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第一章 お屋敷編
第三話 お屋敷探索
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俺の手を引く誰かは走る。ただひたすら、走る。
凄まじい速さだ……! 俺は必死にその人の後をついていく。
後ろから判断するに、その人の身長は155センチぐらい。体格は華奢からして、恐らく女の子だ。
全身を包む毛は、少し長めだ。しっぽは適度にふわっとしていて、しなやかで長い。大きな三角形の耳が、頭の上でぴんと立っている。
それ以外の特徴は、後姿だけだと良く分からなかった。
暗い所を走っているから、毛の色もはっきりとは見えないし。ただ、手の平には肉球が有って、とてもぷにぷにとしている……。
どこに向かっているかは分からない。だけど、離されてしまったら終わりだ……!
話しかけたり、後ろを確認している余裕は無かった。
路地に入ってまた路地へ。井戸のある小さな広場を通り、たばこ屋の角を曲がって……。
ぴたり。ある家の前で、その誰かは一瞬立ち止まった。
「ここは……」
それは二階建ての、例に漏れず日本家屋で。塀の代わりとして、竹を菱形に組み合わせてできた、背の低い垣根が周りを囲んでいた。
外見は決して豪華じゃないけれど……かなり広そうな、お屋敷だ。
夜の闇に包まれたその姿は、得体の知れなくて、結構、怖い……。
何て思っていると、その誰かはお屋敷の敷地に踏み込んだ。躊躇無く。
「えっ?」
そして玄関の扉をからりと開けて、戸惑う俺の手を引いた。
敷居をまたぎ、一緒に中に入る。
カチャリ、と鍵をかかる音。
……どうやら、これ以上走ることはなさそうだ。
……疲れ、た。一気に全身が重くなって、広い玄関に腰を下ろして、壁に背中を預ける。
倒れてしまいそうになるのを持ちこたえるのが、精一杯だ。
「………」
そばに立って、心配そうにこっちを見つめているのは、俺を救ってくれた人。
室内の明かりで、はっきりと姿が見える。今なら分かった。
……猫。
助けてくれたのは、猫の獣人の女の子だった。
少し長めの毛は銀色がかったグレー色と、白色の二色。全体的にグレーの毛の割合の方が少し多いかもしれない。年は15、16才ぐらいだろうか。幼さを残した、優しそうな顔立ちだ。
目はぱっちりとしていて、瞳は思慮深そうなエメラルド色。鼻は綺麗なピンク色。ほんの少しだけグレー色の混じった黒髪はセミロングで、結んでいなくて、全体的にふわっとしていた。
「本当に……ありがとうございます」
俺はその人の方をまっすぐ向く。ちゃんとお礼を言わなきゃ。
あのままあの場所にとどまっていたら、どうなっていたか。いくら感謝してもし切れない……。
「あの、あなたは……、あれ………?」
だけど、ほんの一瞬目を離した間に。その女の子は俺の前からいなくなっていた。
「……?」
いつの間に? 立ち去る気配すら感じなかったのに。
一体どこに行ったんだろう……?
ちゃんと手を繋いでいたのだから、まさか幽霊とかじゃないはずだけど……。
探してみよう。俺は立ち上がり、玄関で靴を脱いで廊下へと一歩踏み出した。
だけど、ぐらっ、と体のバランスが崩れ、再びそのまま床に座り込んでしまう。
……無理だ。もう動けない……。
とにかく、とにかく今は休もう。考えたり、行動したりするのはその後にしよう……。
しばらく何もせずに動かないでいたお陰で、ようやく正常な思考が蘇ってくる。
一回冷静になって、今の自分の状況を整理しよう。それが良い。
「うーん……」
だけど、いくら考えてもさっぱり意味が分からない。
一体、ここはどこなんだ?
一応獣人たちは着物を着てるし、建物は古い日本の家に似てるけれど、果たして本当に、日本なのか……?
獣人がいる町なんて聞いたことがないし、この世に獣人が本当に存在するなんて、そんなこと今まで一度も考えたことは無かった。
そうなると、やっぱり……、どうしてもある可能性に行き着いてしまう。
そもそもこの場所は、今まで俺が居た世界とは違った世界に存在する、ということ。
日本の高校二年生だったはずの俺は、何らかの理由で獣人が暮らす異世界に呼ばれてしまった。
これまでの記憶をまとめると、そう考えた方が自然な気が……。
獣人の、世界ねえ……。
常識から考えて到底信じられない話だ。だけど、否定することはもうできない。
例え頭の中で理解できなくても、見たものや触れたもの、獣人たちや街の景色が変わることはないのだから。
「でもなあ……」
それでもこんな突拍子もないこと、すぐに信じろっていう方が難しい。とにかく、この屋敷までは誰も追いかけてはこないらしい。一旦の危機は免れたと判断して、問題は無いだろう。
だけど。このまま玄関でじっと座っていれば良い訳でも、無いんだろうな……。
しばらく経っても、特に何かが起こる気配は無い。自分で動けって催促されている様な気がしてならに。そろそろ動いた方が良いか、それとも待っていた方が良いか。
今までの俺はかなり迂闊だった。今度は流石に、慎重になる。
どっちが良いのやら……。色々悩んで、答えが出せずにいると。
「あれ……?」
玄関から続く廊下の先から、ぼんやりとした赤い火が、近づいてくる。
何かと思って眺めていると、それはあっという間にソフトボールより一回り大きいぐらいになった。
「――!」
背筋に寒気が走る。
火が、空中に、浮かんでいる。何の、支えもなしに。
――鬼火だ。
ここまで来ると最早、立派な怪奇現象だ。驚きのあまり、声も上げれない。
ただ目の前で漂う鬼火をまじまじと見つめていると……それはふわふわと動き出し、廊下を再び奥に向かって引き返し進み始めた。
「………」
警戒して動かないでいると、鬼火は俺のところに一旦戻ってきて、再び廊下を素早く進み始める。催促するみたいに。
もしかして、これって、俺を案内してくれているのか?
でも、どこに。何かの罠じゃないよな……。
ためらっている俺を他所に、せっかちな鬼火は廊下の向こうへと遠ざかっていってしまう。玄関に俺を置き去りにしたまま。
……仕方ない。とにかくついていけば良いんだよな……。
結局素直に従うことにして、鬼火を追いかけた。
鬼火の導きの通りに進んでいく。突き当りを左に曲がって、二番目の角を右……。
思った通り、大きなお屋敷らしい。間取りも何だか迷路みたいだし、鬼火も動きを止めてくれない。
沢山の行燈に照らされているから屋敷の中はそれなりに明るく、鬼火が無くても先を見通すことは全然可能だ。だけど、鬼火の案内が無ければ、俺はすぐに迷子になっていたはずだ。
歩いていても、誰にも会わなかった。さっきの通りと違って、ここには誰かが住んでいる気配はするのに。姿が見えないと不気味なのは、同じだった。
獣人達で賑かだったあの街さえも、不思議と恋しい。恩人の女の子は、どこへ行ってしまったのだろう……。
鬼火がぴたっと動きを止める。
現れたのは、二階へと続く木造の階段。その先は、暗くて良く見通せなかった。
もう教えることは無いという風に、鬼火はふっと消えてしまう。
階段に出くわすのは、これが初めて。できれば登りたくない。だけど、このままじっとしていても仕方がないんだろうなあ……。
腹をくくって、一歩、一歩と階段を踏みしめていく。ぎっ、と木が軋んだ鈍い音が鳴る。
どくん、どくん……と高鳴る鼓動。戸惑っている内に、二階にはあっけなく辿り着いてしまう。
この先に、何が待っているんだ……?
いずれにせよ、もう、戻ることはできない。その代わり、迷うことも無さそうだった。
二階の廊下は短く、しかも一直線だったからだ。
両脇のふすまには目もくれず、進んでいく。廊下の行き止まりには、他よりも豪華な装飾の二枚のふすまだけが待ち構えていた。
金色の装飾で彩られたふすまの前で、立ち止まる。 深呼吸をして、目を閉じる。
間違いない。この向こう側に、誰かがいる。俺のことを待っている。そんな気配が伝わってくる。
勢い良くふすまを引いて、足を踏み入れた。
その中は二十畳ほどの板敷の、横長の部屋。
だけど、誰も、いない? 予想が外れ、その部屋は空っぽで。
誰もいない代わりに、俺の前には障子がずらっと横並びになって立ちふさがっている。
仕切っているんだ。こっちの部屋と……奥の、部屋を。
しかもその障子は、奥からの明かりを映して、ぼんやりと輝いていた。
今度は絶対だ。誰かが奥にいて、俺のことを待っている。
……ここまで来てしまったんだ。もう、戻れない。再び深く息を吸って、それから吐く。
何が有っても、動じないように。慌てずに、落ち着いて行動しろ……。
……よしっ。
スッと、静かに障子を引く。
「よく来たのう」
息を呑んだ。
案の定、障子の向こうの部屋で、誰かが腰を下ろしていた。
凄まじい速さだ……! 俺は必死にその人の後をついていく。
後ろから判断するに、その人の身長は155センチぐらい。体格は華奢からして、恐らく女の子だ。
全身を包む毛は、少し長めだ。しっぽは適度にふわっとしていて、しなやかで長い。大きな三角形の耳が、頭の上でぴんと立っている。
それ以外の特徴は、後姿だけだと良く分からなかった。
暗い所を走っているから、毛の色もはっきりとは見えないし。ただ、手の平には肉球が有って、とてもぷにぷにとしている……。
どこに向かっているかは分からない。だけど、離されてしまったら終わりだ……!
