忌み子と騎士のいるところ

春Q

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間章「ニャンヤンのお祭り」

11.わるいこ☆

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 夢の中で、ルカはジェイルに押し倒されていた。

 ルカは急いで女神様のもとへ奉仕へ行かなくてはならないのに、ジェイルが『悪い子だ』と言って離してくれない。

『おまえは言いつけを破る悪い子だから、これからは女神のところにはやらない。ずっと俺といるんだ』

『そんな……』

『おまえが悪い』

 そんなふうにルカを責め立てるジェイルの声は、ひどく優しかった。ルカはまるで柔らかい布に包み込まれているような気がする。ジェイルは悪い子が好きなのだろうか。

 服も取り上げられていて、本当にどこへも行けなかった。裸で寝台に押さえつけられると、明るい陽射しにさえ感じてしまう。ジェイルは囁いた。

『何を期待している?』

『あぁ……ジェイル様……』

 ほの赤い胸の飾りも、脚の間にある肉棒も、何もされていないのにそそりたっていた。見られているだけで肌という肌が粟立ち、声が濡れてしまう。

『だめ……お願い、ゆるしてください……』

『何を赦してほしい』

 さわって、と思わず縋りつきそうになって、ルカは自分の淫らさに慄いた。

 ジェイルの言葉は罠だ。

 これ以上悪い子になったら、もう二度と女神の前に立てない。ルカは涙ぐんだ。

(なんてことだろう。ジェイル様は、本当は女神様の使いだったのだ!)

 現実のジェイルが聞けば卒倒しそうな発想の飛躍を、夢の中のルカはした。

(女神様を信じていないふりをして、旅の間中ずっと私の信仰心を試しておられたのか……!)

 女神の使いは信者を救うこともあるが試練に合わせることもある。

 ルカはこれまで自分が犯してきた罪科を思い描き絶望した。

 試されているとも知らず、これまでどれほどの不品行に耽ってきたことだろう。

 宿で二人きりになるなり抱擁されることもしばしばだった。わかっていた。拒むべきだったのだ。だが、荷ほどきの済む前から求められると、ルカは脳の回路が切り替わったかのようになってしまう。

 背中を抱かれ、そっと胸に触れられる。それが合図で、ルカは(するんだ)と反射的に思う。思うのと変わるのとはもう同時で、ルカはジェイルが言葉で了解を求めてくる前に、自分の唇に彼の唇を引き受けている。

『悪い子だ』

 ジェイルに再び断じられ、ルカの目からは涙があふれた。本当にその通りで、何一つ申し開きできない。修道士として節度を守って交際すべきだったのに、彼に求められると有頂天になってしまった。

 それをするとジェイルが本当に幸せそうにしてくれるから、ルカも嬉しくてたまらなくなる。自分のような罪深い忌み子にも、大切なひとを幸せにすることができるんだと、その時は本当にそう思った。

 ずっと独りぼっちだったルカは、誰かと気持ちがぴったり重なりあうことがこんなに物凄いだなんて知らなかったのだ。ジェイルが口づけたい時、ルカも口づけたくて、ルカが欲しいと思う時、ジェイルも欲しいと思ってくれている。

 だから、うっかり夢中になりすぎてしまった。

 夜のお祈りを抜かしてしまうことがあった。分を弁えずに求めすぎ、与えすぎることもあった。何度も何度も汗ばんだ肌を重ね合い、打ち付け合って、ジェイル以外のなにも大事じゃないと本気で思った。間違えて、思ってしまった。

『お許しください、悔い改めます、悔い改めます』

 夢の中で、ルカは泣きながら女神の使いに謝った。頭が混乱していて、口から出る言葉はもう支離滅裂だった。

『もっといい子になります。修道士は永遠に女神様のしもべです。だから、だからお願いです、私からジェイル様をとらないで。あの方を、綺麗な女のひとのところへ行かせないで……!』

 一生懸命にお願いするのだが、声がうまく出せない。それどころか息もできない。

 涙と鼻水と、何かとてもモフモフした温かいものが顔に乗っていて――。

「ハッ」

 ルカが飛び起きると、顔にへばりついていた猫がドテッと膝へ落ちた。

 でっぷりと太ったブチ猫が、目をぱちくりさせてこっちを見ている。

「…………」

 ルカは濡れた顔を拭った。頭巾を被ったまま、固い床で寝たせいで悪夢を見たようだ。少し性的な含みのある夢だった気もするが、ブチ猫の印象が強すぎ、うまく思い出せない。

 ブチ猫は胴はむっちりと太っているのに、小さな足が可愛らしかった。いかにも鈍くさそうに毛布を下り、ところどころタイルの欠けた床をてちてち歩いていく。

(ああ、泊まってしまったんだ……)

 そこは揉み屋だった。ルカは横の寝台に眠る女性を見上げた。

 熱はまだあるようだが、昨夜に比べれば呼吸は整っている。

「ルカ……」

 背後から小さく声をかけてきたのは、カーツェだった。朝食を持ってきた彼の足元では、先ほどのブチ猫がゴロゴロと喉を鳴らしている。

 寝台に寝ているのは、彼の母親だった。

「おはようございます、カーツェ様」

「……様なんてよせよ。お客さんはルカのほうだ」

 平たいパンは千切って食べるものだが、横になって食べるには乾燥しすぎている。

 ルカは盆に添えられた乳にパンを浸した。カーツェの母が目覚めたら、少しでも滋養を付けさせなくてはならない。カーツェが、猫を撫でながらぽつりと言った。

「昨日は大変だったね……」

「……ええ。本当に」

 本当に、とルカは心の中でもう一度繰り返した。
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