69 / 138
間章「ニャンヤンのお祭り」
16.なにをしてんだ
しおりを挟む
鈴の玉は、もみ殻を布で包んだ土台に鳴り物を仕込んで作られる。地域によってさまざまだが、セイボリーでは指先ほどの大きさに作られた特製の箱に鈴を仕込むことが多い。職人の多い地域ならではの技だった。
「…………」
仕上がった土台は、布が見えないよう糸でグルグルと巻かれ、完全な球体となる。
音も鳴るし、転がるし、別にこれで完成でいいだろうとジェイルは思うのだが、作業としてはここからが本番だった。色とりどりの糸を用いて複雑な幾何学模様をかがっていくのである。
「…………」
当然のことながら、模様がついてしまえばもう鳴り物の仕掛けを取り出すことはできない。ジェイルが今かがっている玉は、どちらかというと失敗の部類である。振ってもカロカロと間抜けな音しか立たない。
祭りまで日がないのだから数をこなすほうが先決である。どうせ猫にくれてやるものだ、とジェイルは機械的にこなしているが、周りの男たちには、出来の悪さが耐え難いようだ。玉を放り出して叫んだ。
「あぁあクソ! この! どれもこれも失敗作ばかりだ!」
「おい! おまえがぶつかってきたせいで、間違ったところを刺してしまった! どう責任をとる気だ!」
「やかましい! 貴様の作った玉すべて燃やしてやろうか!」
「オォやってみろよ、おまえのタマを糸でかがってやる!」
「やめなさい、ただでさえ手が遅れているというのに」
そう、そこは聖堂だった。ならず者たちを注意する司祭の声は緊張でひっくりかえっていた。
無理もないことだ。車座を作って手芸に当たっている男たちはみな、普段は歓楽街にたむろしているごろつきである。本来、宗教行事になど見向きもしないはずの彼らが、真昼間から聖堂に押しかけてきたのである。
『祭りの手伝いをさせろ』
『えぇっ……? な、なぜ。いったいあなたがたは何を企んでいるのですか』
『うるせえ! 人手が足りないんだろう、殺されたくなければ大人しく従え!』
従えと脅しつけながら、実際に司祭の指示に従っているのは彼らなのだから滑稽である。
ジェイルは、ルカの行先に心当たりがないか司祭に尋ねているところだった。何かあると睨んで作業に加わったが、ごろつきたちの口は意外なほど堅かった。
ひとを殺しかねないような血気に目をぎらつかせながら、黙々と鈴の玉を仕上げている。工房で手仕事に従事していた者も多いのだろう。仕上がった玉は、製作者の強面からは想像もつかないほどどれも美しい出来だった。
「……猫にくれてやるのは勿体ないな」
ジェイルが横の男に声をかけたのは情報を得るためだが、本音も混ざっていた。色合わせや紋様は華やかで、しかしどこか郷愁を帯びている。丸い見た目や涼やかな音のせいだろうか、全体としてなんとも愛らしい雰囲気だ。王家の姫君への献上品といっても通りそうだった。
男は悪い気はしないらしい。フン、と鼻を鳴らして笑った。
「そうかね。こんな布と糸で作ったようなのは単なる賑やかしに過ぎんが」
「え?」
「おいおい鈴の玉といや金属製だろう。俺はベルマインの野郎なんぞでえきれえだが、毎年この時期に贈ってくる鈴の玉、あれはいい仕事だ。彫金の透かし彫りが見事で……」
祭りの祝いに、太っ腹な領主が各共同体に特別な贈り物をしているらしい。周りの男たちも同じ気持ちらしく、続々と話に乗ってきた。職人心をくすぐる逸品なのだろう。
「ああ、あれは音がいいんだ。透き通るようでなぁ……」
「実際、女神がばら撒いたのも金属製だというし……」
「へぇ」
誰しも口の軽くなる話題というものが一つや二つはあるものだ。ジェイルはいかにも興味があるというふうに、前のめりに膝を崩してみせた。
「俺はもの知らずでね。ここにもなんとなしに寄ってみたんだが、まさかあんたほどの職人と巡り合えるとは思わなかった。いったいどんな目利きがあんたをここへ寄越したんだ?」
「……トーチカさ」
「…………」
ジェイルは怒りと呆れに相手を殴りつけそうになる。聞き間違いであることを期待して、首をかしげてみせると、男は、子供がとびっきりの秘密を打ち明けるかのように声を低めた。
「トーチカが来たんだ」
「はっ。ははっ……」
「本当だ、俺はあの野郎と話をした。ヤツは噂通りの女好きさ。揉み屋の別棟にお気に入りを連れ込んで、ずぅっとお楽しみに耽ってやがる……」
「……へぇ。本物なのか?」
「間違いない! 番頭が斬りつけても傷ひとつ残らなかったそうだ」
「…………」
「何より、話してみて確信したぜ。あれは人情のわかる好い男だ。短い時間だったが、工房を潰した俺の愚痴をまともに聞いてくれてよ、女神のために手を動かせと言った。『元気を出してください、祭りの日は近い!』ってよ」
ジェイルは脱力した。
ルカだ。
何がどうなって揉み屋へ行きついたかは不明だが、ルカであることだけは間違いない。
ルカは、おそらく目の前のことに一生懸命で、自分が何をしているのかわかっていないのだろう。
「俺はその言葉で、ピーンと来たぜ。ラウムの裏社会を牛耳るトーチカのことだ。あの男には大きな計画がある」
彼は目にも綾なる鈴の玉を手に握りしめ、万感の思いを込めて吐き出した。
「トーチカはニャンヤンの祭りの日に仕掛ける気なんだ。俺たちの先頭に立ち、あの薄汚いベルマインの犬どもを、セイボリーから追い出してくれるんだ!」
