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3章 王立学院編ー後編―
44<絡み合う視線>
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傷の周りは赤黒く腫れて盛り上がっている。あまりに痛々しい様子に息を呑んだ。次第に目の奥が熱くなる。俺は咄嗟に俯いた。
「こんなにたくさん……絶対めちゃくちゃ痛ぇじゃん……俺なんかを助けるために、こんな綺麗な体に傷つけて……アンタ本当に……アホすぎるだろ……」
「アホだと!? そこまでけなされる筋合いはな――」
さすがにカチンときたのか、ジェラルドがムッとした様子で反論する。だが言葉は途中で途切れた。
「……ユージン? 泣いているのか……?」
「……っ、ないて、ない……」
だがいくつもの温かい雫がぽたぽたと落ちてシーツにしみを作っていく。泣きたくなんかないのに、意思に反してどんどん溢れてくる。
「顔を上げてくれないか」
頭上から優しい声が響く。頭を左右に軽く振ると、小さくため息が聞こえた。一人でキレて泣いてるメンヘラ婚約者に呆れはてたのかもしれない。そう思うとますます涙が溢れてきて止まらなくなる。
だがジェラルドは左腕を俺の背中に回して胸に引き寄せると、子どもを宥めるようにそっと撫で始めた。
「心配してくれたんだよな……ありがとう。それにごめん、勝手なことをして。でも、どうしてもおまえのことを守りたかったんだ」
「……っぐ、ひっく……」
俺の涙でジェラルドのシャツの胸元が温かく湿っていく。離れなきゃと思うのに、どうしてか体が動かない。
「大丈夫だ。この程度の傷なら1ヶ月もすれば全部治る。モリオンは剣術の訓練でも昔から使っているし、ケガをするのも初めてじゃない」
わかっている。本当は怒ることじゃなく、感謝するべきだ。そもそも俺がもっと注意していればクレメントたちに襲われてジェラルドに迷惑をかけることもなかったはずだ。
「ごめ……なさい……ありがとう……ございます」
泣きながら、最初に言うべきだった言葉を口にする。
「でも……っ、もう自分を傷つけるようなこと、しないでほしいです……っ」
ジェラルドは背中から手を離すと、左手を顎下にかけてゆっくりと俺の顔を上向かせた。
柔らかく甘い光を湛えたアクアマリンの双眸が俺の顔を覗き込むようにして見ている。
「いやだ……かお、みられたくな……」
相変わらず止まらない涙で顔はぐちゃぐちゃに濡れている。だが顎をにかけられた指が俯くことを許してくれない。せめてもの抵抗に視線を逸らすと親指で優しく涙を拭われた。
「泣いている顔も可愛いと言ったら、きみは怒るだろうか」
蕩けるような瞳と甘い声で囁かれ、頬がカッと熱くなる。
「なに言って……もう知らないです!」
「ごめん。でもきみが可愛すぎるのがいけない」
そう言って少し笑うと俺の右の目尻に唇を寄せた。ひんやりした柔らかい唇が火照った肌に心地良い。目尻に滲む涙の雫をちゅっと音を立てて吸うと、今度は左の目尻に同じことをする。
「ジェラルド、様……?」
「泣きすぎると目が腫れてしまうからな」
何度か目尻へのキスを繰り返されるうちに涙はやっと止まり、ジェラルドもゆっくりと顔
を離していく。
「え……」
なんだか名残惜しい気がして無意識にジェラルドの服の裾を掴んでしまう。
「ユージン?」
戸惑うようなジェラルドの声に、ハッと我に返る。
「すみません……俺、なにしてんだろ」
苦く笑って慌てて手を離すと、その手をぎゅっと握り込まれた。その途端、心臓が全速力で走った後のように痛いほど胸を打つ。
「あ……」
ジェラルドと俺の視線が絡み合う。やがて甘く煌めく瞳が少しずつ近づいてきた。
「こんなにたくさん……絶対めちゃくちゃ痛ぇじゃん……俺なんかを助けるために、こんな綺麗な体に傷つけて……アンタ本当に……アホすぎるだろ……」
「アホだと!? そこまでけなされる筋合いはな――」
さすがにカチンときたのか、ジェラルドがムッとした様子で反論する。だが言葉は途中で途切れた。
「……ユージン? 泣いているのか……?」
「……っ、ないて、ない……」
だがいくつもの温かい雫がぽたぽたと落ちてシーツにしみを作っていく。泣きたくなんかないのに、意思に反してどんどん溢れてくる。
「顔を上げてくれないか」
頭上から優しい声が響く。頭を左右に軽く振ると、小さくため息が聞こえた。一人でキレて泣いてるメンヘラ婚約者に呆れはてたのかもしれない。そう思うとますます涙が溢れてきて止まらなくなる。
だがジェラルドは左腕を俺の背中に回して胸に引き寄せると、子どもを宥めるようにそっと撫で始めた。
「心配してくれたんだよな……ありがとう。それにごめん、勝手なことをして。でも、どうしてもおまえのことを守りたかったんだ」
「……っぐ、ひっく……」
俺の涙でジェラルドのシャツの胸元が温かく湿っていく。離れなきゃと思うのに、どうしてか体が動かない。
「大丈夫だ。この程度の傷なら1ヶ月もすれば全部治る。モリオンは剣術の訓練でも昔から使っているし、ケガをするのも初めてじゃない」
わかっている。本当は怒ることじゃなく、感謝するべきだ。そもそも俺がもっと注意していればクレメントたちに襲われてジェラルドに迷惑をかけることもなかったはずだ。
「ごめ……なさい……ありがとう……ございます」
泣きながら、最初に言うべきだった言葉を口にする。
「でも……っ、もう自分を傷つけるようなこと、しないでほしいです……っ」
ジェラルドは背中から手を離すと、左手を顎下にかけてゆっくりと俺の顔を上向かせた。
柔らかく甘い光を湛えたアクアマリンの双眸が俺の顔を覗き込むようにして見ている。
「いやだ……かお、みられたくな……」
相変わらず止まらない涙で顔はぐちゃぐちゃに濡れている。だが顎をにかけられた指が俯くことを許してくれない。せめてもの抵抗に視線を逸らすと親指で優しく涙を拭われた。
「泣いている顔も可愛いと言ったら、きみは怒るだろうか」
蕩けるような瞳と甘い声で囁かれ、頬がカッと熱くなる。
「なに言って……もう知らないです!」
「ごめん。でもきみが可愛すぎるのがいけない」
そう言って少し笑うと俺の右の目尻に唇を寄せた。ひんやりした柔らかい唇が火照った肌に心地良い。目尻に滲む涙の雫をちゅっと音を立てて吸うと、今度は左の目尻に同じことをする。
「ジェラルド、様……?」
「泣きすぎると目が腫れてしまうからな」
何度か目尻へのキスを繰り返されるうちに涙はやっと止まり、ジェラルドもゆっくりと顔
を離していく。
「え……」
なんだか名残惜しい気がして無意識にジェラルドの服の裾を掴んでしまう。
「ユージン?」
戸惑うようなジェラルドの声に、ハッと我に返る。
「すみません……俺、なにしてんだろ」
苦く笑って慌てて手を離すと、その手をぎゅっと握り込まれた。その途端、心臓が全速力で走った後のように痛いほど胸を打つ。
「あ……」
ジェラルドと俺の視線が絡み合う。やがて甘く煌めく瞳が少しずつ近づいてきた。
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