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#57

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もつれる脚をなんとか進めてダイニングテーブルの方へ移動する。いったい何が起きたのかはわからない。けれど、フィルの力が弱まったのは確実で、金成も体の自由を取り戻していた。

「飛鳥っ!」
「金成!」

俺たちは無我夢中で抱きしめ合った。
「大丈夫か? あんなに何回も壁にぶつけられて」
「さすがに多分、何本か骨は折れてると思う。けど、まだ平気。ありがと」

包み込むような優しさに満ちた赤い瞳に、涙が出そうになるほどほっとする。
「僕の目の前で、いい度胸だね」

氷のように冷たい、鋭い双眸が俺たちを睨みつけていた。
「飛鳥、僕のところに戻っておいで。ほら」

フィルが右手を上げ、空中で何かを掴み取るような仕草をする。けれど、またバチンと大きな音を響かせて、力は遮られてしまった。

「金成、どうなってる……?」
「俺にもよくわからない、でも」
その先は言わなくてもわかる。フィルの力を弾く赤い閃光は、金成の瞳と同じ色をしている。

「お前がやってるのか」
今までとは明らかに違う、地を這うような声で言うと、フィルは大きな音で舌打ちをした。

「クソが。どういうことだよ……お前はインフェリアだろ。何の能力もない、ベータにも劣る低級のはずだよな」
「おまえこそ、死んだはずだろ。フィル・ラッシュフォードが事故死したはずだ、もう何年も前に」

金成の問いかけに、フィルは可笑しそうに声を上げた。
「ああ死んだよ。でも魂までは消滅していない。俺が死んだのは肉体を消滅させるためだ。スケアリーは肉体が消滅したら、他の肉体に乗り移ることができる。俺はそれを利用したかっただけだ」

「なんでそんなこと……!」
「君のせいだよ、飛鳥」

俺を見つめるアクアマリンの瞳の奥に、どろどろに溶けた欲望の光が見えた気がして、思わず抱かれている恋人の胸板に頬を押し付ける。

その仕草が気に食わなかったのか、フィルは一瞬にして険しい表情になる。
「抱きつく相手を間違えてるよ、飛鳥。こっちに来て、早く」

「い……行くわけないだろ! 俺はお前のことなんか好きじゃない! だいたいなんでそんなに俺に執着するんだ! 生きてる間に会ったこともないだろ」

「あるよ」
「は?」

「嘘つくな! そんなの記憶にない」
「嘘じゃないよ、本当のことだ。思い出せないようにされてるだけだよ……なあ、金成?」

俺を抱いている金成の腕が、ピクリと震えた。
「やめろ、親父」

「親父なんて呼ぶなよ。一気に老けた気になる。飛鳥、知りたくない? 僕たちの運命的な出会いのこと」
「本当に、俺たちは過去に会ったことがあるのか?」

「うん。あるよ。間違いなく」
フィルは俺を見てにっこりと笑った。

「ダメだ、飛鳥!」
金成が焦ったように叫ぶ。

「うるさいな、お前。飛鳥が知りたがってるんだ。見せてやったっていいだろ」
言うが早いか、フィルは両手を大きく広げる。
「攻撃や直接的な接触じゃなく、記憶の共有なら問題なくできそうだな。飛鳥、今、見せてあげるね。僕らが出会ったときのこと」
「ダメだ! やめろ!! 飛鳥、見ちゃダメだ!!」

金成の、最後の方の叫びは水中で聞いているようにくぐもっていた。
視界がぐにゃりと歪んだような気がする。電車に乗っているような揺れと強い光を感じ、眩しさに目を瞑った。

次に目を開けた時に目の前に広がっていたのは、どこかの大きなホテルの宴会場だった。天井から吊るされたシャンデリアの大きさと派手さから見るに、日本国内ではない。

目の前を行き交うたくさんの着飾った美しい男女も、さまざまな人種が混ざっている。海外であることはまず確実だが、彼らには俺が見えていないようで、どんなに近づいても目も合わず素通りされる。

次の瞬間、頭の中にフィルの声が響いてきた。
「飛鳥、これは僕の記憶だ。君と僕が初めて出会った時の記憶だ……」

「おい! お前はどこにいる! 金成は!」
しかし何度問いかけても、その後フィルから反応が返ってくることはなかった。

急に自分の意思とは無関係に視界が変わる。壁際に、退屈そうに立っているの3~4歳の子どもが目に映る。小さいながら、パーティー用に正装していた。

ネクタイにシャツ、黒いジャケットにキュロットパンツ。服と同じ、黒い髪に黒い瞳のその子どもの顔を、俺は誰よりもよく知っている。

「え、俺……?」
その子どもは、間違いなく自分自身だった。
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