102 / 145
新章Ⅰ「忌み子と騎士のゆくところ」
8.聖痕☆
しおりを挟む
夜半、ルカは低いうめき声で目を覚ました。
「ジェイルさま……」
起きて身を屈める彼の背中は遠かった。どこか痛むのだろうか。ひっぱられるような眠気に負けず、ルカは乱れた敷布を四つん這いで進んだ。暗くて眠かった。それ以上に怖くて不安だった。ジェイルの背中に指が触れ、ほっと息をつく。彼の背中に鮮緑の痣が浮かんだのはその時だった。
「!?」
蛍火のような明るさが闇に慣れた目を眩ませる。聖堂のモザイク画に似た幾何学模様が明滅し、収縮と拡張を繰り返す。まるで彼の心拍に呼応しているかのように。ルカは恐怖に駆られて叫んだ。
「ジェイル様っ……ジェイル、痛むのですか、どうしたのっい、一体、あなたに何が……!」
手で払っても胸で覆っても光は消えず、むしろ強く大きくなる。泣き叫ぶルカを、ジェイルは振り向いた。彼の相貌に浮かぶ、ひときわ大きな刻印にルカは息を呑んだ。目じりに溜まった涙が頬を伝う。
(まるで……女神様の御使いのよう……)
教えの書にあった通りだ。ついに裁かれる日が来たのだとルカは思った。淫らで忌まわしい修道士を女神は捨ておかなかった。罪びとは燃える火の池に投げ込まれて無限の苦しみを受ける。ルカの舌は震え、涙は雪解け水のようにあふれた。心の中では身を投げ出して謝っているのだが、現実には畏れに打たれ、呼吸もままならない。
そしてルカは失神した。
「…………おい」
次に目覚めた時には非常に呼吸がしづらかった。鼻がつまっているのは彼に抱かれて泣きどおしだったせいだとして、枕に預けていたはずの頭が低くなって、そのうえ腹部が圧迫されているのはどういうわけか。
「おい、ルカ。邪魔だ」
ベシッと腰を叩かれるのと同時に、昨晩の恐ろしい記憶が蘇った。飛び起きたルカはジェイルの胸に馬乗りになっていた。
「……えっ。えっ!?」
ジェイルの顔に光る痣は浮かんでいなかった。
「まったく……どんな寝相してんだよ」
ジェイルの顔を腹で抱きつぶすようにして寝ていたのだった。「朝から大胆なやつだ」と、小ばかにするように言われる。一糸まとわぬルカはジェイルの顔の前で大股を開いていた。ルカは全身茹でたように赤くなった。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「フン。昨夜は手加減しすぎたようだな。まさかこの俺の寝首を掻こうとするとは」
「ちがいます、これには訳が」
どこうとしているのに腰に腕が回ってくる。ルカは混乱した。昨夜起こったことはただの生々しい夢だったのだろうか。
(いや、女神様が夢を通して、修道士たれと私を諫めておられる……!)
すでに窓枠に朝日が射している。夜の密ごとは終わったのだから、ルカは修道士としての務めを果たすべきだ。これ以上ジェイルに身を任せてはならない。しかし彼はルカの性器をつるりと口に入れてしまった。
「あぁっ」
「すぐ固くなるな、おまえ」
「そ、そこで喋ってはなりません!」
ジェイルは聞く耳を持たなかった。むしろ腰に回した右手をずらし、ルカの後孔を責め始める。器用な指さばきに、ルカは抗うすべを持たなかった。昨夜手加減したというのは真実なのだと身をもってわからされる。落下月に落ちたルカを優しく確かめるための愛撫ではなかった。男のルカを悦がらせ、専用の雌として屈服させるための愛撫だった。
「あ……っ、だ、めっ……はなして……っゆるしてぇ……っ」
「なぜ。俺のものになるのは嫌か?」
「…………っ!」
嫌ではないからタチが悪かった。肉体はむしろ悦んでいる。ジェイルを求め、もっと気持ちよくなりたいと望んでいる。いっぽうで心は罪悪感に苛まれた。ルカはジェイルのものかもしれないが、それ以上に女神のものだった。
「まだ、朝の祈りを捧げてなくて……っ昨日の夜も抜かして、これでは」
「知るか。勝手に祈れ」
「あはぁんっ」
ジェイルの指がクッと折れる。ルカがもっとも肉の欲望を感じる箇所を執拗に刺激し、若々しくみなぎった睾丸に唇をつける。弱い刺激に、高まった性感が行き場をなくす。腰に溜まる。
「う……うっ、うぅっ」
「何を泣いてやがる。口は空いてるんだから祈ればいいだろう」
嫉妬に燃えたジェイルは意地悪だった。
「おまえが勝手にしている間、俺も勝手にさせてもらう」
「こ、こんな状態で女神様とお話はできません!」
「じゃあ先に俺の用を済ませろ」
「アッ!」
勢いよく指を引き抜くと同時に、尻を打たれる。ルカの性器が震えた。ジェイルの声は低く、怒気を孕んでいた。
「薄気味悪い幻想相手におしゃべりするよりも、俺の機嫌をとったほうが一日有意義に過ごせると思わないか」
尻をつねられながら、ルカはうつむいていた。
(女神様は幻想なんかじゃない)
そう思うのに言い返せないのは、言葉でわかってもらえるとは思えないからだ。ジェイルは貧民窟に生まれ、妹を失いながら自分自身の力で地位を掴み取った。女神に縋ったことのない者は、救いを受けたことにも気づかない。
(なんて、哀れな……)
ルカの涙を、ジェイルは鬱陶しそうに顔へ受けた。
「……泣いてないで、もっとこっちへ来い。俺が気持ちよくしてやる」
優しく抱き寄せてくる腕に、ルカは黙して従った。彼が執拗に求めているのは本当は自分の肉体などではないと思った。それがわからないからこれほどまでに愛に飢え渇いているのだ。
(もしこの方が、女神様を本当に知ることができたら)
ルカはジェイルの顔の傷を、そっと撫でた。こみあげてくる哀れみは愛おしさと見分けがつかなかった。
「ジェイルさま……」
起きて身を屈める彼の背中は遠かった。どこか痛むのだろうか。ひっぱられるような眠気に負けず、ルカは乱れた敷布を四つん這いで進んだ。暗くて眠かった。それ以上に怖くて不安だった。ジェイルの背中に指が触れ、ほっと息をつく。彼の背中に鮮緑の痣が浮かんだのはその時だった。
「!?」
蛍火のような明るさが闇に慣れた目を眩ませる。聖堂のモザイク画に似た幾何学模様が明滅し、収縮と拡張を繰り返す。まるで彼の心拍に呼応しているかのように。ルカは恐怖に駆られて叫んだ。
「ジェイル様っ……ジェイル、痛むのですか、どうしたのっい、一体、あなたに何が……!」
手で払っても胸で覆っても光は消えず、むしろ強く大きくなる。泣き叫ぶルカを、ジェイルは振り向いた。彼の相貌に浮かぶ、ひときわ大きな刻印にルカは息を呑んだ。目じりに溜まった涙が頬を伝う。
(まるで……女神様の御使いのよう……)
教えの書にあった通りだ。ついに裁かれる日が来たのだとルカは思った。淫らで忌まわしい修道士を女神は捨ておかなかった。罪びとは燃える火の池に投げ込まれて無限の苦しみを受ける。ルカの舌は震え、涙は雪解け水のようにあふれた。心の中では身を投げ出して謝っているのだが、現実には畏れに打たれ、呼吸もままならない。
そしてルカは失神した。
「…………おい」
次に目覚めた時には非常に呼吸がしづらかった。鼻がつまっているのは彼に抱かれて泣きどおしだったせいだとして、枕に預けていたはずの頭が低くなって、そのうえ腹部が圧迫されているのはどういうわけか。
「おい、ルカ。邪魔だ」
ベシッと腰を叩かれるのと同時に、昨晩の恐ろしい記憶が蘇った。飛び起きたルカはジェイルの胸に馬乗りになっていた。
「……えっ。えっ!?」
ジェイルの顔に光る痣は浮かんでいなかった。
「まったく……どんな寝相してんだよ」
ジェイルの顔を腹で抱きつぶすようにして寝ていたのだった。「朝から大胆なやつだ」と、小ばかにするように言われる。一糸まとわぬルカはジェイルの顔の前で大股を開いていた。ルカは全身茹でたように赤くなった。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「フン。昨夜は手加減しすぎたようだな。まさかこの俺の寝首を掻こうとするとは」
「ちがいます、これには訳が」
どこうとしているのに腰に腕が回ってくる。ルカは混乱した。昨夜起こったことはただの生々しい夢だったのだろうか。
(いや、女神様が夢を通して、修道士たれと私を諫めておられる……!)
