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3章 王立学院編ー後編―

<64>二人のかたち※3章最終話

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無意識に腕を引こうとするが、ジェラルドは離してくれない。俺を掴む手は熱く、その熱が移ったかのように、頬もじわじわと熱くなっていく。

本音を言葉にするのは、とても勇気がいる。けれどジェラルドが本当のことを話してくれた今、俺も黙っているわけにはいかない。

何度も何度も呼吸を繰り返して、やっと声に出すことができた。
「正直に言うと……まだ、自分の気持ちがよくわからないんです。俺は、本当の意味で人を好きになったことがないので」
「うん」

つかえながら、ゆっくりと話す俺にジェラルドは優しい声で相槌を打ってくれる。
「でも……ジェラルド様がオリヴィア様のことを好きなのかと思ったら、なんだか、その……胸が、少し……痛くなった、気がしました」
「……うん」
「だから、きっと……今、俺の気持ちは、ジェラルド様の方に向いているんだと、思います」

俺の手首を握る手に、少しだけ力が込められた。
「ということは……今のところ、婚約は続行ってことで、いいんだよ、な……」

あらためて言葉にされると、顔から火が出るほど恥ずかしい。目を合わせたら物理的に頭が爆発してしまいそうな気がして、合わせられない。

俺は少し俯いて、首を縦に振った。もうダメだ、今はこれが限界だ。
「そうか……よかった、ありがとう」

頭上でジェラルドが嬉しそうに笑ったのがわかった。ジェラルドの明るい声を聞いたのは、いつぶりだろう。それだけのことなのに、どうしてか俺の気持ちまで弾んでくる。

「ユージン、顔を上げてくれないか。顔が、見たい」
ジェラルドの甘えるような声。だが目を合わせるのは恥ずかしい。俺は小さく首を横に振った。だが手首を掴んでいたジェラルドの手が離されて、ゆっくりと俺の頬に移動していく。

「頼む、顔が見たい」
耳の孔に息を吹き込むように懇願されて、ぎゅっと目を閉じた。頬に添えられた手に少し力が加わって、顔を上向かせられてしまう。

目を閉じているから、ジェラルドと目が合うことはない。これはこれで恥ずかしいけれど、視線を交わすよりはマシだ。

「必死に目、閉じて……可愛い」
笑いを含んだ囁きがすぐ近くで聞こえたかと思うと、額に柔らかいものが触れる。

「なに!?」
思わす目をあけると甘く蕩けるアクアマリンの瞳が視界いっぱいに広がった。

「い、いま……額に……」
「キスした。本当はここにしたかったけどな」

そう言って親指で下唇を優しく撫でる。
「……っ」
何か言ってやりたいのに、声が喉に張り付いたように出てこない。そんな俺を見てジェラルドは目を細めた。

「今はこれで十分だ……ユージン、俺はおまえのことが好きだ。これからもずっと俺にはおまえだけだ」
そのままされるがままにジェラルドの逞しく温かい胸に抱きしめられて、しばらく離してもらえなかった。恥ずかしくて死にそうだったけれど、ジェラルドがあまりに幸せそうに笑うから、まあいいかという気持ちになっていたのは内緒だ。


そうして翌日、俺はジェラルドの婚約者としてプロムに出席した。ルーイ先輩とジュリアンには散々「男の趣味が悪い」「見る目がない」と揶揄われて、その度にジェラルドが怒っていた。

こんな3人のやりとりを見るのも、もうあと数日なのかと思うと急に寂しさが押し寄せてくる。そんなしんみりした雰囲気で迎えたプロムの中盤は、だが卒業生代表として壇上に立ったジェラルドによって見事にぶち壊された。

王子らしい優雅で隙のないスピーチの最後をジェラルドはとんでもない爆弾発言で占めた。

「僕たちはあと数日で卒業を迎えますが、最愛の婚約者であるユージン・ジェニングスはあと1年、この学院で過ごします。王子の婚約者といえ、見過ごすことのできない魅力の持ち主なので、卒業しても悪い虫がつかないようにしっかり注意して、そしてユージンが卒業したらすぐに幸せな家庭を築けるよう、公務に勤しみたいと思います」

会場が大いに盛り上がる中、俺はひとり顔面蒼白で大慌てだ。
スピーチの後のダンスタイム、ワルツを踊りながら俺はジェラルドに小さな声で抗議した。

「公の場で何をなさってるんですか! 勝手なこと言わないでください!」
だがジェラルドは昨日と同じように幸せでたまらないといった顔で笑った。

「大丈夫だ。絶対に俺のことが好きだって言わせるから」
自信たっぷりに輝く瞳を見ていると、なんだかそのうち本当にそうなってしまいそうな気がする。
もうなんだかこの人には一生勝てない気がして、俺も一緒に笑った。
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