ルカがしていることは、反乱の扇動と同じだった。
「…………」
仕上がった土台は、布が見えないよう糸でグルグルと巻かれ、完全な球体となる。
音も鳴るし、転がるし、別にこれで完成でいいだろうとジェイルは思うのだが、作業としてはここからが本番だった。色とりどりの糸を用いて複雑な幾何学模様をかがっていくのである。
「…………」
当然のことながら、模様がついてしまえばもう鳴り物の仕掛けを取り出すことはできない。ジェイルが今かがっている玉は、どちらかというと失敗の部類である。振ってもカロカロと間抜けな音しか立たない。
祭りまで日がないのだから数をこなすほうが先決である。どうせ猫にくれてやるものだ、とジェイルは機械的にこなしているが、周りの男たちには、出来の悪さが耐え難いようだ。玉を放り出して叫んだ。
「あぁあクソ! この! どれもこれも失敗作ばかりだ!」
「おい! おまえがぶつかってきたせいで、間違ったところを刺してしまった! どう責任をとる気だ!」
「やかましい! 貴様の作った玉すべて燃やしてやろうか!」
「オォやってみろよ、おまえのタマを糸でかがってやる!」
「やめなさい、ただでさえ手が遅れているというのに」
そう、そこは聖堂だった。ならず者たちを注意する司祭の声は緊張でひっくりかえっていた。
無理もないことだ。車座を作って手芸に当たっている男たちはみな、普段は歓楽街にたむろしているごろつきである。本来、宗教行事になど見向きもしないはずの彼らが、真昼間から聖堂に押しかけてきたのである。
『祭りの手伝いをさせろ』
『えぇっ……? な、なぜ。いったいあなたがたは何を企んでいるのですか』
『うるせえ! 人手が足りないんだろう、殺されたくなければ大人しく従え!』
従えと脅しつけながら、実際に司祭の指示に従っているのは彼らなのだから滑稽である。
ジェイルは、ルカの行先に心当たりがないか司祭に尋ねているところだった。何かあると睨んで作業に加わったが、ごろつきたちの口は意外なほど堅かった。
ひとを殺しかねないような血気に目をぎらつかせながら、黙々と鈴の玉を仕上げている。工房で手仕事に従事していた者も多いのだろう。仕上がった玉は、製作者の強面からは想像もつかないほどどれも美しい出来だった。
「……猫にくれてやるのは勿体ないな」
ジェイルが横の男に声をかけたのは情報を得るためだが、本音も混ざっていた。色合わせや紋様は華やかで、しかしどこか郷愁を帯びている。丸い見た目や涼やかな音のせいだろうか、全体としてなんとも愛らしい雰囲気だ。王家の姫君への献上品といっても通りそうだった。
男は悪い気はしないらしい。フン、と鼻を鳴らして笑った。
「そうかね。こんな布と糸で作ったようなのは単なる賑やかしに過ぎんが」
「え?」
「おいおい鈴の玉といや金属製だろう。俺はベルマインの野郎なんぞでえきれえだが、毎年この時期に贈ってくる鈴の玉、あれはいい仕事だ。彫金の透かし彫りが見事で……」
祭りの祝いに、太っ腹な領主が各共同体に特別な贈り物をしているらしい。周りの男たちも同じ気持ちらしく、続々と話に乗ってきた。職人心をくすぐる逸品なのだろう。
「ああ、あれは音がいいんだ。透き通るようでなぁ……」
「実際、女神がばら撒いたのも金属製だというし……」
「へぇ」
誰しも口の軽くなる話題というものが一つや二つはあるものだ。ジェイルはいかにも興味があるというふうに、前のめりに膝を崩してみせた。
「俺はもの知らずでね。ここにもなんとなしに寄ってみたんだが、まさかあんたほどの職人と巡り合えるとは思わなかった。いったいどんな目利きがあんたをここへ寄越したんだ?」
「……トーチカさ」
「…………」
ジェイルは怒りと呆れに相手を殴りつけそうになる。聞き間違いであることを期待して、首をかしげてみせると、男は、子供がとびっきりの秘密を打ち明けるかのように声を低めた。
「トーチカが来たんだ」
「はっ。ははっ……」
「本当だ、俺はあの野郎と話をした。ヤツは噂通りの女好きさ。揉み屋の別棟にお気に入りを連れ込んで、ずぅっとお楽しみに耽ってやがる……」
「……へぇ。本物なのか?」
「間違いない! 番頭が斬りつけても傷ひとつ残らなかったそうだ」
「…………」
「何より、話してみて確信したぜ。あれは人情のわかる好い男だ。短い時間だったが、工房を潰した俺の愚痴をまともに聞いてくれてよ、女神のために手を動かせと言った。『元気を出してください、祭りの日は近い!』ってよ」
ジェイルは脱力した。
ルカだ。
何がどうなって揉み屋へ行きついたかは不明だが、ルカであることだけは間違いない。
ルカは、おそらく目の前のことに一生懸命で、自分が何をしているのかわかっていないのだろう。
「俺はその言葉で、ピーンと来たぜ。ラウムの裏社会を牛耳るトーチカのことだ。あの男には大きな計画がある」
彼は目にも綾なる鈴の玉を手に握りしめ、万感の思いを込めて吐き出した。
「トーチカはニャンヤンの祭りの日に仕掛ける気なんだ。俺たちの先頭に立ち、あの薄汚いベルマインの犬どもを、セイボリーから追い出してくれるんだ!」
ルカがしていることは、反乱の扇動と同じだった。
36
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる