忌み子と騎士のいるところ

春Q

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間章「ニャンヤンのお祭り」

28.罪の在処

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 その頃、ルカは修道士たちとともに料理をしていた。夕食の支度に合わせて、祭りの日に供される特別な料理の試作をしていた。

 荒れた大地に草木が芽吹き、花は開いた。疲れ果てていたルテニアの民は心身を奮い立たせ、女神と聖なるニャンヤンを寿ぐ料理を作ったという。

 悪い土地でも実を付ける穀物を数種類混ぜて砕き、粉にしたものを水に溶かす。味はごく薄くか、あるいはまったく付けない。当時味をつけるものが何もなかったことの再現だが、猫が食べてもいいようにだという。

 水に溶いたものを焼き、青菜や香草、食用花をどっさりと載せてくるりと包む。これは修道士らしい古典的な作り方だが、一般家庭ではここに肉のそぼろをかけたり、蜂蜜で甘く味を付けたりもする。

 修道士たちは、できあがったものの味を見ながら喧々諤々の議論を交わした。

「もうすこし小さいほうが良いのではないでしょうか。これでは量を作れなくなります」

「しかし量を作ったところで喜ばれる味とも思えませんが……」

「あ、あなた、なんてこと言うのです。これは伝統的なお食事ですのに」

「私は虚言を申しません。修道士はもっと俗世の方の気持ちに寄り添うべきなのです」

「許せない。それは堕落というものだ!」

 補助のためによこされた修道士たちは、みなラウム領の修道院から集められた者たちで、それぞれ独自の意見を持っているようだった。

 その騒がしい様子に、司祭は渋い顔で「今年は修行不足の者ばかり寄越されたようです」と、ルカにこぼした。

 だがルカは気にならなかった。面映ゆい気持ちで胸がいっぱいだった。身分を明らかにしていた修道院では、こういった場に招かれることはまずなかった。戻ってくるジェイルのために食事を取り分けておきながら、口には絶えず笑みが浮かんでいる。

「……なにか焦げ臭くはありませんか?」

 司祭の言葉に、皆は一斉にかまどを見た。火は消えている。

 外で清めの奉仕にあたっていた修道士が駆け込んできたのは、その時だった。

「大変です。火が、鈴の玉が、騎士さまが」

「えっ? えっ?」

「外へ」

 大騒ぎする彼に導かれ、修道士たちは皆で外へ出た。そこに三人の騎士と荷車のすがたを認めたルカは、驚きのあまり叫んでしまいそうになった。

 篝火の下で、アガタはニッコリと顔に張り付けたような笑みを浮かべていた。

「不届きものが爆発物を使い、宿から我々を追い立てたのです。お約束より早いですけれど、ここに鈴の玉をお持ちしました。宿を恵んでもらえませんか」

「なんですって」

 爆発、と聞いて、司祭は駆け出していた。町のひとびとを癒すのも修道士の務めである。

「あら、歓楽街のことですのよ――って、もう行ってしまいましたね。足の速いこと」

 補助の修道士たちは、みんなルカを見ていた。司祭が去ったあと、決定権があるのは同じ司祭職のルカだった。

 その時ぽつぽつと雨が降ってきたのは、女神が歓楽街に哀れみをかけたゆえか、あるいはルカに試練を与えるためだったのだろうか。アガタはわざとらしく手のひらを天に向けて「濡れてしまうわ」と言った。

「中へ入れてくださいますか?」

「……とても、お気の毒に思います」

 ルカは考え考え言った。

「しかし私たちは司祭様に続いて、他にも焼け出された方の救護に向かわなければならないと思います。十分なおもてなしもできないと存じますし、お三方でしたら、他の宿にご案内をしますから……」

「ごめんなさいね」

 アガタはルカが喋り終わるのを待たなかった。

「不勉強で申し訳ありません。修道士というのは死者を生き返らすこともできるのかしら?」

「は?」

「宿は我々の貸し切りでした。主人はすでに逃げおおせており、残る騎士たちも不届き者の相手に外へ出ていて無事でした。その不届き者はおそらく金目当てだったのでしょうね。愚かにも宿の中へ飛び込んで、ふふっ、哀れにも自爆してしまったのですよ」

