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3章 王立学院編ー後編―

30<デコピン3回>

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それでも笑っている俺を見てジュリアンは眉を顰める。
「なにアンタ。デコピンされてそんなニヤニヤして。もしかして痛いのがすきなわけ?」

「い、いえ。そういうわけでは」
「ふーん、まあいいけど……ちょっとは元気になったみたいじゃん」

「……え」
先輩の言葉に今度は俺が目を丸くする。

「最近アンタ元気なかったでしょ。それにジェラルドともなんだか妙な感じだし。何かあったの?」
「それ、は」

本当は誰かに相談したい。けれど誰にも言ってはいけない気がして俺は黙って目を伏せた。

「話したくないんなら別にいいけど。まあでも、もし誰かに言いたくなったら聞いてやらなくもないから」
「ありがとう、ございます」

言葉はツンケンしているけれど、ジュリアンの優しさがじんわりと心に沁みる。
(そりゃモテるわけだよなあ……)

俺は隣に立つ美丈夫を改めて見上げた。バラの花を眺めていたジュリアン先輩はすぐに俺の視線に気づく。

「なに。人の顔じろじろ見て」
「いや……先輩、美人だなあと思って」
「はァ? 男に美人なんて褒め言葉でもなんでもないから」

ジュリアンはあきれ顔で俺の方をじっと見る。そうして再び視線をバラの花に戻した。
「アンタだって可愛いじゃん」
「は?」
ジュリアンの言葉に耳を疑う。

「目なんか零れそうなぐらいでっかいのに顔はすごい小さいし。髪もつやつやで女の子より可愛いくせに」

「さっきの仕返しですね。うん、たしかに嬉しくないです……すみません」
そう言うと先輩はなんとも言えないような表情でため息を吐いた。

「……まあ、いいやそれで。アンタってそういうとこあるよね」
よくわからないけど、一人納得したように頷いている。ジュリアンと一緒にいると大したことを話していないのに、なぜか癒される。

(少しだけなら、話してもいいよな……)
俺はジュリアンに先輩、と呼びかける。

「あの、俺……の友達の話なんですけど」
「うん」

ジュリアンはバラの花を眺めたまま相槌を打ってくれた。
「最近、なぜか何人かに好きだって言われたらしくて。でも、その友達は自分の気持ちがよくわからないって悩んでて……その、好きってどういう気持ちなんですかね」

「好きだって言われたんだ? 何人かに」
「はい……あ、あの俺じゃなくて友達が、なんですけど」
「うん、わかってるよ」

ジュリアンは静かに答えると、バラを見たまましばらく黙っていた。彼が考えてくれていることがわかったので、その沈黙は気まずい種類のものではなかった。

やがてジュリアンが俺の方を見た。
「その友達はいい奴なんだね」
「え!? そうですかね」

「いい奴でしょ。告白してくれた相手の気持ちとちゃんと向き合いたいから、答えを探してるわけじゃん。俺ならテキトーに理由つけてその場でごめんなさいするし」

「先輩はめちゃくちゃモテますもんね。そんな全員に向き合ってたら時間がいくらあっても足りないですよ」
「モテんのかな、俺」

「それわざと言ってます? いつも色んな女子といるじゃないですか。うちのクラスにも先輩のファン、何人もいますよ」
「でも俺、好きな子には全然振り向いてもらえないけどね」
「……は?」

俺はまじまじとジュリアンの顔を見た。その横顔は冗談を言っているようには見えない。

「事情があってあからさまなアプローチはできないんだけどさ。地道な俺のアピールに全然気づかないの。俺の好きな子はめちゃくちゃ鈍感だから」
「先輩、好きな子いたんですか!?」

大声を上げると、少し拗ねたようなガーネットの瞳が俺を軽く睨んだ。
「なに。いちゃ悪いわけ?」
「いやいやいやいや!!! そんなことは全然ないですけど……誰ですか!? 俺の知ってる子!?」

この爆モテチャラ男がガチ恋するなんて、相手はどんな爆美女なんだろう。俺は悩み相談をしていたことも忘れてジュリアンの恋バナに食いついてしまう。

「俺の話はいいから。それよりその、友達だっけ? 焦らなくてもいいと思うけどね。好きって頭で考えて理解できる感情じゃないから。俺の経験談だけど、何かのタイミングで嫌でもきっとわかる時がくるよ。だから考えすぎても意味ない。友達にそう言ってあげな」

「ありがとうございます! なんか……ちょっとだけ楽になった気がします!」
「そ。よかった。じゃ俺、約束あるからもう行くわ」

きっとまた女の子たちとデートするに違いない。ガチ恋していてもデートする相手はたくさんいるところ、さすが恋愛上級者だ。

「さすがモテ男……」
思わず漏れた声にジュリアンは苦笑すると、本日三回目にして一番痛いデコピンを食らわせた。

「痛っ! 先輩! 何するんですか!」
額を抑えて抗議すると、先輩はべえと舌を出す。

「俺のほうがもっと痛いっつの……鈍感」

「え? どういう意味ですか?」
だがジュリアンは俺の問いかけに答えることなく庭園を出て行った。
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