忌み子と騎士のいるところ

春Q

文字の大きさ
上 下
6 / 145
Ⅰ 呪われた忌み子

6.『守ってやる』と言ったんだ

しおりを挟む
 ジェイルの突然の言葉に、ルカよりも周囲の騎士たちが騒いだ。

「おい、正気か! ジェイル」

「おまえ、ゲテモノ趣味だったのか……」

 ゲテモノ呼ばわりされたルカが肩を縮めると、ジェイルは髪を逆立てて怒った。

「おい。あんまり俺をイライラさせるな」

「え? す、すみません」

「嫌なら嫌と、はっきり言え!」

「えっ。えっ、あの、ジェイル様……」

「周りをキョロキョロ見るな! 俺はおまえに聞いているんだ、ルカ」

「脅すな」

 追って来たテイスティスは、ジェイルのつむじを鉄拳で打った。

「ジェイル。独断専行も大概にしろ」

 怪力に打たれたジェイルは、倒れず踏みとどまった。目をぎらぎらさせて言った。

「テイスティス。俺は生まれが卑しいなりに騎士らしくあろうとしてきたつもりだ」

 そう言うジェイルをルカは見上げていた。ルカの目に映る彼は、テイスティスを恐れていなかった。騎士たちの視線もルカにどう思われるかも気にならないようだった。

「生き方を教えてくれたあんたには感謝している。だからこそ納得できない話に乗りたくない。花だか虫だか知らんが、俺はこいつに『守ってやる』と言ったんだ」

「今からでも撤回させてもらったらどうだ」

「テイスティス!」

「やれやれ……」

 テイスティスは髭をため息にそよがせた。ルカに向かって首をかしげる。

「ルカ。どう思う」

「あの……いったい何が……」

 テイスティスは言葉を選んで言った。

「人より弱く見える君を、こいつは自分のテントに連れ込んででも守りたいらしい。おとぎ話の騎士を気取っているんだろう」

 小さな子供のように見上げるルカに、テイスティスは優しく説明した。

「無論、修道院で嫋やかな修道士たちと生活してきた君からすれば、こんな粗野で口うるさくて、気の短い男と同じところで休むなど嫌に決まっているのだが、どうだろう。君から返事してやってくれないか?」

「……わ、私が、決めるのですか?」

 問い返されたテイスティスは笑った。横で剣呑な殺気を放つジェイルを指さす。

「このおっかない顔を見てくれ。こいつは、ルカが決めないと納得しない」

 ルカは戸惑った。こんなふうに選択を求められることがあるとは思ってもみなかった。修道院を移る時も、戦地に送られる時も、いつもアドルファス王の印が押された書簡が急に送られてくるだけで、異議を申し立てることなどできなかった。

 自分の意思などなくて当然だと思っていたルカは、考え込んでしまう。テントを修理して一人で休むほうが気楽なのは確かだった。ルカは人のテントで休んだことがない。ジェイルと一緒となると大きさが間に合うのかが心配で、というより、彼のことはまだ何も知らないのだ。

 断っていいのなら断るべきだった。だが。

「……わかりました。ジェイル様のところに行きます。どうか、よろしくお願いします」

 求めに従ったのは助けてくれたジェイルに恩があったからだ。テイスティスと言い合ったのも、自分のせいだとわかっていた。

 それに、ルカはこうしている今もジェイルに不思議なものを感じていた。離れがたい気持ちは、確かにあった。ルカの選択は、騎士たちに興がられた。

「ふうん。この修道士ちゃんは、度胸があるんだ」

「ジェイル坊やも明日には女神アルカディアの愛に目覚めるかもしれんな」

「いやいや、もしかすると……修道士ちゃんへの愛に目覚めるかも!」

 どっと笑いが沸く。それは冗談だった。忌み子のルカが、恋愛対象になるわけがない。テイスティスは顎鬚を撫でながら言った。

「……そうか。まあ、双方納得ずくなら俺も野暮は言わん。仲良くしろよ、お二人さん」

「俺とこいつじゃケンカにならん」

 そう言うジェイルの腕の太さを見て、ルカは自分の判断を後悔しかけた。テイスティスはルカに身を屈めて言った。

「ともあれ、よく休むことだ。ルカ、明日もたくさん歩いてもらうぞ」

 頭まで撫でられて、ルカはびっくりした。

「国境線防衛も四度目だが、今回は妙にキナ臭い。帝国側も新しい豆鉄砲を開発したとかいうし、さっさと行って蹴散らしてやらないと、聖都での俺の評判が下がってしまう」

「王に煙たがられているあんたが今さら評判を気にするのか?」

 ジェイルの混ぜっ返しに、周囲の騎士たちは椀を掲げて乾杯した。

「嫌われ者の団長閣下に乾杯!」

「我らがテイスティスに乾杯!」

「王国最強の騎士団に栄光あれ!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

処理中です...