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3章 王立学院編ー後編―
45<きみに想う人がいても>
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もう少しで鼻先が触れ合いそうな距離まで近づいてきたその瞬間。
「ジェラルド様、申し訳ございません。扉を開けてくださいますか?」
扉の向こうからエディのくぐもった声が聞こえ、二人とも大げさなくらい肩が跳ねた。近づいていた距離は一瞬でもとに戻る。
「あ、ああ…! 今行く」
ジェラルドが扉を開けると、両手で銀のトレイを持ったエディが部屋に入ってきた。
「すみません……! 両手が塞がってしまって。ありがとうございます」
軽く頭を下げるエディにジェラルドは気にするなと小さく告げる。
「ああ……落ち着く」
ベッドテーブルに置かれたティーカップの中身はレモンバームのハーブティーだ。
ジェニングス家では寝込んだときにこのお茶をよく飲む。エディはなぜか俺とジェラルドの顔を何度も交互に見て、それからなぜか勢いよく立ち上がる。
「あの、もしかして僕……お邪魔だったりします?」
その言葉にジェラルドと俺は勢いよく顔を上げ、同時に全然そんなことはないと叫んでしまった。
「ななななに言ってんだよエディ! 俺とジェラルド様は至っていつも通りだ!」
「そそそそうだぞエディ。俺たちはいつもとなんら変わりない」
だがエディは何とも言えない表情で俺たちを一瞥すると、ドアの方へ歩いていく。俺は焦って呼び止めた。
「どうしたんだ!?」
「いやあの……用事を思い出したからもう行くよ。ジェラルド様、兄さんをよろしくお願いしますね」
そう言ってエディはあっという間に部屋を出て行ってしまった。エディの足音が聞こえなくなると、またしても部屋に沈黙が落ちる。
たった今ハーブティーを飲んだばかりだというのに喉がカラカラだ。静寂の中、ジェラルドが大きく息を吸い込むのがわかる。
「ユージン」
「はっ、はい!」
突然呼びかけられたせいで、声が裏返った。ダサすぎる自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。
だがジェラルドは笑うことなく、緊張気味の声で続けた。
「そっちに行ってもいいか?」
「……はい」
はいと返事はしたものの、俯いてしまう。すぐに足音が近づいてきてベッド脇の椅子にジェラルドが腰掛けたのがわかった。
だがジェラルドは何も言わない。俺も下を向いたまま、視線は彼の靴に向けていた。
(なにかしゃべった方がいいのか……? でも何を……)
心の中では饒舌なのに、喉に言葉が貼りついて口からは何も出てこない。なのに心臓はまたどんどん速くなる。あまりにドクドクと胸を打っていつので、ジェラルドにも聞こえているんじゃないかと気が気ではない。
どれだけそうしていたのだろうか。やがてジェラルドが優しく声をかけてきた。
「顔を上げてくれないか」
「……は、い」
きっとまだ顔は赤い。こんな顔を見られたくないと思いながらも俺は目を上げた。
「……っ」
思いのほか近くで煌めくアクアマリンの美しさに息を呑む。先ほどの甘い雰囲気を思い出して、さらに顔が火照っていく。
ジェラルドは右手の甲で優しく頬に触れた。
「目、ほとんど腫れてないみたいだ。よかったな」
「はい。ありがとうございます」
ひんやりとした手が火照った肌に心地良い。緊張で強張っていた体がが少しずつ解れていく気がする。
無意識に自ら頬を手に摺り寄せると、ジェラルドの体が魚のように跳ねた。
「あ、すみません俺……」
(何やってんだよ! 俺のバカ!!)
自分の軽率な行動に心の中で喝を入れる。だが一瞬だけ見開かれたジェラルドの瞳は、さっきよりもずっと甘く蕩けるような色を浮かべている。
「謝ることはない……ただ、可愛いと思っただけだ」
「……っ」
瞳よりもさらに甘い声で囁かれるて言葉を失ってしまう。ジェラルドは俺の頬に触れたまま、しっかりと視線を合わせた。
「俺はおまえが好きだ」
「ジェラルド様……」
心の奥が甘く痺れるような感覚に自分でも驚く。嬉しいような、むず痒いような、この気持ちは一体なんだろう。
ジェラルドは手を離すと、少しだけ苦しそうに目を細めた。
「だからユージンに想う人がいても離してやれない……すまない」
予想外の言葉に今度は俺が目を丸くする。
「え?」
(俺に好きな人? 何の話だ?)
