上 下
12 / 63

#11

しおりを挟む
「お……おまえに関係ないだろっ」
この前みたいに、されるがままになんてなりたくない。

本能的な恐怖に支配されそうになる自分を必死に奮い立たせる。
「……何してきたって聞いてるんだけど? ねえ。答えなよ」

男の顔からは表情が抜け落ち、目だけがギラギラと青く燃えていた。
「メ、メンバーとっ……飯食っただけだしっ! 4人もアルファがいたら、そりゃちょっとはにおいぐらいつくだろ」

「……はァ?」
両手首を強い力で握られる。痛くて顔を顰めたが、男は気にも留めない。
「ってえ!! いてえから!! 離せ!」
「他のアルファと一緒にいた? そんなこと許可できるわけない」

「は? てか、なんでいちいちお前の許可がいるわけ? おかしいだろ。だいたい俺はお、」

「ちょっと黙って。」
鋭い語調で遮られ、一瞬怯んでしまう。

でも、ここでビビったらまた好きにされてしまうだけだ。
「っ、どんだけ力強いんだよ。ゴリラかよ! だいたい番つってもたまにしか会わな……んぐぅっ?!」

「それ以上言ったら、顎砕けちゃうかもね」
痣になるんじゃないかと思うほどの力で、大きな手が顎を掴んだ。

ミシミシと骨が鳴る音がする。こいつ、本気だ。
俺はさすがに黙るしかなかった。

「なんでそんなひどいこと言うんだろうね、今日の飛鳥は」

悲しげな声とアンバランスな、瞳孔の開ききった瞳。こいつ、頭おかしいだろ。
やばい。体から冷や汗が吹き出す。

俺が黙ったせいか、抑えていた右手が退けられた。反論しようと開いた口に、襲いかかるようなキスを受けた。

甘さのかけらもない、支配し蹂躙するようなキス。逆らうことは許さないという意志が伝わってくる。

アルティメットアルファそのものを体現するような行為の前では、服従することしかできない。

それでも、されるがままなんて悔しすぎる。
「やめろ! 離せよっ!」

めちゃくちゃに首を振り、なんとか唇から逃れた……と思ったのも束の間、両手でがっちりと顔を固定されてしまう。再び唇が近づいてくる。
「黙れ。お前は僕のものなんだよ……永遠に。絶対に逃がさない」
怒りに満ちた低い声。ああ、やっぱりこいつには勝てないんだ。

観念してぎゅっと目を閉じた瞬間、突然身体がふっと軽くなる。

「……え?」
目を開けると、俺の腰あたりに跨ったままの姿勢で、男が苦しげに頭を抑えている。

俺の身体も自由になっていた。両腕をついて上半身を起こす。
「おい、大丈夫か?」

思わず声をかけてしまった。
「いやだっ……ふざけるな……うぅっ……あすかっ…僕のだ……っ」

乱れた前髪の奥から、ギラリと光る青が俺を捉える。
「くっ……あすか、あすかっ……ぜんぶ、僕のものだっ…誰にも渡さないっ……僕だけの…オメガだっ……」

男は片手を俺へ向けて伸ばす。
「ひっ……」

もう少しで触れられる……と思った瞬間、男はふっと姿を消した。
まるで、ろうそくの炎が消えるように、一瞬で。

「なんだ? ……今の……イリュージョン……?」

間抜けな俺の独り言が、誰もいなくなった部屋に響いた。

呆然と、さっきまで番のいた空間をぼんやりと見つめていると、真っ暗な部屋の中に細い光の筋ができた。

「金成か? いいぞ、入りな」
ドアが大きく開き、子どもがベッドの側まで歩いてくる。

「ごめんな、うるさくして。起こしちゃったな」
少し寝ぐせのついた金髪を撫でてやると、気持ちよさそうに俺の手に頭をぐりぐりと押し付けるようにしてくる。

まるで猫みたいだ。可愛くて、口元が緩む。
「一緒に寝るか?」

金成は頷くと、ベッドに上がってくる。
「こっちおいで」

両腕を広げると、俺の胸に飛び込んできた。
「ふふ。オマエはほんとに可愛いなあ……」

胸の辺りにある小さな頭をゆっくりと撫でていると、すぐに寝息が聞こえてきた。起こさないように、そっと、抱きしめる腕に力を込める。

温かくて柔らかい。まるで猫を抱いて寝ているようだ。
さっきまで尖っていた神経が、どんどん凪いでいくのが自分でもわかる。

俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。何回かそれを繰り返す。
転生前の飛鳥は、番に依存して執着していた。

自分のことを理解し、愛してくてくれるのは、この世界にあの男ただ一人だと思い込んで、周りを見ていなかった。

ヒートの時しか会うことができないから、不安で仕方なくて。早く2人の間に子どもを作りたがっていた。

けれど飛鳥の番には、なぜかその機能がないのだ。最初は嘘だと思っていたが、何度も何度もスキンなしでセックスしても、妊娠することはなかった。

アルティメットアルファとシュプリームオメガがヒートの時期にセックスをすれば、100%の確率で妊娠すると言われている。

事実、和泉たちも子どもを作ることを決めるまでは避妊をしていたらしいし、避妊をやめた瞬間、和泉のオメガは本当にすぐ妊娠したと話していた。

転生前の飛鳥が聞いたら、嫉妬で暴言の一つも吐いていたかもしれない。

「でも、俺は違うんだよなあ……」

最近、妙に頻繁に姿を見せる番のアルファ。いつも自己中なあの男の子どもが欲しいなんて、到底思えない。

ヒートの時期はともかく、それ以外に愛のあるセックスができるとも思えないし。今は無理でも、番の解消はできないんだろうか。

でも、もし今こんなことをアイツに言ったら何をされるかわからない。あの男は飛鳥以上に、番のオメガに強い執着を持っているからだ。

さっき、自分へ伸ばされた手と青い目を思い出すと、背筋がゾワリと粟立つ。何か手立てがあるかもしれない。暇を見つけて調べてみことにしよう。

明日は休みだ。あまり寝坊する気はないが、起きる時間を気にせず眠れることのありがたみを噛み締めて、俺はゆっくり目を閉じた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

執着男に勤務先を特定された上に、なんなら後輩として入社して来られちゃった

パイ生地製作委員会
BL
【登場人物】 陰原 月夜(カゲハラ ツキヤ):受け 社会人として気丈に頑張っているが、恋愛面に関しては後ろ暗い過去を持つ。晴陽とは過去に高校で出会い、恋に落ちて付き合っていた。しかし、晴陽からの度重なる縛り付けが苦しくなり、大学入学を機に逃げ、遠距離を理由に自然消滅で晴陽と別れた。 太陽 晴陽(タイヨウ ハルヒ):攻め 明るく元気な性格で、周囲からの人気が高い。しかしその実、月夜との関係を大切にするあまり、執着してしまう面もある。大学卒業後、月夜と同じ会社に入社した。 【あらすじ】  晴陽と月夜は、高校時代に出会い、互いに深い愛情を育んだ。しかし、海が大学進学のため遠くに引っ越すことになり、二人の間には別れが訪れた。遠距離恋愛は困難を伴い、やがて二人は別れることを決断した。  それから数年後、月夜は大学を卒業し、有名企業に就職した。ある日、偶然の再会があった。晴陽が新入社員として月夜の勤務先を訪れ、再び二人の心は交わる。時間が経ち、お互いが成長し変わったことを認識しながらも、彼らの愛は再燃する。しかし、遠距離恋愛の過去の痛みが未だに彼らの心に影を落としていた。 更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl 制作秘話ブログ: https://piedough.fanbox.cc/ メッセージもらえると泣いて喜びます:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。

美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが…… 想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。 ※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。 更新は不定期です。

頭の上に現れた数字が平凡な俺で抜いた数って冗談ですよね?

いぶぷろふぇ
BL
 ある日突然頭の上に謎の数字が見えるようになったごくごく普通の高校生、佐藤栄司。何やら規則性があるらしい数字だが、その意味は分からないまま。  ところが、数字が頭上にある事にも慣れたある日、クラス替えによって隣の席になった学年一のイケメン白田慶は数字に何やら心当たりがあるようで……?   頭上の数字を発端に、普通のはずの高校生がヤンデレ達の愛に巻き込まれていく!? 「白田君!? っていうか、和真も!? 慎吾まで!? ちょ、やめて! そんな目で見つめてこないで!」 美形ヤンデレ攻め×平凡受け ※この作品は以前ぷらいべったーに載せた作品を改題・改稿したものです ※物語は高校生から始まりますが、主人公が成人する後半まで性描写はありません

処理中です...