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2章 王立学院編ー前編―
49<兄弟の時間>
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「びっ……くりしたあ」
一足先に部屋に戻ると言い置いて、ウォルターはキッチンを出て行った。
エディと2人きりになった途端、身体中の緊張が緩む。俺はキッチンの長椅子に倒れ込んだ。
「兄さん、大丈夫?」
エディが遠慮がちに声をかけてくる。
「大丈夫…って言いたいけど、そうでもないかもな。おまえ、気づいてた?」
「もちろん。ウォルターとは親友だし。でもまあ、そうじゃなかったとしても見てれば気づいたと思うけどね」
「俺が鈍感すぎるのかなあ」
島流しルートを避けることに必死で、周りが全然見えてなかった。中身はアラサーなのに。それが猛烈に恥ずかしくて、悔しかった。
「鈍感なのはまあ、否めないけどさ」
「ぐっ……」
身内からあらためてズバッと言われると、さすがに応える。だがエディは情けない兄を責めることもなく少し笑った。
「今、お茶入れ直すからちょっと待ってて」
ケトルに水を入れる音やお湯の湧く音、それにサラサラとお茶の葉をティーポットに入れる音が聞こえる中、俺は腕で目元を覆って軽く目を閉じる。
(料理の音って、なんでこんなに癒されるんだろ)
ぼんやりそんなことを思っていると、ラベンダーのすっきりした爽やかな香りと甘く華やかな香りが漂ってきた。
「お茶が入ったよ、そろそろ起きなよ」
「ん」
上体をゆっくり起こす。テーブルの上が綺麗になっている。皿はすべて片づけられ、食べかけの料理やお菓子はすべて保存容器に移されていた。
「ごめん。片付けまでやってくれたのか」
「いいよ、ついでだったから」
「ありがとう」
エディには誰より素直に甘えられる。美しい赤紫色のお茶が注がれたティーカップを手に取って、一口飲む。
「ああ~落ち着く味だあ」
ラベンダーとローズのハーブティーは配合が命だ。少しでも間違うと、どちらかの風味や香りが強く出過ぎて美味しさが半減してしまう。
「エディ、お茶を淹れるの上手くなったな」
「去年は兄さんがいなかったから。自分でうまく淹れられるように練習したんだよ。特にこのお茶は、兄さんが初めて淹れてくれた思い出のお茶だし」
「そうか、えらいな」
思わず腕を伸ばして艶やかな鳶色の髪を撫でてやる。エディはまるで猫が甘えるときのように俺の手に頭を擦りつけてくる。
しばらくそうしていると、エディが静かに口を開いた。
「僕も兄さんが大好きだよ。もちろん、ジェラルド様やウォルターとは違う意味だけどさ」
「エディ……」
「子どもの頃、兄さんとうまくいかなかった頃よりも前からさ、もともと僕は暗くておどおどした子どもだったんだよ」
「でも、それは俺が――」
「ううん、違う。ジェニングス公爵家に引き取られる前も、いろいろあったから。でも、兄さんが僕の世界を変えてくれた。生きてても楽しいことなんか何もなかった僕に、兄さんは世界がこんなに広くて美しいことを教えてくれたんだよ」
そんな風に思ってくれていたなんて。そもそも最初に仲良くなろうと歩み寄ったのは、自分の人生を変えるためなんて自己中心的な理由だったのに。
言葉の出ない俺にエディは大人びた表情で微笑む。
「だからウォルターの気持ちもわかるんだ。だからアイツは兄さんのこと、本当に大事に考えてるんだと思う。ジェラルド様も、かなり拗らせてるところはあるけど、兄さんのことを好きな気持ちは本物なんじゃないかな」
「うん……」
「僕はウォルターの友達だしジェラルド様もある程度は尊敬してる。でも、やっぱり一番大切なのは兄さんだから。だから、どんな選択をしても味方でいるよ」
「エディ……ッ!」
俺は椅子から立ち上がってエディを抱きしめた。可愛くて泣き虫だった弟は、いつからこんなに頼もしくなったのだろう。
嬉しくなった俺は弟を子どもの頃のようにぎゅっと抱きしめた。
一足先に部屋に戻ると言い置いて、ウォルターはキッチンを出て行った。
エディと2人きりになった途端、身体中の緊張が緩む。俺はキッチンの長椅子に倒れ込んだ。
「兄さん、大丈夫?」
エディが遠慮がちに声をかけてくる。
「大丈夫…って言いたいけど、そうでもないかもな。おまえ、気づいてた?」
「もちろん。ウォルターとは親友だし。でもまあ、そうじゃなかったとしても見てれば気づいたと思うけどね」
「俺が鈍感すぎるのかなあ」
島流しルートを避けることに必死で、周りが全然見えてなかった。中身はアラサーなのに。それが猛烈に恥ずかしくて、悔しかった。
「鈍感なのはまあ、否めないけどさ」
「ぐっ……」
身内からあらためてズバッと言われると、さすがに応える。だがエディは情けない兄を責めることもなく少し笑った。
「今、お茶入れ直すからちょっと待ってて」
ケトルに水を入れる音やお湯の湧く音、それにサラサラとお茶の葉をティーポットに入れる音が聞こえる中、俺は腕で目元を覆って軽く目を閉じる。
(料理の音って、なんでこんなに癒されるんだろ)
ぼんやりそんなことを思っていると、ラベンダーのすっきりした爽やかな香りと甘く華やかな香りが漂ってきた。
「お茶が入ったよ、そろそろ起きなよ」
「ん」
上体をゆっくり起こす。テーブルの上が綺麗になっている。皿はすべて片づけられ、食べかけの料理やお菓子はすべて保存容器に移されていた。
「ごめん。片付けまでやってくれたのか」
「いいよ、ついでだったから」
「ありがとう」
エディには誰より素直に甘えられる。美しい赤紫色のお茶が注がれたティーカップを手に取って、一口飲む。
「ああ~落ち着く味だあ」
ラベンダーとローズのハーブティーは配合が命だ。少しでも間違うと、どちらかの風味や香りが強く出過ぎて美味しさが半減してしまう。
「エディ、お茶を淹れるの上手くなったな」
「去年は兄さんがいなかったから。自分でうまく淹れられるように練習したんだよ。特にこのお茶は、兄さんが初めて淹れてくれた思い出のお茶だし」
「そうか、えらいな」
思わず腕を伸ばして艶やかな鳶色の髪を撫でてやる。エディはまるで猫が甘えるときのように俺の手に頭を擦りつけてくる。
しばらくそうしていると、エディが静かに口を開いた。
「僕も兄さんが大好きだよ。もちろん、ジェラルド様やウォルターとは違う意味だけどさ」
「エディ……」
「子どもの頃、兄さんとうまくいかなかった頃よりも前からさ、もともと僕は暗くておどおどした子どもだったんだよ」
「でも、それは俺が――」
「ううん、違う。ジェニングス公爵家に引き取られる前も、いろいろあったから。でも、兄さんが僕の世界を変えてくれた。生きてても楽しいことなんか何もなかった僕に、兄さんは世界がこんなに広くて美しいことを教えてくれたんだよ」
そんな風に思ってくれていたなんて。そもそも最初に仲良くなろうと歩み寄ったのは、自分の人生を変えるためなんて自己中心的な理由だったのに。
言葉の出ない俺にエディは大人びた表情で微笑む。
「だからウォルターの気持ちもわかるんだ。だからアイツは兄さんのこと、本当に大事に考えてるんだと思う。ジェラルド様も、かなり拗らせてるところはあるけど、兄さんのことを好きな気持ちは本物なんじゃないかな」
「うん……」
「僕はウォルターの友達だしジェラルド様もある程度は尊敬してる。でも、やっぱり一番大切なのは兄さんだから。だから、どんな選択をしても味方でいるよ」
「エディ……ッ!」
俺は椅子から立ち上がってエディを抱きしめた。可愛くて泣き虫だった弟は、いつからこんなに頼もしくなったのだろう。
嬉しくなった俺は弟を子どもの頃のようにぎゅっと抱きしめた。
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