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【小話】~サイドストーリー
【小話⑧ー6真相~すれ違い】
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【小話⑧ー6】
「陛下、ありがとうございます。 リルディアの事は自分で対処しますので大丈夫です。 ただその為ために陛下に一つお願いがあるのですがーーー」
そんなクラウスの言葉に国王は振り返ると大きく目を開く。
「なんだ? お前が改まって私に願いとは、また珍しいな?」
「ええ、貴方にしかお願い出来ない少々難しい事なのですが、どうしても聞き届けて頂きたいのです」
国王は立ち止まると、クラウスの顔を見つめた。
「少々難しいとは一体どんな事なのだ? この私に掛かればどんな願いだろうと難しい事など殆ど無いぞ?」
するとクラウスも国王の顔を見つめる。
「ーー実は私は以前、リルディアと『約束』を交わしました。 リルディアが諸外国の歴史に大変興味を持っていて自身の目で見てみたいと言うので、一緒に連れて行くと『約束』したのです。
ですから私の目の手術が無事に成功して、この国に戻って来られた時には、リルディアの勉学向上の為にも一緒に外に連れて行きたいのですが、難しい事は承知の上でどうかお願い致します。 リルディアを暫く私に預けては頂けませんか?」
そんな突然の弟の申し出に国王は苦渋の色を浮かべた表情で両腕を組むと、暫く目を閉じたまま頭を天井に向けたり床に向けたりと、忙しなく動かしながら小さく唸っている。
そして一連の動作が終わったかの様に頭の動きが止まると、国王は閉じていた目を開いて弟の顔をジッと見つめる。
「………クラウスよ。 私もまず一つ先に言いたいのは、“手術が無事に成功して戻ってこられたら”とは、何を言っている? お前の手術にはフォルセナの屈指の厳選された名医達がつくのだぞ? 成功するのは当然の事だ。
それにその目の病の手術において『死亡例』すらないのに“戻って来られたら”などと何をお前らしくもない弱気な事を言っている。お前は元よりそんな男ではないだろう?」
するとクラウスは徐に首を横に振る。
「そういう意味ではありません。 確かに死亡するというわけではありませんが、目の手術というのは医学的にも大変難しい手術です。 いくら名医の手にかかったとしても、失明する場合もあるのです。
もしこれで私が失明してしまえば、この先ブランノアの王位を継ぐ事は出来ませんし、そのままフォルセナの母上の元で暮らす事になるでしょう。 ですから万が一を考えてそう言ったまでです」
それを聞いた国王は苛々した様に大きな息を吐く。
「だからそんな万が一などありえん! お前のは母親とて手術を受けて失明などしていないではないか! それに、もしお前の目を失明させたのならその医者達の目こそ、この私が潰してやる!」
「陛下、またその様な言い方をされてはなりません。 医者は国や民達にとって無くてはならないとても大切な存在です。
それに私の言い方も悪かったのです。 私も医者達には全面的に信頼を置いておりますし、失敗するなどとは思ってはおりませんので大丈夫です。 ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「ーークラウス。お前はブランノアの先代の第三王子であり現国王である私の大事な弟だ。 そんなお前が帰る場所はフォルセナなどではなく、このブランノアだからな。 フォルセナにお前をくれてやるつもりは全く無いから覚えておけ」
そんな国王の意思に従う様にクラウスは何も言わずに頭を下げると、国王は再び口を開く。
「ーーそれとリルディアとの外遊の件は許可する。但し行き先や滞在期間は私が決めるからな。 勿論、護衛も私が選んだ者達を付けさせる。ーーそれでいいな?」
国王の予想外の言葉にクラウスは驚いた様に目を見開いて、その表情が固まっている。
「陛下? それは本気で仰っているのですか?」
「何をそう驚いている。 お前が私に願い出てきたのではないか」
「え、ええ、そうですね。 しかしまさか、そんなあっさりと許可されるとも思ってはいなかったので、何というか拍子抜けしたというかーーー」
そう言いながら些か動揺を見せる弟の様子に国王はフッと笑う。
「リルディアと『約束』をしたのだろう? ならばお前にはその『約束』を果たさねばならない責任がある。 それに放っておくと、痺れを切らしたリルディアが暴走してしまうかもしれんからな。だから今回だけは特別だからな?」
「ありがとうございます、陛下」
クラウスが頭を下げると、国王はふんっと鼻を鳴らして拗ねる様にそっぽを向く。
「ふん、私としては非常に面白くはないが、お前には今回の『一件』の事もあるしな。 それにリルディアが望んでいるのであれば叶えてやらねばならん。
ーー全く、私の知らない間に二人で勝手にそんな『約束』を交わしおって。 しかも私を仲間外れにするなどと全くもって面白くないぞ?
いいか!? 今度は私も一緒に連れて行け! それにお前達と一緒であればエルヴィラも嫌がらずについて来るだろうしな」
それを聞いたクラウスは眉を寄せる。
「国王の貴方が動けば『大事』になってしまいますよ? それこそ外遊どころではなくなります」
しかし国王は大した気にする事もなく、
「ーーふん、ならば、領土内であれば問題なかろう? お前達だけ楽しんで来て、私だけ何も無いのはズルいではないか! だから“この次”は絶対に一緒に行くからな!」
「陛下、これは勉学の為の外遊であって遊びに行くわけではありません。 ですがどうして“この次”なのです? 貴方ならリルディアの行く処であれば何処へでも一緒について行くでしょうに」
すると国王は益々面白くなさげにまるで子供の様にむくれたままでそっぽを向く。
「私はお前達と『約束』はしていないからな。 それにリルディアはお前と二人だけで行きたいから今まで私には何も言わなかったのだろう? ーーうむむ、自分で言うと益々面白くない。
とにかく、だ。 今回はリルディアをお前に預ける。 ーーいいか? お前だから私の可愛いリルディアを少しの間だけ貸してやるんだぞ? これが他の男なら誰であろうと絶対に許さん!!」
国王は言うなり弟の肩を引き寄せて再びその頭をぐしゃぐしゃと少々乱暴に掻き回す。
「だからクラウス! いいな!? 何があろうと絶対にブランノアに帰ってこい!! リルディアとの『約束』を反故にして『嘘つき』呼ばわりなどされたくはないだろう?
リルディアが『嘘』をつかないのはお前がそうさせているのだからな。 万が一でもフォルセナで暮らすなどとほざいたら、首に縄を付けてでも連れて帰るからな!」
そう言いながらも、まだ弟の頭を掻き回す動作を止めない国王の手を避けるように、クラウスは体を捩ってその腕から逃れる。
「………陛下、わざとですよね? これから儀式があるというのに、このボサボサの頭を一体どうしてくれるのです? これでは人前に出られないではありませんか」
「ふんーーお前が悪い。 お前はまだ子供の時の方が素直で可愛いかったぞ? それが、いつの間にか感情の読めない仏頂面のムッツリ男になりおって。 私が育ててきたようなものなのに、どうしてそんな風に荒んでしまったのだ?」
「だから、そんな風になったのですよ。貴方は常識も道理もあって無い方ですからね。 子供の頃からそんな兄に振り回されていては、こんな顔にもなります」
「ははは、それはお前の元からの性分だ。リルディアなど見てみろ! 貴族社会の汚泥の中にあっても素直で真っ直ぐに育っているではないか」
「ええ、本当に。 貴方の育て方の賜物で、どこまでも純粋に真っ直ぐに育っています。しかも父親の貴方にそっくりで自分の感情や欲求の向かう先も前進のみの真っ直ぐですから、そんなリルディアが我儘王女と呼ばれているのは、貴方が『原因』でもあるのですよ?」
「クククッ、女の我儘など世の常識ではないか。 しかも男にそれしきの事くらい受け留められる包容力が無くてどうする。 特に愛しい女の我儘を聞く事が出来るのはその男だけの『特権』なのだぞ?」
「私には貴方のような包容力はありませんからね。 それに我儘の内容によっては許容出来ないものもあるでしょう? しかも貴方の仰る我儘が『特権』だとか私には到底、理解出来ません」
すると国王は小さく鼻を鳴らして含み笑いを浮かべる。
「フッ、それはお前がまだまだ男として修行が足りんからだ。分厚学術書を幾つも読み漁るだけが人生の勉学ではないぞ? 何事を覚えるにしても実践に勝るものはないからな。
ーーそれにな、リルディアの我儘はその殆どが愛情の裏返しなのだ。 それこそ貴族の女達のような、どれこれが欲しいとか、そのような単純なものではなく、
自分の要求に対して、その相手の自分への関心の程度を確認しているのだろうな。 特に心を寄せている者には尚更な。 リルディアは年齢こそは幼いがその辺の大人達よりも機知に富んだ賢い娘だぞ?」
「ええ、分かっています。 貴方の娘ですからね。 ーーですがリルディアの我儘は小さなものから大きなものまでその高低の範囲が広すぎます。 しかもその殆どがその場の思い付きなのですから、貴方同様にその度に振り回されるこちらの身にもなって頂きたい」
そして深いため息をつく弟に国王はニヤニヤと目を細めて笑う。
「ふふん、そんな事を言ってはいてもお前だって本当はそんなリルディアが可愛くて仕方ないのだろうが。 いくらその様に堅物の優等生面をしていても私の目は誤魔化せん。 それに最近リルディアに避けられていて一番落ち込んでいるのはお前だろう?
何が謹慎だ。よく言うわ。 本当はリルディアにそっけない態度を取られて内心はショックで更に嫌われてしまう事が怖くて、城に顔を出せないだけだろうに。 とぼけても無駄だぞ? このムッツリめ!」
「…………一体、誰のせいでこんな事になったのか、もうお忘れですか? それに私は本当にそう言った意味ではなく己の反省の意思で謹慎していたのです。 それをムッツリで括られるとは心外ですーーー」
まるで立ち上るような絶対零度の冷気を含んだ視線を弟から向けられ、国王はその視線から逃がれる様に顔を横に向けて自分の顎髭を撫でる。
「あ~まあ、そう怒るな。 今回は本当に悪かった。 ーー全く、お前のその紺碧の瞳で睨まれると、さすがの私でも氷漬けにされそうで怖いわ」
怖いもの無しの覇王はそう言って笑いながら弟の肩を叩く。 そんなクラウスはされるがままに小さく肩を落とした。
ゴーーン、ゴーーン、ゴーーン…………
再び大神殿の鐘の音が鳴り響く。
「ーーああ、儀式の開始の鐘だ。 こんな所でいつまでも話し込んでいる場合ではないな。
クラウス、先ほどは上手く話をはぐらかしたつもりだろうが逃がしてはやらん。 いいか?必ずブランノアに帰ってくるのだ。リルディアが16歳になる前にな。 お前が私にそれを『約束』しろ」
国王の『厳命』を含んだ言葉にクラウスは静かに俯く。
「……貴方には敵いませんね。 逃れようとしても逃れられない。 ーーええ、『約束』します。もし私が失明してしまったとしても必ずブランノアに戻ります。
私が戻らないとなれば貴方なら本当に縄を携えて押し入って来られそうですし、それに何よりもリルディアには『嘘』はつきたくありません」
「ふん、私が心配する事も無かったな。私との『約束』などよりもリルディアとの『約束』の方がよほど大事なのではないか。本当にお前も色々と面倒くさいヤツだな」
そうして二人が長い廊下の先の大神殿の大広間に続く入り口まで来ると、そこには白い正装束の第一騎士団隊長とその部下達が数人待機していて二人の前で礼をする。
「ーー陛下、守備は全て万全で異常はない。第二騎士団隊と共に王妃、王女、第二王弟殿下、愛妾も既に大広間に入っている。貴方達で最後だ」
国王の側近である第一騎士団隊長の報告を受けながら、国王はそんな隊長の姿を上から下まで撫でる様に見つめてニヤニヤと笑っている。
「ククッ、グレッグ。 お前の正装姿は何度見ても笑えるな。 お前ほど『白』が似合わんヤツはいない。 存在が衣装に負けているぞ?」
その言葉に隊長は眉間に皺を寄せるとたちまち仏頂面になる。
「正装なのだから仕方がないだろうが。 俺だって好き好んで着ているわけではない。 しかも毎回、同じ事を言って、よく飽きないものだ。 いい加減見慣れているだろうに」
「何を言う。正式な公の場でしか見られぬ格好だ。 だから面白いのではないか。 おお、そうだ! それであればその晴れ姿を肖像画にして第一騎士団隊宿舎にでも飾ってはどうだ? そうすれば私もいい加減見飽きて何も言わなくなるかもしれんぞ?」
「ーーやめてくれ。 それならまだリルディア王女の絵の方がまだマシだ」
それを聞いて国王は豪快に大笑いをする。
「わははは、ようやくお前も我が娘の絵の素晴しさが分かったか! なにせ、リルディアが描いたお前の絵が一番の傑作であったからな」
「ーーああ………そうだったな」
そんな豪快に笑う国王とは対照的に肩を落として深いため息をつく第一騎士団隊長の会話の間にクラウスの声が割って入る。
「陛下、そこまでにして下さい。 それでなくとも第一騎士団隊長は大事な役目を担っているのです。 今から精根尽き果ててもらっては皆が困るのですよ?」
そんな弟の窘めの言葉に国王は笑うのを止めて左手をヒラヒラと振る。
「ああ、分かった、分かった。 全く、お前達には冗談も通じんとは本当に面白味のない真面目な奴等だな」
