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第一章 お屋敷編
第三十六話 二階の魔境
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「仕事……ですか?」
『景君に、頼みたい仕事が有る』。狸の蓬さんから持ちかけられたのは、そんな話だった。
「うん。……本当なら、私達の仕事じゃないことなんだけど……」
ため息交じりに、肩を落として話す蓬さん。炊事に裁縫に、全ての家事を完璧にこなしている蓬さんを、内容を話すだけでも、こんなに疲れさせてしまうほどの仕事……。
「その、俺、何でもやりますよ!」
けれどここまで来て、引き下がるつもりは無かった。いつも皆の為に家事を頑張っている蓬さんの頼みなら、何でも手伝いたい。
「本当にありがとう、景君……」
感激する蓬さん。決して大げさではないその反応に、どんな仕事か知るのが増々恐ろしくなるけれど……。
「……それで、その仕事というのは……御珠様が関係しているんですよね……?」
これ以上待っていると、心臓に悪そうだ。早く内容を聞いてしまいたい。
蓬さんの話からして、その仕事に御珠様が関わっていることだけは伝わってきた。
「……正解。……ちよちゃんや私じゃ、もう意味が無くてね……。こんな日じゃないと頼めないし……」
そんな蓬さんの意味深な発言が、更に想像を加速させる。普通の仕事じゃないのは確かだ。
「もしかして……儀式を、手伝うんですか……?」
御珠様と言えば、そんなイメージが有るけれど……。
「ううん。儀式ではないよ。それに、景君は一切手伝わなくていいんだけど……」
手伝わなくてもいい仕事……? いよいよ想像がつかなくなってきたので、俺は考えるのを止めて、ただ蓬さんの言葉を待つことにした。
「……実は、だね、景君」
「……は、はい」
きりっと、蓬さんが俺の目をしっかりと見る。
「景君には、御珠様に……」
固唾を飲んで、蓬さんの言葉に集中する。御珠様に……。
「御珠様に、自分の部屋の掃除をさせてほしいんだ……!」
「……えっ……?」
蓬さんが打ち明けた言葉に、かえって驚いてしまう自分がいる。
掃除。掃除をさせるって、そのままの意味だよな……?
「たま……御珠様は、仕事は真面目だから良いんだけど、それ以外のことに関しては、昔から無頓着で……」
そして蓬さん、ゆっくりと語り始める。積み重なった苦労がにじみ出る様な重々しい口調だった。
「裁縫や料理は私の仕事だから、良いとしても……。自分のお部屋の掃除ぐらいは、自分でしないといけないと思うんだけどね……」
「それは、そうですよね……」
こう言ったらなんだけど、確かに御珠様は、家事を全く手伝わないタイプな気がする……。
「ちなみに御珠様の部屋って、二階の畳敷きの部屋ですよね……?」
「うん。そうだね、沢山並んだ障子の奥に有る、広い部屋だよ」
「確か、前に俺が部屋に呼ばれた時には、結構片付いていた様な気がしましたけど……」
一つ疑問が頭に浮かんだので、蓬さんに尋ねてみる。
そう、俺はこの世界に来た最初の日に、御珠様の部屋に上がっていた。
その時、部屋の中に置かれている物といったら、龍の描かれた金色の屏風や積まれた畳ぐらいで、散らかっているっていう印象は全く無かった気が……。
「それはね、景君。……幻術だよ……」
蓬さんは落胆して、ため息をつく。
「本当は散らかっているのに見えなくしていたのか、それとも一時的に全ての物を空き部屋に移していたか、どっちかの手口だね……。一見、綺麗になるっていると引っかかっちゃうんだよ……」
幻術。まさか御珠様は、そんなしょうもないことに幻術を使っているなんて……。別の意味で驚愕する。
「そろそろ御珠様にも、自分の部屋は自分で掃除をする習慣を付けてもらわないと……はあ……」
『自分の部屋は、自分で片付けましょう』。……小学生が立てる、夏休みの目標レベルだった。
「と、言う訳で、お願いだよ。ここは景君がびしっと注意して、御珠様に掃除をしてもらって欲しい……!」
蓬さんが両手を俺の肩に置いて、頼み込む。
「今はまだ、散らかってるのは御珠様の部屋の中だけで収まっている。けれど、放っておくと、このお屋敷自体がごみ屋敷になるかもしれない……!」
縁起でもないことを言う蓬さん。いや、実際有り得る話みたいだから、余計に恐ろしい。
「分かりました。……頑張ります」
御珠様を注意するだけのはずなのに、まるで戦場に向かう様な気分で俺は頷く。
きっと蓬さんも、毎回こんな気分を味わっているんだろう……。
