忌み子と騎士のいるところ

春Q

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間章「ニャンヤンのお祭り」

24.鈴の玉

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 ジェイルは揉み屋の裏側に詳しかった。素知らぬ顔で二階へ上がり、そのまま揉み師の待機室へ入っていこうとするのでルカはびっくりしてしまった。

「入ってはいけません。ここに立ち入り禁止と書いてあるのに」

 ジェイルは無言でルカの頭巾のを下に引っ張った。前が暗くなる。気がひけるなら目を塞いでいろということらしい。前の見えないルカの手を握りつつ、ジェイルは中に向かって声をかけた。

「なによぉ」と、揉み師がかったるそうに出てくる気配があった。そこから二人の声がぐっと低くなる。会話を聞き取れないルカは困惑するばかりだ。と、急に揉み師が笑い声を上げた。

「……!?」

 まさか、と思ったが、ルカはジェイルに手をひかれた。もう待機室の中らしい。前は見えないが足元は見える。大勢が出入りするからだろうか、意外と散らかっていた。

 つんと鼻を刺す化粧と香水の香りが、不意に遠のいた。肩を吹き抜けていく風にルカは瞬く。

 ふたりは待機室の裏口から外階段へ出ていた。

「ええっ、えっ、いったいどんな魔法を使ったのですか!?」

「うるせえな、外に出られたんだから別にいいだろう」

「もしかして、お金を渡したのですか?」

「……この色ボケ修道士の身内が、表でカンカンになって怒っているから裏口から逃がしてやってくれと頼んだ」

「まあ、なんてことを!」

 手をひかれて外階段を下りながら、ルカは不思議と笑っていた。高いところで風に吹かれる解放感はひとしおだった。気分が高揚して、聞きづらいこともすっと口に出せてしまう。

「こんな出入口を知っているなんて、やっぱりここへ来たことがあるのですか?」

「はぁ? バカ言え、揉み屋なんてどこも似たような作りだ」

 ジェイルも笑ってルカをふりむいた。その表情に、ふと影が差す。

「ジェイル様?」

「……ああ。いや、なんでもない」

 階段の段差で、ジェイルはルカを見上げていた。

「妹が、こういうところで身売りをしようとしたことがある」

 ルカは言葉をなくした。昼過ぎの日差しがジェイルの顔の影をいっそう深くしていた。眉間にしわを寄せた彼は、小ばかにするように口を歪めて笑った。

「その時も、さっきのようなでまかせを言って、裏口から連れ出したわけだ。今にして思えば、路上で暮らすのとどちらが長生きできたかはわからんな」

 ジェイルの妹は、まだ幼かったはずだ。ルカはゆっくりと瞬きをした。ジェイルのそばにいるほうが幸せだったに決まっている。そう思っても、おいそれと口に出すことはできない。

 彼女の心は彼女だけのものだ。部外者のルカになぜ代弁できるだろう。

 ジェイルがルカの手を強く握った。自分の胸に引き寄せて「ああいう服は、もう着るな」と言う。

「……はい」

 ルカは自分を恥じた。どんな経緯でひとりの女性が揉み師になるか、考えもしなかったのだ。

 サンドラやレイラに女神の使いらしい顔で接したことを思うと居た堪れなかった。サンドラは回復するだろうか。医師を呼ぶことはできたけれど。

 歓楽街を抜けたところで、ジェイルが言った。

「あの女騎士が俺たちを易々と逃がすとは思えない。街の周辺は見張られているだろう。どうにか抜け道を探す必要がある」

 ジェイルが露店で買った串焼きを、二人は立ったまま食べた。穀物と豆をこねた団子に甘辛い味がついていて、かなり食べ応えがある。口の大きさが違うのだろうか。ルカがやっとひとつ団子を食べ終えた時に、ジェイルはすでに一串を平らげていた。

 急いで食べようとすると、落としそうになるし、顔が汁気で汚れてしまう。ジェイルは呆れたように、手ぬぐいでルカの口元を拭いてくれた。

「まずは足手まといのおまえを聖堂まで送っていく」

 ジェイルは肩をすくめて言った。

「あそこなら騎士団もまだ手を出しづらいだろうからな。おまえは女神像の陰にでも隠れて待ってろ」

「……ですが、ジェイル様はおひとりで大丈夫なのですか」

「あぁ? おまえ誰に言ってんだ?」

 鼻をつままれるとルカは喋れない。(自信過剰だ)とは思ったが、腕力がなく足も遅いルカが足手まといなのは確かだった。

 ところが、たどり着いた聖堂では問題が発生していた。

「ああルカ様、ご無事でよかった」

 ジェイルと共に来たルカを一目見て、司祭は駆け寄ってきた。ルカは、聖堂に柄の悪い男がたくさんいるので驚いてしまった。

 だが、確かに身に覚えがあった。

 職を失い、行く末の不安を訴えてくる男たちへ、扉越しに『よかったらお祭りのお手伝いをしてください』と頼んだのは、ほかならぬルカである。

(まさか、こんなに荒くれた方たちだったなんて)

 目をぱちくりさせるルカの手を、司祭は取った。

「お助けください、ルカ様。鈴の玉を奪われてしまいました」

「えぇっ」

「朝方に作ったやつか」

 ジェイルの問いかけに「違う。本物の鈴の玉のほうだ」と答えたのは、司祭の周りにいる男たちだった。

 ラウム領領主であるベルマインが、修道士たちに運ばせた金属製の鈴の玉のことだった。今朝がた修道士が町の入り口に到着した際、鈴の玉三十六個すべてを騎士団の手によって接収されてしまったという。

「騎士が、修道士から鈴の玉を無理やり取り上げたというのですか? なぜ、そのようなことを……」

「あの細工物はカネになるからだ」

 ルカのつぶやきに、男の一人が吐き捨てた。

「やつら、俺たちが裏で売りさばくとでも思っているんだろう。貧乏人にくれてやるには勿体ない代物だからな、あれは!」

「……騎士たちは、祭りの日まで預かっておくと言ったそうです」

 司祭は、すみのほうで申し訳なさそうに小さくなっている修道士たちに目をやった。

「しかし、本来あれらは聖堂で祈りを捧げて保管しておくものです。少なくとも、例年はそうでした……。ルカ様、お力をお貸しくださいませんか。尊い方の庇護を受けたあなたが訴えれば、彼らも……」

「どうだかな」

 ジェイルは司祭とルカの間に割り込んで、二人を引き離した。

「雄黄の騎士はベルマインに仕えている。ベルマインが聖都を見限ろうとしているから、セイボリーの町が今この有様になっているんだろうが。こいつの立場を使って訴えたところで、人質にされて仕舞いなんじゃないか」

「ひ、人質……?」

「ふん。たとえば、こういう筋書きはどうだ。女王陛下の覚えめでたい修道士を盾に、ラウム領の独立を宣言する、とか」

 独立。

 話の大きさに、その場にいる男たちは一斉にざわめく。だが、彼らの多くは笑っていた。

「どういうホラの吹かしかただ」

「この若造の言うことは極端すぎる」

「この小さなオトモダチをずいぶんと高く買っているようだが、こんなチンケな修道士が交渉材料になるなんてありえないだろう」
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