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第一章 お屋敷編
第十三話 掃除名人?
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家事を手伝うために、再び俺は自分の部屋の前から台所へと向かう。
すると、偶然にもその途中で、廊下の先を蓬さんが、歩いているのが見かけたのだった。
俺の足音に気が付いたのか、蓬さんは振り返り、ほころびながら話しかけてくれる。
「おや、どうしたの、景君? 探索かい?」
さっきまで付けていたエプロンを、蓬さんは今は脱いでいて。どうやら料理は一旦落ち着いたみたいだ。
「いえ。その、蓬さん」
「うんうん。何でも言ってごらんよ」
「何か、俺に出来る仕事はありませんか?」
「えっ……」
そう言うと蓬さんは、少しの間きょとんとした表情を浮かべて。
「そうか、偉い! 偉いぞ、景君!」
それから今度は快活に笑って、
「自分から仕事をしたいだなんて、大したものだ!」
俺の背中をバン、バンと叩いたのだった。そりゃあもう、思いっきり。
「いっ…………!」
背中がしびれてその場で悶絶する。
「ご、ごめん! ついうっかり……」
蓬さんが申し訳なさそうに背中をさすってくれて、ようやく痛みが引いていく。
今のは、効いた…………。
……どうやら、蓬さんは女性にしてはかなりの力持ちみたいだ……。
「だ、大丈夫です、大丈夫です」
痺れも引いてきたのでそう伝えると、蓬さんはようやく安心した表情になる。
「ええっと、今有る仕事はね……」
そして蓬さんは、思い出すようにやや上を向き、それから再び視線をこっちに戻した。
「そうだ。景君、裁縫はできる?」
裁縫。……裁縫。
中学高校の家庭科の授業で一応教わったけど……技術が習得できたかどうかはまた別の話。
何十回も玉止めを失敗して無駄な足止めを喰らい、提出課題のトートバックが居残りしても完成しなかったという、ついこの間出来たばかりのトラウマが蘇る……。
「ごめんなさい、裁縫はちょっと苦手で……」
「いいのいいの。じゃあ、料理はどうかな?」
腹が減った時には大体いつも、菓子パンかカップ麺か冷凍食品で済ましていたから……家庭科の調理実習以外に経験は、無い。その実習にしたって、モヤシ炒めがフライパンの上で大炎上したり、サラダ油を床に零して滑って頭を打って保健室に運ばれた思い出が……。
「実は、料理も全くしたことないです……」
「なるほどなるほど……。……洗濯は、今日はもう終わっちゃってるし…………うーん……」
あまりに申し訳なさ過ぎて、蓬さんのにこやかな困り顔が、直視できない。
知らなかった。まさか、こんなにも自分に家事の技術が無かったなんて……。
こんなことになるなら、家庭科の授業をもっと真剣に聞いとくべきだった。もう、遅いけど……。
『何か、俺に出来る仕事はありませんか?』と頼んだ時の、自分を思い出して顔から火が出てしまいそうになる。ポンコツのくせにちょっと格好つけていた、ただの馬鹿だ……。
「そうだねえ……」
非常に気まずい、恥ずかしい時間がしばらく流れている。
「………………あ!」
けれど蓬さんは突然、何かを思い出したようにパチンと両手を打った。
「掃除は? 掃除ならばっちりでしょ!」
掃除。掃除なら……俺でもできる。
「はい」
すぐに俺が頷くと、途端に蓬さんの表情が晴れていく。
「やっぱり! 景君、掃除得意そうな顔してるもん!」
笑顔のフォローが余計に辛かった。
確かに、自分の部屋の掃除とかはこまめにするタイプだったけど、掃除が得意そうな顔って……。
「決まった決まった。景君は今日から掃除係だ!」
すると蓬さんは早速、どこからかバケツと箒とちりとりと雑巾を持ってきて、俺に手渡す。
「それじゃあよろしく! 取り敢えず、廊下の掃除をお願いね!」
「分かりました。頑張ります、蓬さん!」
明るい蓬さんの声に、俺も元気に返事をした。
とにかく、何かするべきことを与えられて、嬉しかったからだ。
元々手伝いとかを積極的にするタイプでは決してなかったはずなのに。不思議なもんだな……。
何はともあれ、やるからにはちゃんと頑張ろう。