「ありがとう……! 頑張って、注意してね……!」
返事を聞くと蓬さんの表情が、一気に明るくなる。何はともあれ、喜んでもらえて良かった。
「それじゃあ、行ってきます」
俺が台所を出て、廊下を歩いて階段へと向かおうとすると。
「あ、忘れてた! ちょっと待って!」
後ろから、慌てた様子の蓬さんに肩を叩かれる。
「は、はい。どうしました……?」
「これは、肝に銘じてほしいんだけど……」
こほん、と蓬さんは咳ばらいをする。
「――絶対に、部屋には入っちゃだめだよ? 障子の外から、御珠様に注意するだけで十分だからね?」
「えっ……本当に、注意するだけで良いんですか?」
それだと任務として足りない気がするけれど。
「うん。迂闊に足を踏み入れると、遭難して帰って来れなくなっちゃうからね……?」
蓬さんが切実な様子で、忠告してくれる。どれだけ酷い状態なのか、いよいよ想像が出来ない……。
「頑張って、注意してきます……」
「うん。じゃあね。本当に、気を付けてね!」
そして、俺と蓬さんは手を振って別れたのだった。
不安だ……。
二階への階段を踏みしめていく。
ただ御珠様を注意するだけのはずなのに、気が重い。
きっと、屋敷中を掃除するよりも重労働なんだろう……。
階段を上り終えると一直線の廊下を歩き、金色のふすまを開け、更にその向こうのずらっと並んだ障子の前に立つ。
いつもは御珠様の仕事中は、十徹さんがその見張りをしているはずだけど、今は見た所、二階には俺の他に誰もいなかった。蓬さんの言う通り、十徹さんも今日はお休みなんだろう。
障子は、奥の部屋――御珠様の部屋からの仄かな灯りを映して、輝いている。
だけど、向こう側から何の音も聞こえないのが不気味だった
……悩んでいても、仕方ないな。
「すみません、御珠様」
……。
試しに呼んでみるけれど、返事は無い。
「御珠様? いますか?」
もう一回。
……。
だけど、やっぱり何の反応も無かった。
「あれ?」
もしかして今も、儀式の最中なのかな? いやでも、御珠様も今日はお休みらしいし。
屋敷の他の場所にいるとか? それとも外に出掛けているとか?
色々と考えを巡らせていると。
……ゴン! バタン! と、鈍く大きな音がして。
「おわああっ!!」
聞こえてくるのは、御珠様の叫び声。
「だ、大丈夫ですか、御珠様?!」
慌てて俺は、御珠様を助けに行こうとして、障子に手を掛ける。
けれどその前に、すっ……とわずかに障子が開いて。
「つつ……寝起きから散々じゃな……」
御珠様がとろんとした目をして、ぼさぼさの頭を掻きながら、隙間から顔を覗かせたのだった。
「寝起きって言いますけど……」
今、お昼過ぎですよ? という突っ込みは、
「ふわあああぁ…………」
御珠様の大あくびにかき消される。早速心が折れそうだった。
……昨日も思ったけれど、寝起きの御珠様は、本当にだらしない。
髪の毛も全身の毛も寝癖だらけでボサついているし、寝間着ははだけて帯もほどけている。しかも今日はそれに加えて、九本のしっぽに布団をかぶせたままというおまけつきだった。
さっきの叫び声は、起き上がった拍子に、龍の屏風に頭をぶつけたのが原因だろう。きっと、そのまま屏風が御珠様の方に倒れてきたんだろうな……。
「それで……どうしたのじゃ……景」
御珠様が眠そうに瞬きをしながら、尋ねてくる。
「流石にわらわは、そこまで盛んじゃないぞ? 夜まで待ってくれないと、気分も乗らぬし……」
「あの、ですね。要件を伝えます」
御珠様の寝言はなるべくスル―して、俺はきっぱりと言う。
「部屋の掃除をして下さい」
「嫌じゃ」
即答だった。本当なら、眠気で反応速度が鈍っているはずなのに……。
「蓬さんから伝えられたんです。凄く散らかっているんでしょう?」
「何を言う? わらわがそんなに雑な人間に見えるとでも言うのか?」
残念ながら今この時点では、そうとしか見えていない。
「……それなら、部屋の中を見せて下さい」
「勿論いいぞ、ほれ、好きなだけ見るが好い」
御珠様の寛大な言葉。けれど、肝心の部屋の様子は、御珠様の姿に阻まれて、開いた障子の隙間からさっぱり見ることが出来ない。
「……もう少し、障子を開けてください」
「……だから嫌じゃ」
「じゃあ、無理矢理開けますからね」
何も、ここに拘らなくても障子は他にも沢山有るのだ。宣言すると俺は立ち上がって移動して、隣の障子を引いて開けようとする。
「うっ、重い……!」
けれど、つっかえ棒でもしてあるのか、それとも何かの術が掛かっているのか、さっぱり開かない……!
