忌み子と騎士のいるところ

春Q

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Ⅰ 呪われた忌み子

7.テント

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 気分の高揚した騎士たちから離れ、招かれたジェイルのテントは立派だった。騎士団のものらしく生地も厚手だ。一人用であるには変わりなく、二人で横になると肩がつきそうだが、ルカとしてはいつもより足を伸ばして寝られるだけで有難かった。

 テントを叩く風はやがて強くなった。野営地であることを忘れるほど、人の声が遠い。ランプの灯が影を揺らめかせるなか、ルカは女神に夜の祈りを捧げていた。背を向けたジェイルは槍の穂先を磨いている。

 久しぶりに温かいものを口にしたおかげでルカは体がぽかぽかしていた。ジェイルの筋骨隆々とした背中に話しかける。

「ジェイル様、ありがとうございます」

「何がだ」

「忌み子の私を気遣ってくださって……」

「……気遣ったつもりはない。そう思うのはおまえの感覚がおかしいからだ」

「そうでしょうか……」

「そうだ。さっきも、自分のことを害そうとした傭兵を庇っていた」

 死んでしまうと言ってジェイルを止めたことを言っているらしい。ルカは目を伏せた。

「それは……命は、女神様が与えてくれた、大切なものですから」

「おまえも死ぬところだった」

「わ、私のことは、別に、いいのです」

「おい」

 説明したくなくてそう言い繕ったルカに、ジェイルはイライラと向き直った。

「勘違いしているようだから、言うけどな。おまえを助けたのは居もしない女神ではなく俺だし、間に合ったのも偶然だ。おまえは、今、俺の横にいるのと同じ確かさでやつらに暴行を受けていたんだぞ。加害者の命乞いをする余裕が一体どこから沸いてくるんだ」

『居もしない女神』。ルカは耳を疑った。

 ジェイルの物言いは、不信仰極まりない。女神の怒りが怖くないのだろうかと驚いてしまった。アルカディアは慈愛の神だが、不届き者には鮮緑せんりょく雷筒らいづつを下すと言われている。これは現存する国宝で、今も王城で女神の怒りに備えてピカピカに磨かれているのだ。

 柔和な女神は、ジェイルのテントに雷を落とさなかった。ルカは迷いながら言った。

「それでも、ジェイル様は私を助けてくださいましたから……」

「だから、それは偶然だと」

「覆い布を見て、駆けつけてくれました……気を悪くしたのならお許しください。だけどその偶然が、私には女神様のお導きのように思えるのです。私のために優しい方を遣わしてくださったのだと」

 ジェイルは「お人よしの修道士が」と吐き捨てた。手入れの道具を片付けてしまうと、どさっと音を立てて寝床に横になる。

「別に俺は、その妙な女に指図されておまえにかまっているんじゃない。ただ……」

 彼は寝たまま、不機嫌そうにルカを見た。首をかしげて続きを待つルカに「もういい、わかった」と言う。

「俺は騎士だからな。生白くて死にやすそうなやつを守るだけだ。黙って守られていろ」

 ルカは黙っていたほうがいいらしかった。せめて感謝の気持ちを示そうと微笑むと、ジェイルはかえって不機嫌になった。

「さっさと寝ろ」と言って、すぐランプの火を消してしまう。狭いところに二人でいるせいか、ルカはその暗闇を温かく感じた。
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