忌み子と騎士のいるところ

春Q

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間章「ニャンヤンのお祭り」

23.へたくそ★

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 雄黄の騎士団が別棟に押し入った時、そこに男たちの姿はなく、数人の揉み師たちが針を動かしているばかりだった。騎士たちは厳しく追及したが、彼女らはトーチカに求められたので祭りの準備をしているだけだと主張した。

 怪しげな衝立の奥にいたのは、子供と病人である。その場にいる年老いた医師に何をしているのかと問うと、彼は病人の治療に来たのだと答えた。それもトーチカの依頼だという。

――反乱分子の男たちは揉み師の助けを得て窓から逃走したに違いない。騎士団はそう推測を立て、隊を二つに分けた。一方は逃げた男たちを追い、もう一方はその場に留まった。

「その者はいまどこにいるのです」

「トーチカは行ってしまいました。もうここにはいません」

「身なりは。年恰好は。ここにいる揉み師たちは皆その者のお手付きなのですか」

「いいえ。いいえ、トーチカは私の病んだ親友しか愛しませんでした。他の者たちは皆、針子として呼ばれたのです」

 ひとりの揉み師がそう証言した。

「私は彼を見ました。あの方は大変な巨漢です。色は黒く、口には豊かな髭を生やし、声もとても低いのです」

 子供たちも口々に言った。

「僕も見ました。彼は腕も脚も丸太のように太く、獣のように毛むくじゃらでした」

「とても強い彼に、僕らは誰も逆らえなかったのです。番頭でさえも彼に脅されてこの部屋を明け渡したのですから。ああ心ある騎士様、お願いですから僕たちを牢屋に入れないでください」

 しかし騎士団をまとめあげる女騎士、アガタはこれらの証言をいっさい信じなかった。

 彼女はトーチカが揉み師に作らせたという祭りの仮装をひとつひとつ点検した。歓楽街の者たちと共謀した証拠がそこに隠されていると踏んだのである。

 猫の耳や尾や、鈴をつけた愛らしい衣装はことごとく糸を解かれ、綿を抜き取られた。数時間の大仕事を無に帰された揉み師たちは、呆然と立ち尽くすほかなかった。アガタは冷酷だった。彼女が「これらはすべて燃やせ」と部下に命じた時には、熱心に働いていた揉み師がひとり気を失った。

 成果物は小道へ運び出され、アガタの命令通り火にくべられた。

 煙は天を舐める蛇のようにくねりながら上っていた。アガタは言った。

「町の出入り口をよく見張りなさい。猫の子一匹逃がしてはなりません」

 火を見る女騎士の白い顔に表情はなかった。

「ここはもう引き揚げます。先に分けた隊と合流しましょう」

「よろしいのですか」

「よほどの色情狂でない限り、ここにはもう留まっていないはずです。出来の良い番犬もついているようですから」

「は……」

 戸惑う部下に、アガタは微笑した。

 火の粉を受けた彼女の細い目と薄い唇は、まるでおとぎ話に出てくる炎を吐く竜のようだった。

「祭りの日までに向こうから来ればよし、来なければ焼き尽くすまでのことです」


 ◆◆◆


 しかしルカとジェイルは、まだ揉み屋にいた。小道に上がる火を見に行こうとする野次馬で、あたりはにわかに騒がしくなっていたが、二人の個室を覗こうとする者は誰もいなかった。

 揉み師の肌着には、客を惹きつける工夫がいくつもある。たとえば胸部は一枚の布のように見えるが、花飾りの中に金具が隠れている。開いたところから乳房を一つずつ取り出せるようになっているのだった。

 胸が大きい女性であれば意味のある仕掛けなのかもしれない。ルカは、ただただ恥ずかしいだけだ。服を着ているのに大事なところを隠せていない。それだけでも間抜けなのに、出る胸は平坦で、赤い乳首だけが際立っている。

 ジェイルはそれを赤子のように音を立てて吸った。片方を舌と唇でしごきながら、もう片方を指で引っ張る。

「……な、なにも出ません、ジェイル様、そこをそんなにしても、私の胸からは何も出ません」

「どうだろうな。はじめの頃より膨らんできたようだが」

「……!」

「こういう菓子を見たことがある」

 ジェイルが何のことを言っているのかわかって、ルカは赤くなった。それはもっちりと透ける生地に花や餡を仕込み折りたたんだ甘い菓子で、よく上に赤い実が飾られている。

「あっ……」

 ジェイルがまたひとつ食べた。舌で実のかたちを確かめ、中の餡を吸おうとする。もうひとつも欲張って手で弄ぶのだから下品な食べ方だ。ルカは両手で自分の目を覆った。食い散らかされているのは一目瞭然なのに、なぜこんなに気持ちいいのかわからない。

「ジェイルさま……そこ、もう……あ、だめ、あぁ……っ」

「だめばかりだな、おまえは。なんなら許してくれるんだ?」

「ひぁああ」

 ぎゅーっと引っ張られると、ルカはばかになる。からだはジェイルに暴かれ切って、彼に許していないことなど何もないのに、何かを必死に守ろうとしてしまう。口が離れた隙に、ルカの体は本能的に逃げを打った。狭い寝台で、すぐに捕まるとわかっているのに。ジェイルはルカの耳を噛んだ。

「俺に食われるのは嫌か、ルカ」

「わ、わかんにゃ、あぁ、あ、あ」

「嫌なら自分で俺を悦ばせてみろ。ここの使い方は知ってるだろうが」

 尻に股をあてがわれて、ルカは踏まれた猫のような悲鳴をあげる。触ってもいないのに、ジェイルはなぜこれほどまでに硬く勃起しているのだろう。逃げようとしたのに怒らないのも妙だ。まさかこの服に秘密があるのだろうか。

 ルカは震えつつ考えた。

(たしかに今回の件は、もとをたどれば私がジェイル様の精力についていけなかったせいで起きたことだ。ジェイル様を最後まで満足させることができていたら、あれほど不安を覚えることもなかっただろう)

 そう考えてみると、ジェイルが寛容を示したのは有難いことだ。閨ごとはいつもジェイルに任せきりだったが、ルカが積極的に舵をとれば、きっと自信をつけることができる!

 勘のいいジェイルは、ルカの心境の変化を感じ取ったようだった。

「……おい。おまえ、そのきらきらしたおつむで、なんか妙なことを考えているだろう」

「いいえ。だいじょうぶです。私はだいじょうぶですとも……」

 ルカは涙を手で拭ってジェイルを振り向いた。そう、一方的に責められてばかりいるから女々しい気持ちになるのだ。少し恥ずかしいけれど、ルカはレイラを見習わなければならない。気の弱い彼女は揉み師であり、男をからだで揉み解すのが仕事なのだ。

「えいっ」

 ルカはジェイルにがばっと抱き着いた。さらけだした胸に彼の顔を抱き、頭頂に口づけを落とす。

「…………」

 ジェイルは面食らったようだ。固まっているが、さすがに騎士の胸板は厚く、易々とは押し倒されてはくれない。力量差はどうしようもないので、ルカは唇を額や頬、唇へ次々と落とした。ジェイルの顔筋は岩のようだった。

「お、おい……」

 だが、さすがに口づけが首や胸に触れはじめると平静ではいられなくなったようだ。小鳥がついばむように軽く触れるだけでも、ジェイルが昂っているのは感じ取れた。

「ルカ……こら、やめろ、おまえはいったい、何を」

 ルカはジェイルの腹筋に口づけた。ルカは、ジェイルが猫の鳴き真似を求めてきたことを覚えていた。

(きっと、ジェイル様は猫がお好きなのに違いない)

 ルカは修道士の仕事を通して、猫がどんな動きをするか見て学んでいた。四つ足になって、上衣の裾を噛んでひっぱる。上目遣いで喉を鳴らす。脱いで、と。

「んん、ん」

「…………!」

 ジェイルの表情を見て、ルカは自分の勝利を確信した。ジェイルの頬は上気し、手の甲で顔を庇っている。眉間に青筋も立っていて、あれっ、これは何か怒っているような――。

「おまえ、よっぽど俺に殺されたいらしいな!」

「あぁっ、なぜっ」

 ルカの見立ては正しかった。ジェイルは激怒していた。

「おら吐けっ、おまえがしゃぶんのはこっちだろうが!」

「ンッ。ンーッ!」

 服の裾を吐き出させたルカの口に、ジェイルはガボッと自分の男根を埋め込んでしまう。彼の怒りを体現したそこは、火傷しそうなほど熱くなっていた。

 おまけに乳首を摘んで引っ張られてしまう。ルカは鎖に繋がれた犬も同然だった。深くジェイルの男根を咥えなければ胸がとれてしまいそうだ。ぐりぐりと仕置きのように腰を押し込まれると、目に涙がにじむ。

「クソッ、修道士のくせに無自覚に煽ってきやがって、イライラする……! やめろっ、舌で媚びんじゃねえ!」

 怒っているわりに、ジェイルの口から洩れる息は刻むように荒かった。口の中の性器の脈打ち方に、ルカはつられて胸が高鳴ってしまう。

(そうか……ジェイル様は、気持ちいいと怒ってしまわれるのか……)

 いつも翻弄されるばかりで気づかなかったことだ。

 なんて難儀なひとなのだろうと、ルカは気の毒になり、しかし胸には何か甘い思いが胸に萌した。ジェイルは媚びるなと言いつつ、猫がミルクを飲むように舌を見せたり水音を立てたりすると、「こ、この……っ」と怒りの声を漏らして感じているようだった。かなりの猫好きに違いない。

 だが、ジェイルを果てさせたのは、そういった猫の物真似ではなかった。もちろんルカの稚拙な唇と舌の技でもない。

 胸から離れたジェイルの手がルカの耳を撫でた。ルカが上を向くと、ジェイルと目が合った。両手が頬に沿ったので、ルカは動かずにジェイルを見上げた。男性器を咥えたままで、かなり間抜けな顔をしていたはずだ。だが、ジェイルはそんなルカを見つめて、ルカに見つめられて、目を細めたのだった。

 ジェイルの射精はとても長かった。彼のみなぎった睾丸が自分に向けて精液を続々と送り出してくるのをルカは感じた。

「んぁ、あ、あう……」

 急なことで耐え切れなかった。男根ごと白いものを口から吐き出しても、ジェイルの手はまだルカの頬を触っていた。それはとても壊れやすいものを触るような手つきだったのだが、やがて、ルカの頬をギュッとつまんできた。

「へたくそ」

「……!?」

 ルカは納得いかなかった。ジェイルは宿屋でする時よりずっと早く射精したのだ。いつも体力を使い果たした状態でしていることも加味すれば、ルカはむしろ上手くやったはずだ。

 だが、評価するのはルカではなく、奉仕を受けたジェイルだった。ルカはしょんぼりと謝った。

「……上手くできなくて、ごめんなさい。ジェイル様」

 謝っているのに、彼は「いいから早く口をゆすげ」と、かえって怒ったように水がめを指した。

「荷物もここにあるから着替えろ。やっとのことで取り戻したおまえを、妙な連中にみすみす渡してたまるか」
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