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【小話】~サイドストーリー
【小話⑨ー3叔父と小さな姪の攻防の行方】
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【小話⑨ー3】
「ロウ爺! 駄目でしょう!? お部屋でそんなものを振り回してはいけないのよ? ぶつかったりしたら危ないんだから!
それにロウ爺はもういいお歳のお爺さんなのよ? 足だって悪いしフラフラしてるし、いつ死んだっておかしくないんだから!
リルだってロウ爺が死んじゃうなんて絶対、絶対、嫌だもん。 だからクラウスの言うことをちゃんと聞いて大人しくしてなきゃ駄目よ?
それに お爺さんが若いなんていうのは『年寄りの冷や水』って言うのよ? 本当は全然若くないんだから! リルの言う事も聞いてくれないならアデイル様に言いつけちゃうからね?」
「………………」
「………………」
そんなリルディアの言葉にロウエン将軍もそうだが、自分も言葉を失い唖然とする。
ーーいや、素直であるがゆえの言葉ではあるが、いくら自分でも本人を前にして言いにくい言葉を、こうもはっきり口に出して言ってしまうのは子供だからなのか、はたまたリルディアだからなのか、リルディアがまだ8歳だという事を思わず失念しそうになるーーー
…………どこからまた『年寄りの冷や水』なんて難しい知識を覚えてくるんだ。しかもまだ8歳だろう? ーーああ、いや、今はそれも助かってはいるが………こうして難しい事は直ぐに理解出きるのに「建物内を走るな」とか簡単な事が理解出来ないのは何故なんだ?
そんなロウエン将軍は頭を掻きながら伐の悪そうな顔をする。
「うう~む。我が娘にもよく言われてはいるが、それがリルディア王女のお言葉であると尚の事、胸が苦しくて締め付けられますな。 ーーはああ、そうか、我も もう そんな年齢なのですな」
そう言って肩を落とすロウエン将軍にリルディアは大きな目を見開くと慌てた様にロウエン将軍の体に抱きついた。
「リルディア、だからむやみやたらに異性に抱きついてはいけないとーーー」
そんな姪に注意するもリルディアはロウエン将軍に抱きついたまま離れず こちらを振り向く。
「クラウス!! 大変!! 早く医者を呼んで!! ロウ爺、胸が苦しくて締め付けられるのですって! きっと今ので病気が悪くなったんだわ! お父様はお留守だし、ああ、どうしよう!? 早くしないとロウ爺が死んじゃう!!」
「ロウエン将軍…………」
今にも泣きそうな表情の姪を見て私はロウエン将軍の顔を見つめて睨むと、ロウエン将軍は狼狽える様に苦笑いを浮かべる。
「ああ、いや、申し訳ありません。 心配をさせるつもりで言ったわけではなかったのですが
ーーああ、リルディア王女、我は大丈夫ですぞ? 胸など全然苦しくもないし、ほれ、こうして元気でおりますからな?」
「嘘よ! 騎士は どんなに痛い事があっても顔には出さないって聞いたわ! だから本当はすごく痛いんでしょう? だけどロウ爺は将軍だから我慢しているのよね?