その隣も、そのまた隣も、一番端っこの障子も駄目、開かない。御珠様は、一歩も動いていないのに……!
「ふふ、あがいても無駄じゃぞ?」
御珠様は愉快そうにそんな様子を眺めていた。……中を覗くのは、不可能と考えた方が良さそうだ。
俺は大人しく御珠様の前に戻る。だけど、ここで引きさがる訳にはいかない。
「……その、お言葉ですが、御珠様……」
「うむ? 何でも言ってみい?」
「……お屋敷がごみ屋敷だと勘違いされて一番困るのは、御珠様なのではないでしょうか……」
蓬さんから言われたセリフを、そのまま伝えてみる。
「う~~~」
今度は多少は効果が有ったみたいで、御珠様が怨めしそうに唸る。
「蓬め、要らん入れ知恵しおって……」
……どうやら、言われ慣れているセリフらしい。庭の物干し竿の件の様に、部屋の掃除のことでも、二人で喧嘩も沢山したんだろうな……。
「だから……掃除して下さい。御珠様ならきっと、すぐに終らせられるはずです」
念を押すようにそう言って、持ってきた雑巾や箒を渡そうとすると。
「景、おぬしに一つ、尋ねたいことが有るのじゃが……」
御珠様が何の前触れもなく、質問しようとする。
「……何でしょうか……?」
……怪しい。怪しいのは分かっているけれど、一応訊き返してしまう。
御珠様も俺が絶対喰いついてくれると理解した上で尋ねているんだろう……。
「おぬし……」
手の平で踊らされている気分になりながらも、俺は御珠様の言葉を待った。
「……おぬし、鰻は食べたことが有るか?」
「……え?」
うなぎ?
『景君に、頼みたい仕事が有る』。狸の蓬さんから持ちかけられたのは、そんな話だった。
「うん。……本当なら、私達の仕事じゃないことなんだけど……」
ため息交じりに、肩を落として話す蓬さん。炊事に裁縫に、全ての家事を完璧にこなしている蓬さんを、内容を話すだけでも、こんなに疲れさせてしまうほどの仕事……。
「その、俺、何でもやりますよ!」
けれどここまで来て、引き下がるつもりは無かった。いつも皆の為に家事を頑張っている蓬さんの頼みなら、何でも手伝いたい。
「本当にありがとう、景君……」
感激する蓬さん。決して大げさではないその反応に、どんな仕事か知るのが増々恐ろしくなるけれど……。
「……それで、その仕事というのは……御珠様が関係しているんですよね……?」
これ以上待っていると、心臓に悪そうだ。早く内容を聞いてしまいたい。
蓬さんの話からして、その仕事に御珠様が関わっていることだけは伝わってきた。
「……正解。……ちよちゃんや私じゃ、もう意味が無くてね……。こんな日じゃないと頼めないし……」
そんな蓬さんの意味深な発言が、更に想像を加速させる。普通の仕事じゃないのは確かだ。
「もしかして……儀式を、手伝うんですか……?」
御珠様と言えば、そんなイメージが有るけれど……。
「ううん。儀式ではないよ。それに、景君は一切手伝わなくていいんだけど……」
手伝わなくてもいい仕事……? いよいよ想像がつかなくなってきたので、俺は考えるのを止めて、ただ蓬さんの言葉を待つことにした。
「……実は、だね、景君」
「……は、はい」
きりっと、蓬さんが俺の目をしっかりと見る。
「景君には、御珠様に……」
固唾を飲んで、蓬さんの言葉に集中する。御珠様に……。
「御珠様に、自分の部屋の掃除をさせてほしいんだ……!」
「……えっ……?」
蓬さんが打ち明けた言葉に、かえって驚いてしまう自分がいる。
掃除。掃除をさせるって、そのままの意味だよな……?
「たま……御珠様は、仕事は真面目だから良いんだけど、それ以外のことに関しては、昔から無頓着で……」
そして蓬さん、ゆっくりと語り始める。積み重なった苦労がにじみ出る様な重々しい口調だった。
「裁縫や料理は私の仕事だから、良いとしても……。自分のお部屋の掃除ぐらいは、自分でしないといけないと思うんだけどね……」
「それは、そうですよね……」
こう言ったらなんだけど、確かに御珠様は、家事を全く手伝わないタイプな気がする……。
「ちなみに御珠様の部屋って、二階の畳敷きの部屋ですよね……?」
「うん。そうだね、沢山並んだ障子の奥に有る、広い部屋だよ」
「確か、前に俺が部屋に呼ばれた時には、結構片付いていた様な気がしましたけど……」
一つ疑問が頭に浮かんだので、蓬さんに尋ねてみる。
そう、俺はこの世界に来た最初の日に、御珠様の部屋に上がっていた。
その時、部屋の中に置かれている物といったら、龍の描かれた金色の屏風や積まれた畳ぐらいで、散らかっているっていう印象は全く無かった気が……。
「それはね、景君。……幻術だよ……」
蓬さんは落胆して、ため息をつく。
「本当は散らかっているのに見えなくしていたのか、それとも一時的に全ての物を空き部屋に移していたか、どっちかの手口だね……。一見、綺麗になるっていると引っかかっちゃうんだよ……」
幻術。まさか御珠様は、そんなしょうもないことに幻術を使っているなんて……。別の意味で驚愕する。
「そろそろ御珠様にも、自分の部屋は自分で掃除をする習慣を付けてもらわないと……はあ……」
『自分の部屋は、自分で片付けましょう』。……小学生が立てる、夏休みの目標レベルだった。
「と、言う訳で、お願いだよ。ここは景君がびしっと注意して、御珠様に掃除をしてもらって欲しい……!」
蓬さんが両手を俺の肩に置いて、頼み込む。
「今はまだ、散らかってるのは御珠様の部屋の中だけで収まっている。けれど、放っておくと、このお屋敷自体がごみ屋敷になるかもしれない……!」
縁起でもないことを言う蓬さん。いや、実際有り得る話みたいだから、余計に恐ろしい。
「分かりました。……頑張ります」
御珠様を注意するだけのはずなのに、まるで戦場に向かう様な気分で俺は頷く。
きっと蓬さんも、毎回こんな気分を味わっているんだろう……。
「ありがとう……! 頑張って、注意してね……!」
返事を聞くと蓬さんの表情が、一気に明るくなる。何はともあれ、喜んでもらえて良かった。
「それじゃあ、行ってきます」
俺が台所を出て、廊下を歩いて階段へと向かおうとすると。
「あ、忘れてた! ちょっと待って!」
後ろから、慌てた様子の蓬さんに肩を叩かれる。
「は、はい。どうしました……?」
「これは、肝に銘じてほしいんだけど……」
こほん、と蓬さんは咳ばらいをする。
「――絶対に、部屋には入っちゃだめだよ? 障子の外から、御珠様に注意するだけで十分だからね?」
「えっ……本当に、注意するだけで良いんですか?」
それだと任務として足りない気がするけれど。
「うん。迂闊に足を踏み入れると、遭難して帰って来れなくなっちゃうからね……?」
蓬さんが切実な様子で、忠告してくれる。どれだけ酷い状態なのか、いよいよ想像が出来ない……。
「頑張って、注意してきます……」
「うん。じゃあね。本当に、気を付けてね!」
そして、俺と蓬さんは手を振って別れたのだった。
不安だ……。
二階への階段を踏みしめていく。
ただ御珠様を注意するだけのはずなのに、気が重い。
きっと、屋敷中を掃除するよりも重労働なんだろう……。
階段を上り終えると一直線の廊下を歩き、金色のふすまを開け、更にその向こうのずらっと並んだ障子の前に立つ。
いつもは御珠様の仕事中は、十徹さんがその見張りをしているはずだけど、今は見た所、二階には俺の他に誰もいなかった。蓬さんの言う通り、十徹さんも今日はお休みなんだろう。
障子は、奥の部屋――御珠様の部屋からの仄かな灯りを映して、輝いている。
だけど、向こう側から何の音も聞こえないのが不気味だった
……悩んでいても、仕方ないな。
「すみません、御珠様」
……。
試しに呼んでみるけれど、返事は無い。
「御珠様? いますか?」
もう一回。
……。
だけど、やっぱり何の反応も無かった。
「あれ?」
もしかして今も、儀式の最中なのかな? いやでも、御珠様も今日はお休みらしいし。
屋敷の他の場所にいるとか? それとも外に出掛けているとか?
色々と考えを巡らせていると。
……ゴン! バタン! と、鈍く大きな音がして。
「おわああっ!!」
聞こえてくるのは、御珠様の叫び声。
「だ、大丈夫ですか、御珠様?!」
慌てて俺は、御珠様を助けに行こうとして、障子に手を掛ける。
けれどその前に、すっ……とわずかに障子が開いて。
「つつ……寝起きから散々じゃな……」
御珠様がとろんとした目をして、ぼさぼさの頭を掻きながら、隙間から顔を覗かせたのだった。
「寝起きって言いますけど……」
今、お昼過ぎですよ? という突っ込みは、
「ふわあああぁ…………」
御珠様の大あくびにかき消される。早速心が折れそうだった。
……昨日も思ったけれど、寝起きの御珠様は、本当にだらしない。
髪の毛も全身の毛も寝癖だらけでボサついているし、寝間着ははだけて帯もほどけている。しかも今日はそれに加えて、九本のしっぽに布団をかぶせたままというおまけつきだった。
さっきの叫び声は、起き上がった拍子に、龍の屏風に頭をぶつけたのが原因だろう。きっと、そのまま屏風が御珠様の方に倒れてきたんだろうな……。
「それで……どうしたのじゃ……景」
御珠様が眠そうに瞬きをしながら、尋ねてくる。
「流石にわらわは、そこまで盛んじゃないぞ? 夜まで待ってくれないと、気分も乗らぬし……」
「あの、ですね。要件を伝えます」
御珠様の寝言はなるべくスル―して、俺はきっぱりと言う。
「部屋の掃除をして下さい」
「嫌じゃ」
即答だった。本当なら、眠気で反応速度が鈍っているはずなのに……。
「蓬さんから伝えられたんです。凄く散らかっているんでしょう?」
「何を言う? わらわがそんなに雑な人間に見えるとでも言うのか?」
残念ながら今この時点では、そうとしか見えていない。
「……それなら、部屋の中を見せて下さい」
「勿論いいぞ、ほれ、好きなだけ見るが好い」
御珠様の寛大な言葉。けれど、肝心の部屋の様子は、御珠様の姿に阻まれて、開いた障子の隙間からさっぱり見ることが出来ない。
「……もう少し、障子を開けてください」
「……だから嫌じゃ」
「じゃあ、無理矢理開けますからね」
何も、ここに拘らなくても障子は他にも沢山有るのだ。宣言すると俺は立ち上がって移動して、隣の障子を引いて開けようとする。
「うっ、重い……!」
けれど、つっかえ棒でもしてあるのか、それとも何かの術が掛かっているのか、さっぱり開かない……!
その隣も、そのまた隣も、一番端っこの障子も駄目、開かない。御珠様は、一歩も動いていないのに……!
「ふふ、あがいても無駄じゃぞ?」
御珠様は愉快そうにそんな様子を眺めていた。……中を覗くのは、不可能と考えた方が良さそうだ。
俺は大人しく御珠様の前に戻る。だけど、ここで引きさがる訳にはいかない。
「……その、お言葉ですが、御珠様……」
「うむ? 何でも言ってみい?」
「……お屋敷がごみ屋敷だと勘違いされて一番困るのは、御珠様なのではないでしょうか……」
蓬さんから言われたセリフを、そのまま伝えてみる。
「う~~~」
今度は多少は効果が有ったみたいで、御珠様が怨めしそうに唸る。
「蓬め、要らん入れ知恵しおって……」
……どうやら、言われ慣れているセリフらしい。庭の物干し竿の件の様に、部屋の掃除のことでも、二人で喧嘩も沢山したんだろうな……。
「だから……掃除して下さい。御珠様ならきっと、すぐに終らせられるはずです」
念を押すようにそう言って、持ってきた雑巾や箒を渡そうとすると。
「景、おぬしに一つ、尋ねたいことが有るのじゃが……」
御珠様が何の前触れもなく、質問しようとする。
「……何でしょうか……?」
……怪しい。怪しいのは分かっているけれど、一応訊き返してしまう。
御珠様も俺が絶対喰いついてくれると理解した上で尋ねているんだろう……。
「おぬし……」
手の平で踊らされている気分になりながらも、俺は御珠様の言葉を待った。
「……おぬし、鰻は食べたことが有るか?」
「……え?」
うなぎ?
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