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3章

<7話>

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「ルイス様、本日もよくいらっしゃいました」
すっかり顔なじみになったハワード家の執事長であるチャンドラーさんが今日も出迎えてくれた。
「こんにちは!」
「おや、今日はお一人ではないのですね」
チャンドラーさんの視線は俺の背後に立つアシュリーとレイに注がれている。
「ええ。今日は兄と、兄の婚約者のレイ様がご一緒したいと。ごめんなさい、事前にお知らせできなくて」
「とんでもございません。ヴァイオレット公爵家のご子息とルイス様のお兄様にいらしていただけるとは、きっとルーク様もお喜びになることでしょう」
「ありがとうございます!」
いくら身分が上とはいえ、人数が増えたことを事前に報せなかったことが気になっていたのだが、よかった。

今日はレイがクロフォード家にやってくる日だった。
ルークと遊ぶ約束をしていたし、俺がいてはお邪魔だろうと挨拶だけして出かけるつもりだったのだが。
部屋を出ようとしたところで、レイに腕を掴まれた。
「どこへ行く」
「すみません、今日は友達と遊ぶ約束をしているんです」
「……友達だと?」
なぜかレイの声が一段、低くなる。
「誰だ」
「え?」
「友達とやらだ。どこの誰だ」
「ええ……」
正直、あまり言いたくない。せっかくルークとレイの出会いイベントをつぶすことができたのだから二人が再会する機会なんて作ってたまるか。
推しに視線で助けを求めようとしたのだが、アシュリーもなぜか厳しい目をしている。
(なんでだよ! でも推しに嫌われるのは絶対に嫌なんだよなあ)
黙っている俺にイラついたのか、レイが再び詰めてくる。
「聞いているのか? おまえの友達は誰なんだ」
「ルーク・ハワードです」
「……アシュリーの誕生日パーティーで一緒にいたガキか」
「レイ様と同い年だと思いますけど……」
「うるさい。俺は同い年の奴らよりもずっと大人なんだぞ」
「はぁ」
本当に大人な奴はそんなこと言わないだろと胸裏で毒づく。しかしこんなところで時間を食っていると約束の時間に間に合わなくなってしまう。
「そういうわけで、僕はそろそろ出かけますね。レイ様、どうぞごゆっくり――」
「俺も行く」
「……はい?」
レイの言葉に耳を疑う。
「俺も行く、と言ったんだ」
「え、でも……」
冗談じゃない。レイとアシュリーはいい感じなのだから、二人で愛を育んでほしいのに。
(ま、きっとアシュリーが止めてくれるだろ)
そう思って黙っていると、アシュリーが口を開いた。
「では僕も行くよ」
「……はい!?」
信じられない。常識人の推しがレイに同調するなんて。驚きのあまり、口も目も限界まで開いてアシュリーを凝視してしまう。
「最近、毎日のようにハワード邸に遊びに行っているよね? 僕も少し気になっていたんだ。そんなにもルイスと親しくなったルークくんがどんな子なのか、興味があるよ」
アシュリーはそう言って世にも美しい微笑みを浮かべて俺を見る。
「大切な弟の友達のことは知っておかないと。僕はきみの兄さんなんだから……僕らが同行しても構わないよね?」
いつも通りに美しいのに、なぜかとんでもなく圧を感じる推しの微笑みを前に断るなんて俺にはできなかった。

レイとアシュリーがチャンドラーさんと挨拶を交わしているうちに、廊下を走る軽快な推し音が近づいてくる。
「ルイス! 悪ぃ、待たせた!」
「ううん、大丈夫だよ! そんなに全速力で走らなくてもよかったのに」
そう言うとルークは太陽のような笑顔を俺に向けた。
「おまえと遊ぶの楽しいからさ、一秒でも長く一緒にいてーもん」
その笑顔と言葉に胸がギュンっとなる。
(クソ……なんだコイツ、こんなやんちゃ可愛いなんて聞いてないんだが!)
そうなのだ。ルークはもともと好きなタイプのキャラではない。だが実際に話してみると、もともと庶民に近い生活を送っていた彼とは価値観や考え方が驚くほど合致した。
最推しのアシュリーとは違って容姿もまったくタイプではないからドキドキしたりときめくようなことはないが、笑いのツボも合うしノリもいい。
出会ってそこまで長い時間は経っていないが、今ではこの世界の相棒といっていい存在なのである。
「うん! 僕もルークと遊ぶの楽しくて好きだよ!」
「俺もルイスが大好きだ!」
ルークの白い歯が眩しい。
「で、今日は何して遊ぼう」
だがルークが答える前に、アシュリーの美声が玄関ホールに響いた。
「ルイス、その前に僕たちを紹介してくれないかな?」
(しまった……うっかりしてた!)
振り向くと、アシュリーが優しい笑みを浮かべて俺を見おろしている。ルークの笑顔が太陽なら推しの笑顔はバラの花だ。
(これがスチルだったら保存しまくるよ。スマホがあれば今すぐ撮ったのに)
そんなことを考えながら見惚れていると、肩にそっと手が置かれる。
「ルイス、兄さんたちに紹介してくれるかな? 仲良しのお友達を」
「はい、アシュリー兄さま」
俺は再びルークの方を向く。
「ルーク、今日は僕のアシュリー兄さまと、兄さまの婚約者のレイ・ヴァイオレットさまが一緒なんだよ。兄さまの誕生日パーティーでお会いしたと思うけど」
ルークはそこで初めて気づいたように、ゆっくりと視線を俺の背後に向けた。
「……思った以上にライバル多数ってことかよ。おもしれえ」
ルークが小さく呟いたが、よく聞こえない。
「今なにか言った? よく聞こえなくて」
「いや、独り言だ。それよりおまえの兄貴……じゃない、お兄さまたちをしっかりもてなさいとな」
ルークは再び視線をアシュリーとレイに戻す。
「ようこそいらっしゃいました。ルーク・ハワードです。先日はどうも……じゃなくて、ありがとうございました。申し訳ございません。敬語が苦手で」
ルークの挨拶に、アシュリーとレイはさわやかな笑顔で応える。
「レイ・ヴァイオレットだ。先日はこちらこそどうもありがとう。俺も堅苦しいのは好きじゃない。よかったらルイスと話すように、話してくれ」
「ルイスの兄のアシュリー・クロフォードです。うちの可愛い弟と仲良くしてくれてありがとう」
3人は笑い合って握手を交わす。本来であれば、恋敵になるはずのアシュリーとルークが談笑している様子を見てホッとすると同時に感慨深くなる。
だが、もしもこれからレイとルークが急接近するようなことがあればこれまでの努力が水の泡だ。
(絶対にレイとルークを必要以上に仲良くさせちゃだめだ。そのためには、ルークに張り付くしかない!)
推しの幸せを守るために、今日は絶対にルークの側を離れないでおこうと俺は心に強く誓った。
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