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Ⅱ
7.うわっ私生活に左右されすぎ・・・?
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店長は、空のクリアファイルでぱたぱたと顔を仰いだ。
「どうでもいいけどさ、卯月の原動力は彼氏なんだから店的には仲直りしてほしいわ」
「ははっ」
何をテキトーこいてんだこの女版武田信玄は、と思いながら、俺は言い返した。
「そんなことは別にありませんよ」
「あ、そう。まあ二十四時間働きたいみたいなの、個人的には嫌いじゃないよ」
店長は淡々と言って、書類ケースから二枚の書類を出した。
受け取ってみると、一枚が出張希望用紙で、もう一枚が白紙の異動願だ。
「んんっ?」
意味がわからなくて唸る俺に、店長は肩をすくめてみせた。
「京都にラッピングに力を入れてる新店舗ができたってのは知ってるよね」
「はあ……」
社内報で見たような気もするが。
ラッピングは関西の店舗が強い。社内コンテストで上位を席巻するほどだ。
その精鋭を集結させたのが京都の新店舗だ。
珍しい梱包用素材も置いていて熟練スタッフたちが日夜、覇を競っているとかいないとか。
声がかかっていないんだから、俺はお呼びじゃないらしいと思っていたのだが、店長は言った。
「推薦は私がする。京都で勉強しといで」
「えっ」
「で、馴染めそうだったらそのまま異動しな」
「ちょ、え、ええっ」
急展開すぎて話についていけない。
「だって、シフトはどうすんですか」
「……あぁ?」
息を吐いただけなのに、ぞっとするような凄み方だった。
「卯月はいつから管理職になったんですか」
「なってません。すみません」
謝ったのに、店長は舌打ちした。
「男から離れられるし、スキルも積めるし、いいことずくめだ。出張にかかる費用は会社が出すよ。本格的に京都に移るなら家賃補助もあるし。ラッピング好きなヤツには天国みたいな所だ」
「ちょっと、あの、そんな急な」
「何。働きたいんじゃないの?」
言葉に詰まる。
理性担当の俺も、チンポ大好き担当の俺も、こういう時に限って、こうしろああしろとは言わない。
たぶん、俺と同意見なんだと思う。
「……すいません」
俺はうつむいたまま言った。
「俺、行けないです」
「彼氏と離れたくない?」
念を押すように言われて、俺は頭をさらに下げるようにうなずいた。
こんなことになっても、彰永と物理的に距離を置きたいと思えないのだ。
別に地元に愛着があるわけでなし、こんないい話には乗るべきだ、彰永のためにもそうすべきだとわかっているのに、まだ一緒にいたい。
ただ、お互いに頭を冷やす時間があればと思うだけで。
本当は、ずっと一緒にいたいと思っている自分がいる。
「あっそ。じゃあ保留だな」
店長は俺の手から用紙を取って、再び書類ケースにしまった。
「え、えぇ……」
「どっちでもいい。卯月が行きたくなったら行きな。京都は海外客多いから英語と中国語できないとキツいけど……まあ、そのへんは働いてれば身につくからね」
おおう。田舎とは事情が違うようだぜ。
店長はわりに本気で話をしていたらしい。
推薦のくだりを今になって驚いていると、店長は「とはいえ」と天を仰いだ。
「彼氏がいるから一週間回せてるようなヤツを行かせるのもねえ」
「そ……そんな、ことは……別に……」
「週間の個人売上データ見る?」
「へ?」
店長はノートパソコンを手早く操作して、画面上のグラフを示した。
「はい。金曜の午前だけでトップ独走」
「いやそれ曜日の問題です。常連さん来るし」
「はい。日曜ダントツで最下位」
「す、すみませんでしたッ……」
「口先で謝られたって、なんにもなんない。頭で考えて改善してください」
怖すぎる。俺は塩をかけられたナメクジのように小さくなるしかなかった。
個人売上データは、レジに入力した数字で算出されるので、あくまで目安だ。
接客だけして、レジを他スタッフに任せることはよくあるし、俺はバックヤードで未代のラッピングを黙々とやっていることも多い。
とはいえ彰永と離れた日曜日から、会える金曜日午前中に向かって綺麗に右肩上がりのグラフを作っているのは、あからさますぎる。
「まあ卯月はラッピングが強いし、調整役が抜群にできる。一つの店で十年働いていて、固定客がついてるってことを差し引いても、接客自体のレベルが高い」
抑揚のない声でいきなり褒められはじめ、俺は思わずのけぞった。
「能力的には十分に京都でエースを狙える。たださっきも言った通りプライベートが仕事にかなり影響するタイプだから、それがどう出るかって感じ」
おいおい。とても聞いていられない。
「ちょっと店長なに言ってんですか。エースとか俺、そんな大層なこと……」
「卯月、おまえ仕事ナメてんのか? あぁ?」
なんで今の話の感じから急にこんな詰め方されるんだよ。
急転直下すぎる。
「……ナメてません」
「ナメてないなら、評価を感情で否定するな。仕事の邪魔なんだよ」
「は、はい……」
怒られているのか、褒められているのか、よくわからない。
いや怒られだろう、これは。
びくびくしながらタイムカードを切らせてもらう。
二人でスタッフ用の通用口から外に出ると、もう夜が深まっていた。
まだ二月だと思い出させるような寒さに、俺は思わずコートの前を合わせる。
「よし」
店長が思いついたように呟いて、俺の背中をバシッと強く叩いた。
俺はつんのめった。
「来月、スタッフ集めて飲み会するよ」
「あ、はぁ……わかりました……」
必ず来いと言うことなのだろう。見た目を裏切らず店長は酒豪だ。
行っても行かなくても酷い目に合う。
「いやー、楽しみだわー」
だが、大魔王みたいな笑い声を上げながら駐車場を歩いていく店長が、俺は不思議と嫌いではなかった。
「どうでもいいけどさ、卯月の原動力は彼氏なんだから店的には仲直りしてほしいわ」
「ははっ」
何をテキトーこいてんだこの女版武田信玄は、と思いながら、俺は言い返した。
「そんなことは別にありませんよ」
「あ、そう。まあ二十四時間働きたいみたいなの、個人的には嫌いじゃないよ」
店長は淡々と言って、書類ケースから二枚の書類を出した。
受け取ってみると、一枚が出張希望用紙で、もう一枚が白紙の異動願だ。
「んんっ?」
意味がわからなくて唸る俺に、店長は肩をすくめてみせた。
「京都にラッピングに力を入れてる新店舗ができたってのは知ってるよね」
「はあ……」
社内報で見たような気もするが。
ラッピングは関西の店舗が強い。社内コンテストで上位を席巻するほどだ。
その精鋭を集結させたのが京都の新店舗だ。
珍しい梱包用素材も置いていて熟練スタッフたちが日夜、覇を競っているとかいないとか。
声がかかっていないんだから、俺はお呼びじゃないらしいと思っていたのだが、店長は言った。
「推薦は私がする。京都で勉強しといで」
「えっ」
「で、馴染めそうだったらそのまま異動しな」
「ちょ、え、ええっ」
急展開すぎて話についていけない。
「だって、シフトはどうすんですか」
「……あぁ?」
息を吐いただけなのに、ぞっとするような凄み方だった。
「卯月はいつから管理職になったんですか」
「なってません。すみません」
謝ったのに、店長は舌打ちした。
「男から離れられるし、スキルも積めるし、いいことずくめだ。出張にかかる費用は会社が出すよ。本格的に京都に移るなら家賃補助もあるし。ラッピング好きなヤツには天国みたいな所だ」
「ちょっと、あの、そんな急な」
「何。働きたいんじゃないの?」
言葉に詰まる。
理性担当の俺も、チンポ大好き担当の俺も、こういう時に限って、こうしろああしろとは言わない。
たぶん、俺と同意見なんだと思う。
「……すいません」
俺はうつむいたまま言った。
「俺、行けないです」
「彼氏と離れたくない?」
念を押すように言われて、俺は頭をさらに下げるようにうなずいた。
こんなことになっても、彰永と物理的に距離を置きたいと思えないのだ。
別に地元に愛着があるわけでなし、こんないい話には乗るべきだ、彰永のためにもそうすべきだとわかっているのに、まだ一緒にいたい。
ただ、お互いに頭を冷やす時間があればと思うだけで。
本当は、ずっと一緒にいたいと思っている自分がいる。
「あっそ。じゃあ保留だな」
店長は俺の手から用紙を取って、再び書類ケースにしまった。
「え、えぇ……」
「どっちでもいい。卯月が行きたくなったら行きな。京都は海外客多いから英語と中国語できないとキツいけど……まあ、そのへんは働いてれば身につくからね」
おおう。田舎とは事情が違うようだぜ。
店長はわりに本気で話をしていたらしい。
推薦のくだりを今になって驚いていると、店長は「とはいえ」と天を仰いだ。
「彼氏がいるから一週間回せてるようなヤツを行かせるのもねえ」
「そ……そんな、ことは……別に……」
「週間の個人売上データ見る?」
「へ?」
店長はノートパソコンを手早く操作して、画面上のグラフを示した。
「はい。金曜の午前だけでトップ独走」
「いやそれ曜日の問題です。常連さん来るし」
「はい。日曜ダントツで最下位」
「す、すみませんでしたッ……」
「口先で謝られたって、なんにもなんない。頭で考えて改善してください」
怖すぎる。俺は塩をかけられたナメクジのように小さくなるしかなかった。
個人売上データは、レジに入力した数字で算出されるので、あくまで目安だ。
接客だけして、レジを他スタッフに任せることはよくあるし、俺はバックヤードで未代のラッピングを黙々とやっていることも多い。
とはいえ彰永と離れた日曜日から、会える金曜日午前中に向かって綺麗に右肩上がりのグラフを作っているのは、あからさますぎる。
「まあ卯月はラッピングが強いし、調整役が抜群にできる。一つの店で十年働いていて、固定客がついてるってことを差し引いても、接客自体のレベルが高い」
抑揚のない声でいきなり褒められはじめ、俺は思わずのけぞった。
「能力的には十分に京都でエースを狙える。たださっきも言った通りプライベートが仕事にかなり影響するタイプだから、それがどう出るかって感じ」
おいおい。とても聞いていられない。
「ちょっと店長なに言ってんですか。エースとか俺、そんな大層なこと……」
「卯月、おまえ仕事ナメてんのか? あぁ?」
なんで今の話の感じから急にこんな詰め方されるんだよ。
急転直下すぎる。
「……ナメてません」
「ナメてないなら、評価を感情で否定するな。仕事の邪魔なんだよ」
「は、はい……」
怒られているのか、褒められているのか、よくわからない。
いや怒られだろう、これは。
びくびくしながらタイムカードを切らせてもらう。
二人でスタッフ用の通用口から外に出ると、もう夜が深まっていた。
まだ二月だと思い出させるような寒さに、俺は思わずコートの前を合わせる。
「よし」
店長が思いついたように呟いて、俺の背中をバシッと強く叩いた。
俺はつんのめった。
「来月、スタッフ集めて飲み会するよ」
「あ、はぁ……わかりました……」
必ず来いと言うことなのだろう。見た目を裏切らず店長は酒豪だ。
行っても行かなくても酷い目に合う。
「いやー、楽しみだわー」
だが、大魔王みたいな笑い声を上げながら駐車場を歩いていく店長が、俺は不思議と嫌いではなかった。
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