それには弟と隊長が揃って口を開く。
「貴方の場合は『冗談』も『本気』も同じ事です」
「陛下は『冗談』も『冗談』にはならんからな」
そんな二人に対して国王は子供のようにむくれた表情を見せる。
「お前達が揃うと場がしらけてどうにもつまらん。 私を真に理解してくれる者がリルディアただ一人だけだとは寂しいものだ」
「貴方の感覚についていける者などリルディア王女くらいなものだ。 似た者親子だからな」
「しかもリルディアの方が陛下よりも全然良いですね。 あの子は丁寧に理解させれば素直に応じてくれますから」
その言葉を受けて国王はつまらなそうに肩を竦めて二人に背を向ける。
「ふん、こうしてお前達と話していても面白くもなんともないわ。 後でリルディアにお前達に苛められたと言って、たっぷりと慰めてもらおう」
「苛めてなどいません。正当な意見を述べたまでです」
「いい歳をした大の大人が子供に甘えてどうする?」
そんな二人を尻目に国王は前を先導して歩いて行く。
「ーーさて、他愛ない話はそこまでだ。 我等が入らねば儀式が始められんからな。 お前達、もたもたするな。 ーー行くぞ」
そう言って前方を堂々たる風格で歩いて行く国王の背後では二つの大きなため息が同時に重なっていた。
「ーー全く、どこまでも自由奔放だな」
「それは今に始まった事ではないだろう? ヴァンデルーーー」
【⑧ー終】
「陛下、ありがとうございます。 リルディアの事は自分で対処しますので大丈夫です。 ただその為ために陛下に一つお願いがあるのですがーーー」
そんなクラウスの言葉に国王は振り返ると大きく目を開く。
「なんだ? お前が改まって私に願いとは、また珍しいな?」
「ええ、貴方にしかお願い出来ない少々難しい事なのですが、どうしても聞き届けて頂きたいのです」
国王は立ち止まると、クラウスの顔を見つめた。
「少々難しいとは一体どんな事なのだ? この私に掛かればどんな願いだろうと難しい事など殆ど無いぞ?」
するとクラウスも国王の顔を見つめる。
「ーー実は私は以前、リルディアと『約束』を交わしました。 リルディアが諸外国の歴史に大変興味を持っていて自身の目で見てみたいと言うので、一緒に連れて行くと『約束』したのです。
ですから私の目の手術が無事に成功して、この国に戻って来られた時には、リルディアの勉学向上の為にも一緒に外に連れて行きたいのですが、難しい事は承知の上でどうかお願い致します。 リルディアを暫く私に預けては頂けませんか?」
そんな突然の弟の申し出に国王は苦渋の色を浮かべた表情で両腕を組むと、暫く目を閉じたまま頭を天井に向けたり床に向けたりと、忙しなく動かしながら小さく唸っている。
そして一連の動作が終わったかの様に頭の動きが止まると、国王は閉じていた目を開いて弟の顔をジッと見つめる。
「………クラウスよ。 私もまず一つ先に言いたいのは、“手術が無事に成功して戻ってこられたら”とは、何を言っている? お前の手術にはフォルセナの屈指の厳選された名医達がつくのだぞ? 成功するのは当然の事だ。
それにその目の病の手術において『死亡例』すらないのに“戻って来られたら”などと何をお前らしくもない弱気な事を言っている。お前は元よりそんな男ではないだろう?」
するとクラウスは徐に首を横に振る。
「そういう意味ではありません。 確かに死亡するというわけではありませんが、目の手術というのは医学的にも大変難しい手術です。 いくら名医の手にかかったとしても、失明する場合もあるのです。
もしこれで私が失明してしまえば、この先ブランノアの王位を継ぐ事は出来ませんし、そのままフォルセナの母上の元で暮らす事になるでしょう。 ですから万が一を考えてそう言ったまでです」
それを聞いた国王は苛々した様に大きな息を吐く。
「だからそんな万が一などありえん! お前のは母親とて手術を受けて失明などしていないではないか! それに、もしお前の目を失明させたのならその医者達の目こそ、この私が潰してやる!」
「陛下、またその様な言い方をされてはなりません。 医者は国や民達にとって無くてはならないとても大切な存在です。
それに私の言い方も悪かったのです。 私も医者達には全面的に信頼を置いておりますし、失敗するなどとは思ってはおりませんので大丈夫です。 ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「ーークラウス。お前はブランノアの先代の第三王子であり現国王である私の大事な弟だ。 そんなお前が帰る場所はフォルセナなどではなく、このブランノアだからな。 フォルセナにお前をくれてやるつもりは全く無いから覚えておけ」
そんな国王の意思に従う様にクラウスは何も言わずに頭を下げると、国王は再び口を開く。
「ーーそれとリルディアとの外遊の件は許可する。但し行き先や滞在期間は私が決めるからな。 勿論、護衛も私が選んだ者達を付けさせる。ーーそれでいいな?」
国王の予想外の言葉にクラウスは驚いた様に目を見開いて、その表情が固まっている。
「陛下? それは本気で仰っているのですか?」
「何をそう驚いている。 お前が私に願い出てきたのではないか」
「え、ええ、そうですね。 しかしまさか、そんなあっさりと許可されるとも思ってはいなかったので、何というか拍子抜けしたというかーーー」
そう言いながら些か動揺を見せる弟の様子に国王はフッと笑う。
「リルディアと『約束』をしたのだろう? ならばお前にはその『約束』を果たさねばならない責任がある。 それに放っておくと、痺れを切らしたリルディアが暴走してしまうかもしれんからな。だから今回だけは特別だからな?」
「ありがとうございます、陛下」
クラウスが頭を下げると、国王はふんっと鼻を鳴らして拗ねる様にそっぽを向く。
「ふん、私としては非常に面白くはないが、お前には今回の『一件』の事もあるしな。 それにリルディアが望んでいるのであれば叶えてやらねばならん。
ーー全く、私の知らない間に二人で勝手にそんな『約束』を交わしおって。 しかも私を仲間外れにするなどと全くもって面白くないぞ?
いいか!? 今度は私も一緒に連れて行け! それにお前達と一緒であればエルヴィラも嫌がらずについて来るだろうしな」
それを聞いたクラウスは眉を寄せる。
「国王の貴方が動けば『大事』になってしまいますよ? それこそ外遊どころではなくなります」
しかし国王は大した気にする事もなく、
「ーーふん、ならば、領土内であれば問題なかろう? お前達だけ楽しんで来て、私だけ何も無いのはズルいではないか! だから“この次”は絶対に一緒に行くからな!」
「陛下、これは勉学の為の外遊であって遊びに行くわけではありません。 ですがどうして“この次”なのです? 貴方ならリルディアの行く処であれば何処へでも一緒について行くでしょうに」
すると国王は益々面白くなさげにまるで子供の様にむくれたままでそっぽを向く。
「私はお前達と『約束』はしていないからな。 それにリルディアはお前と二人だけで行きたいから今まで私には何も言わなかったのだろう? ーーうむむ、自分で言うと益々面白くない。
とにかく、だ。 今回はリルディアをお前に預ける。 ーーいいか? お前だから私の可愛いリルディアを少しの間だけ貸してやるんだぞ? これが他の男なら誰であろうと絶対に許さん!!」
国王は言うなり弟の肩を引き寄せて再びその頭をぐしゃぐしゃと少々乱暴に掻き回す。
「だからクラウス! いいな!? 何があろうと絶対にブランノアに帰ってこい!! リルディアとの『約束』を反故にして『嘘つき』呼ばわりなどされたくはないだろう?
リルディアが『嘘』をつかないのはお前がそうさせているのだからな。 万が一でもフォルセナで暮らすなどとほざいたら、首に縄を付けてでも連れて帰るからな!」
そう言いながらも、まだ弟の頭を掻き回す動作を止めない国王の手を避けるように、クラウスは体を捩ってその腕から逃れる。
「………陛下、わざとですよね? これから儀式があるというのに、このボサボサの頭を一体どうしてくれるのです? これでは人前に出られないではありませんか」
「ふんーーお前が悪い。 お前はまだ子供の時の方が素直で可愛いかったぞ? それが、いつの間にか感情の読めない仏頂面のムッツリ男になりおって。 私が育ててきたようなものなのに、どうしてそんな風に荒んでしまったのだ?」
「だから、そんな風になったのですよ。貴方は常識も道理もあって無い方ですからね。 子供の頃からそんな兄に振り回されていては、こんな顔にもなります」
「ははは、それはお前の元からの性分だ。リルディアなど見てみろ! 貴族社会の汚泥の中にあっても素直で真っ直ぐに育っているではないか」
「ええ、本当に。 貴方の育て方の賜物で、どこまでも純粋に真っ直ぐに育っています。しかも父親の貴方にそっくりで自分の感情や欲求の向かう先も前進のみの真っ直ぐですから、そんなリルディアが我儘王女と呼ばれているのは、貴方が『原因』でもあるのですよ?」
「クククッ、女の我儘など世の常識ではないか。 しかも男にそれしきの事くらい受け留められる包容力が無くてどうする。 特に愛しい女の我儘を聞く事が出来るのはその男だけの『特権』なのだぞ?」
「私には貴方のような包容力はありませんからね。 それに我儘の内容によっては許容出来ないものもあるでしょう? しかも貴方の仰る我儘が『特権』だとか私には到底、理解出来ません」
すると国王は小さく鼻を鳴らして含み笑いを浮かべる。
「フッ、それはお前がまだまだ男として修行が足りんからだ。分厚学術書を幾つも読み漁るだけが人生の勉学ではないぞ? 何事を覚えるにしても実践に勝るものはないからな。
ーーそれにな、リルディアの我儘はその殆どが愛情の裏返しなのだ。 それこそ貴族の女達のような、どれこれが欲しいとか、そのような単純なものではなく、
自分の要求に対して、その相手の自分への関心の程度を確認しているのだろうな。 特に心を寄せている者には尚更な。 リルディアは年齢こそは幼いがその辺の大人達よりも機知に富んだ賢い娘だぞ?」
「ええ、分かっています。 貴方の娘ですからね。 ーーですがリルディアの我儘は小さなものから大きなものまでその高低の範囲が広すぎます。 しかもその殆どがその場の思い付きなのですから、貴方同様にその度に振り回されるこちらの身にもなって頂きたい」
そして深いため息をつく弟に国王はニヤニヤと目を細めて笑う。
「ふふん、そんな事を言ってはいてもお前だって本当はそんなリルディアが可愛くて仕方ないのだろうが。 いくらその様に堅物の優等生面をしていても私の目は誤魔化せん。 それに最近リルディアに避けられていて一番落ち込んでいるのはお前だろう?
何が謹慎だ。よく言うわ。 本当はリルディアにそっけない態度を取られて内心はショックで更に嫌われてしまう事が怖くて、城に顔を出せないだけだろうに。 とぼけても無駄だぞ? このムッツリめ!」
「…………一体、誰のせいでこんな事になったのか、もうお忘れですか? それに私は本当にそう言った意味ではなく己の反省の意思で謹慎していたのです。 それをムッツリで括られるとは心外ですーーー」
まるで立ち上るような絶対零度の冷気を含んだ視線を弟から向けられ、国王はその視線から逃がれる様に顔を横に向けて自分の顎髭を撫でる。
「あ~まあ、そう怒るな。 今回は本当に悪かった。 ーー全く、お前のその紺碧の瞳で睨まれると、さすがの私でも氷漬けにされそうで怖いわ」
怖いもの無しの覇王はそう言って笑いながら弟の肩を叩く。 そんなクラウスはされるがままに小さく肩を落とした。
ゴーーン、ゴーーン、ゴーーン…………
再び大神殿の鐘の音が鳴り響く。
「ーーああ、儀式の開始の鐘だ。 こんな所でいつまでも話し込んでいる場合ではないな。
クラウス、先ほどは上手く話をはぐらかしたつもりだろうが逃がしてはやらん。 いいか?必ずブランノアに帰ってくるのだ。リルディアが16歳になる前にな。 お前が私にそれを『約束』しろ」
国王の『厳命』を含んだ言葉にクラウスは静かに俯く。
「……貴方には敵いませんね。 逃れようとしても逃れられない。 ーーええ、『約束』します。もし私が失明してしまったとしても必ずブランノアに戻ります。
私が戻らないとなれば貴方なら本当に縄を携えて押し入って来られそうですし、それに何よりもリルディアには『嘘』はつきたくありません」
「ふん、私が心配する事も無かったな。私との『約束』などよりもリルディアとの『約束』の方がよほど大事なのではないか。本当にお前も色々と面倒くさいヤツだな」
そうして二人が長い廊下の先の大神殿の大広間に続く入り口まで来ると、そこには白い正装束の第一騎士団隊長とその部下達が数人待機していて二人の前で礼をする。
「ーー陛下、守備は全て万全で異常はない。第二騎士団隊と共に王妃、王女、第二王弟殿下、愛妾も既に大広間に入っている。貴方達で最後だ」
国王の側近である第一騎士団隊長の報告を受けながら、国王はそんな隊長の姿を上から下まで撫でる様に見つめてニヤニヤと笑っている。
「ククッ、グレッグ。 お前の正装姿は何度見ても笑えるな。 お前ほど『白』が似合わんヤツはいない。 存在が衣装に負けているぞ?」
その言葉に隊長は眉間に皺を寄せるとたちまち仏頂面になる。
「正装なのだから仕方がないだろうが。 俺だって好き好んで着ているわけではない。 しかも毎回、同じ事を言って、よく飽きないものだ。 いい加減見慣れているだろうに」
「何を言う。正式な公の場でしか見られぬ格好だ。 だから面白いのではないか。 おお、そうだ! それであればその晴れ姿を肖像画にして第一騎士団隊宿舎にでも飾ってはどうだ? そうすれば私もいい加減見飽きて何も言わなくなるかもしれんぞ?」
「ーーやめてくれ。 それならまだリルディア王女の絵の方がまだマシだ」
それを聞いて国王は豪快に大笑いをする。
「わははは、ようやくお前も我が娘の絵の素晴しさが分かったか! なにせ、リルディアが描いたお前の絵が一番の傑作であったからな」
「ーーああ………そうだったな」
そんな豪快に笑う国王とは対照的に肩を落として深いため息をつく第一騎士団隊長の会話の間にクラウスの声が割って入る。
「陛下、そこまでにして下さい。 それでなくとも第一騎士団隊長は大事な役目を担っているのです。 今から精根尽き果ててもらっては皆が困るのですよ?」
そんな弟の窘めの言葉に国王は笑うのを止めて左手をヒラヒラと振る。
「ああ、分かった、分かった。 全く、お前達には冗談も通じんとは本当に面白味のない真面目な奴等だな」
それには弟と隊長が揃って口を開く。
「貴方の場合は『冗談』も『本気』も同じ事です」
「陛下は『冗談』も『冗談』にはならんからな」
そんな二人に対して国王は子供のようにむくれた表情を見せる。
「お前達が揃うと場がしらけてどうにもつまらん。 私を真に理解してくれる者がリルディアただ一人だけだとは寂しいものだ」
「貴方の感覚についていける者などリルディア王女くらいなものだ。 似た者親子だからな」
「しかもリルディアの方が陛下よりも全然良いですね。 あの子は丁寧に理解させれば素直に応じてくれますから」
その言葉を受けて国王はつまらなそうに肩を竦めて二人に背を向ける。
「ふん、こうしてお前達と話していても面白くもなんともないわ。 後でリルディアにお前達に苛められたと言って、たっぷりと慰めてもらおう」
「苛めてなどいません。正当な意見を述べたまでです」
「いい歳をした大の大人が子供に甘えてどうする?」
そんな二人を尻目に国王は前を先導して歩いて行く。
「ーーさて、他愛ない話はそこまでだ。 我等が入らねば儀式が始められんからな。 お前達、もたもたするな。 ーー行くぞ」
そう言って前方を堂々たる風格で歩いて行く国王の背後では二つの大きなため息が同時に重なっていた。
「ーー全く、どこまでも自由奔放だな」
「それは今に始まった事ではないだろう? ヴァンデルーーー」
【⑧ー終】
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彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
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