すでに窓枠に朝日が射している。夜の密ごとは終わったのだから、ルカは修道士としての務めを果たすべきだ。これ以上ジェイルに身を任せてはならない。しかし彼はルカの性器をつるりと口に入れてしまった。
「あぁっ」
「すぐ固くなるな、おまえ」
「そ、そこで喋ってはなりません!」
ジェイルは聞く耳を持たなかった。むしろ腰に回した右手をずらし、ルカの後孔を責め始める。器用な指さばきに、ルカは抗うすべを持たなかった。昨夜手加減したというのは真実なのだと身をもってわからされる。落下月に落ちたルカを優しく確かめるための愛撫ではなかった。男のルカを悦がらせ、専用の雌として屈服させるための愛撫だった。
「あ……っ、だ、めっ……はなして……っゆるしてぇ……っ」
「なぜ。俺のものになるのは嫌か?」
「…………っ!」
嫌ではないからタチが悪かった。肉体はむしろ悦んでいる。ジェイルを求め、もっと気持ちよくなりたいと望んでいる。いっぽうで心は罪悪感に苛まれた。ルカはジェイルのものかもしれないが、それ以上に女神のものだった。
「まだ、朝の祈りを捧げてなくて……っ昨日の夜も抜かして、これでは」
「知るか。勝手に祈れ」
「あはぁんっ」
ジェイルの指がクッと折れる。ルカがもっとも肉の欲望を感じる箇所を執拗に刺激し、若々しくみなぎった睾丸に唇をつける。弱い刺激に、高まった性感が行き場をなくす。腰に溜まる。
「う……うっ、うぅっ」
「何を泣いてやがる。口は空いてるんだから祈ればいいだろう」
嫉妬に燃えたジェイルは意地悪だった。
「おまえが勝手にしている間、俺も勝手にさせてもらう」
「こ、こんな状態で女神様とお話はできません!」
「じゃあ先に俺の用を済ませろ」
「アッ!」
勢いよく指を引き抜くと同時に、尻を打たれる。ルカの性器が震えた。ジェイルの声は低く、怒気を孕んでいた。
「薄気味悪い幻想相手におしゃべりするよりも、俺の機嫌をとったほうが一日有意義に過ごせると思わないか」
尻をつねられながら、ルカはうつむいていた。
(女神様は幻想なんかじゃない)
そう思うのに言い返せないのは、言葉でわかってもらえるとは思えないからだ。ジェイルは貧民窟に生まれ、妹を失いながら自分自身の力で地位を掴み取った。女神に縋ったことのない者は、救いを受けたことにも気づかない。
(なんて、哀れな……)
ルカの涙を、ジェイルは鬱陶しそうに顔へ受けた。
「……泣いてないで、もっとこっちへ来い。俺が気持ちよくしてやる」
優しく抱き寄せてくる腕に、ルカは黙して従った。彼が執拗に求めているのは本当は自分の肉体などではないと思った。それがわからないからこれほどまでに愛に飢え渇いているのだ。
(もしこの方が、女神様を本当に知ることができたら)
ルカはジェイルの顔の傷を、そっと撫でた。こみあげてくる哀れみは愛おしさと見分けがつかなかった。
50
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる