もふけもわふーらいふ!

夜狐紺

文字の大きさ
上 下
3 / 77
第一章 お屋敷編

第三話 お屋敷探索

しおりを挟む
 俺の手を引く誰かは走る。ただひたすら、走る。
 凄まじい速さだ……! 俺は必死にその人の後をついていく。
 後ろから判断するに、その人の身長は155センチぐらい。体格は華奢からして、恐らく女の子だ。
 全身を包む毛は、少し長めだ。しっぽは適度にふわっとしていて、しなやかで長い。大きな三角形の耳が、頭の上でぴんと立っている。
 それ以外の特徴は、後姿だけだと良く分からなかった。
 暗い所を走っているから、毛の色もはっきりとは見えないし。ただ、手の平には肉球が有って、とてもぷにぷにとしている……。
 どこに向かっているかは分からない。だけど、離されてしまったら終わりだ……!
 話しかけたり、後ろを確認している余裕は無かった。
 路地に入ってまた路地へ。井戸のある小さな広場を通り、たばこ屋の角を曲がって……。
 ぴたり。ある家の前で、その誰かは一瞬立ち止まった。
「ここは……」
 それは二階建ての、例に漏れず日本家屋で。塀の代わりとして、竹を菱形に組み合わせてできた、背の低い垣根が周りを囲んでいた。
 外見は決して豪華じゃないけれど……かなり広そうな、お屋敷だ。 
 夜の闇に包まれたその姿は、得体の知れなくて、結構、怖い……。
 何て思っていると、その誰かはお屋敷の敷地に踏み込んだ。躊躇無く。
「えっ?」
 そして玄関の扉をからりと開けて、戸惑う俺の手を引いた。
 敷居をまたぎ、一緒に中に入る。
 カチャリ、と鍵をかかる音。
 ……どうやら、これ以上走ることはなさそうだ。
 ……疲れ、た。一気に全身が重くなって、広い玄関に腰を下ろして、壁に背中を預ける。
 倒れてしまいそうになるのを持ちこたえるのが、精一杯だ。
「………」
 そばに立って、心配そうにこっちを見つめているのは、俺を救ってくれた人。
 室内の明かりで、はっきりと姿が見える。今なら分かった。
 ……猫。
 助けてくれたのは、猫の獣人の女の子だった。
 少し長めの毛は銀色がかったグレー色と、白色の二色。全体的にグレーの毛の割合の方が少し多いかもしれない。年は15、16才ぐらいだろうか。幼さを残した、優しそうな顔立ちだ。
 目はぱっちりとしていて、瞳は思慮深そうなエメラルド色。鼻は綺麗なピンク色。ほんの少しだけグレー色の混じった黒髪はセミロングで、結んでいなくて、全体的にふわっとしていた。
「本当に……ありがとうございます」
 俺はその人の方をまっすぐ向く。ちゃんとお礼を言わなきゃ。
 あのままあの場所にとどまっていたら、どうなっていたか。いくら感謝してもし切れない……。
「あの、あなたは……、あれ………?」
 だけど、ほんの一瞬目を離した間に。その女の子は俺の前からいなくなっていた。
「……?」
 いつの間に? 立ち去る気配すら感じなかったのに。
 一体どこに行ったんだろう……?
 ちゃんと手を繋いでいたのだから、まさか幽霊とかじゃないはずだけど……。
 探してみよう。俺は立ち上がり、玄関で靴を脱いで廊下へと一歩踏み出した。
 だけど、ぐらっ、と体のバランスが崩れ、再びそのまま床に座り込んでしまう。
 ……無理だ。もう動けない……。
 とにかく、とにかく今は休もう。考えたり、行動したりするのはその後にしよう……。
 

 しばらく何もせずに動かないでいたお陰で、ようやく正常な思考が蘇ってくる。
 一回冷静になって、今の自分の状況を整理しよう。それが良い。
「うーん……」
 だけど、いくら考えてもさっぱり意味が分からない。
 一体、ここはどこなんだ?
 一応獣人たちは着物を着てるし、建物は古い日本の家に似てるけれど、果たして本当に、日本なのか……? 
 獣人がいる町なんて聞いたことがないし、この世に獣人が本当に存在するなんて、そんなこと今まで一度も考えたことは無かった。
 そうなると、やっぱり……、どうしてもある可能性に行き着いてしまう。
 そもそもこの場所は、今まで俺が居た世界とは違った世界に存在する、ということ。
 日本の高校二年生だったはずの俺は、何らかの理由で獣人が暮らす異世界に呼ばれてしまった。
 これまでの記憶をまとめると、そう考えた方が自然な気が……。
 獣人の、世界ねえ……。
 常識から考えて到底信じられない話だ。だけど、否定することはもうできない。
 例え頭の中で理解できなくても、見たものや触れたもの、獣人たちや街の景色が変わることはないのだから。
「でもなあ……」
 それでもこんな突拍子もないこと、すぐに信じろっていう方が難しい。とにかく、この屋敷までは誰も追いかけてはこないらしい。一旦の危機は免れたと判断して、問題は無いだろう。
 だけど。このまま玄関でじっと座っていれば良い訳でも、無いんだろうな……。
 しばらく経っても、特に何かが起こる気配は無い。自分で動けって催促されている様な気がしてならに。そろそろ動いた方が良いか、それとも待っていた方が良いか。
 今までの俺はかなり迂闊だった。今度は流石に、慎重になる。 
 どっちが良いのやら……。色々悩んで、答えが出せずにいると。
「あれ……?」
 玄関から続く廊下の先から、ぼんやりとした赤い火が、近づいてくる。
 何かと思って眺めていると、それはあっという間にソフトボールより一回り大きいぐらいになった。
「――!」
 背筋に寒気が走る。
 火が、空中に、浮かんでいる。何の、支えもなしに。
 ――鬼火だ。
 ここまで来ると最早、立派な怪奇現象だ。驚きのあまり、声も上げれない。
 ただ目の前で漂う鬼火をまじまじと見つめていると……それはふわふわと動き出し、廊下を再び奥に向かって引き返し進み始めた。
「………」
 警戒して動かないでいると、鬼火は俺のところに一旦戻ってきて、再び廊下を素早く進み始める。催促するみたいに。
 もしかして、これって、俺を案内してくれているのか? 
 でも、どこに。何かの罠じゃないよな……。
 ためらっている俺を他所に、せっかちな鬼火は廊下の向こうへと遠ざかっていってしまう。玄関に俺を置き去りにしたまま。
 ……仕方ない。とにかくついていけば良いんだよな……。
 結局素直に従うことにして、鬼火を追いかけた。


