71 / 145
間章「ニャンヤンのお祭り」
18.かなしい
しおりを挟む
この世に確かなものは女神だけだということを、ルカは現実として知っていた。
王子として生まれ、父母に愛された日々は驚くほど呆気なく消え去り、修道院に送られた。
周囲から忌まわしい化け物として取り扱われて、ようやく両親の罪の深さと自分の醜さを知ったのだ。そういう存在であるルカに、ジェイルは愛をくれた。なんの見返りも与えられないルカを恋人にしてくれて、怒りながらあれこれと世話を焼いてくれた。
そんなジェイルが揉み師のからだを求めたのかと思うと、ルカはもう、自分がなんなのかわからない。
今この部屋で、トーチカトーチカといって慕ってくれる揉み師たちも、ひとたび頭巾を脱げば自分を忌み嫌うことはわかりきっている。
確かなものは女神だけだ。女神アルカディアだけは、どんな時でも嘘偽りなくルカを愛し、認めてくれるのだった。教えの書にも『女神は愛なり』と濃くはっきりとした字で記されている。両親を奪われ、居場所を追われ続けたルカには、その愛に縋る以外に生きる道はなかった。
どんなつらい運命を強いられようとも、それは短いこの世のことだけだ。いずれは女神がルカを天上の住処に招いてくれ、きっと、教えを守って働いたことを褒めてくださる。
だから今度も、女神はルカの信仰を試しているのだと思った。ジェイルを通して、肉欲に溺れることを戒めている。ジェイルは確かに強い騎士だけれど、同時に儚く弱い人間なのだった。ルカは永遠の女神を信じる修道士なのだから、彼の愛が去ってしまうことを悲しむ必要はない。いや悲しむべきではない。決して悲しんではならない。
なのに、とても悲しかった。
どんなに理性で押し込めようとしても、心の中には嫌だ嫌だと子供のように駄々をこねる自分がいる。ジェイルは、揉み師をどんなふうに愛したのだろう。それはルカを愛するよりも情熱的だったのだろうか。ルカにたくさん口づけてくれた唇で、そのひとにも可愛いとか、綺麗とか、愛しているとか言ったのだろうか。
傷口が膿むように、ルカの心には悪い思いばかりが浮かぶのだった。現実に忙しく立ち働きながら、妄念の泡がぷくっぷくっと次々に浮かび上がり、目の中ではじけて、瞳が潤む。
そんな精神状態でも、扉の向こうの男たちは、なぜか変な相談を持ち掛けてくる。
「トーチカよ、あの雌犬に一泡吹かすには武器が足りないのだ。どうする」
「……?」
ルカは縫い合わせた布を裏に返しながら、首をかしげた。だが、ハッとする。
(そうか、ここは揉み屋だ。このひとは持って回った言い回しで、私に恋の相談をしているのか)
つまり彼はひとりの女性に恋をしているのだが、しかし自分に魅力がないので振り向いてもらえないと言っている――そう解釈したルカは「私は、あなたに武器がないとは思いません」と返した。
「女神様は人間ひとりひとりに、すでに必要な武器を与えておられます」
「……いま手元にあるものを生かせということか?」
真面目に聞き返されて、ルカは自嘲した。修道士だというのに同性を愛し、ジェイルのことを引き止められない自分が恋愛相談に乗るなど、無茶もいいところである。
だが、女神を心に宿したルカは「そうです。お持ちの武器をご自身で磨き上げるべきです」と返した。
「……それから、その方にもう少し丁寧に接して差し上げてはいかがでしょう。お相手が何をすれば喜んで、何をすれば嫌に思うのか、様子を見るのがいいかもしれません」
好きな女性を『雌犬』呼ばわりするのは良くないと思ってそう言ったのだが、向こうはなぜかそれを聞いて大笑いした。
「なるほど、あの女騎士をもてなしてやるためにも、偵察を怠らず、弱点を探れと言っているのだな!」
女騎士。きっととても身持ちの固い女性なのだな、とルカは思った。男は話し続けている。
「相分かった。その通りにしよう。そして、祭りの日には奴らに鉄槌を食らわせてやる!」
ルカはびっくりした。今『奴ら』と言った。この男は、祭りにかこつけて、複数の女性を同時に口説こうとしているのだ。
男女がみだりに交際することは女神の教えに反している。慌てて「せめて一人ずつ、一人ずつにそうなさってください、何人もを同時になんて、そんなことしてはいけません」と声を上げる。
「フム……確かに、向こうは戦慣れしているからな。ここは万全を期して、一人ずつに分断すべきか……」
男とはそれ以上喋れなかった。扉の向こうでカーツェが「時間だよ!」と言ったからだ。
ルカは布の袋に綿を詰めながら気がかりで仕方なかった。男はグループ交際の計画でも立てているのだろうか。言葉選びが荒いせいか、なんだか敵対組織に攻撃をしかけようとしているように聞こえたが。
あれこれと思い悩みながら作っているのは、黒い猫の耳と尻尾だ。短くて太い尻尾は、黒髪の男性に合うだろう。
(……もしかしたら、ジェイル様が使ってくれるかもしれない)
その可能性は限りなく低いが、皆無ではなかった。できあがったものは聖堂に寄付して、町のひとびとに自由に使ってもらうつもりだからだ。ルカは想像してみた。
祭りの日にジェイルが歩いていて、聖堂の前を通りがかる。仮装の道具が置いてあるのがたまたま目にとまり、付けてみようかという気になる。――おそらく、寄り添って歩いている女性に、そうするように促されて。
ぱたっと涙が作りかけの尻尾に落ちた。
熱い雫は、黒い生地に浸み込んですぐに見えなくなる。ルカは無言で目元を拭い(別に、それでかまわない)と思った。大事なのはジェイルの横に誰がいるかではなくて、彼がニャンヤンの祭りを楽しんでいるということなのだ。
ジェイルは不信仰で、女神嫌いで、子供の頃から厳しい生活を強いられて、ニャンヤンの祭りそれ自体を知らなかった。女王の命令でついてきてくれた彼の心が、女のひとと過ごすことで安らぐならルカは嬉しい。
「トーチカ、トーチカ」
昼に差し掛かった頃、ルカは窓の外から呼ばれた。顔を上げて、あっと思う。
外は茂みになっていて、小道が揉み屋へと続いている。その茂みのそばで、ルクスが大きく手招きしている。隣に立っている老人は医師だろう。なぜ入ってこないのだろう、と考えて、ルカはハッとした。
(廊下に男の人たちが大勢並んでいるから、入って来られないのか)
女の揉み師たちならともかく、男が順番を抜かして堂々と入ったらズルになってしまう。二人とも不安そうにひどく青ざめているのが、ルカは気がかりだった。
王子として生まれ、父母に愛された日々は驚くほど呆気なく消え去り、修道院に送られた。
周囲から忌まわしい化け物として取り扱われて、ようやく両親の罪の深さと自分の醜さを知ったのだ。そういう存在であるルカに、ジェイルは愛をくれた。なんの見返りも与えられないルカを恋人にしてくれて、怒りながらあれこれと世話を焼いてくれた。
そんなジェイルが揉み師のからだを求めたのかと思うと、ルカはもう、自分がなんなのかわからない。
今この部屋で、トーチカトーチカといって慕ってくれる揉み師たちも、ひとたび頭巾を脱げば自分を忌み嫌うことはわかりきっている。
確かなものは女神だけだ。女神アルカディアだけは、どんな時でも嘘偽りなくルカを愛し、認めてくれるのだった。教えの書にも『女神は愛なり』と濃くはっきりとした字で記されている。両親を奪われ、居場所を追われ続けたルカには、その愛に縋る以外に生きる道はなかった。
どんなつらい運命を強いられようとも、それは短いこの世のことだけだ。いずれは女神がルカを天上の住処に招いてくれ、きっと、教えを守って働いたことを褒めてくださる。
だから今度も、女神はルカの信仰を試しているのだと思った。ジェイルを通して、肉欲に溺れることを戒めている。ジェイルは確かに強い騎士だけれど、同時に儚く弱い人間なのだった。ルカは永遠の女神を信じる修道士なのだから、彼の愛が去ってしまうことを悲しむ必要はない。いや悲しむべきではない。決して悲しんではならない。
なのに、とても悲しかった。
どんなに理性で押し込めようとしても、心の中には嫌だ嫌だと子供のように駄々をこねる自分がいる。ジェイルは、揉み師をどんなふうに愛したのだろう。それはルカを愛するよりも情熱的だったのだろうか。ルカにたくさん口づけてくれた唇で、そのひとにも可愛いとか、綺麗とか、愛しているとか言ったのだろうか。
傷口が膿むように、ルカの心には悪い思いばかりが浮かぶのだった。現実に忙しく立ち働きながら、妄念の泡がぷくっぷくっと次々に浮かび上がり、目の中ではじけて、瞳が潤む。
そんな精神状態でも、扉の向こうの男たちは、なぜか変な相談を持ち掛けてくる。
「トーチカよ、あの雌犬に一泡吹かすには武器が足りないのだ。どうする」
「……?」
ルカは縫い合わせた布を裏に返しながら、首をかしげた。だが、ハッとする。
(そうか、ここは揉み屋だ。このひとは持って回った言い回しで、私に恋の相談をしているのか)
つまり彼はひとりの女性に恋をしているのだが、しかし自分に魅力がないので振り向いてもらえないと言っている――そう解釈したルカは「私は、あなたに武器がないとは思いません」と返した。
「女神様は人間ひとりひとりに、すでに必要な武器を与えておられます」
「……いま手元にあるものを生かせということか?」
真面目に聞き返されて、ルカは自嘲した。修道士だというのに同性を愛し、ジェイルのことを引き止められない自分が恋愛相談に乗るなど、無茶もいいところである。
だが、女神を心に宿したルカは「そうです。お持ちの武器をご自身で磨き上げるべきです」と返した。
「……それから、その方にもう少し丁寧に接して差し上げてはいかがでしょう。お相手が何をすれば喜んで、何をすれば嫌に思うのか、様子を見るのがいいかもしれません」
好きな女性を『雌犬』呼ばわりするのは良くないと思ってそう言ったのだが、向こうはなぜかそれを聞いて大笑いした。
「なるほど、あの女騎士をもてなしてやるためにも、偵察を怠らず、弱点を探れと言っているのだな!」
女騎士。きっととても身持ちの固い女性なのだな、とルカは思った。男は話し続けている。
「相分かった。その通りにしよう。そして、祭りの日には奴らに鉄槌を食らわせてやる!」
ルカはびっくりした。今『奴ら』と言った。この男は、祭りにかこつけて、複数の女性を同時に口説こうとしているのだ。
男女がみだりに交際することは女神の教えに反している。慌てて「せめて一人ずつ、一人ずつにそうなさってください、何人もを同時になんて、そんなことしてはいけません」と声を上げる。
「フム……確かに、向こうは戦慣れしているからな。ここは万全を期して、一人ずつに分断すべきか……」
男とはそれ以上喋れなかった。扉の向こうでカーツェが「時間だよ!」と言ったからだ。
ルカは布の袋に綿を詰めながら気がかりで仕方なかった。男はグループ交際の計画でも立てているのだろうか。言葉選びが荒いせいか、なんだか敵対組織に攻撃をしかけようとしているように聞こえたが。
あれこれと思い悩みながら作っているのは、黒い猫の耳と尻尾だ。短くて太い尻尾は、黒髪の男性に合うだろう。
(……もしかしたら、ジェイル様が使ってくれるかもしれない)
その可能性は限りなく低いが、皆無ではなかった。できあがったものは聖堂に寄付して、町のひとびとに自由に使ってもらうつもりだからだ。ルカは想像してみた。
祭りの日にジェイルが歩いていて、聖堂の前を通りがかる。仮装の道具が置いてあるのがたまたま目にとまり、付けてみようかという気になる。――おそらく、寄り添って歩いている女性に、そうするように促されて。
ぱたっと涙が作りかけの尻尾に落ちた。
熱い雫は、黒い生地に浸み込んですぐに見えなくなる。ルカは無言で目元を拭い(別に、それでかまわない)と思った。大事なのはジェイルの横に誰がいるかではなくて、彼がニャンヤンの祭りを楽しんでいるということなのだ。
ジェイルは不信仰で、女神嫌いで、子供の頃から厳しい生活を強いられて、ニャンヤンの祭りそれ自体を知らなかった。女王の命令でついてきてくれた彼の心が、女のひとと過ごすことで安らぐならルカは嬉しい。
「トーチカ、トーチカ」
昼に差し掛かった頃、ルカは窓の外から呼ばれた。顔を上げて、あっと思う。
外は茂みになっていて、小道が揉み屋へと続いている。その茂みのそばで、ルクスが大きく手招きしている。隣に立っている老人は医師だろう。なぜ入ってこないのだろう、と考えて、ルカはハッとした。
(廊下に男の人たちが大勢並んでいるから、入って来られないのか)
女の揉み師たちならともかく、男が順番を抜かして堂々と入ったらズルになってしまう。二人とも不安そうにひどく青ざめているのが、ルカは気がかりだった。
40
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる