいはい。分かってます。だから、はい、睨まない。君の目力は本当に強いんだからその内、目から矢でも飛んできそうだよ。あ~怖い怖い」


そんな我等の会話を聞いていた王子がクスクスと笑う。


「ふふっ、本日は二人に協力して頂いて本当に助かりました。ありがとうございます。おかげで、久々に姫と二人きりの時間を過ごす事が出来た上、セリアの花を見て喜ばれる姫の笑顔も拝見する事が出来ました。今度は是非とも姫には我が国に遊びに来て頂きましょう。その時にはまた二人の力を貸して下さい。姫から沢山課題を頂いたので忙しくなりそうです」


それを聞いてロイズが思い出した様に
笑う。


「ああ、そうでしたね。姫を満足させなければ婚約者失格でしたか? それに「勉学をおろそかにするな」とか「“豚王子”になるな」とか言われていましたよね? ーーククッ、王子の事を“豚王子”などと平然と言ってのける女性はリルディア姫くらいですよ。そもそも“豚王女”とか“豚王子”とかどうしてそんな話になったんです?」


すると王子も思い出したのか口許を押さえて笑う。


「ふふっ、それは秘密です」

「あ、早速、お二人の秘密の共有ですか?  良い傾向ですね。でもそれが“豚”というのが何とも色気がないですけれど」


確かにどうして『豚王女』『豚王子』などという話なのだとは思った。しかも姫も母君も平然と真顔で王子を見ながら何度も“豚王子”を連呼するので、思わずロイズと視線を見合わせながら吹き出しそうになるのを堪えたほどだ。


「それに王子が姫の我儘を切望されたのには正直、驚きました。けれど本当に“国家級”のお願いなんてされたらどうなさるおつもりだったんです? そもそも王子との婚約も姫の“国家級”の我儘だったみたいですし、あの母君の必死な様子にこれは冗談などではなく本当にあり得るのだと思いましたから」

「ふっ、さすがに私にも“国家級”は姫の願いならどうにかしたくとも今の私では出来ません。ですが、姫が私に対してそんな難しいお願いはされないと分かっていたので、そんなに心配はしていませんでした」

「え? でも姫の我儘は“国家級”だと姫の母君があんなに必死で言われていたのにですか?」


ロイズと同様に自分も首を傾げると王子は微笑みながら言葉を続ける。


「それは父王であったからでしょう。姫は誰かれ構わずに我儘を仰るわけではないのですよ。あの御方は賢く聡明であられるので、ご自分の要求を叶えられる者にしか仰られないのだと思います。以前姫は「出来ない者に出来ない事を頼んでも意味がない」と仰られていました。そして先ほども母君と話されていた時にも「我儘を言う相手は選ぶ」とも仰られていましたし、だから私に対しても私に出来る事しか願われなかったのです」


言われてみれば確かに姫は母君にそんな事を言っていた様な気がするが、はっきりとは覚えていない。それにしても王子は一体姫の会話をどこまで覚えているのだろうか? 

まさか全て記憶しているとはさすがに思わないが、それでも会話の内容は、ほぼ覚えているのだろう。愛しい人の言葉はどんなさいな言葉でも覚えているものなのかと感心するところだ。


「確かにそうですよね。どんなすごいお願いが飛び出すのかと思えば、姫が願われたのは香水一瓶”でしたからね。あれには驚きました。しかもそれだって恐る恐る聞いてきたでしょう?

相手は王子なのだからどんなに高価な宝石でもドレスでもいくらでも願えるのにそんな容易たやすいお願いをされる貴族の女性など見たことがありません。しかも「今度会った時で良い」だなんて、これのどこが『我儘姫』なんだ?と思いましたよ。貴族の女性達の方がよっぽど我儘ですよね。

王子の言われる通り、姫は本当に素直で可愛らしい御方でした。しかも見ていても楽しい御方ですし、王子が惹かれてしまうのも分かる気がします」

「ええ、本当に姫は可愛い御方なのですよ。そんな姫の婚約者である私は誰よりも幸運な男なのでしょうね」

「本当にそうですよ。ああ、王子がうらやましいです。それに王子の女性を見る目は確かだ。………やっぱり、今度付き合う女性は王子に見てもらおうかな……」


ロイズがまだ懲りずに呟いているので、強力だとよく言われる目力ぢからで睨みつけてやると、相棒は「おおっと」と声を上げてまたいつもの口癖のように「冗談だって」と言って笑う。こいつの「冗談」という言葉は信用できない。やはり国に帰ったらこいつも団長に厳しく鍛え直してもらおう。


「ロイズ………帰ったら即刻、鍛練だ」


それを聞いた相棒はキョトンとした表情で首を傾げた。


「は? なんで? そんな急に」

「なんで? じゃない。俺もお前もまだまだ未熟者だからだ。………木乃伊ミイラ取りが木乃伊になりかねないからな………」

「は? なに? 木乃伊? 何の話さ??」

「いいんだよ、何だって! とにかく王子だって色々と精進しているんだ。それなら俺達は王子以上に精進しないと駄目だろう!? 特に精神面は重要だ!! 何事にも動じない強靭な精神でなければ王子の騎士はまらない!

いいか!? 強い精神力は自分を守る盾にもなるんだぞ? 武術だけ鍛えていても駄目なんだ! 自分を見失わない為にも団長に提案して他の騎士達にも同様に精神力を強化するぞ!!」


グッと拳を握り締めて自分にも言い聞かせるように言うと、ロイズと王子が呆気に取られたような表情でこちらを見つめている。


「アイザック? 君、本当にどうしたの? 精神面が大事なのは分かるんだけど、なんでそんな力説してるのさ?」

「だから精神力が大事なんだよ! 騎士たる者、精神力が弱ければ話にならん!! 健全な心を保つには健全な精神があってからこそなんだぞ!?」

「いや、その意味は分かるけど、君のその力説の意味が分からないんだけど?」

「その内、分かる。その時は俺に感謝しろよ?」

「は? その内分かるって何が?」

「何でもいいんだよ!」


王子の前で言えるわけがないだろうが! 俺達まで姫に捕まったらどうするんだ!! “男の直感”で分かれ! 姫は“危険”だ。姫は真性の『傾国の美女』だ。並みの精神力では自覚がない内に捕まる。

だからこそ姫が成長する前に精神を鍛えなければならない。こいつの言葉通りに“かっ攫って逃げる”ような愚行に走らない為にも。

目は口ほどに物を言うと言うのだから言おうじゃないか! 分かれ! そして悟れ!


ーーと、王子の右隣にいる相棒に無言で視線を送ると、ロイズはこちらを見て苦笑いを浮かべる。


「ああ、分かっているって。そんなに目で言わずとも気は抜かないよ。ーー王子、そんな事でもうブランノアの城も見えなくなりましたから馬車に戻りませんか? アイザックの視線が怖いです」


………伝わっていない。

いや、気を抜くなと言うのは本当にそうなのだが、今、言いたいのはそれじゃない。


「ええ、そうですね。アイザック、申し訳ありません。心配をかけました。もう馬車に戻るので貴方も楽にして下さい」


王子はそう言って騎乗していた馬を降りて馬車に移ると再び列は動きだす。王子が馬車に戻った事でひとまず王子の安全が保たれた事にホッとするも、何となく心中複雑である。するとロイズが自分の隣に並行してきた。


「これで少しは安心できた? 君って本当に生真面目で心配性だよね」

「………目は口ほどに物を言うんじゃなかったのか?」

「うん? だから気を抜くなっていう事でしょ?  違うの?」

「………いや、違わない」


………やはり伝わっていない。

これが職務上の事なら視線の合図だけで言いたい事は大体通じるくせに。


何だか自分だけが色々考えているのも馬鹿馬鹿しくなってきて、深いため息が自然とついて出る。すると隣のロイズから背中をポンと叩かれた。


「お疲れ。あのさ、鍛錬も良いけれど休養だって必要不可欠だよ。特に君は神経質な所があるんだから帰ったらまずはゆっくり休みなよ。何か色々と考えている様だけれど、いつでも相談には乗るからさ」

「ああ、そうだな。お前は本当に優秀な相棒だよ。だから頼むから“暴走”だけはするなよ? ………そして万が一、それが俺だったら全力で止めてくれ」

「暴走? 何それ??」

「何でもいいんだよ!」


そんな自分の様子に相棒は肩を竦める。


「やれやれ、意味分かんない。あまり要らぬ心配ばかりしていると本当に禿げるよ?」

「禿げない!!」

「いや、禿げるって」

「禿げてたまるか!!」


俺は母方似なんだ!! ーーそれでも、もし禿げるようなら、それはお前にも原因があるんだぞ?

ーーとこの呑気な相棒に視線を送るとロイズはそれに応えるようにニッコリと笑う。


「ああ、そうだね。君は母方似だから禿げないんだっけ? でも、もし禿げても、それは私のせいじゃないからね? それはもう遺伝というやつだから」


………伝わっている。

………何故だ??




【②ー終】










































































































    
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