忌み子と騎士のいるところ

春Q

文字の大きさ
上 下
37 / 145
Ⅵ 決意

1.捕獲

しおりを挟む
 本当の別れ際、騎士たちはいつかテイスティスがそうしたようにルカの頭を撫でた。

 ジェイルは渋い顔をしたが、ルカは受け入れた。彼らの中にテイスティスの志は生きている。そう思うと、口の中に罪の味が広がる気がした。

 宿に行く途中、ルカはジェイルに頼んで、聖堂へ連れて行ってもらった。

 町の中で白い騎士と修道士の姿は目立ったが、ギルダの客であることは知れているらしい。二人は感情の読めないまなざしを向けられるだけだった。

 聖堂に着いたルカは、女神像に手を組んで熱心に祈りを捧げる。

 中までついて来たジェイルはうさんくさそうに聖堂の飾り硝子を見ていた。

「アレの何が有難いんだ?」

 聖堂を出てから、ジェイルは単刀直入に尋ねた。ルカは頭巾の下から笑みをこぼした。

「女神様はどんな罪びとの言葉にも耳を傾けてくださるのですよ。ジェイル様」

「別に……壁だって話を聞くくらい嫌がらないだろう」

 壁に向かって話しかけるのと同じだと言いたいらしい。ルカはどう説明したものかわからなかった。

 教えにあるような抽象的な文言は通じないだろう。ジェイルは非常に合理的な考え方をする男なのだ。

「ええと、ジェイル様、つまり……」

「いや、いいんだ。別に責めているわけじゃない。恐らく意味はあるのだろうし」

 入れ替わりに聖堂へ入っていく家族連れを、ジェイルは振り向いていた。

 かすかに息をつめたのは、そこに幼い兄妹の姿があったからだろうか。

 外はすでに暗くなりかかっていた。ジェイルは歩幅を合わせて歩いてくれていた。薄闇のなかで、ルカはギルダに託された四角鞄を両手に握り直した。ジェイルを見上げる。

「ジェイル様」

「うん?」

 当たり前に返される相槌と包み込むような眼差しが、ルカは嬉しかった。

 もうこれだけで、十分すぎると思うほどに。

「私はもう、あなたと一緒にはいられません」

「……あぁ?」

「大丈夫です。ギルダ様もあなたを憎みたくて憎んでいるのではない。騎士団の皆さんも理解してくれています。誰もあなたにひどいことをしないよう、私も口添えしますから……漆黒の騎士団に戻ってください」

「おい、何を言ってる」

「あっ、いっ今すぐ私の護衛から解放して差し上げられるわけではないのですが……」

 ジェイルの声が怖い。ルカは思わず顔を伏せた。

「明日は馬を借りて、隊長の待つ村まで一緒に戻りましょう。そこで別れて、ジェイル様はまた、イグナス領に」

「おい」

 肩を掴まれ、ルカはよろめいた。

「ギルダと何を話した」

 ジェイルは確信を突いてきた。

「その荷物はなんだ」

 四角鞄を胸に抱いたルカに、ジェイルはため息をついた。

「あからさまなんだよ、色々と……俺のことを遠ざけて一人でどうするつもりだ」

「一人ではありません。私には女神様が共にいてくださいます」

「存在しない女の話をするな」

「その言い方は、罰当たりです……」

「そうか、悪いな。知らない女におまえを取られると思うと頭に来て仕方ない」

「あなたは」

 ルカは息を吸い込み、勢いよく吐き出した。

「私のような化け物と一緒にいるべきじゃない……」

 初めから、わかりきっていたことだ。ルカの存在はジェイルの身を危険に晒す。冬麗の戦は、その答え合わせだ。ルカは無傷でジェイルは嫌というほど傷ついた。彼から騎士団という居場所さえ奪ったのは、ルカだ。

 ジェイルは、ハーッとため息をついた。

 軽くかがんだかと思うと、ルカの脇に手を入れて肩へ抱え上げてしまう。

「なっ何をするのです。おろしてください。放して……!」

「お断りだ。ルカ

 ジェイルはわざとらしく敬称を強調した。

「俺をいらんと言うなら、もう騎士らしく振舞わなくていいわけだ。洗いざらい吐かせてやる」

「嫌です、やめてくださいっ」

「ははは、イキがいい修道士だなあ。ふざけやがって」

 足をじたばたさせても、ジェイルの腕力には敵わない。ルカは涙ぐんだ。

 これも女神が忌み子に課した罰なのだろうか。そう思うと、抵抗することも無意味に思えてくる。

 大人しくなったルカを、ジェイルは舌打ちして抱えなおした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

僕が愛しているのは義弟

朝陽七彩
BL
誰にも内緒の秘密の愛 *** 成瀬隼翔(なるせ はやと) *** *** 成瀬 葵(なるせ あおい) ***

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...