忌み子と騎士のいるところ

春Q

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Ⅰ 呪われた忌み子

5.毒虫

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 地面に下ろされたルカはふらついていた。ジェイルが「大丈夫か」と、支えてくれる。テイスティスは意外そうに言った。

「なんだ、ずいぶん優しいじゃないか」

「あんたが乱暴に扱うからだ。まったく何を考えてる。息子が恋しくなったのか?」

「はっはっは。うちのベアシュなら自分から『もう一回!』とせがんで来るのだが。ま、そう怒るな。こういう見世物も必要なんだ」

「はあ?」

 顔をしかめたジェイルに、テイスティスは周囲の様子を顎で示して見せた。騎士団長みずから演じた見世物に近寄ってきたのは、漆黒の騎士たちだ。

「……やられたなあ、修道士ちゃん!」

 度胸のある一人が、忌み子のルカの背中をポンと叩いた。つられたように他の騎士たちも「おおっ」とどよめく。

「団長の怪力で星になるのかと思った」

「目方が軽すぎるんだろう」

「ちゃんと食ってるのか」

 あっという間に取り囲まれたルカは、汁物の椀を向けられ、食事の輪に招かれ、思わずジェイルを振り返った。

「ジェイル様……」

「なんだよ。飯がまだなら食って来い」

 ジェイルが手で追い払うと、ルカは慌てて頭を下げて、食事の輪に混ざった。テイスティスは部下たちの様子をその巨体で見おろしていた。

「黒い騎士たちはみんな俺のものだからな。忌み子だろうが化け物だろうが、俺がそのへんのチビのように扱えばそれに従う」

 ジェイルは瞬いた。

「忌み子ってのは、そんなに嫌われるのか」

「うわはははっ! ジェイル、おまえというやつは本当に学がないんだなあ」

 テイスティスは腹を抱えて大笑いした。わけがわからないという顔をしているジェイルに「いや、いいんだ。おまえに女神を信じなくてかまわんと言ったのは俺だからな」と、片手を振ってみせる。

 ルテニア王国において、学問と宗教は切っても切り離せない関係にある。読み書きにおいては、子供たちは自分の名前よりも先に、女神アルカディアの御名をたたえる文言を覚えさせられるほどだ。ジェイルは舌打ちした。

「嘲笑いたければいくらでもそうするがいい、ティスティス。居もしない女神を称えるバカどもと一緒にされるよりマシだ」

「はっはっは……まあ、そう怒るな。地頭がいいくせに女神の恩恵を嫌い、わざわざ生きづらい道を歩んでいくおまえを見ていると、俺はなんだか胸がスッとするんだ。そのせいで周囲の感覚を理解できないとしても、おまえが責められることではあるまい」

 テイスティスは「そうさなぁ……」とつぶやいて、顎髭を手で撫でた。

「うん。忌み子を嫌うというより、気持ち悪いというか……恐ろしいんだろうよ」

「何? あんなチビが恐ろしいだと?」

「王国の民にとっては尊いものと穢いものが合わさった姿だから混乱するんだ。俺は肝が太すぎるし、おまえは学がなさすぎる。だから平気なだけだ。理解しろ」

「理解って……」

「アドルファス王は、あの子のことを『花に擬態した毒虫』と言っていたよ」

 毒虫。

 ジェイルは一瞬、言葉をなくして、思わず視線をルカに向けた。ルカは、屈強な騎士たちの間にいる。大きな椀の湯気を吹いて汁物を啜っていた。ジェイルは笑った。

「……馬鹿な。あんな虫がいるわけない」

「そうか。そうだな」

 テイスティスは、笑わなかった。

「ある意味、俺たち騎士は帝国軍も緑の民も差別しないからな。王の命令一つで争うが、逆に命令がなきゃ手出しせん。だが、二つの民の因縁は深いのだ。家畜と交わるから忌み子が生まれる、なんてのは単なる昔話だが、あの子は先王の子だ。そのうえ体にも障りがあるとなると……」

「なんだ。病弱なのか?」

 テイスティスは、答えず首を振った。

「とにかくだ。最低限打ち解けられるようにはした。騎士団があの子にできることはここまでだ。ジェイル。おまえはもうルカに関わるべきじゃない」

「……どういう意味だ」

「そのままの意味だ。救えもしないのに情をかけるなんて、残酷だと思わないか?」

「俺が気の毒なガキにかまって何が悪い」

 二人の背後に、火の粉が上がっていた。睨みあいから、先に視線を外したのはジェイルだった。

「ルカ!」

 名前を呼ばれたルカは、ジェイルが怒った顔で向かってくるので目を丸くした。

「は、はい」

「今日から俺のテントで休め。面倒を見る」

「えっ?」
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