話しかけたり、後ろを確認している余裕は無かった。
路地に入ってまた路地へ。井戸のある小さな広場を通り、たばこ屋の角を曲がって……。
ぴたり。ある家の前で、その誰かは一瞬立ち止まった。
「ここは……」
それは二階建ての、例に漏れず日本家屋で。塀の代わりとして、竹を菱形に組み合わせてできた、背の低い垣根が周りを囲んでいた。
外見は決して豪華じゃないけれど……かなり広そうな、お屋敷だ。
夜の闇に包まれたその姿は、得体の知れなくて、結構、怖い……。
何て思っていると、その誰かはお屋敷の敷地に踏み込んだ。躊躇無く。
「えっ?」
そして玄関の扉をからりと開けて、戸惑う俺の手を引いた。
敷居をまたぎ、一緒に中に入る。
カチャリ、と鍵をかかる音。
……どうやら、これ以上走ることはなさそうだ。
……疲れ、た。一気に全身が重くなって、広い玄関に腰を下ろして、壁に背中を預ける。
倒れてしまいそうになるのを持ちこたえるのが、精一杯だ。
「………」
そばに立って、心配そうにこっちを見つめているのは、俺を救ってくれた人。
室内の明かりで、はっきりと姿が見える。今なら分かった。
……猫。
助けてくれたのは、猫の獣人の女の子だった。
少し長めの毛は銀色がかったグレー色と、白色の二色。全体的にグレーの毛の割合の方が少し多いかもしれない。年は15、16才ぐらいだろうか。幼さを残した、優しそうな顔立ちだ。
目はぱっちりとしていて、瞳は思慮深そうなエメラルド色。鼻は綺麗なピンク色。ほんの少しだけグレー色の混じった黒髪はセミロングで、結んでいなくて、全体的にふわっとしていた。
「本当に……ありがとうございます」
俺はその人の方をまっすぐ向く。ちゃんとお礼を言わなきゃ。
あのままあの場所にとどまっていたら、どうなっていたか。いくら感謝してもし切れない……。
「あの、あなたは……、あれ………?」
だけど、ほんの一瞬目を離した間に。その女の子は俺の前からいなくなっていた。
「……?」
いつの間に? 立ち去る気配すら感じなかったのに。
一体どこに行ったんだろう……?
ちゃんと手を繋いでいたのだから、まさか幽霊とかじゃないはずだけど……。
探してみよう。俺は立ち上がり、玄関で靴を脱いで廊下へと一歩踏み出した。
だけど、ぐらっ、と体のバランスが崩れ、再びそのまま床に座り込んでしまう。
……無理だ。もう動けない……。
とにかく、とにかく今は休もう。考えたり、行動したりするのはその後にしよう……。
しばらく何もせずに動かないでいたお陰で、ようやく正常な思考が蘇ってくる。
一回冷静になって、今の自分の状況を整理しよう。それが良い。
「うーん……」
だけど、いくら考えてもさっぱり意味が分からない。
一体、ここはどこなんだ?
一応獣人たちは着物を着てるし、建物は古い日本の家に似てるけれど、果たして本当に、日本なのか……?
獣人がいる町なんて聞いたことがないし、この世に獣人が本当に存在するなんて、そんなこと今まで一度も考えたことは無かった。
そうなると、やっぱり……、どうしてもある可能性に行き着いてしまう。
そもそもこの場所は、今まで俺が居た世界とは違った世界に存在する、ということ。
日本の高校二年生だったはずの俺は、何らかの理由で獣人が暮らす異世界に呼ばれてしまった。
これまでの記憶をまとめると、そう考えた方が自然な気が……。
獣人の、世界ねえ……。
常識から考えて到底信じられない話だ。だけど、否定することはもうできない。
例え頭の中で理解できなくても、見たものや触れたもの、獣人たちや街の景色が変わることはないのだから。
「でもなあ……」
それでもこんな突拍子もないこと、すぐに信じろっていう方が難しい。とにかく、この屋敷までは誰も追いかけてはこないらしい。一旦の危機は免れたと判断して、問題は無いだろう。
だけど。このまま玄関でじっと座っていれば良い訳でも、無いんだろうな……。
しばらく経っても、特に何かが起こる気配は無い。自分で動けって催促されている様な気がしてならに。そろそろ動いた方が良いか、それとも待っていた方が良いか。
今までの俺はかなり迂闊だった。今度は流石に、慎重になる。
どっちが良いのやら……。色々悩んで、答えが出せずにいると。
「あれ……?」
玄関から続く廊下の先から、ぼんやりとした赤い火が、近づいてくる。
何かと思って眺めていると、それはあっという間にソフトボールより一回り大きいぐらいになった。
「――!」
背筋に寒気が走る。
火が、空中に、浮かんでいる。何の、支えもなしに。
――鬼火だ。
ここまで来ると最早、立派な怪奇現象だ。驚きのあまり、声も上げれない。
ただ目の前で漂う鬼火をまじまじと見つめていると……それはふわふわと動き出し、廊下を再び奥に向かって引き返し進み始めた。
「………」
警戒して動かないでいると、鬼火は俺のところに一旦戻ってきて、再び廊下を素早く進み始める。催促するみたいに。
もしかして、これって、俺を案内してくれているのか?
でも、どこに。何かの罠じゃないよな……。
ためらっている俺を他所に、せっかちな鬼火は廊下の向こうへと遠ざかっていってしまう。玄関に俺を置き去りにしたまま。
……仕方ない。とにかくついていけば良いんだよな……。
結局素直に従うことにして、鬼火を追いかけた。
鬼火の導きの通りに進んでいく。突き当りを左に曲がって、二番目の角を右……。
思った通り、大きなお屋敷らしい。間取りも何だか迷路みたいだし、鬼火も動きを止めてくれない。
沢山の行燈に照らされているから屋敷の中はそれなりに明るく、鬼火が無くても先を見通すことは全然可能だ。だけど、鬼火の案内が無ければ、俺はすぐに迷子になっていたはずだ。
歩いていても、誰にも会わなかった。さっきの通りと違って、ここには誰かが住んでいる気配はするのに。姿が見えないと不気味なのは、同じだった。
獣人達で賑かだったあの街さえも、不思議と恋しい。恩人の女の子は、どこへ行ってしまったのだろう……。
鬼火がぴたっと動きを止める。
現れたのは、二階へと続く木造の階段。その先は、暗くて良く見通せなかった。
もう教えることは無いという風に、鬼火はふっと消えてしまう。
階段に出くわすのは、これが初めて。できれば登りたくない。だけど、このままじっとしていても仕方がないんだろうなあ……。
腹をくくって、一歩、一歩と階段を踏みしめていく。ぎっ、と木が軋んだ鈍い音が鳴る。
どくん、どくん……と高鳴る鼓動。戸惑っている内に、二階にはあっけなく辿り着いてしまう。
この先に、何が待っているんだ……?
いずれにせよ、もう、戻ることはできない。その代わり、迷うことも無さそうだった。
二階の廊下は短く、しかも一直線だったからだ。
両脇のふすまには目もくれず、進んでいく。廊下の行き止まりには、他よりも豪華な装飾の二枚のふすまだけが待ち構えていた。
金色の装飾で彩られたふすまの前で、立ち止まる。 深呼吸をして、目を閉じる。
間違いない。この向こう側に、誰かがいる。俺のことを待っている。そんな気配が伝わってくる。
勢い良くふすまを引いて、足を踏み入れた。
その中は二十畳ほどの板敷の、横長の部屋。
だけど、誰も、いない? 予想が外れ、その部屋は空っぽで。
誰もいない代わりに、俺の前には障子がずらっと横並びになって立ちふさがっている。
仕切っているんだ。こっちの部屋と……奥の、部屋を。
しかもその障子は、奥からの明かりを映して、ぼんやりと輝いていた。
今度は絶対だ。誰かが奥にいて、俺のことを待っている。
……ここまで来てしまったんだ。もう、戻れない。再び深く息を吸って、それから吐く。
何が有っても、動じないように。慌てずに、落ち着いて行動しろ……。
……よしっ。
スッと、静かに障子を引く。
「よく来たのう」
息を呑んだ。
案の定、障子の向こうの部屋で、誰かが腰を下ろしていた。
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