忌み子と騎士のいるところ

春Q

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新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」

17.暴走

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「ジェイルさま・・・・・・ジェイルさま!!」

 ルカは血の海から手を伸ばす。

「よかった、ご無事で・・・・・・助けに来てくださったのですか」

 胸に覆い被さってくるバミユールの重みが増す。ルカは後ろに倒れかけた。だから避けられたのだ。こめかみをかすめた、ジェイルの拳を。

「・・・・・・えっ」

 血は涙よりも先に流れ、瞬時に止まった。目元にうっすらと残った傷も消える。

「ど、どうして」

 ジェイルが再び拳を振りかぶる。その時だった。バミユールが猛然と跳ね起きた。ルカを蹴飛ばし、振り向きざまに肘でジェイルの拳をはじく。

なんて最悪の家畜。私たちの財産を奪う。縺ェ繧薙※譛?謔ェ縺ョ螳カ逡懊?らァ√◆縺。縺ョ雋。逕」繧貞・ェ縺

「・・・・・・」

愚物。自由意思がない諢夂黄縲り?逕ア諢乗?昴′縺ェ縺

 筵のはしに転がされたルカは、二人の激闘を震えながら見た。遠目に見るジェイルの動きは人間離れしていた。バミユールの攻撃を避けて壁に着地し、即座に反撃する。紋様の浮かぶ顔に表情はなく、言葉を発することもない。

 顔と背に光る鮮緑の紋様が彼を操っている。そんなふうに見えた。

(いったい、あれは何・・・・・・!? まさか、落下月に自分自身を捧げたせいで・・・・・・?)

 アガタの意味深な言動が脳裏をよぎる。

(ジェイル様が私を殺しに来ると、わかっていたから・・・・・・!)

 なすべきことはハッキリしていた。ルカは身を翻し、二人から離れた。今はなんとしてもこの場から離れなければならない。

「・・・・・・うそ」

 一歩外に出ると、広がっているのは地獄絵図だった。ジェイルを止めようとしたのだろう。武装した者もそうでない者もことごとく地に倒れ伏している。夜闇に紛れた黒い血は、まるで泥の沼のようだった。

「これ、ぜんぶ・・・・・・ジェイル様が・・・・・・」

 皆、胸に穴が空いている。ルカは震えた。

待つ。命令!蠕?▽縲ょ多莉、?

 バミユールの雄叫びが響くのと同時に、ルカの背後で繭のような建造物が破壊された。ジェイルが追って来たのだ。

「だめ、こっちに来ては・・・・・・!」

 ルカの言葉は届かない。高く跳ねたジェイルは身一つで降って来た。

「がっ・・・・・・!」

 前腕でルカの喉を地に縫い止める。反動でルカの腰から下は跳ね上がった。苦しくて、痛くて怖くて、ジェイルがかわいそうで、ルカは涙が出た。

「こんなことしたら、あなたのこころがこわれてしまう」

 ジェイルは優しい。心配性で、面倒見が良く、傷つかないルカを守るためにいつも怒っている。そんな彼が遺物の力に操られてこんな暴挙に及んでいるのだ。

「ジェイル・・・・・・おねがい、もうやめて・・・・・・」

 鮮緑の痣が脈打っている。ジェイルの瞳がふと眠たげに細まる。次に開いた時、彼の瞳孔は鮮緑に染まっていた。

(あ、)

 自分の胸に向かって振り下ろされる拳が、やけにゆっくりに見えた。もう逃れようもない運命を前に、ルカは目を閉じ肩の力を抜いた。

 その時、まぶたの裏の暗闇が急に白んだ。射かけられた火矢の熱を、ルカは一瞬(つめたい)と誤認する。

「ルカ・・・・・・?」

「!!」

 自分を見下ろすジェイルの顔から、紋様が消えていた。今にも眠りに落ちそうな彼の背を、ルカは渾身の力で横に引き倒した。そのまま火を避けて地面を転がる。

 その背中を、ガッと踏みつける者がいた。

「おうおう。運が強いなぁ」
 
 燃えさかる集落に、騎士たちが侵入している。ルカを踏んだ騎士は奇妙な出で立ちをしていた。兜に異様な青い面頬。笑う形に切り出された口元。そこから発される言葉は状況にそぐわないほど軽薄だった。

「いやね、渡し場が緑の民に乗っ取られたって知らせがあってさ。立場上ほっとく訳にもいかないじゃない。・・・・・・ねえ?」

 尋ねられたルカは、ジェイルを抱いたまま黙って震えていた。助かったのか。いや、彼が敵か味方かはまだわからない。騎士はため息混じりに周囲を見回した。

「・・・・・・にしても、ずいぶん暴れたね。君たちそんなにくっついてないでさ、少し離れたほうがいいんじゃないの? 危ないよ」

 しゃがれ声に対して若作りな言葉。ルカは(侮られている)と悟った。男は火矢を射かけ、人を踏みつけにしながら、幼子をあやすような調子で会話の主導権を握ろうとしていた。

 ルカは喉に力を込めて叫んだ。

「なんなのですか、あなたはいったい、誰なのですかっ」

 その声は甲高くひっくり返っている。あまりにもひどい一日だった。続けざまに起こる信じがたい出来事に、ルカは疲れ果てていた。

「うん? うん・・・・・・」

 あいまいにうなずく男のもとへ、別の騎士が走り寄って来た。

「オリノコさん、だめだ。親玉に逃げられた」

「あちゃー。もうちょっと消耗させるべきだったか」

「・・・・・・!?」

「化け物同士、上手いこと潰し合ってくれないかと思ったが、なかなか上手くいかないもんだねぇ」

 青い面頬の騎士は足をどけて、「どっこいしょ」と、ルカの前にしゃがんだ。

「ダイバ領領主にして濃紺の騎士団団長、オリノコだ。以後お見知り置きを」

「・・・・・・えっ」

 同じ領主でも、ベルマインとはまるで違う。がちゃがちゃと小手を鳴らすオリノコは、異常に明るかった。

「まあ積もる話は置いといてさ。いったん落ち着こうよ。君もお友達も、なんかボロボロじゃない」
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