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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編
35.変なバイコーン女
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グラスに口をつけたまま固まっているゴズメルに、キースは「なんだよ」と嫌な顔をした。
「まずいと思うならそのへんで草でも食って来たらどうだ。田舎者のミノタウロスめ」
「いや……おいしい、けど……」
ポップルにはコーヒーの酒というものがある。酒とザラメを熱したものに濃いコーヒーを加え、ホイップクリームを載せたロマンチックな飲み物だ。
こういう酒はガヤガヤした酒場よりねぐらでひっそり楽しみたいな、とゴズメルは思った。
ポップルに着いたゴズメルは、昇格審査の受付も済んだので酒場に来ていた。
キースとはいきがかりで行動を共にしているのだが、悪口ばかり言われるのでめんどくさいし、酒の味に集中できずにいる。
いや、集中できないのは、なにか言い知れぬほどの不安を感じたからだ。
ゴズメルはコーヒー酒を一口飲んだ。おいしい。酒のせいではない。
だが、胸騒ぎがした。ゴズメルの預かりしらぬところでなにか悪いことが起こっている気がする。
ゴズメルの頭には偽卵が思い浮かんでいた。ジーニョの作業はうまくいっていないのかもしれない。
急に飛び出したゴズメルに腹を立てて、錬成する気をなくしていたら。あるいは、シャインがどうとかの事情でなにか問題が起こっていたら。
「……不安だなあ」
あれこれ考えたゴズメルがそう呟いたとたん、キースは嬉しそうにした。
「ふふん、昇格審査のことか。単に腕っぷしがあるだけじゃダメそうだしな」
「……あぁ、もう、嫌なこと思い出さすなよ」
ゴズメルはため息をつき、冒険者協会本部での出来事を回想した。
受付で招待状を見せたあと、少し待たされたことを覚えている。
キリのいい時間になると、ほかの冒険者たちと共に別室へ呼ばれ、説明がはじまった。
「冒険者協会本部へようこそ。遠方の支部からお越しの方はお疲れ様でした」
昇格審査期間中は毎日同じ説明をさせられているだろうに、受付嬢は飽きを感じさせないハキハキした喋り方をした。
「受付の際、皆さまには十個のスターメダルを配布しています。アイテムボックスからご確認ください」
ゴズメルはメダルを一個手に出してみた。湾曲したひし形の星が刻印されている。
「そのメダルは、審査期間中は通貨としてご利用いただけます。審査のあいだ、皆様はポップルの外に出ることができません。ぜひ宿泊費としてお使いください。もちろん、装備の拡充や観光に充ててくださってもかまいませんよ」
「……!?」
ポップルの外に出られない!?
困惑するゴズメルをよそに、受付嬢は説明を続ける。
「昇格審査のため、冒険者協会では特別な任務を複数ご用意しています。報酬は難易度に応じてメダルでお受け取りいただけます」
受付嬢は特別な任務の一覧をスクリーンに投影した。
ゴズメルはゲッと思った。
『適性試験初級』、『格闘術試験』『武器鍛造概論』……任務というより講義めいた名前がズラッと並んでいる。
「メダルが百個集まった方から順に役員との面談を行います。その際にはエントリーシートをご用意くださいね……はい、何か質問ですか?」
挙手したゴズメルは、食い気味に「やっぱり今年は審査受けたくないです」と言った。
受付嬢が目を丸くする。
周囲の冒険者たちもざわついているが、ゴズメルは構わなかった。
百枚もメダルを集めるまで解放してもらえないなんて、冗談じゃない。
ゴズメルは一刻も早くリリィに偽卵を届けなければならないのだ。
キャリアがどうとかも確かに大切なことだが、いまはそんなことを言っている場合ではない。ポップルまで来ただけで、シラヌイへの義理は果たせたはずだ。
だが、受付嬢は明らかに戸惑っていた。マニュアルにない事態らしい。
「ええっと……棄権ですか……」
その時、部屋の後ろに控えていた女性が、つかつかと前に出てきた。スリムなのに、背が高い。
「申込後の棄権は、原則受け付けていません。……あなた、アルティカ支部の冒険者?」
バイコーン族だ、とゴズメルにはすぐわかった。ミノタウロス族よりも長く鋭い黒い角に、鬣を思わせる長い銀髪が美しい。なによりも、キュッとひきしまった尻のかたちが見事だった。
「ふうん、シラヌイはあなたに何も説明しなかったようね」
「あーっと……」
その通りだが、ゴズメルは肯定するのもまずい気がした。アルティカ支部の評判が落ちるのはゴズメルにとってうれしいことではない。
「……いや、あたしが聞き逃してただけかも。勝手言うようで申し訳ないけど、とにかく用があるし、ここにカンヅメにされるのはまずいんだ」
「あら。長く留まることになるかどうかは、あなたの能力次第なんじゃないかしら……」
女は、スッとゴズメルの耳元に唇を寄せた。
いや、寄せたのは角だったのだろう。ゴズメルは角で角を削られる感覚に、背筋を泡立たせた。
自分でもたまに磨いたりはするが、こうゴリゴリと押し付けられると、なんだか変な気がする。
「え、ちょっと、あの……なに……」
女はくすっと笑った。
「あなたの角って見た目よりずっと柔らかいのね。可愛らしいこと」
ゴズメルは勢いよく角で角を押し返した。
「あんた、あたしにケンカ売ってんのかい?」
「ふふ……」
酷薄な笑みに、ゴズメルはぞくっとした。冒険者協会の一員なのだろうが、アルティカにはいないタイプの女だ。いったい何者なのだろう。
バチバチと火花を散らせる二人に、受付嬢が慌てたように声を張り上げる。
「さあ、説明は以上になります。この後、ご希望の方を適性試験の会場へご案内致します。獲得コインは三枚です。簡単なペーパーテストですから、ぜひご参加くださいね」
ゴズメルは怒らせていた肩から、一気に力を抜いた。
コインを百枚集めるまで帰れないというなら、今は時間が惜しい。変なバイコーン女にかまっている場合ではなかった。
「まずいと思うならそのへんで草でも食って来たらどうだ。田舎者のミノタウロスめ」
「いや……おいしい、けど……」
ポップルにはコーヒーの酒というものがある。酒とザラメを熱したものに濃いコーヒーを加え、ホイップクリームを載せたロマンチックな飲み物だ。
こういう酒はガヤガヤした酒場よりねぐらでひっそり楽しみたいな、とゴズメルは思った。
ポップルに着いたゴズメルは、昇格審査の受付も済んだので酒場に来ていた。
キースとはいきがかりで行動を共にしているのだが、悪口ばかり言われるのでめんどくさいし、酒の味に集中できずにいる。
いや、集中できないのは、なにか言い知れぬほどの不安を感じたからだ。
ゴズメルはコーヒー酒を一口飲んだ。おいしい。酒のせいではない。
だが、胸騒ぎがした。ゴズメルの預かりしらぬところでなにか悪いことが起こっている気がする。
ゴズメルの頭には偽卵が思い浮かんでいた。ジーニョの作業はうまくいっていないのかもしれない。
急に飛び出したゴズメルに腹を立てて、錬成する気をなくしていたら。あるいは、シャインがどうとかの事情でなにか問題が起こっていたら。
「……不安だなあ」
あれこれ考えたゴズメルがそう呟いたとたん、キースは嬉しそうにした。
「ふふん、昇格審査のことか。単に腕っぷしがあるだけじゃダメそうだしな」
「……あぁ、もう、嫌なこと思い出さすなよ」
ゴズメルはため息をつき、冒険者協会本部での出来事を回想した。
受付で招待状を見せたあと、少し待たされたことを覚えている。
キリのいい時間になると、ほかの冒険者たちと共に別室へ呼ばれ、説明がはじまった。
「冒険者協会本部へようこそ。遠方の支部からお越しの方はお疲れ様でした」
昇格審査期間中は毎日同じ説明をさせられているだろうに、受付嬢は飽きを感じさせないハキハキした喋り方をした。
「受付の際、皆さまには十個のスターメダルを配布しています。アイテムボックスからご確認ください」
ゴズメルはメダルを一個手に出してみた。湾曲したひし形の星が刻印されている。
「そのメダルは、審査期間中は通貨としてご利用いただけます。審査のあいだ、皆様はポップルの外に出ることができません。ぜひ宿泊費としてお使いください。もちろん、装備の拡充や観光に充ててくださってもかまいませんよ」
「……!?」
ポップルの外に出られない!?
困惑するゴズメルをよそに、受付嬢は説明を続ける。
「昇格審査のため、冒険者協会では特別な任務を複数ご用意しています。報酬は難易度に応じてメダルでお受け取りいただけます」
受付嬢は特別な任務の一覧をスクリーンに投影した。
ゴズメルはゲッと思った。
『適性試験初級』、『格闘術試験』『武器鍛造概論』……任務というより講義めいた名前がズラッと並んでいる。
「メダルが百個集まった方から順に役員との面談を行います。その際にはエントリーシートをご用意くださいね……はい、何か質問ですか?」
挙手したゴズメルは、食い気味に「やっぱり今年は審査受けたくないです」と言った。
受付嬢が目を丸くする。
周囲の冒険者たちもざわついているが、ゴズメルは構わなかった。
百枚もメダルを集めるまで解放してもらえないなんて、冗談じゃない。
ゴズメルは一刻も早くリリィに偽卵を届けなければならないのだ。
キャリアがどうとかも確かに大切なことだが、いまはそんなことを言っている場合ではない。ポップルまで来ただけで、シラヌイへの義理は果たせたはずだ。
だが、受付嬢は明らかに戸惑っていた。マニュアルにない事態らしい。
「ええっと……棄権ですか……」
その時、部屋の後ろに控えていた女性が、つかつかと前に出てきた。スリムなのに、背が高い。
「申込後の棄権は、原則受け付けていません。……あなた、アルティカ支部の冒険者?」
バイコーン族だ、とゴズメルにはすぐわかった。ミノタウロス族よりも長く鋭い黒い角に、鬣を思わせる長い銀髪が美しい。なによりも、キュッとひきしまった尻のかたちが見事だった。
「ふうん、シラヌイはあなたに何も説明しなかったようね」
「あーっと……」
その通りだが、ゴズメルは肯定するのもまずい気がした。アルティカ支部の評判が落ちるのはゴズメルにとってうれしいことではない。
「……いや、あたしが聞き逃してただけかも。勝手言うようで申し訳ないけど、とにかく用があるし、ここにカンヅメにされるのはまずいんだ」
「あら。長く留まることになるかどうかは、あなたの能力次第なんじゃないかしら……」
女は、スッとゴズメルの耳元に唇を寄せた。
いや、寄せたのは角だったのだろう。ゴズメルは角で角を削られる感覚に、背筋を泡立たせた。
自分でもたまに磨いたりはするが、こうゴリゴリと押し付けられると、なんだか変な気がする。
「え、ちょっと、あの……なに……」
女はくすっと笑った。
「あなたの角って見た目よりずっと柔らかいのね。可愛らしいこと」
ゴズメルは勢いよく角で角を押し返した。
「あんた、あたしにケンカ売ってんのかい?」
「ふふ……」
酷薄な笑みに、ゴズメルはぞくっとした。冒険者協会の一員なのだろうが、アルティカにはいないタイプの女だ。いったい何者なのだろう。
バチバチと火花を散らせる二人に、受付嬢が慌てたように声を張り上げる。
「さあ、説明は以上になります。この後、ご希望の方を適性試験の会場へご案内致します。獲得コインは三枚です。簡単なペーパーテストですから、ぜひご参加くださいね」
ゴズメルは怒らせていた肩から、一気に力を抜いた。
コインを百枚集めるまで帰れないというなら、今は時間が惜しい。変なバイコーン女にかまっている場合ではなかった。
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