早速俺は用具を持って、廊下の端っこへと向かう。けれど、蓬さんのそばを通り過ぎたところで一つの疑問が頭に浮かび、振り返る。
「すみません、水はどこで……」
汲めばいいんでしょうかと、言い掛けて。
だけどふと、あることに気が付いて言葉は止まってしまう。
蓬さんの太いしっぽが……さわさわと小さく揺れていたのだ。
「ん……」
俺の視線を感じ取ったのか蓬さんは振り向いて、それから自分のしっぽに視線を落とす。
するとしっぽの動きがぱたぱた……とまた少し激しくなる。
「あ……ご、ごめんなさい」
何となく悪いことをしてしまった気がして、蓬さんに謝る。
「いやいや……お恥ずかしいところを」
すると蓬さんは恥ずかしそうに頭を優しく掻いた。
「これは、小さい頃からの癖でね……。誰かから名前を呼ばれると、よくしっぽが反応しちゃうんだよ」
特に深い理由はないはずなんだけどねえ……、と蓬さんは付け加えて、はにかむ。
抱き上げたしっぽは未だに収まらず、蓬さんの腕の中でゆらゆら動いている。
……どうやら蓬さんは、自分の名前を呼ばれると照れてしまうタイプの人らしい。
ちょっと意外だけど、照れている蓬さんの表情は、何だか小さな子供の様で、かわいい……。
「なのに、御珠様なんて何回も名前を呼んでくるし……!」
そして蓬さんは、訴えるような目で俺を見た。
……きっと御珠様は、こんな風に恥ずかしがる蓬さんを見て、楽しんでいるのだろう……。
生き生きとしながら蓬さんをからかう御珠様の姿が、容易に想像できてしまう。
御珠様ならやりかねん、というか、絶対そうに決まっている……。
「……あ、そうそう、水の場所は……」
俺が心の中で同情していると、蓬さんは、ようやく止まったしっぽから手を離して廊下の先を指さした。
「台所の勝手口を出てすぐそこに井戸が有るから、そこで汲んでね」
「分かりました。ありがとうございます」
その言葉に俺は早速バケツを持ち、台所に行こうとする。
けれど。
「ごめん景君、大事なことを忘れてた!」
そんな声に呼び止められて振り返れば、蓬さんは、はっとした表情を浮かべていて……。
「ちょっと待ってて!」
そう言うとすぐに、慌てた様子で近くの部屋に入っていってしまったのだった。
すると、偶然にもその途中で、廊下の先を蓬さんが、歩いているのが見かけたのだった。
俺の足音に気が付いたのか、蓬さんは振り返り、ほころびながら話しかけてくれる。
「おや、どうしたの、景君? 探索かい?」
さっきまで付けていたエプロンを、蓬さんは今は脱いでいて。どうやら料理は一旦落ち着いたみたいだ。
「いえ。その、蓬さん」
「うんうん。何でも言ってごらんよ」
「何か、俺に出来る仕事はありませんか?」
「えっ……」
そう言うと蓬さんは、少しの間きょとんとした表情を浮かべて。
「そうか、偉い! 偉いぞ、景君!」
それから今度は快活に笑って、
「自分から仕事をしたいだなんて、大したものだ!」
俺の背中をバン、バンと叩いたのだった。そりゃあもう、思いっきり。
「いっ…………!」
背中がしびれてその場で悶絶する。
「ご、ごめん! ついうっかり……」
蓬さんが申し訳なさそうに背中をさすってくれて、ようやく痛みが引いていく。
今のは、効いた…………。
……どうやら、蓬さんは女性にしてはかなりの力持ちみたいだ……。
「だ、大丈夫です、大丈夫です」
痺れも引いてきたのでそう伝えると、蓬さんはようやく安心した表情になる。
「ええっと、今有る仕事はね……」
そして蓬さんは、思い出すようにやや上を向き、それから再び視線をこっちに戻した。
「そうだ。景君、裁縫はできる?」
裁縫。……裁縫。
中学高校の家庭科の授業で一応教わったけど……技術が習得できたかどうかはまた別の話。
何十回も玉止めを失敗して無駄な足止めを喰らい、提出課題のトートバックが居残りしても完成しなかったという、ついこの間出来たばかりのトラウマが蘇る……。
「ごめんなさい、裁縫はちょっと苦手で……」
「いいのいいの。じゃあ、料理はどうかな?」
腹が減った時には大体いつも、菓子パンかカップ麺か冷凍食品で済ましていたから……家庭科の調理実習以外に経験は、無い。その実習にしたって、モヤシ炒めがフライパンの上で大炎上したり、サラダ油を床に零して滑って頭を打って保健室に運ばれた思い出が……。
