忌み子と騎士のいるところ

春Q

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クリスマス短編

聖なる夜の贈り物④

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 ザウガウと共に宿へ戻ったルカは、食堂の飾りつけを手伝った。一般に修道士と修道女は活動場所を分けるものだが、バサルトの群れではそうではなかった。男も女も同じ髪型、同じぼろをまとい、それぞれ得意な仕事に就いている。支度が整う頃には食堂にルカの席が用意されていた。

(今、ジェイル様が戻ってきたら何と説明すればいいのだろう)

 ルカはどぎまぎしながら席に着いた。修道会と似て非なる祝会の様子に知的好奇心をそそられたのだ。まず食卓の形が違った。修道院でも聖堂でも、食事の場には必ず縦長の卓があるものだ。席は修道士の位格に合わせて厳格に定められており、席替えの自由は認められていない。

 ところが、このバサルトたちの祝会には小さな円卓が食堂で円を描くように配置されている。円卓で作った大きな円の中央にも円卓が置かれているが、ここには小さな木彫りの女神像が祭られていた。像の周りには花や菓子がうず高く積まれ、ルカは背伸びして像の姿を見なければならないほどだった。

 全員が着席すると、ザウガウが女神を寿ぐ祈りを唱えた。バサルトたちの唱和にルカは倣った。馬泥棒を捕らえた時とは違う、耳馴染みのある祈り方だったのである。

「さあ、我々は女神様の恵みに預かったのですからよく飲み、食べ、今この時を楽しみましょう」

 ザウガウの挨拶を受けて、バサルトたちは熱狂的な声を上げた。ルカはきょとんとその場に座っていたのだが、そのうちにこの祝会が数刻で終わる類のものではないらしいと気がついた。運ばれてくる食事の合間合間に、バサルトの余興が挟まるのである。卓に置かれた式次第をみると、歌や舞踊以外にも、手品、占い、景品つきのくじ引き会の予定まであるらしい。これでは部屋に戻る頃には夜になってしまう。

 ジェイルはなかなか戻ってこなかったが、ルカは気もそぞろだった。(なんとかこの場から抜け出さなければ)と思っても、祝会のさなかでは非常に難しいことだった。台所へ行っても、お手洗いに立っても、周りはバサルトだらけ。抜け出そうとすると迷子だと思われて「あなたの席はちゃんとここにありますよ」と連れ戻されてしまう。

「あのう、そろそろお暇したく思うのですけれど……」

 こうなったらザウガウに直接意思を伝えるしかなかった。声をかけた時、彼は手品の支度をしているところだった。ルカの言葉を聞いて、非常に残念そうな顔をする。

「食事が口に合いませんか? それとも、我々の催し物を楽しめなかった?」
「いえ、決して、そうではなく……」
「……あの案内人の彼のことを気にしているのですね」

 図星を突かれて沈黙するルカにザウガウは「いいでしょう」とうなずき、手品の小道具らしい風船を膨らませた。

「今から新しい演目を行うところです。助手としてご協力くださったら、あなたの帰るむねを皆に伝えます」
「協力、ですか……?」

 ザウガウはにっこりと笑った。

「あなたはただ立っているだけで構いません。私が女神様からいただいた御力を示してごらんにいれます。……終わる頃には、きっとあなたの気も晴れていますよ」

◇◇◇

 月の上った四つ辻を、ジェイルはイライラと歩いていた。

(くそっ、時間ばかりかけさせやがって……!)

 馬泥棒を捕らえたのは自分ではないと詰所で傭兵たちに噛みついたことが今になって悔やまれた。傭兵たちはバサルトの存在をかたくなに認めようとしなかった。女神信仰の根強いこの国で、修道会から破門された修道士など目障りな異物に他ならないのである。

(……今さら驚くようなことでもない。お偉方というのは得てしてそういうものだ。目に入れたくないものは見ない、ひどい場合は排除しにかかる)

 貧民窟生まれのジェイルは悪運強く命をつないだに過ぎなかった。同じ環境下にあったはずの妹は死んだ。死んでいない自分のほうがおかしいのだとジェイルは思う。当然、信仰心など芽生えるはずもない。ジェイルは逆に不思議で仕方なかった。ルカにしてもバサルトの群れにしても、なぜそんなにも女神などという虚像に執着するのだろう? 苦しみから救い出してくれる全能の神など、いないのが当たり前なのに。

 宿に近づくにつれ、ジェイルは嫌な胸騒ぎがした。どこからか楽しげに歌う声が聞こえてくる。初めは空耳かと思ったのだが、その歌声がどんどん大きくはっきりと響いてくるので、もう疑いようもなかった。宿でバサルトが大騒ぎしている。

(のんきな連中が、浮かれて騒いでいるのか……まさか、ルカが混ざっているはずもないだろうが)

 馬房は明るかった。ジェイルはてっきりルカがいるのかと覗いてみて、うんざりした。若馬が寝息を立てる馬房では、バサルトが男二人でよりそいあっていた。

「……なぜここで、そんなことを?」

 ジェイルが怒りを押し殺して尋ねると、彼らは笑って「他に二人きりになれるところがなくて」と言った。見られて恥じ入るでもない二人を前にして、ジェイルは驚いた。

(なんなんだ、こいつらは。修道士ってのは節度を守るもんじゃなかったのか)

 しかし考えてみれば、宿を管理しているのはバサルトたちだった。通りすがりの自分が文句をつけるほうがおかしいのかもしれない。ジェイルは知らない世界観に当惑しつつ「邪魔したな」と踵を返した。その後ろから、バサルトは信じがたい言葉をかけてきた。

「ああ、お連れの方なら食堂にいますよ」
「……は?」
「修道士の方を探しているんでしょう。あの白い頭巾の、小さい兄弟……」

 ジェイルは聞き捨てならなかった。掴みかかるようにしてバサルトたちから事情を聞き出し、猛然と食堂へ向かう。

(ふざけんなよ、おい!)

 あれだけ強く言ったというのに、ルカは聞いていなかったのだろうか。今の状況で、修道会から疎んじられているバサルトと関わっては害にしかならない。何よりもジェイルは、ルカが同性愛者の集まりに参加していることそれ自体が許しがたかった。

(あいつ、俺というものがありながら……!)

 ジェイルが食堂の戸を開け放った時、すでにルカは手品の助手を務めていた。
 ザウガウは、ルカの耳元に鋭く声明を唱えた。

「……さあ、あなたの案内人が、今そこに戻ってきました。優しいあなたは、本当はずっと彼に一言言ってやりたかったけれど我慢していた。そうですね?」
「はい……」

 ザウガウの術にかかったルカは、ふわふわとうなずいた。少し前まで、ザウガウの祈りによって自分の意思でもないのに腕が勝手に持ち上がったり、椅子から立てなくなったりするのを(女神様の御力ってすごいなあ)と素直に驚いていたのだが、今はもう自分を客観的に認識することができない。

 ジェイルは状況がわからないながら怒っていた。バサルトたちは、客人を巻き込んだこの珍しい出し物を食い入るように見つめていた。彼らはみな、朝、高圧的な態度をとったジェイルにルカが不満のたけをぶちまける、そんな一幕が起こることを期待していたのである。

 しかしルカは「ジェイル、だいすき」と言って、ジェイルに抱きついた。
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