ジェラルドの口ぶりは、まるで俺に誰か好きな人がいるかのように聞こえた。一体どういう意味だろうと考えていると、ジェラルドが椅子から立ち上がった。
「そろそろ戻る。今日はゆっくり休め」
そう言って優しく頭を撫でると、声をかける間もなく部屋を出て行ってしまう。
一人残された室内に、俺の間抜けな声が響いた。
「俺、好きな人いるなんて言ったっけ……?」
「ジェラルド様、申し訳ございません。扉を開けてくださいますか?」
扉の向こうからエディのくぐもった声が聞こえ、二人とも大げさなくらい肩が跳ねた。近づいていた距離は一瞬でもとに戻る。
「あ、ああ…! 今行く」
ジェラルドが扉を開けると、両手で銀のトレイを持ったエディが部屋に入ってきた。
「すみません……! 両手が塞がってしまって。ありがとうございます」
軽く頭を下げるエディにジェラルドは気にするなと小さく告げる。
「ああ……落ち着く」
ベッドテーブルに置かれたティーカップの中身はレモンバームのハーブティーだ。
ジェニングス家では寝込んだときにこのお茶をよく飲む。エディはなぜか俺とジェラルドの顔を何度も交互に見て、それからなぜか勢いよく立ち上がる。
「あの、もしかして僕……お邪魔だったりします?」
その言葉にジェラルドと俺は勢いよく顔を上げ、同時に全然そんなことはないと叫んでしまった。
「ななななに言ってんだよエディ! 俺とジェラルド様は至っていつも通りだ!」
「そそそそうだぞエディ。俺たちはいつもとなんら変わりない」
だがエディは何とも言えない表情で俺たちを一瞥すると、ドアの方へ歩いていく。俺は焦って呼び止めた。
「どうしたんだ!?」
「いやあの……用事を思い出したからもう行くよ。ジェラルド様、兄さんをよろしくお願いしますね」
そう言ってエディはあっという間に部屋を出て行ってしまった。エディの足音が聞こえなくなると、またしても部屋に沈黙が落ちる。
たった今ハーブティーを飲んだばかりだというのに喉がカラカラだ。静寂の中、ジェラルドが大きく息を吸い込むのがわかる。
「ユージン」
「はっ、はい!」
突然呼びかけられたせいで、声が裏返った。ダサすぎる自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。
だがジェラルドは笑うことなく、緊張気味の声で続けた。
「そっちに行ってもいいか?」
「……はい」
はいと返事はしたものの、俯いてしまう。すぐに足音が近づいてきてベッド脇の椅子にジェラルドが腰掛けたのがわかった。
だがジェラルドは何も言わない。俺も下を向いたまま、視線は彼の靴に向けていた。
(なにかしゃべった方がいいのか……? でも何を……)
心の中では饒舌なのに、喉に言葉が貼りついて口からは何も出てこない。なのに心臓はまたどんどん速くなる。あまりにドクドクと胸を打っていつので、ジェラルドにも聞こえているんじゃないかと気が気ではない。
どれだけそうしていたのだろうか。やがてジェラルドが優しく声をかけてきた。
「顔を上げてくれないか」
「……は、い」
きっとまだ顔は赤い。こんな顔を見られたくないと思いながらも俺は目を上げた。
「……っ」
思いのほか近くで煌めくアクアマリンの美しさに息を呑む。先ほどの甘い雰囲気を思い出して、さらに顔が火照っていく。
ジェラルドは右手の甲で優しく頬に触れた。
「目、ほとんど腫れてないみたいだ。よかったな」
「はい。ありがとうございます」
ひんやりとした手が火照った肌に心地良い。緊張で強張っていた体がが少しずつ解れていく気がする。
無意識に自ら頬を手に摺り寄せると、ジェラルドの体が魚のように跳ねた。
「あ、すみません俺……」
(何やってんだよ! 俺のバカ!!)
自分の軽率な行動に心の中で喝を入れる。だが一瞬だけ見開かれたジェラルドの瞳は、さっきよりもずっと甘く蕩けるような色を浮かべている。
「謝ることはない……ただ、可愛いと思っただけだ」
「……っ」
瞳よりもさらに甘い声で囁かれるて言葉を失ってしまう。ジェラルドは俺の頬に触れたまま、しっかりと視線を合わせた。
「俺はおまえが好きだ」
「ジェラルド様……」
心の奥が甘く痺れるような感覚に自分でも驚く。嬉しいような、むず痒いような、この気持ちは一体なんだろう。
ジェラルドは手を離すと、少しだけ苦しそうに目を細めた。
「だからユージンに想う人がいても離してやれない……すまない」
予想外の言葉に今度は俺が目を丸くする。
「え?」
(俺に好きな人? 何の話だ?)
ジェラルドの口ぶりは、まるで俺に誰か好きな人がいるかのように聞こえた。一体どういう意味だろうと考えていると、ジェラルドが椅子から立ち上がった。
「そろそろ戻る。今日はゆっくり休め」
そう言って優しく頭を撫でると、声をかける間もなく部屋を出て行ってしまう。
一人残された室内に、俺の間抜けな声が響いた。
「俺、好きな人いるなんて言ったっけ……?」
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