「実は、料理も全くしたことないです……」
「なるほどなるほど……。……洗濯は、今日はもう終わっちゃってるし…………うーん……」
あまりに申し訳なさ過ぎて、蓬さんのにこやかな困り顔が、直視できない。
知らなかった。まさか、こんなにも自分に家事の技術が無かったなんて……。
こんなことになるなら、家庭科の授業をもっと真剣に聞いとくべきだった。もう、遅いけど……。
『何か、俺に出来る仕事はありませんか?』と頼んだ時の、自分を思い出して顔から火が出てしまいそうになる。ポンコツのくせにちょっと格好つけていた、ただの馬鹿だ……。
「そうだねえ……」
非常に気まずい、恥ずかしい時間がしばらく流れている。
「………………あ!」
けれど蓬さんは突然、何かを思い出したようにパチンと両手を打った。
「掃除は? 掃除ならばっちりでしょ!」
掃除。掃除なら……俺でもできる。
「はい」
すぐに俺が頷くと、途端に蓬さんの表情が晴れていく。
「やっぱり! 景君、掃除得意そうな顔してるもん!」
笑顔のフォローが余計に辛かった。
確かに、自分の部屋の掃除とかはこまめにするタイプだったけど、掃除が得意そうな顔って……。
「決まった決まった。景君は今日から掃除係だ!」
すると蓬さんは早速、どこからかバケツと箒とちりとりと雑巾を持ってきて、俺に手渡す。
「それじゃあよろしく! 取り敢えず、廊下の掃除をお願いね!」
「分かりました。頑張ります、蓬さん!」
明るい蓬さんの声に、俺も元気に返事をした。
とにかく、何かするべきことを与えられて、嬉しかったからだ。
元々手伝いとかを積極的にするタイプでは決してなかったはずなのに。不思議なもんだな……。
何はともあれ、やるからにはちゃんと頑張ろう。
早速俺は用具を持って、廊下の端っこへと向かう。けれど、蓬さんのそばを通り過ぎたところで一つの疑問が頭に浮かび、振り返る。
「すみません、水はどこで……」
汲めばいいんでしょうかと、言い掛けて。
だけどふと、あることに気が付いて言葉は止まってしまう。
蓬さんの太いしっぽが……さわさわと小さく揺れていたのだ。
「ん……」
俺の視線を感じ取ったのか蓬さんは振り向いて、それから自分のしっぽに視線を落とす。
するとしっぽの動きがぱたぱた……とまた少し激しくなる。
「あ……ご、ごめんなさい」
何となく悪いことをしてしまった気がして、蓬さんに謝る。
「いやいや……お恥ずかしいところを」
すると蓬さんは恥ずかしそうに頭を優しく掻いた。
「これは、小さい頃からの癖でね……。誰かから名前を呼ばれると、よくしっぽが反応しちゃうんだよ」
特に深い理由はないはずなんだけどねえ……、と蓬さんは付け加えて、はにかむ。
抱き上げたしっぽは未だに収まらず、蓬さんの腕の中でゆらゆら動いている。
……どうやら蓬さんは、自分の名前を呼ばれると照れてしまうタイプの人らしい。
ちょっと意外だけど、照れている蓬さんの表情は、何だか小さな子供の様で、かわいい……。
「なのに、御珠様なんて何回も名前を呼んでくるし……!」
そして蓬さんは、訴えるような目で俺を見た。
……きっと御珠様は、こんな風に恥ずかしがる蓬さんを見て、楽しんでいるのだろう……。
生き生きとしながら蓬さんをからかう御珠様の姿が、容易に想像できてしまう。
御珠様ならやりかねん、というか、絶対そうに決まっている……。
「……あ、そうそう、水の場所は……」
俺が心の中で同情していると、蓬さんは、ようやく止まったしっぽから手を離して廊下の先を指さした。
「台所の勝手口を出てすぐそこに井戸が有るから、そこで汲んでね」
「分かりました。ありがとうございます」
その言葉に俺は早速バケツを持ち、台所に行こうとする。
けれど。
「ごめん景君、大事なことを忘れてた!」
そんな声に呼び止められて振り返れば、蓬さんは、はっとした表情を浮かべていて……。
「ちょっと待ってて!」
そう言うとすぐに、慌てた様子で近くの部屋に入っていってしまったのだった。
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