忌み子と騎士のいるところ

春Q

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Ⅶ 祈り

1.ヴェール

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 うっすらと透けたヴェールは、女神の守りを意味する。修道士の長い髪と同じだ。

 つま先まで届く長いヴェールをまとったルカは、大聖堂の中央にしつらえられた花道を、しずしずと歩き続けた。

 前はなんとか見える。女神像の前に立つのは大司祭、脇で祭具を持っているのが助司祭。だいじょうぶ、とルカは自分に言い聞かせた。祭祀の手順やしきたりはすべて頭に入っている。修道院で何度も見た儀式だし、裏方で司祭の手助けをしたこともある。

 が、実際に自分自身が花道を歩くとなると、勝手が違う。

 ヴェールの重さと視界の不明さ、内にこもる熱、すべてが悪く作用し、ルカは裾を踏んづけた。

「……!!」

 ルカは周囲に走った緊張を肌で感じ取った。なんとか悲鳴は上げずに済んだが、体の重みに従う数秒の間、脳内は大混乱に陥っていた。

 どうする。ここで倒れるわけにはいかない。踏みとどまらなければならないが、下手に動けばヴェールが脱げてしまう。ああやはり遠慮せず介添えを頼むべきだった――。

 涙ぐんだルカは、しかし倒れなかった。誰かが後ろから力強くルカの両肩を掴み、引っ張り起こしてくれたからだ。

 ルカは全身に帯びた冷や汗がひたひたと足に滴るのを感じた。

 ジェイルだった。

 彼は小さく息をつくと、ヴェール越しにルカの手を探り、自分の肘を持たせた。

 聖堂は不気味なほど静まり返っていた。『言葉は毒』というしきたりがあるからだが、ルカはびくびくしていた。儀式に乱入したジェイルへ悪感情が向いていたらと思うと、たまらない。

 だが、長すぎる花道を、ルカはジェイルを命綱に進んだ。

 大司祭の前にたどりつくと、女神像の前に跪く。いや跪かなければ儀式が進行しないのだが、ジェイルはそのことを理解していないらしかった。ルカが何度も肘を引っ張ってようやく従ってくれる。

 大司祭が咳払いをした。いつか、目覚めたルカを前に肝を潰していたうちの一人だ。

 彼は二人の頭上に腕を広げ、問いかけた。

「ルカ。修道士ルカよ」

「はい」

「汝、女神アルカディアの愛と導きを信じるか」

「はい」

「汝、女神アルカディアに信をおき世々限りなく忠誠を誓うか」

「はい」

「汝、女神アルカディアの愛する同胞に尽くすことを誓うか」

「はい」

「汝、病める時も健やかなる時も」

「祈り従うことをここに誓います」

 キィン、と祭器が鳴った。大司祭が古語で女神に祈りを捧げる。

 深遠な音の響きが聖堂を満たす。ルカは、ジェイルの肘をぎゅっと掴んだ。

 大司祭は宣言した。

「今ここに、ルカを成人と認め、司祭に任じる。世と人と女神のために働きなさい」

「有難くお受け致します」

――それが、三年越しに果たされた、ルカの成人の儀だった。

 儀式のあと、ルカはジェイルを探すために城内をあちこち歩き回らなければならなかった。

 無神論者の彼をルカの儀式に巻き込んだうえ、女神像に頭まで下げさせてしまったのだ。きっと怒っているだろうし、なんと謝れば許してもらえるのか見当もつかない。

 急いでいるのに、人と出くわしそうになると、相手を困惑させないようにサッと隠れなければならない。アドルファスが失脚してなお、ルカは城内で腫れ物扱いだった。

 ただでさえ城内はナタリア即位の準備に追われているのだ。このうえルカの相手までさせたらあまりにも気の毒というものだった。

 棚のうしろに隠れて、出る機会をうかがっていたルカは不意に後ろから「ルカ様」と声をかけられて飛び上がった。

「あ……コパ様……」

 無血のクーデターを仕掛けた老臣は「驚かせてしまいましたかな」と、穏やかに言った。
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