リル、絶対に誰にも言わないから大丈夫。 だから もう動かないで大人しくしていて? リルが今、医者を呼んでくるからーーー」
「あ!? いや、だから本当に痛くも何ともないとーーー」
ロウエン将軍が慌てて引き留めようとするもリルディアは素早く駆け出して部屋を出ようとする寸前で、その小さな体を捕まえる。
「クラウス!? なに!? 早く! 早くしないとロウ爺がーーー」
既にぽろぽろと涙を溢しながら訴える姪に私は深いため息を吐きながら、その小さな背中をポンポンと叩いて宥める。
「リルディア、大丈夫だから少し落ち着きなさい。 ーーロウエン将軍。どうやら貴方を連れてきたのは私の間違いだったようです。
全く、どうしてくれるのです? それでなくとも陛下が留守であるというのに、特にリルディアの説得には頭を使うのですよ? 言葉選びは慎重にしないとリルディアに悪影響を及ぼしかねません」
「ああ、殿下、本当に申し訳ない。 相手は他ならぬリルディア王女でありましたな。 しかも泣かせてしまうなどと陛下に なんと お詫び申し上げればよいのかーーー」
そう言って困惑するロウエン将軍にリルディアが私の体を小さな拳でポカポカと殴ってくる。
「クラウスの石頭!! 病人を叱るなんていけない事よ? 病人は労らないと駄目だって母様が言っていたわ! クラウスが医者を呼んでくれないならリルが呼びに行ってくるから腕を離してよ!」
そんな感情豊かに泣きながら怒る姪に私は再び深いため息をつきながら、リルディアの目線に合わせて膝を折る。
「リルディア、勿論 医者は きちんと呼ぶから安心しなさい。 確かに病人を叱るのはいけない事だ。 だけど本当にロウエン将軍は病人ではないんだ。
これが もし本当に病人であれば、どんなにロウエン将軍が頼んできても絶対にフォルセナから連れてきたりなどしない。
先ほどロウエン将軍が胸が苦しいとか締め付けられるとか言ったのは病気という意味ではなく、リルディアに叱られて恥ずかしかったからなんだ。
考えてもごらん? リルディアの父上よりもずっと年上の大人が子供に叱られるなんておかしい事だろう?」
「本当? ロウ爺は病気じゃないの?」
ようやく落ち着いたのか、リルディアが大人しくなったので、私は懐からハンカチを取り出しリルディアの涙を拭いながら頷く。
「ああ、本当だ。 ロウエン将軍はフォルセナでも元気があり余り過ぎて皆からも手を余されていたくらいだ。
そしてこれだけ元気でもあるし、どうしてもリルディアやブランノアの仲間に会いたいと言うから、それであればと一緒に連れてきたんだ。
だから先ほどの言葉もロウエン将軍の言い方が悪かっただけで、リルディアが心配する事はないよ。 これで本当に病人であれば即刻ベッドに体を括りつけて動けなくするところだ」
するとリルディアは私に抱きついてきてギュッと強く私の服を握る。
「うん、病気じゃないのならよかった。ロウ爺が死んじゃうなんて怖かったから。 でもクラウスはリルに嘘はつかないからロウ爺は本当に元気なんだよね?」
「ああ、君に嘘はつかない。 ロウエン将軍はこの様に私でも手を余すくらいに元気だからリルディアが叱ってくれると助かるよ。 将軍もリルディアの言うことなら大人しく聞いてくれるからね」
私の言葉にリルディアは顔を上げると、先ほどの泣き顔から一転して満面の笑顔を向けている。
「うん! 任せて! リルがロウ爺をいっぱい叱ってあげるね。 もしリルの言うことを聞かないなら、すっご~く苦い お薬飲ませちゃうんだから!」
そんな姪の純粋な愛らしさに自然と自分の顔にも笑みが浮かぶ。
「ああ、よろしく頼むよ。 私も母上からロウエン将軍を頼まれている手前、怒られずに済む」
「え~と、コッホン。 よろしいですかな?」
私達の会話の間を見計らう様にロウエン将軍の声が割って入る。
「お二人の仲睦まじさをこうも見せつけられては、なんとも一人居心地が悪いゆえ、そろそろ私もお二人の会話のお仲間に入れてはもらえませんかな?」
そう言って私をニヤニヤしながら見つめるロウエン将軍を窘めるように睨む。
「仲睦まじいなどという言葉は適切ではありません。 それに見せつけてもいません。 私は貴方がリルディアに与えた誤解を解く為に叔父として説明をしていただけです。 貴方の説明ではリルディアが益々 混乱してしまうかもしれないですから」
しかしそんな私に睨まれてもさすがは年長者だけあって、ロウエン将軍は動じる事もなく顎髭を撫でながら頷く。
「ーーふうむ。 陛下が殿下に嫉妬なさるお気持ちが良く分かり申した。 殿下の前のリルディア王女が あまりにも愛らしすぎて、これは嫉妬せずにはいられないですな。
