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間章「ニャンヤンのお祭り」
4.男の子たち
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少年たちの名前は、それぞれカーツェとルクスといった。
小柄なほうがカーツェで、少し背が高いほうがルクスだ。
ふたりとも髪と目の色は違うが、花粉を散らしたようなオレンジのそばかすがそっくりだ。ルカははじめ、てっきり兄弟なのかと思ったが、実際には半分しか血がつながっていないらしい。
ひとりの父親が、町でふたりの揉み師を同時にはらませた結果なのだという。
ルカは喉の薬をもらいにきた老婦人からその話を聞いた。
『男は町を叩き出されましたが、母親と子供は結果として置き去りにされたのです……。罪深いことです、修道士さまにはお耳汚しですが』
揉み師という職業が娼婦の意味をもつことを、ルカはすでに知っていた。
女神様は自分の民が不特定多数と性的に交わることを喜ばないので、対外的にそう呼ぶことが慣習になっている。あくまでからだを揉みほぐす一環として、性行為を行うという建前だ。
揉み師の店でも男手は必要らしい。不都合に生まれた子どもであるカーツェとルクスは下働きのようなことをしながら、母親とともに暮らしているとのことだった。
二人はルカのことを、出入りの制限された町に入ってきた怪しいやつだと思っているらしい。
初めてテントに来た時は、今よりももっと警戒心が強くて、小石をポケットに詰めこんでいた。いざとなったら投げるつもりだったらしい。
『いったい誰なんだ』
『あやしいやつめ。どっからもぐりこんだ』
小さな自警団のようにふるまう二人に、ルカは笑いを禁じえなかった。
大人の真似をしているのだろうが、ポケットに手をつっこんで細い肩を怒らせる様子は、羽をふくらませた小鳥そっくりだった。
だが、ルカがあれこれと修道士の証を立てると――つまり、薬を作ったり、雲の流れから明日の天気を予測したり、聖歌を歌ったりしてみせたわけだが――二人そろって羽毛をしぼませた。
よくわからないけど、なかなか有用なやつみたいだ、と思ったらしい。
以来、ちょこちょことテントに来るようになった。揉み師の下働きは、日中はわりあいヒマなのだろう。
「こんなとこで店広げて、客は来るの?」
「ちゃんと値段つけなきゃダメだ。お気持ち次第じゃ客はナメてかかるよ。僕よく知ってんだ」
ルカの仕事ぶりにダメ出しをしながら、テントの中にどんどん入り込んでくる。
ルカは危ないものをそれとなく自分のほうに寄せつつ、二人に場所を譲った。
「おふたりともまだお小さいのに、なんでも知っているのですね」
「ふん。ふふん……」
カーツェは甘え上手なようだ。当然のようにルカの膝へ来ようとして「おい」と、ルクスに止められている。
ルカは頭巾の下でニコニコしていた。忌み子として他者から敬遠されてきたので、小さい子と知り合いになれるなんて嬉しい。
「お祭りの準備は進んでいますか?」
「うん、見て」
「見て見て」
本当は、初めからそれを見せに来たのだろう。
ルカが話題を振ったとたんに、一斉に懐から布の塊を取り出した。
枕カバーかシーツを細く切って縫い合わせたようだ。尻尾だった。
「もっと短く、太くするよ。色も髪と同じくらい黒くする」
「僕は綿の代わりに小石を詰めるんだ。固くすればひととぶつかっても勝てる」
尻尾をぶつけて勝負する話は聞いたことがないが、尻尾の好みはひとそれぞれだ。
短くて太ければ強そうに、長くて細ければ優美な仕上がりになるが、各家庭によっても流儀がある。
「ルカのは長くて細いんだろ」
「長いのがいい。そうしなよ。ね、ルカ、何色なの……」
「やめろ、見られるとルカは嫌なんだ」
頭巾の中を覗こうとするカーツェを、ルクスがたしなめる。
火がつくのは一瞬だ。
ケンカになりかけた二人に、ルカは慌てて「よかったら手伝ってくれませんか」と、別の話題を振った。
懐に余裕のある客がかごに置いていった金銭がある。そのうち三割を、隣の聖堂にある献金箱に移すのだった。商売上手なふたりからすると、この行為には見直しの余地があるようだった。
「三割は高いよ。もっと安くしてもらうように交渉したほうがいいよ……」
「そういうお約束なのです。感謝してお捧げしてくださいね」
「あーぁ……」
二人はルカの言葉に渋々従った。子どものため息が聞こえたからだろうか、聖堂の奥から司祭が出てきた。
「ルカ様、ありがとうございます。あなたほどの方に、子守りまでさせてしまって……」
「どうか顔をあげてください。当然のことですから」
その一瞬でカーツェとルクスは聖堂から逃げ出していた。強面の司祭を見ると、叱られると思うらしい。
「おお不品行な町の、不品行な子供たち……私の力不足です……」
祈り手を組む司祭に、ルカは首を振った。
「二人とも一生懸命で、思いやりがあります。司祭様の努力の賜物でしょう」
「……領主様も、そう思ってくだされば良いのですが」
司祭は疲れ切った表情で女神像を仰いだ。
「また補助が遅れています。祭りの日も近いというのに、これでは十分な支度ができません」
本来は仮装づくりも修道士たちが主体となって行うものだ。人手の足りない町には補助金とともに修道士が派遣されるが、行き来を制限しているせいか遅れが出ているらしい。
町の飾りつけや、特別な料理の準備もあるのだが、これではとても間に合わない。
「私も、できることはお手伝いしますから……」
「ありがたいことです。ルカ様がおいでくださったのは、きっと女神さまの采配でしょう」
司祭は、少し期待のこもった目でルカを見ていた。
滞在にあたり旅券を見せたのは失敗だった、とルカは思った。ルカの旅券には確かにナタリア女王の裏書があるが、特別な支援を期待できる立場ではないのだ。司祭はぽつりと言った。
「……今は町の宿にお泊りなのですよね」
「えっ? ええ、そうですが」
「よければ、この機会にお弟子の方と共に聖堂へ移られてはいかがでしょう?」
ルカは瞬いた。宿を移る話に驚いたのではない、司祭はジェイルをルカの弟子と誤認している。
「あ……っ、あの方は、私の弟子ではないのです」
「おや、そうだったのですか? では未だ求道なさっている?」
「ええっと……」
求道とは、霊的な道を追い求めることだ。まさか親切な司祭に『求道どころか、あのひとは女神様が大嫌いなのです』とも言えず、ルカは口ごもってしまった。
(これが異性同士であれば、連れ合いなのだと言えるのに)
小柄なほうがカーツェで、少し背が高いほうがルクスだ。
ふたりとも髪と目の色は違うが、花粉を散らしたようなオレンジのそばかすがそっくりだ。ルカははじめ、てっきり兄弟なのかと思ったが、実際には半分しか血がつながっていないらしい。
ひとりの父親が、町でふたりの揉み師を同時にはらませた結果なのだという。
ルカは喉の薬をもらいにきた老婦人からその話を聞いた。
『男は町を叩き出されましたが、母親と子供は結果として置き去りにされたのです……。罪深いことです、修道士さまにはお耳汚しですが』
揉み師という職業が娼婦の意味をもつことを、ルカはすでに知っていた。
女神様は自分の民が不特定多数と性的に交わることを喜ばないので、対外的にそう呼ぶことが慣習になっている。あくまでからだを揉みほぐす一環として、性行為を行うという建前だ。
揉み師の店でも男手は必要らしい。不都合に生まれた子どもであるカーツェとルクスは下働きのようなことをしながら、母親とともに暮らしているとのことだった。
二人はルカのことを、出入りの制限された町に入ってきた怪しいやつだと思っているらしい。
初めてテントに来た時は、今よりももっと警戒心が強くて、小石をポケットに詰めこんでいた。いざとなったら投げるつもりだったらしい。
『いったい誰なんだ』
『あやしいやつめ。どっからもぐりこんだ』
小さな自警団のようにふるまう二人に、ルカは笑いを禁じえなかった。
大人の真似をしているのだろうが、ポケットに手をつっこんで細い肩を怒らせる様子は、羽をふくらませた小鳥そっくりだった。
だが、ルカがあれこれと修道士の証を立てると――つまり、薬を作ったり、雲の流れから明日の天気を予測したり、聖歌を歌ったりしてみせたわけだが――二人そろって羽毛をしぼませた。
よくわからないけど、なかなか有用なやつみたいだ、と思ったらしい。
以来、ちょこちょことテントに来るようになった。揉み師の下働きは、日中はわりあいヒマなのだろう。
「こんなとこで店広げて、客は来るの?」
「ちゃんと値段つけなきゃダメだ。お気持ち次第じゃ客はナメてかかるよ。僕よく知ってんだ」
ルカの仕事ぶりにダメ出しをしながら、テントの中にどんどん入り込んでくる。
ルカは危ないものをそれとなく自分のほうに寄せつつ、二人に場所を譲った。
「おふたりともまだお小さいのに、なんでも知っているのですね」
「ふん。ふふん……」
カーツェは甘え上手なようだ。当然のようにルカの膝へ来ようとして「おい」と、ルクスに止められている。
ルカは頭巾の下でニコニコしていた。忌み子として他者から敬遠されてきたので、小さい子と知り合いになれるなんて嬉しい。
「お祭りの準備は進んでいますか?」
「うん、見て」
「見て見て」
本当は、初めからそれを見せに来たのだろう。
ルカが話題を振ったとたんに、一斉に懐から布の塊を取り出した。
枕カバーかシーツを細く切って縫い合わせたようだ。尻尾だった。
「もっと短く、太くするよ。色も髪と同じくらい黒くする」
「僕は綿の代わりに小石を詰めるんだ。固くすればひととぶつかっても勝てる」
尻尾をぶつけて勝負する話は聞いたことがないが、尻尾の好みはひとそれぞれだ。
短くて太ければ強そうに、長くて細ければ優美な仕上がりになるが、各家庭によっても流儀がある。
「ルカのは長くて細いんだろ」
「長いのがいい。そうしなよ。ね、ルカ、何色なの……」
「やめろ、見られるとルカは嫌なんだ」
頭巾の中を覗こうとするカーツェを、ルクスがたしなめる。
火がつくのは一瞬だ。
ケンカになりかけた二人に、ルカは慌てて「よかったら手伝ってくれませんか」と、別の話題を振った。
懐に余裕のある客がかごに置いていった金銭がある。そのうち三割を、隣の聖堂にある献金箱に移すのだった。商売上手なふたりからすると、この行為には見直しの余地があるようだった。
「三割は高いよ。もっと安くしてもらうように交渉したほうがいいよ……」
「そういうお約束なのです。感謝してお捧げしてくださいね」
「あーぁ……」
二人はルカの言葉に渋々従った。子どものため息が聞こえたからだろうか、聖堂の奥から司祭が出てきた。
「ルカ様、ありがとうございます。あなたほどの方に、子守りまでさせてしまって……」
「どうか顔をあげてください。当然のことですから」
その一瞬でカーツェとルクスは聖堂から逃げ出していた。強面の司祭を見ると、叱られると思うらしい。
「おお不品行な町の、不品行な子供たち……私の力不足です……」
祈り手を組む司祭に、ルカは首を振った。
「二人とも一生懸命で、思いやりがあります。司祭様の努力の賜物でしょう」
「……領主様も、そう思ってくだされば良いのですが」
司祭は疲れ切った表情で女神像を仰いだ。
「また補助が遅れています。祭りの日も近いというのに、これでは十分な支度ができません」
本来は仮装づくりも修道士たちが主体となって行うものだ。人手の足りない町には補助金とともに修道士が派遣されるが、行き来を制限しているせいか遅れが出ているらしい。
町の飾りつけや、特別な料理の準備もあるのだが、これではとても間に合わない。
「私も、できることはお手伝いしますから……」
「ありがたいことです。ルカ様がおいでくださったのは、きっと女神さまの采配でしょう」
司祭は、少し期待のこもった目でルカを見ていた。
滞在にあたり旅券を見せたのは失敗だった、とルカは思った。ルカの旅券には確かにナタリア女王の裏書があるが、特別な支援を期待できる立場ではないのだ。司祭はぽつりと言った。
「……今は町の宿にお泊りなのですよね」
「えっ? ええ、そうですが」
「よければ、この機会にお弟子の方と共に聖堂へ移られてはいかがでしょう?」
ルカは瞬いた。宿を移る話に驚いたのではない、司祭はジェイルをルカの弟子と誤認している。
「あ……っ、あの方は、私の弟子ではないのです」
「おや、そうだったのですか? では未だ求道なさっている?」
「ええっと……」
求道とは、霊的な道を追い求めることだ。まさか親切な司祭に『求道どころか、あのひとは女神様が大嫌いなのです』とも言えず、ルカは口ごもってしまった。
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