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4章 社会人編

<16>動き出す3

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「あ……れ、どこだ、ここ」
目を開くと見知らぬ天井が目に入る。石で固められだけのそれを見るだけで、ここが普通の部屋ではないことがわかる。

手足が自由なことを確認して、ゆっくりと身体を起こす。高い位置にある小窓から月明かりが差し込んでいるだけの室内は薄暗い。

目を凝らして辺りを見回すと、膝を抱えて蹲っている子どもたちが大勢いることに気が付いた。中にはすすり泣いている子どももいる。

ふいに袖をそっと引っ張られて振り向くと、俺と一緒に攫われてきた小さな子どもたちが
俺を見ていた。

「お兄ちゃん……」
「二人とも無事だったんだな。良かったとは言えねえ状況だけど。でも良かった」
二人の頭を撫でてやると、緊張しきっていた子どもたちの顔が少しだけ緩む。

「みんな、怖かったよな。でももう大丈夫だ。皆で街に帰ることができるからな」
だが子どもたちが俺に応えるよりも早く、牢の鉄格子がガンッと大きな音を立てて蹴られた。

「何言ってんだよテメェは。おまえらはこれから売られるんだよ」
「大丈夫だってよ、強がりやがって」
下卑た笑い声が石造りの室内に響く。

子ども達は互いに身を寄せ合って震えている。
俺は一緒に連れてこられた二人を背後に隠すように体制を整えると、男たちを睨みつけた。

酔っているのだろうか。濁りきった充血した瞳でバカにしたように言葉を吐く。
「これだから世間知らずのボンボンはよぉ。おまえみたいな奴が貧民街で何してたんだよ。ええ?」

「おまえらに関係ない。それより俺たちをどこに売る気だよ」
「俺たちは知らねえよ。おまえらを港まで運ぶまでが俺たちの仕事だからな」
「……今までどれだけの子どもを運んだんだ」
「ああ? おまえらが初めてだよ。できるだけ多い方がいいって言われてよ。3日後に港から船に乗せる。そうすりゃ俺たちは遊んで暮らせる大金を手に入れられるってわけだ」

男たちは再びゲラゲラと笑う。
「おまえも運が悪ぃよなあ。服は大したことねえがあれだけ護衛がついてたってことは、王都の金持ちの息子だろ? 商人か? 両替商か?」

(そうか。こいつら俺が貴族だって気づいてないのか)
街へ行くまでは王宮で働く制服を着用していた。だがそのままで調理をすると服が汚れてしまう。そこで使用人用の服にエプロンという装いに着替えていたのだ。

そのせいで彼らは俺が貴族だとはまるで気づいていない。
(てことは魔法が使えるとも思ってないよな……)

「どっちにしろ恨むなら自分の運のなさを選べよ」
「そうそう。余計な事に首突っ込むからこうなんだよ」
男たちはぞろぞろと牢から出て行った。

足音がすっかり遠くなったのを確認し、俺は牢の中にいる子どもたち一人ひとりに声をかけ、頭を撫でる。

「大丈夫だから。アイツらは何も知らないんだ。俺たちを助けるために、もう動き出してる人たちがいるんだぞ。だから何にも心配しないで、とにかく身体を休めな」
子どもたちは不安に揺れた目をしつつ、頷いてくれる。

話を聞くと、食事は1日2食与えられているようだった。それなりの量もあるようで少し安心する。商品である以上、病気にでもなられたら困るのだろう。

しばらくすると、今度は目つきの悪い女たちが食事を運んできた。
牢の一部を開けて、銀の大鍋と食器類、そしてパンの入った大籠を中に入れると、素早く鍵が閉められる。

鍋を取ろうと立ち上がると、一人の女が俺の顔を舐めるように見た。
「あらあ。いい男じゃない。あたしに金があれば買いたいぐらいだわ」
周囲の女たちが一斉に笑いだす。

内心、腹が立ったがそれを隠してできるだけ感じの良い笑みを作る。
「あなたのような美しい女性に買われるなら本望ですよ」
「いやだ! 口も上手いよこの男!」
女は顔を紅潮させて叫ぶ。

「ところで、ここは一体どこなのです?」
「ああ。ラーウィックさ。港のすぐ近くだよ。あまり遠いとアンタたちを連れていくのが大変だからね」
「そうですか……」

場所がわかっただけでも大収穫だ。それにラーウィックは王都からほど近い。小さな町だし、場所させ知らせることができればきっと助けは来る。

女たちを怪しませないよう、適当に会話をしてその場を取り繕う。おかで彼女たちが出て行ったときはどっと疲れてしまった。

急いでパンとスープを子どもたちに配る。緑を帯びた黄色いスープには申し訳程度に薄切りのハムが浮いている。ひと口飲んで、俺はハッとする。

(これ、エンドウ豆のスープだ。最近流通している乾燥エンドウ豆を水に戻して使ってるな……確かこれは…アイツの領地の特産品じゃないか……!?)

もし俺の推理が正しいのだすれば。この人身売買の裏には大貴族がいる。あの男たちもかなりの魔力が必要な転移魔法陣を使っていた事からも間違いないはずだ。もしかすると実行犯の中にも魔力を持つ人間がいるかもしれない。

(やべえ。早くなんとかしないと……)
鼓動が少し早くなる。背中を一筋、冷や汗が流れた。このままだと焦ってパニックに陥ってしまうかもしれない。

(こんな時、ジェラルドならどうするだろう)
目を閉じて深呼吸を繰り返す。「追い詰められた時こそ焦るな。気持ちで負けたら思考も停止する。心を落ち着かせて、それからゆっくり考えろ」ジェラルドの声が頭の中に響いた。確か体術の稽古をつけてもらった時の言葉だ。

(よし。俺はこの子たちを一人残らず全員助ける)
目を開けると、薄暗がりの中から心配そうなたくさんの目が俺を見ていた。
「大丈夫だ、絶対に。最強の王子様が俺たちを助けに来てくれるから」
口に出してみると、それが確定事項だと自然に思えてくる。心からの笑顔を浮かべて、俺は同じ言葉を繰り返した。


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