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2章 王立学院編ー前編―

47<義弟と弟分>

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先に我に返ったのはウォルターだった。
「偽装婚約って……どういうことだよ」

ずっと嘘をついていたことを怒っているんだろう。よく考えたら当然のことだ。いつもより低く真剣な声に心がズキリと痛む。

真っすぐに見つめてくるアメジストの瞳に向き合う勇気が出せず目を伏せると、膝の上で握りしめた拳にあたたかい手が触れた。

「大丈夫だよ兄さん。ウォルターは顔と声がもともと怖いだけで怒ってるわけじゃないから」
顔を上げてよ、という弟の優しい声にゆっくりと顔を上げる。

「そりゃ、僕もすごくびっくりしたし。ていうか今もしてるけど。それにずっと内緒にされてたのはちょっとショックだけど……でも兄さんのことだから何か事情があったんでしょう?」

気まずそうな咳払いをしてウォルターが頭を掻く。
「エディの言う通り、驚いただけだ……怒ってるわけじゃねえ。悪ぃ」

義弟の包みこむような優しさと幼馴染の弟分の不器用な優しさに触れ、かたくなっていた心が溶けていく。

「二人とも……ありがとな」
鼻の奥がツンとする。今にも涙が溢れそうな情けない顔に2人はきっと気づいている。なのにそれには触れずに話を続けてくれるのが嬉しい。

そうして俺はジェラルドの婚約について、そして最近の彼との揉め事について2人に話した。

「じゃあ兄さんは最後の自殺未遂で頭を打ってから価値観とか考え方とか、そういうものが全部変わっちゃったってこと?」
「う、うん」

さすがに転生して別の世界の人間の魂が入っているとは言いづらい。
(言ったところで頭がおかしくなったと思われて、違う方向に心配されそうだよなあ)
「でも頭を打つ前は本当にアイツのこと好きだったんだろ? どこが好きだったんだよ」
「うーん……顔、かな。多分」

「は!?」
椅子から立ち上がらんばかりに驚いたウォルターをエディが引っ張って座らせた。

「ウォルターは変わる前の兄さんを知らないから信じられないと思うけどさ、兄さんはその……なんていうか、すごかったんだよホントに」

エディは簡潔にメンヘラ時代のユージンについて説明してくれた。優しい義弟は自分が俺にされたことは触れなかった。本当に天使だ。

「マジか……」
ウォルターは驚きすぎて言葉もないといった顔をしている。

「自分でもどうかしてたと思ってる。365日24時間、頭の中はジェラルド様のことでいっぱいだったんだ。ただ、今思うとジェラルド様のことを思ってたわけじゃなかった。自分があの方にどう思われてるのか、それしか考えてなかったよ」

ユージンの日記を思い出す。ジェラルドが好きだと言いながら、綴られているのは彼が自分にしてくれたことや言ってくれたことだけ。

自分のことを理解してほしい、知ってほしいと叫ぶばかりでジェラルド自身のことを理解しようという思いは微塵も感じられなかった。

「てことは元々ユージンはアイツのこと好きじゃなかったってことだろ」
ウォルターの言葉に意識が現在に戻る。

「え?」
「だってそうだろ。今の話聞いてると、前のユージンは顔がアイツぐらいよくて家柄もそれなりにあれば、別にアイツじゃなくても良かったってことじゃん」

「確かに。あの頃の兄さんは好きって気持ちを勘違いしてたのかもしれないね」
「そうだな…俺も、そう思う」

あの頃のユージンは確かにジェラルドを好きだと思い込んでいただけで、国で一番美しい容姿の王子と婚約した自分が好きだったと思う。

「で、アイツは偽装婚約に乗ったはずがいつの間にかユージンに惚れたわけだ」
「そう、なのかな……」

「そりゃそうでしょ。僕たちも気づいてたし」
「えっ!?」

エディは少しだけ呆れたような、残念なものをみるような目になる。
「あれが演技だったらジェラルド様は王子より舞台に立つ方が向いてるよ」
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