忌み子と騎士のいるところ

春Q

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間章「ニャンヤンのお祭り」

19.確保☆

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 この時のルカは女物の肌着に、揉み屋の客用施術着を着ていた。

 いつもの修道服は番頭に斬りかかられた際に血で汚れ、穴も空いてしまった。朝に来た時、レイラが部屋から施術着を出してくれたのだが、これは前の閉じないゆったりとした上着で、下穿きの用意はなかった。

『施術が済むまで、お客様は脱ぐことはあっても着ることはないですから』

 レイラにそう言われて、ルカはあらためて自分がどういう場所にいるのかを実感した。こんな胸も脚も出るような恰好はしたことがない。

 固まっているルカを見て、レイラは『お待ちになってください』と言った。あろうことかそのまま着ているものを脱ぎだすので、ルカは驚いて後ろを向いた。

 その肩越しに、レイラはそっと肌着を差し出した。

『…………!』

 それは肩紐つきの肌着だった。花飾りのあしらわれた胸元から、ふんわりと裾が広がっている。客の劣情を煽るためなのだろう、白いうえに生地も薄いので肌が透ける。それでも、膝は隠れるだろうが。

『お古ですが、あなたにさしあげます。トーチカ、着てください』

『あ、あなたはどうするのですか! いけません、どうか服を着てください!』

『あなたは私の親友を救ってくださる方です』

 レイラの声は震えていた。

『……私は裸でいることに慣れていますが、あなたはそうではないのでしょう。トーチカ、私の子があなたを無理にここへ来させたのです。せめてこれくらいのことは』

 彼女は、ルカがトーチカではないことに薄っすら気づいているようだった。

 気の弱いレイラに覚悟を示されて、ルカは生温かい肌着を受け取らないわけにはいかなかった。

 男らしくない華奢なからだつきが功を奏し、着ることはできた。胸も腰もストンとしているせいで、裾がとても長くなってしまったが、施術着を羽織れば服らしくはなる。頭巾は不格好に見えたけれど。

 レイラは女神像を拝むように手を組み、『あなたの役に立てて嬉しい』と言った。

 問題はルクスに呼ばれた今、その姿で外に出なければならないということだった。

 だが、朝のレイラは一糸まとわぬ素裸で小道を駆け戻り、着替えて戻って来たのだ。恥ずかしいなどと言っていては、医者を呼んでくることはできない。

 ルカはカーツェとレイラに事情を伝えて、腰高窓から外へ出た。おそらく老医師がこの窓をまたぐことができないのだろう。

(後で中に声をかけて、踏み台を用意してもらわなければならない)

 そう考えながらルクスの方へ小走りに行くルカは、ふと不思議に思った。なぜルクスは何も言わずルカを呼び寄せたのだろう。医師を置いて自分で伝えに来ればいいのに。

 その時、ルクスが叫んだ。

「ルカ、逃げろ! 罠だ!」

 えっ、と思った時にはもう遅かった。茂みから出てきた黒いものでルカの目の前が塞がる。

 ジェイルの髪と、瞳だった。

「……よお」

 驚愕のあまり固まっているルカの顔を、彼はじっと見下ろしていた。

「俺抜きで、お楽しみだったらしいな。おい」

 彼の武骨な手が、いつの間にか肩を掴んでいた。

「なんだ、だんまりか? たった一晩で男ぶりが上がったんじゃないか……うん? おら、そのツラよく見せてみろ」

 手は、動けないルカの首を辿り、顎を掬い、唇を撫でかけて、止まった。ルカは心臓を掴まれた気がする。目が潤んだのは、口づけてもらえないのかと恐れたからだ。ジェイルはルカの二の腕を掴んだ。

「来い。行くぞ」

「あっ」

 引っ張って歩かされようとしたルカは、だが進めなかった。ルクスが脚を掴んでいるからだ。

「ダメ! ルカ、行っちゃダメだ!」

 ジェイルが舌打ちをして、ルカはぞっとした。ジェイルのまとう雰囲気はいつにも増して荒々しかった。

 ルカはルクスを庇おうとしたのだが、その前にジェイルに抱き上げられた。

 蹴飛ばされたルクスは小道に転がる。

「おまえは用済みだ。俺の気が変わらんうちに去れ」

 ジェイルは、冷たく言い放った。涙目で睨みつけてくるルクスを、傲然と見下ろす。

「忠告しておいてやる。こんなお人好しを手前勝手に利用するようなガキは、碌な死に方をしない」

「なんでだよ、やめろよ! ルカを、トーチカを返せよっ! 僕らにはトーチカが必要なんだよ!」

 ジェイルは二度は言わなかった。彼が容赦なく蹴り上げようとしたルクスの顔面を、老医師が身を伏せて庇った。

「……フン」

 興を削がれたように、ジェイルは踵を返した。

 怒りを露わにするジェイルに抱かれ、ルカは体が動かなかった。小道を抜けて揉み屋の本館に入り、ようやく頭が事態に追いついて、体が恐怖に震え始める。ルカは頼んだ。

「下ろしてください」

「ダメだ」

 ジェイルはルカを抱き直して言った。

「状況が変わった。今すぐ町を出る」

「えっ……」

 ルカは目の前が真っ暗になった。

「そんな、約束が違います。お祭りの日までは居てくださると言ったのに」

「状況が変わったと言っているだろうが。誰のせいだと思ってる」

 自分のせいかのように言われて、ルカは頭に血が上った。

(私が外泊したからといって、事情も聞かずに予定を変えるのはおかしい)

 頭の中ではそう論理立った思考が立つのに、口から出てきたのは全く違う言葉だった。

「あなたは私がねだればなんでも聞いてくださるはずです!」

 自分がこんなにみっともないセリフを吐く日が来るなんて、ルカは思ってもみなかった。

 叫ぶように訴えて、すぐに後悔した。いったい、なにを言っているのだろう? まるでジェイルが自分のわがままを聞くのは当たり前だとでもいうような、幼稚で、傲慢な態度だ。

(違う、こんなことを言う私は、私ではない)

 頭が沸騰するように熱くなった。ジェイルに恋人のように抱かれている自分も、体格に合わない女ものの肌着を身に着けた自分も、ルカではない。ルカは修道士だ。人と女神に仕えるのが本分である。自分を必要としている人たちのもとへ戻らなければならない。

 ジェイルはルカの発言に一瞬呆けたかに見えた。だが、ルカが腕の中でじたばたと暴れると、声を荒げた。

「おいっ暴れるな! いい加減に聞き分けろ……あぁ、クソッ」

 しまいには泣き出してしまうルカを、ジェイルは廊下に放り出した。そのうえ腕を捩じ上げて、ルカの額を壁に向かって押し付けてしまう。なんて乱暴なことを――そう思ったルカは、かつかつと近づいてくる足音に身を縮めた。

 押さえつけられて顔を上げられずとも、その集団が何者かは靴を見ればわかる。

 それは雄黄の騎士団だった。

 彼らはジェイルとルカを見咎めた。「何をしている」と問い質されて、ジェイルは笑い出した。それはルカが聞いたことのない、ひどく俗っぽくて嫌な笑い方だった。

「見てわからないのか。揉み師の世話になっているんだが」

「……ふうん。わざわざ、廊下で」

 ルカからは見えないが、その声は女性のものだった。落ち着いた低い声だ。

 目の前には布のかかった個室がある。ジェイルは「ここで誘惑されたんだから仕方ない」と吐き捨てた。

「俺は我慢強いほうじゃなくてね。それにこいつも」

 ジェイルはあからさまな手つきで、ルカの腰を撫でた。

「……っ!」

 彼らの視線が自分の腰に集まるのがわかった。ジェイルは「こういう状況がお好みらしい」と言って、ルカの施術着の裾をめくりあげた。

「ひゃ、あっ」

 ルカは高い声を漏らさずにいられなかった。肌着がどれくらい透けるものかは見て知っている。いやいやをするようにかぶりを振るのだが、ジェイルはねっとりとした手つきで腰を撫でまわしている。ゆっくりと手の平全体が円を描いた、と思うとその手がふっと浮いた。

 ルカは既知の感覚に、ぱぁんと尻を張られる前から、もうよがり声を上げてしまっていた。

「ひあぁっ! あぁんっ!」

 ごく、と唾を飲んだのが集団の中の誰だったのか、ルカはわからない。ただジェイルの手の奴隷となって、痛みとも快楽ともつかない衝撃をびくびくと待ちわびてしまっている。

「……うん? なんだ、まだ見てるのか。なかなかいいシュミしてんな、おまえら」

 ジェイルはルカの尻を堪能しつつ、騎士団をまとめて嘲った。一人の騎士が何か言い返そうとしたようだったが、女騎士が片手で制した。

「失礼。我々はこの店に潜伏しているという、トーチカなる人物を探しているのです」

「へぇ」

 ジェイルのどうでもよさそうな返事に、彼女は食い下がった。

「あなた何か知ってるんじゃないですか?」

「すげえ言いがかりだな、おい」

「あら、すみません。何か気に障りました?」

 言い合いの合間にも、ジェイルは緩慢な手つきで下穿きの前を寛げていた。人前で事を為そうとする好色ぶりに騎士団はどよめいたが、彼女は一歩も退かなかった。

「たとえトーチカがどういった人物であったとしても、私たちは彼を捕まえます。名前や姿を変えようと、必ず。反乱の煽動というのはとても重い罪ですし……ベルマイン様へのいい手土産になりますから」

「いや、知るかよ……」

 ジェイルはルカの背中にべったりと胸を添わせた。彼は性交に及ぶと見せかけて、ルカを隠そうとしていた。

 熱い胸板からジェイルの力強い動悸が伝わってきて、ルカはなぜか泣きそうになる。頭の上で何を言い合っているのかはよくわからなくても、ジェイルが自分を守ろうとしていることは痛いほど伝わってくる。

 女騎士は少し考えるような間をおいて「あなた、いい体してますね」と言った。

 ジェイルが黙っていると「ラウムの騎士は鍛え方が足りないようです」と続ける。

「さっきから何が言いたい」

「……私はアガタと申します。もし騎士団の仕事に興味があればご連絡ください。稼げると思いますよ。カード賭博のサクラなんかより、よっぽど」
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