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Ⅶ 祈り
3.戒め★(ぬるい)
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城の外へ出たルカは、塔の影からそっとジェイルの様子を見た。
彼の正式な所属は、未だに漆黒の騎士団のままだ。イグナス領から出向する形で、近衛騎士の任に就いている。
今は怪異譚のごとく語られている穢れた騎士が、ジェイルであることを知る者は少ない。顔を隠してコパの元に匿われていた期間が長かったせいだろう。
時折、彼の出自を訝しむものもあるようだが、あえて問いただす者もいないのが実情だった。ジェイルは強い。騎士たちの間では、それで十分に通用するらしい。
「……おい」
輪の中からジェイルを見失った、ルカがそう思って慌てた時には、彼はもう背後に立っていた。
「覗き見とはいい趣味だな」
「えっ! す、すみません……」
「否定しないのか、ルカ様は」
汗を拭く彼は、ルカの目にきらきらと輝いて見えた。とてもではないが、まっすぐ見られない。
ルカは目を伏せて、改めて謝った。
「先ほどは、手を貸してくださって有難うございました」
「別に。……ふん、安上がりな、みみっちい儀式だったな」
「えっ」
「あれは、騎士の叙勲と似たようなものだろう。イグナス領じゃ町ぐるみでやる」
「……私ひとりのために、急遽執り行ってくださったのです」
修道士の成人の儀も、聖都では盛大に執り行われる。ルカの儀式は祝いよりも政治のためのものだ。ごく小規模に、人員も最低限に絞られた。
それでも広々とした大聖堂で、大司祭がルカひとりのために祝祷を捧げてくれたのだから、贅沢なことではあった。
「忌み子の私が、公に成人として認めてもらえる日が来ようとは思いませんでした。これも、ジェイル様あってのことです。それなのにご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ないことでした。どのようにお詫びすべきか、私にはわかりませんが……」
ルカはもじもじと組んだ両手を胸の前で動かした。
「えっと……司祭となった私は、有難いことに幾ばくかのお給金をいただける身分となりました。あの、よかったらジェイル様に、何か……」
「は? おまえが初任給で俺に何か奢るって言ってんのか?」
「……っ、あ、どうか、気を悪くなさらないで。ただ、ジェイル様のお役に立てればと思ったのです」
ジェイルはため息をついて、塔の影に腰を下ろした。塔に絡んだ蔦が、春風にそよそよと揺れている。
「こんなでかい城に住んでるルカ様が、俺をコソコソ覗いて、初任給なんかで機嫌とろうとしてやがる……」
「えっ、えっ、ご、ごめんなさい。ジェイル様、あの」
詫びようとしたルカの唇を、ジェイルの人差し指がふさいだ。
「俺が何を欲しがっているのか、おまえはわかってるはずだ。ルカ」
ルカは赤くなった。ジェイルの指が唇をなでるので、しっかりと口を開けることができない。
「いけません、私は……」
「戴冠式までは体を清く保つとか言ってたな。なんか付けてんだろ、ここに」
「ひゃっ……」
ジェイルのもう片方の手が脚の間をまさぐった。声を上げたことで口が開き、指を食ってしまう。
「固くなってるぞ」
「そ、それは私の肉ではありません。金属の器具なのです。放してください、やめて」
ジェイルが触れている局部に、ルカは自身を戒める器具を装着していた。幼少期のように人に強制されたわけではない。修道士として、淫蕩な妄想から精神を守るため、自らその選択をした。
「服で隠れるようなところを守るより、口輪でも嵌めたらどうだ。犯されるぞ。こんなふうに……」
「ふぁ、や、だめ……」