しかも そんなリルディア王女にその様に縋りつかれてはどんな男も骨抜きになってしまいましょう。
いやはや殿下がなんともお羨ましい限りです。 私もその様にリルディア王女を独り占めしてみたいものですな」
尚もわざとらしい含み笑いを浮かべてこちらを見つめるロウエン将軍に大きなため息と共に首を横に振る。
「ロウエン将軍、そういう会話は私には通用しません。 陛下で もう十分過ぎるくらいに慣れていますから。 それに羨ましがらずとも、その願いを直ぐにでも叶えて差し上げます ーーリルディア」
そんな私はロウエン将軍から視線をリルディアに移した。
「私は これから大事な仕事をしなくてはならないんだ。 だからロウエン将軍が退屈されない様にリルディアが私の代わりに相手をしてあげてはくれないか? リルディアも久しぶりにロウエン将軍に会って話したい事も沢山あるだろう?」
するとリルディアは嬉しそうに その場に跳ねながら頷く。
「うん!! リル、ロウ爺にお話したい事いっぱいある!! それにフォルセナのお話も いっぱい聞きたい!!」
「ーーだそうです。 ロウエン将軍。ですから滞在中はリルディアの相手をお願いします。
私は外交関係書類や各報告書などの作成に色々と忙しい身なのです。 なにより貴方であればリルディアを預けても安心ですから、陛下がいない間の父親代わりをお願いしたいのです」
するとロウエン将軍は苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「やれやれ、我にリルディア王女の父親代わりなどとは第一騎士隊長の任にあった頃よりも難しい事を申されますな。 この我とて先ほど殿下から お叱りを受けたばかりだというのに」
「陛下が留守の間、リルディアを安心して任せられる人間が王城には殆どいない事は貴方もお分かりのはず。 リルディアの事は陛下からも気に掛けてやって欲しいと頼まれてはいますが、だからといって私も忙しい身。 ずっとリルディアの相手をしているわけにはいかないのです。
ですから貴方の此度の来訪の機会に、ご協力をお願いしたく貴方をブランノアに連れて来たというのが私の本音でもあります。
何よりもリルディアが特に貴方に懐いている事ですし、ここは お任せしてもよろしいですか?」
するとロウエン将軍は豪快に笑う。
「わはは、どうりで今回我がブランノアへの同行を願い出た時に、いつもは必ず反対なさる殿下があっさりと同意されたので首を傾げてはおりましたが、
なるほど、そういう ご事情が おありでしたか。 まあ、確かに子供の相手と仕事との両立は難しいやもしれませんな。
ーーお分かり申した。このロウエンが責任を持って お引き受けいたしますぞ!」
「ありがとうございます。 話が早くて助かります。 これで私も自分の仕事に集中する事が出来るでしょう。
ですが将軍も気力は昔のままでも体は案外正直なものです。 ご自身の実年齢を考え、くれぐれも無理だけはしないで下さい。 貴方に何かあれば、それは私の責任なのですから」
「わはは、分かっております。 それに、このように愛らしいリルディア王女に見張られていて無理など出来ますまいて。
したが殿下? たとえ我がリルディア王女のお相手をしていても、きっと王女は殿下の元に戻られるゆえ全てを逃れる事は出来ませんぞ?
特に王女は陛下によく似ておいでですからな。まあ、その辺りは我が申すまでもなく殿下ご自身が よく お分かりのはず。
ときに流れ続ける川を堰き止めていれば、いずれは崩壊してしまうもの。 それを事前に防ぐ為にも、どこかで水を流してやる事も必要ですぞ?」
「ええ、分かっています。 私にも勿論、息抜きが必要でしょうし、そこは出来るだけ対処するつもりです。 ですから貴方は存分にリルディアを独り占めして下さい」
そうして私が疲れたと言わんばかりにもう何度目になるか分からない深いため息をついていると、リルディアがそんな私の顔を下から覗き込んできた。
「クラウス? 大丈夫? お疲れなの? リル、今日はロウ爺に遊んでもらうからクラウスは ゆっくり お昼寝していてもいいよ?」
その言葉を聞いただけでも自分の目的の達成感を実感する。 やはりロウエン将軍を連れて来て正解だった。
陛下が留守の間、姪のリルディアが心配で自分の時間の許す限り、なるべく城に滞在するようにはしていたものの、
さすがにその間、毎日後を追われ続け、そんな子供の無尽蔵な気力、体力に大人がついていけるわけがない。(いや、兄上ならば例外だろうがーーー)
しかも陛下の愛妾の娘であるリルディアにとって王城は王妃の勢力が強い為、リルディアの相手を任せられるのはごく少数であり、
更に加えてリルディアは他人に対しての好き嫌いがはっきりしているので、父親が留守の間は尚更一人でいる事も多かっただけに王妃の娘の姪達よりも特に気にかけてはいたのだが、
かといって特別優しくした覚えもなく、しかも彼女の父母よりも何かにつけて口煩い叔父であるはずの自分に何故リルディアが懐いてくるのかは、いまだ不可解でならない。
そんなリルディアは彼女の父親でもある陛下と同じ性分なだけに、他人が彼等を理解するには最も難解な親子ともいえる。
「ああ、大丈夫だ。だけどやはり私も少し疲れているから、ここはリルディアの言う通り、少しだけ休ませてもらうことにするよ。 だからリルディア、すまないが私の代わりにロウエン将軍を頼む」
するとリルディアは任された事が嬉しいのか、子供らしい屈託のない笑顔で再び私に抱きついてくる。
………はあ。だから、私が叔父だとはいえ、こんな風に気安く「異性に抱きついてはいけない」とあれほど言ってきかせたのに。 この抱き癖がついたのは兄上のせいだな…………
まだ肉親である私だから良いようなものの、これが他所の男に対しても同じ事をしていたら兄上は一体どうなさる おつもりなんだ? 叔父である私でさえ考えるだけでも腹立たしいというのにーーー
「うん! リルに任せて!! だからクラウスはゆっくり休んでね? ーーおやすみなさい、クラウス」
「ありがとう、おやすみ。リルディア」
そんな私達の会話を聞いていたロウエン将軍は体を後ろに向けて何やら小声で呟くも、その声はこちらの方までは聞こえなかった。
「やれやれ、陛下ーーお気持ち お察し致しますぞ。 さすがに老いた我でもこの場にいるのが恥ずかしくなるほどに、お二人は仲睦まじい」
【⑨ー続】
「ロウ爺! 駄目でしょう!? お部屋でそんなものを振り回してはいけないのよ? ぶつかったりしたら危ないんだから!
それにロウ爺はもういいお歳のお爺さんなのよ? 足だって悪いしフラフラしてるし、いつ死んだっておかしくないんだから!
リルだってロウ爺が死んじゃうなんて絶対、絶対、嫌だもん。 だからクラウスの言うことをちゃんと聞いて大人しくしてなきゃ駄目よ?
それに お爺さんが若いなんていうのは『年寄りの冷や水』って言うのよ? 本当は全然若くないんだから! リルの言う事も聞いてくれないならアデイル様に言いつけちゃうからね?」
「………………」
「………………」
そんなリルディアの言葉にロウエン将軍もそうだが、自分も言葉を失い唖然とする。
ーーいや、素直であるがゆえの言葉ではあるが、いくら自分でも本人を前にして言いにくい言葉を、こうもはっきり口に出して言ってしまうのは子供だからなのか、はたまたリルディアだからなのか、リルディアがまだ8歳だという事を思わず失念しそうになるーーー
…………どこからまた『年寄りの冷や水』なんて難しい知識を覚えてくるんだ。しかもまだ8歳だろう? ーーああ、いや、今はそれも助かってはいるが………こうして難しい事は直ぐに理解出きるのに「建物内を走るな」とか簡単な事が理解出来ないのは何故なんだ?
そんなロウエン将軍は頭を掻きながら伐の悪そうな顔をする。
「うう~む。我が娘にもよく言われてはいるが、それがリルディア王女のお言葉であると尚の事、胸が苦しくて締め付けられますな。 ーーはああ、そうか、我も もう そんな年齢なのですな」
そう言って肩を落とすロウエン将軍にリルディアは大きな目を見開くと慌てた様にロウエン将軍の体に抱きついた。
「リルディア、だからむやみやたらに異性に抱きついてはいけないとーーー」
そんな姪に注意するもリルディアはロウエン将軍に抱きついたまま離れず こちらを振り向く。
「クラウス!! 大変!! 早く医者を呼んで!! ロウ爺、胸が苦しくて締め付けられるのですって! きっと今ので病気が悪くなったんだわ! お父様はお留守だし、ああ、どうしよう!? 早くしないとロウ爺が死んじゃう!!」
「ロウエン将軍…………」
今にも泣きそうな表情の姪を見て私はロウエン将軍の顔を見つめて睨むと、ロウエン将軍は狼狽える様に苦笑いを浮かべる。
「ああ、いや、申し訳ありません。 心配をさせるつもりで言ったわけではなかったのですが
ーーああ、リルディア王女、我は大丈夫ですぞ? 胸など全然苦しくもないし、ほれ、こうして元気でおりますからな?」
「嘘よ! 騎士は どんなに痛い事があっても顔には出さないって聞いたわ! だから本当はすごく痛いんでしょう? だけどロウ爺は将軍だから我慢しているのよね?
リル、絶対に誰にも言わないから大丈夫。 だから もう動かないで大人しくしていて? リルが今、医者を呼んでくるからーーー」
「あ!? いや、だから本当に痛くも何ともないとーーー」
ロウエン将軍が慌てて引き留めようとするもリルディアは素早く駆け出して部屋を出ようとする寸前で、その小さな体を捕まえる。
「クラウス!? なに!? 早く! 早くしないとロウ爺がーーー」
既にぽろぽろと涙を溢しながら訴える姪に私は深いため息を吐きながら、その小さな背中をポンポンと叩いて宥める。
「リルディア、大丈夫だから少し落ち着きなさい。 ーーロウエン将軍。どうやら貴方を連れてきたのは私の間違いだったようです。
全く、どうしてくれるのです? それでなくとも陛下が留守であるというのに、特にリルディアの説得には頭を使うのですよ? 言葉選びは慎重にしないとリルディアに悪影響を及ぼしかねません」
「ああ、殿下、本当に申し訳ない。 相手は他ならぬリルディア王女でありましたな。 しかも泣かせてしまうなどと陛下に なんと お詫び申し上げればよいのかーーー」
そう言って困惑するロウエン将軍にリルディアが私の体を小さな拳でポカポカと殴ってくる。
「クラウスの石頭!! 病人を叱るなんていけない事よ? 病人は労らないと駄目だって母様が言っていたわ! クラウスが医者を呼んでくれないならリルが呼びに行ってくるから腕を離してよ!」
そんな感情豊かに泣きながら怒る姪に私は再び深いため息をつきながら、リルディアの目線に合わせて膝を折る。
「リルディア、勿論 医者は きちんと呼ぶから安心しなさい。 確かに病人を叱るのはいけない事だ。 だけど本当にロウエン将軍は病人ではないんだ。
これが もし本当に病人であれば、どんなにロウエン将軍が頼んできても絶対にフォルセナから連れてきたりなどしない。
先ほどロウエン将軍が胸が苦しいとか締め付けられるとか言ったのは病気という意味ではなく、リルディアに叱られて恥ずかしかったからなんだ。
考えてもごらん? リルディアの父上よりもずっと年上の大人が子供に叱られるなんておかしい事だろう?」
「本当? ロウ爺は病気じゃないの?」
ようやく落ち着いたのか、リルディアが大人しくなったので、私は懐からハンカチを取り出しリルディアの涙を拭いながら頷く。
「ああ、本当だ。 ロウエン将軍はフォルセナでも元気があり余り過ぎて皆からも手を余されていたくらいだ。
そしてこれだけ元気でもあるし、どうしてもリルディアやブランノアの仲間に会いたいと言うから、それであればと一緒に連れてきたんだ。
だから先ほどの言葉もロウエン将軍の言い方が悪かっただけで、リルディアが心配する事はないよ。 これで本当に病人であれば即刻ベッドに体を括りつけて動けなくするところだ」
するとリルディアは私に抱きついてきてギュッと強く私の服を握る。
「うん、病気じゃないのならよかった。ロウ爺が死んじゃうなんて怖かったから。 でもクラウスはリルに嘘はつかないからロウ爺は本当に元気なんだよね?」
「ああ、君に嘘はつかない。 ロウエン将軍はこの様に私でも手を余すくらいに元気だからリルディアが叱ってくれると助かるよ。 将軍もリルディアの言うことなら大人しく聞いてくれるからね」
私の言葉にリルディアは顔を上げると、先ほどの泣き顔から一転して満面の笑顔を向けている。
「うん! 任せて! リルがロウ爺をいっぱい叱ってあげるね。 もしリルの言うことを聞かないなら、すっご~く苦い お薬飲ませちゃうんだから!」
そんな姪の純粋な愛らしさに自然と自分の顔にも笑みが浮かぶ。
「ああ、よろしく頼むよ。 私も母上からロウエン将軍を頼まれている手前、怒られずに済む」
「え~と、コッホン。 よろしいですかな?」
私達の会話の間を見計らう様にロウエン将軍の声が割って入る。
「お二人の仲睦まじさをこうも見せつけられては、なんとも一人居心地が悪いゆえ、そろそろ私もお二人の会話のお仲間に入れてはもらえませんかな?」
そう言って私をニヤニヤしながら見つめるロウエン将軍を窘めるように睨む。
「仲睦まじいなどという言葉は適切ではありません。 それに見せつけてもいません。 私は貴方がリルディアに与えた誤解を解く為に叔父として説明をしていただけです。 貴方の説明ではリルディアが益々 混乱してしまうかもしれないですから」
しかしそんな私に睨まれてもさすがは年長者だけあって、ロウエン将軍は動じる事もなく顎髭を撫でながら頷く。
「ーーふうむ。 陛下が殿下に嫉妬なさるお気持ちが良く分かり申した。 殿下の前のリルディア王女が あまりにも愛らしすぎて、これは嫉妬せずにはいられないですな。
しかも そんなリルディア王女にその様に縋りつかれてはどんな男も骨抜きになってしまいましょう。
いやはや殿下がなんともお羨ましい限りです。 私もその様にリルディア王女を独り占めしてみたいものですな」
尚もわざとらしい含み笑いを浮かべてこちらを見つめるロウエン将軍に大きなため息と共に首を横に振る。
「ロウエン将軍、そういう会話は私には通用しません。 陛下で もう十分過ぎるくらいに慣れていますから。 それに羨ましがらずとも、その願いを直ぐにでも叶えて差し上げます ーーリルディア」
そんな私はロウエン将軍から視線をリルディアに移した。
「私は これから大事な仕事をしなくてはならないんだ。 だからロウエン将軍が退屈されない様にリルディアが私の代わりに相手をしてあげてはくれないか? リルディアも久しぶりにロウエン将軍に会って話したい事も沢山あるだろう?」
するとリルディアは嬉しそうに その場に跳ねながら頷く。
「うん!! リル、ロウ爺にお話したい事いっぱいある!! それにフォルセナのお話も いっぱい聞きたい!!」
「ーーだそうです。 ロウエン将軍。ですから滞在中はリルディアの相手をお願いします。
私は外交関係書類や各報告書などの作成に色々と忙しい身なのです。 なにより貴方であればリルディアを預けても安心ですから、陛下がいない間の父親代わりをお願いしたいのです」
するとロウエン将軍は苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「やれやれ、我にリルディア王女の父親代わりなどとは第一騎士隊長の任にあった頃よりも難しい事を申されますな。 この我とて先ほど殿下から お叱りを受けたばかりだというのに」
「陛下が留守の間、リルディアを安心して任せられる人間が王城には殆どいない事は貴方もお分かりのはず。 リルディアの事は陛下からも気に掛けてやって欲しいと頼まれてはいますが、だからといって私も忙しい身。 ずっとリルディアの相手をしているわけにはいかないのです。
ですから貴方の此度の来訪の機会に、ご協力をお願いしたく貴方をブランノアに連れて来たというのが私の本音でもあります。
何よりもリルディアが特に貴方に懐いている事ですし、ここは お任せしてもよろしいですか?」
するとロウエン将軍は豪快に笑う。
「わはは、どうりで今回我がブランノアへの同行を願い出た時に、いつもは必ず反対なさる殿下があっさりと同意されたので首を傾げてはおりましたが、
なるほど、そういう ご事情が おありでしたか。 まあ、確かに子供の相手と仕事との両立は難しいやもしれませんな。
ーーお分かり申した。このロウエンが責任を持って お引き受けいたしますぞ!」
「ありがとうございます。 話が早くて助かります。 これで私も自分の仕事に集中する事が出来るでしょう。
ですが将軍も気力は昔のままでも体は案外正直なものです。 ご自身の実年齢を考え、くれぐれも無理だけはしないで下さい。 貴方に何かあれば、それは私の責任なのですから」
「わはは、分かっております。 それに、このように愛らしいリルディア王女に見張られていて無理など出来ますまいて。
したが殿下? たとえ我がリルディア王女のお相手をしていても、きっと王女は殿下の元に戻られるゆえ全てを逃れる事は出来ませんぞ?
特に王女は陛下によく似ておいでですからな。まあ、その辺りは我が申すまでもなく殿下ご自身が よく お分かりのはず。
ときに流れ続ける川を堰き止めていれば、いずれは崩壊してしまうもの。 それを事前に防ぐ為にも、どこかで水を流してやる事も必要ですぞ?」
「ええ、分かっています。 私にも勿論、息抜きが必要でしょうし、そこは出来るだけ対処するつもりです。 ですから貴方は存分にリルディアを独り占めして下さい」
そうして私が疲れたと言わんばかりにもう何度目になるか分からない深いため息をついていると、リルディアがそんな私の顔を下から覗き込んできた。
「クラウス? 大丈夫? お疲れなの? リル、今日はロウ爺に遊んでもらうからクラウスは ゆっくり お昼寝していてもいいよ?」
その言葉を聞いただけでも自分の目的の達成感を実感する。 やはりロウエン将軍を連れて来て正解だった。
陛下が留守の間、姪のリルディアが心配で自分の時間の許す限り、なるべく城に滞在するようにはしていたものの、
さすがにその間、毎日後を追われ続け、そんな子供の無尽蔵な気力、体力に大人がついていけるわけがない。(いや、兄上ならば例外だろうがーーー)
しかも陛下の愛妾の娘であるリルディアにとって王城は王妃の勢力が強い為、リルディアの相手を任せられるのはごく少数であり、
更に加えてリルディアは他人に対しての好き嫌いがはっきりしているので、父親が留守の間は尚更一人でいる事も多かっただけに王妃の娘の姪達よりも特に気にかけてはいたのだが、
かといって特別優しくした覚えもなく、しかも彼女の父母よりも何かにつけて口煩い叔父であるはずの自分に何故リルディアが懐いてくるのかは、いまだ不可解でならない。
そんなリルディアは彼女の父親でもある陛下と同じ性分なだけに、他人が彼等を理解するには最も難解な親子ともいえる。
「ああ、大丈夫だ。だけどやはり私も少し疲れているから、ここはリルディアの言う通り、少しだけ休ませてもらうことにするよ。 だからリルディア、すまないが私の代わりにロウエン将軍を頼む」
するとリルディアは任された事が嬉しいのか、子供らしい屈託のない笑顔で再び私に抱きついてくる。
………はあ。だから、私が叔父だとはいえ、こんな風に気安く「異性に抱きついてはいけない」とあれほど言ってきかせたのに。 この抱き癖がついたのは兄上のせいだな…………
まだ肉親である私だから良いようなものの、これが他所の男に対しても同じ事をしていたら兄上は一体どうなさる おつもりなんだ? 叔父である私でさえ考えるだけでも腹立たしいというのにーーー
「うん! リルに任せて!! だからクラウスはゆっくり休んでね? ーーおやすみなさい、クラウス」
「ありがとう、おやすみ。リルディア」
そんな私達の会話を聞いていたロウエン将軍は体を後ろに向けて何やら小声で呟くも、その声はこちらの方までは聞こえなかった。
「やれやれ、陛下ーーお気持ち お察し致しますぞ。 さすがに老いた我でもこの場にいるのが恥ずかしくなるほどに、お二人は仲睦まじい」
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リリィはレオンの幼馴染みであり、幼い頃から好意を抱いていたためにこの婚約は嬉しかったが、こんな自分ではレオンにもっと恥をかかせてしまうと思ったからだ。
表だって婚約を発表する前に破棄を申し出た方がいいだろう。
リリィは勇気を出して婚約破棄を申し出たが、なぜかレオンに溺愛されてしまい!?
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
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