 鬼火の導きの通りに進んでいく。突き当りを左に曲がって、二番目の角を右……。
 思った通り、大きなお屋敷らしい。間取りも何だか迷路みたいだし、鬼火も動きを止めてくれない。 
 沢山の行燈あんどんに照らされているから屋敷の中はそれなりに明るく、鬼火が無くても先を見通すことは全然可能だ。だけど、鬼火の案内が無ければ、俺はすぐに迷子になっていたはずだ。
 歩いていても、誰にも会わなかった。さっきの通りと違って、ここには誰かが住んでいる気配はするのに。姿が見えないと不気味なのは、同じだった。
 獣人達で賑かだったあの街さえも、不思議と恋しい。恩人の女の子は、どこへ行ってしまったのだろう……。
 鬼火がぴたっと動きを止める。
 現れたのは、二階へと続く木造の階段。その先は、暗くて良く見通せなかった。
 もう教えることは無いという風に、鬼火はふっと消えてしまう。
 階段に出くわすのは、これが初めて。できれば登りたくない。だけど、このままじっとしていても仕方がないんだろうなあ……。
 腹をくくって、一歩、一歩と階段を踏みしめていく。ぎっ、と木が軋んだ鈍い音が鳴る。 
 どくん、どくん……と高鳴る鼓動。戸惑っている内に、二階にはあっけなく辿り着いてしまう。
 この先に、何が待っているんだ……?
 いずれにせよ、もう、戻ることはできない。その代わり、迷うことも無さそうだった。
 二階の廊下は短く、しかも一直線だったからだ。
 両脇のふすまには目もくれず、進んでいく。廊下の行き止まりには、他よりも豪華な装飾の二枚のふすまだけが待ち構えていた。
 金色の装飾で彩られたふすまの前で、立ち止まる。 深呼吸をして、目を閉じる。
 間違いない。この向こう側に、誰かがいる。俺のことを待っている。そんな気配が伝わってくる。
 勢い良くふすまを引いて、足を踏み入れた。
 その中は二十畳ほどの板敷の、横長の部屋。
 だけど、誰も、いない? 予想が外れ、その部屋は空っぽで。
 誰もいない代わりに、俺の前には障子がずらっと横並びになって立ちふさがっている。
 仕切っているんだ。こっちの部屋と……奥の、部屋を。
 しかもその障子は、奥からの明かりを映して、ぼんやりと輝いていた。
 今度は絶対だ。誰かが奥にいて、俺のことを待っている。
 ……ここまで来てしまったんだ。もう、戻れない。再び深く息を吸って、それから吐く。
 何が有っても、動じないように。慌てずに、落ち着いて行動しろ……。
 ……よしっ。
 スッと、静かに障子を引く。
「よく来たのう」
 息を呑んだ。
 案の定、障子の向こうの部屋で、誰かが腰を下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マジカルメタモルショータイム!

夜狐紺
ファンタジー
――魔法と変身の、ダークメルヘン。 中学生の私が突如召喚された先は、ファンタジーな異世界の華やかなマジックショーの舞台。そこで私はピンクの髪に青い瞳の、まだ十才ぐらいの魔法使いの女の子によって『ケモノ』の姿に変えられてしまう。人間を変身させる彼女のマジックは大人気で、元に戻れないまま私は彼女のアシスタントとして、魔法の世界を連れ回されることになる――。 おもちゃにお菓子に動物に、変化魔法が大好きなマジシャン『フィー』と、そのパートナーの元人間の兎獣人。旅する二人と様々な魔法使い達の出会いが織りなす、『魔法』と『変身』を巡るダークファンタジー! ※小説家になろう・pixiv・エブリスタにも公開しています。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

神々の仲間入りしました。

ラキレスト
ファンタジー
 日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。 「私の娘として生まれ変わりませんか?」 「………、はいぃ!?」 女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。 (ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい) カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。

転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清
ファンタジー
前世は苦労性のお姉ちゃん 愛されることを望んでいた… 神様のミスで刺されて転生! 運命の番と出会って…? 貰った能力は努力次第でスーパーチート! 番と幸せになるために無双します! 溺愛する家族もだいすき! 恋愛です! 無事1章完結しました!

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

アイスさんの転生記 ~貴族になってしまった~

うしのまるやき
ファンタジー
郡元康(こおり、もとやす)は、齢45にしてアマデウス神という創造神の一柱に誘われ、アイスという冒険者に転生した。転生後に猫のマーブル、ウサギのジェミニ、スライムのライムを仲間にして冒険者として活躍していたが、1年もしないうちに再びアマデウス神に迎えられ2度目の転生をすることになった。  今回は、一市民ではなく貴族の息子としての転生となるが、転生の条件としてアイスはマーブル達と一緒に過ごすことを条件に出し、神々にその条件を呑ませることに成功する。  さて、今回のアイスの人生はどのようになっていくのか?  地味にフリーダムな主人公、ちょっとしたモフモフありの転生記。

処理中です...