格闘訓練の前は槍を振るっていたのだろうか。汗ばんだジェイルの指は塩気があり、金臭かった。口の中に指をくちゅくちゅと出し入れされて、ルカの目には涙が浮かんだ。
修道士として、毅然と拒絶しなければならないのに、体は昂ってしまう。器具がルカの男性器をきつく戒めた。
「痛いんだろう。早く外せよ……」
服越しに、器具をコンコンとノックされてルカは縮み上がった。あからさますぎる。ここは外で、すぐ近くに仲間の騎士たちがいるのに。ルカは舌でジェイルの指を押し出した。
「ん、ふ……っ、で、できません。これには鍵がかかっているのです」
「ふーん。鍵はどこだ。このへんか」
「や……っ」
ジェイルはこともあろうに、胸元をさわさわとまさぐってきた。
身もだえしながら、ルカは負けなかった。
「ジェイル様、わ、私は……っ、もう、大人なのです……大人には職務を全うする責任というものがあります、このように誘惑してはいけません……!」
「おまえが俺に欲しいものを尋ねたんだろうがッ……!」
ジェイルは押し殺した声でルカを怒った。抱きしめられたルカは、彼の汗のにおいに陶然とする。立場を弁えろとコパに注意されたばかりなのに、体は勝手に喜んでいるし、男性器は締め付けられてじんじんと痛い。
「俺はおまえ欲しさにこんなヌルい聖都に留まっているんだ。早くよこせ、ルカ」
すでにジェイルはルカを茂みに押し倒していた。植物の茎が折れ、青臭いにおいが立ち上る。
「貴族連中に飼いならされた城の騎士どもは、王の首がすげ変わろうとしていることになんの危機感も抱いていない。戦場を知らんというのは、恐ろしいことだな、ルカ」
ジェイルはルカの髪に口づけた。鍵も、唇も、奪おうと思えばいくらでも奪えるはずなのに、彼はあくまでルカが自分で差し出すことを望んでいた。
「俺はずっと妙な気分だ。槍を振っていても、自分がどこの誰だかわからなくなりそうになる。このまま放っといたら、穢れた騎士は狂って辻斬りでもやらかすかもしれん。どうする、ルカ。俺のこの猛りを、どうしようか……」
抱きしめられたルカは、ジェイルという熱の塊に包み込まれていた。
上を向いているのに、ジェイルに視界をふさがれて、空が見えない。ジェイルしか見えない。
「……ジェイル様」
「ん……」
「いけません。今は、放してください」
ジェイルはため息をつき、忌々しそうにルカの上から退いた。
「……おまえの姉がどんな手を打つつもりかは知らんが、国は危ういところに立たされている。だからコパもおまえを最大限利用しようとしているんだろう。ケツまくって逃げる準備はしておいたほうがいいぞ」
戦士として生きてきた彼の鋭い目は、時勢をしっかりととらえていた。ルカは弱弱しくほほえんだ。
「……私は、ナタリア様に救われた身です。逃げるなどということは」
「じゃあ大人しくさらわれてろ」
ジェイルはルカの額を手で押して黙らせた。そのまま、ルカのつむじをわしゃわしゃと撫で、ぱっと放した。
「頑固な司祭と話していたら、正気に戻ってしまった。俺がまた妙な気を起こさんうちにさっさと行ってしまえ」
「ジェイル様」
「なんだよっ」
「……戴冠式の日まで、これを預かってくださいませんか」
「あ……っ?」
うなじに指を滑らせたルカは、小さな鍵を手にしていた。ジェイルは瞬きして受け取る。
「あなたは、私の騎士様です。どうか私の清さを守ってください」
それは、局部を戒めている器具の鍵だった。固まっているジェイルに、ルカは小さな声で説明した。
「……女神様は、愛し合うことを禁じておられるわけではありません。聖職者にも、性愛の権利を認めておられます。ただ前提として節度を保ち、清めの期間を設けるようにと教えておられるのです。でも、もしご迷惑でなければ、あの……司祭の務めが終わったら、わ、私と……」
ジェイルがゴクッと喉を鳴らす音を、ルカは全身で感じた。熱っぽい視線が肌に絡みついてくる。目で脱がされている気がして、ルカは自然と両腕で体の前面を庇った。
「私と、愛し合ってください、ジェイル様……」
彼の正式な所属は、未だに漆黒の騎士団のままだ。イグナス領から出向する形で、近衛騎士の任に就いている。
今は怪異譚のごとく語られている穢れた騎士が、ジェイルであることを知る者は少ない。顔を隠してコパの元に匿われていた期間が長かったせいだろう。
時折、彼の出自を訝しむものもあるようだが、あえて問いただす者もいないのが実情だった。ジェイルは強い。騎士たちの間では、それで十分に通用するらしい。
「……おい」
輪の中からジェイルを見失った、ルカがそう思って慌てた時には、彼はもう背後に立っていた。
「覗き見とはいい趣味だな」
「えっ! す、すみません……」
「否定しないのか、ルカ様は」
汗を拭く彼は、ルカの目にきらきらと輝いて見えた。とてもではないが、まっすぐ見られない。
ルカは目を伏せて、改めて謝った。
「先ほどは、手を貸してくださって有難うございました」
「別に。……ふん、安上がりな、みみっちい儀式だったな」
「えっ」
「あれは、騎士の叙勲と似たようなものだろう。イグナス領じゃ町ぐるみでやる」
「……私ひとりのために、急遽執り行ってくださったのです」
修道士の成人の儀も、聖都では盛大に執り行われる。ルカの儀式は祝いよりも政治のためのものだ。ごく小規模に、人員も最低限に絞られた。
それでも広々とした大聖堂で、大司祭がルカひとりのために祝祷を捧げてくれたのだから、贅沢なことではあった。
「忌み子の私が、公に成人として認めてもらえる日が来ようとは思いませんでした。これも、ジェイル様あってのことです。それなのにご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ないことでした。どのようにお詫びすべきか、私にはわかりませんが……」
ルカはもじもじと組んだ両手を胸の前で動かした。
「えっと……司祭となった私は、有難いことに幾ばくかのお給金をいただける身分となりました。あの、よかったらジェイル様に、何か……」
「は? おまえが初任給で俺に何か奢るって言ってんのか?」
「……っ、あ、どうか、気を悪くなさらないで。ただ、ジェイル様のお役に立てればと思ったのです」
ジェイルはため息をついて、塔の影に腰を下ろした。塔に絡んだ蔦が、春風にそよそよと揺れている。
「こんなでかい城に住んでるルカ様が、俺をコソコソ覗いて、初任給なんかで機嫌とろうとしてやがる……」
「えっ、えっ、ご、ごめんなさい。ジェイル様、あの」
詫びようとしたルカの唇を、ジェイルの人差し指がふさいだ。
「俺が何を欲しがっているのか、おまえはわかってるはずだ。ルカ」
ルカは赤くなった。ジェイルの指が唇をなでるので、しっかりと口を開けることができない。
「いけません、私は……」
「戴冠式までは体を清く保つとか言ってたな。なんか付けてんだろ、ここに」
「ひゃっ……」
ジェイルのもう片方の手が脚の間をまさぐった。声を上げたことで口が開き、指を食ってしまう。
「固くなってるぞ」
「そ、それは私の肉ではありません。金属の器具なのです。放してください、やめて」
ジェイルが触れている局部に、ルカは自身を戒める器具を装着していた。幼少期のように人に強制されたわけではない。修道士として、淫蕩な妄想から精神を守るため、自らその選択をした。
「服で隠れるようなところを守るより、口輪でも嵌めたらどうだ。犯されるぞ。こんなふうに……」
「ふぁ、や、だめ……」
格闘訓練の前は槍を振るっていたのだろうか。汗ばんだジェイルの指は塩気があり、金臭かった。口の中に指をくちゅくちゅと出し入れされて、ルカの目には涙が浮かんだ。
修道士として、毅然と拒絶しなければならないのに、体は昂ってしまう。器具がルカの男性器をきつく戒めた。
「痛いんだろう。早く外せよ……」
服越しに、器具をコンコンとノックされてルカは縮み上がった。あからさますぎる。ここは外で、すぐ近くに仲間の騎士たちがいるのに。ルカは舌でジェイルの指を押し出した。
「ん、ふ……っ、で、できません。これには鍵がかかっているのです」
「ふーん。鍵はどこだ。このへんか」
「や……っ」
ジェイルはこともあろうに、胸元をさわさわとまさぐってきた。
身もだえしながら、ルカは負けなかった。
「ジェイル様、わ、私は……っ、もう、大人なのです……大人には職務を全うする責任というものがあります、このように誘惑してはいけません……!」
「おまえが俺に欲しいものを尋ねたんだろうがッ……!」
ジェイルは押し殺した声でルカを怒った。抱きしめられたルカは、彼の汗のにおいに陶然とする。立場を弁えろとコパに注意されたばかりなのに、体は勝手に喜んでいるし、男性器は締め付けられてじんじんと痛い。
「俺はおまえ欲しさにこんなヌルい聖都に留まっているんだ。早くよこせ、ルカ」
すでにジェイルはルカを茂みに押し倒していた。植物の茎が折れ、青臭いにおいが立ち上る。
「貴族連中に飼いならされた城の騎士どもは、王の首がすげ変わろうとしていることになんの危機感も抱いていない。戦場を知らんというのは、恐ろしいことだな、ルカ」
ジェイルはルカの髪に口づけた。鍵も、唇も、奪おうと思えばいくらでも奪えるはずなのに、彼はあくまでルカが自分で差し出すことを望んでいた。
「俺はずっと妙な気分だ。槍を振っていても、自分がどこの誰だかわからなくなりそうになる。このまま放っといたら、穢れた騎士は狂って辻斬りでもやらかすかもしれん。どうする、ルカ。俺のこの猛りを、どうしようか……」
抱きしめられたルカは、ジェイルという熱の塊に包み込まれていた。
上を向いているのに、ジェイルに視界をふさがれて、空が見えない。ジェイルしか見えない。
「……ジェイル様」
「ん……」
「いけません。今は、放してください」
ジェイルはため息をつき、忌々しそうにルカの上から退いた。
「……おまえの姉がどんな手を打つつもりかは知らんが、国は危ういところに立たされている。だからコパもおまえを最大限利用しようとしているんだろう。ケツまくって逃げる準備はしておいたほうがいいぞ」
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「……私は、ナタリア様に救われた身です。逃げるなどということは」
「じゃあ大人しくさらわれてろ」
ジェイルはルカの額を手で押して黙らせた。そのまま、ルカのつむじをわしゃわしゃと撫で、ぱっと放した。
「頑固な司祭と話していたら、正気に戻ってしまった。俺がまた妙な気を起こさんうちにさっさと行ってしまえ」
「ジェイル様」
「なんだよっ」
「……戴冠式の日まで、これを預かってくださいませんか」
「あ……っ?」
うなじに指を滑らせたルカは、小さな鍵を手にしていた。ジェイルは瞬きして受け取る。
「あなたは、私の騎士様です。どうか私の清さを守ってください」
それは、局部を戒めている器具の鍵だった。固まっているジェイルに、ルカは小さな声で説明した。
「……女神様は、愛し合うことを禁じておられるわけではありません。聖職者にも、性愛の権利を認めておられます。ただ前提として節度を保ち、清めの期間を設けるようにと教えておられるのです。でも、もしご迷惑でなければ、あの……司祭の務めが終わったら、わ、私と……」
ジェイルがゴクッと喉を鳴らす音を、ルカは全身で感じた。熱っぽい視線が肌に絡みついてくる。目で脱がされている気がして、ルカは自然と両腕で体の前面を庇った。
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