 アガタは隣の騎士から耳打ちされて「あ、失礼」と手で口を押えた。

「はたから見ていて、なんだか火に入る虫のように滑稽だったものだから、笑ってしまいました。この思いがけない女神様の采配に、私もまだ気が動転しているようです」

 ルカは茫然としていた。アガタの言うことが、聞こえていても頭に入ってこない。遅れて背筋が震え、自責の念が襲ってきた。なぜついていかなかったのだろう。頭を張られたくらいでめげず、一緒に行くべきだったのだ。ジェイルはルカの我儘を、いやいや聞いてくれたのに。本当はルカを連れて、逃げてくれるはずだったのに。

 息を震わせて沈黙するルカに、アガタは蛇のような一瞥をくれて、後の騎士たちに「運び込め」と指図した。

 修道士は荷車を引き受けようとしたが、騎士たちは「触ってはならない」と、彼らを撥ねつけた。返しに来たと言いながら、相変わらず鈴の玉を自分の所有物かのように扱うのだった。

「……ねえ、あなた。頭巾を脱いでくださる?」

 びくっと震えて後ずさるルカの腕を、アガタは捕らえていた。

「不躾なようですが、我々は主人の命を受けています。ひとを探しているのです」

「離してください」

 アガタは離さなかった。ルカの手首に爪を食い込ませ、明るい聖堂までひきずっていく。

 あまりにも乱暴なふるまいを心配して、修道士は皆ついてきた。

 ルカは女神像の前に投げ出された。

「さあ、あなたの正体を見せてください。ここはとても明るいから」

「やめてください。せめて、あなたと私だけがいるところで」

「呆れた修道士ですね。この町では、裸を晒す乙女だって、そんなせりふを吐きませんよ」

 アガタの瞳のぎらつきかたは、悪霊が宿っているとしか思えなかった。両手で頭を庇うルカから乱暴に頭巾を取り去る。

「あぁっ」

 銀色の髪が露わになる。修道士たちは開いた口がふさがらなかった。王家の証の銀髪に驚いたから、それだけではない。アガタが腰に佩いた剣を抜いたからだ。彼女はルカの手を踏みつけて、騎士と修道士に行った。

「この場にいるものはその目でよく見ておきなさい。私はラウムの法を犯そうとしています。私たちが聖堂でひとを傷つけてはならないと子供の頃から戒められていることを、あなたがたはよく知っているはずです。しかしひとならざる者であれば? 傷を付けても傷を受けない、呪われた者にその法は適用されるでしょうか」

 鋭い剣の刃が、ひたひたとルカのうなじを舐める。

 その時、ルカはどういうわけか、忌むべき緑の瞳で周囲を見回してしまった。誰も助けてくれる者がいないと頭ではわかっていても、こんな不法が許されることが信じられなかったのである。

 しかし騎士たちはもちろん、修道士の誰もルカのために声をあげはしなかった。かえってその瞳の色を知って、吐きそうな顔で後ずさったほどである。

 ジェイルが、長さが出てきたことを喜んでは口づけた髪が、二人きりになるたびうっとりと覗き込んだ瞳が、人々の目にどれほど醜悪に映るのかを、ルカは改めて思い知った。

「あ、」

 突き立った刃先は、肉を味わうかのようにルカの背を下って行った。人々がどよめく声をルカは聞いた。アガタは手品を観衆に見せるかのように、ルカの背中から修道服を剥ぎ取った。揉み屋で斬られたのに引き続き二枚目だ。もう替えがない、とぼんやりと思ったとたん、なぜかルカは泣けてきた。

(ひとが私を斬ることは、罪にならない。女神様の前でさえ)

 いったい、なにを思いあがっていたのだろうとルカは思った。ジェイルの手の中で守られていただけなのに、自分にも何かできるような気がしていたのだ。本当はこんなにも無力なのに。
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