白い花のような虫

筑前煮

文字の大きさ
上 下
5 / 28
【その他の虫など】

蛇足

しおりを挟む
蛇足~生き物の思い出~


・ショウリョウバッタ、あるいはオンブバッタ

昆虫に関する最初の記憶は、ショウリョウバッタ探しである。幼稚園から小学校の低学年にかけては割と田舎に住んでいたため、そこここに草むらがあり、カッコウの昆虫採集場所となっていた。背の高い(当時の記憶ではそう思ったが、大人から見ればそれほどではないかもしれない)、おそらくイネ科の尖った葉を持つ草原に立ち、足で草を揺らすと、ピョンとバッタが飛び出す。存在が確認できたら執拗に追いかけ、手で捕獲する。楽しくて友人と夕暮れまでやっていたように思う。しかし今思えば、あれはショウリョウバッタでなくオンブバッタだったかもしれなかった。ショウリョウバッタのメスはアホみたいに大きいが、そんな巨大バッタを見た記憶がないからだ。


諸事情により文字数を八千ほど追加しなければならない。タイトルがハゴロモなので、関連する虫やその他生き物について思い出すままに書いていく。


・オタマジャクシ、カエル

母に聞いた話。母が子どもの頃、水たまりにオタマジャクシが泳いでいるのを見つけた。ある日、晴れの日が続いたため干からびて死んでいた。可哀想になり水をかけてみたところ、なんと復活したそうだ。はじめ聞いたとき、マジかよと思ったものだが、もしかしたら仮死状態か何かだったのかもしれない。オタマジャクシと言えば、近所の田んぼに掃いて捨てるほどいた。捕まえるのはコツがいる。ヤツらは素早いため、器(プリンの容器でも何でもいい)でサッ! とスピード感を持ってオタマジャクシをすくわなければならない。慣れてくると何匹も捕まる。記憶に残っているのは、食卓のテーブルにオタマジャクシの水槽を置いていたら、父親に「こんなところに置くな!!」とモーレツに怒られたことだ。当時は衛生観念がガバガバだった。オタマジャクシには、餌としてカツオ節を与えていた。成長し、緑色の小さなカエルになった時、庭に離してやった。食べるかもと目の前にアリを置いてやると、パクッと口を開けて食べた。一瞬だったが、口の中か見えた。赤く平べったい口中だった。


・ミノムシ

家のそばの木に、ミノムシがよくぶら下がっていた。ある日、母と一匹捕まえてきた。母は蓑を全て剥がしてミノムシを裸ん坊にして、毛糸と一緒に発泡スチロールの箱の中に入れた。するとしばらくして、ミノムシは色とりどりの毛糸の蓑を作っていた。昆虫界のファッションリーダー誕生であった。ミノムシのメスは一生ミノの中で過ごすらしい。成虫になっても羽が生えず、脚すらもなく、交尾して卵を産み、卵が孵化するくらいに死んで蓑から落ちるそうだ。遺伝子にプログラムされたこととはいえ、繁殖のためだけに生まれて死ぬ彼ら(彼女ら)は、感情があれば何を思うのだろうか。人間は出産して子を産む本能よりも、別のものが優っているから、滅びるのは時間の問題なのかもしれない。


・オケラ

小学生だったある日、奇妙な生物を見つけた。大きさはコオロギくらいで、形も後ろ半分はコオロギだが、前半分はモグラのような手を持っていた。死んでいたので動きなどはわからない。私と友人はその形状から、「モグロギ」と名付けたのであるが、後から思えばアレはオケラだったのかもしれない。それ以来、数十年が経つが、その生き物を見たことはない。


・カマキリ

小学校中学年の時、授業で昆虫のことを学んだ。その一環で、家の近くでカマキリを二匹捕まえて飼ったことがある。緑色のプラスチックの虫カゴに入れて放置していたら、大きい方がもう片方を頭から食べていた。カマキリに関してよく聞く共食いである。これには私よりも母親の方が驚いていて、おそらく知識としては知っていたが実際に見たのは初めてでショックを受けたのであろう、大人になった今でも「あの時、カマキリが共食いしてびっくりしたよね……」と話してくることがある。


・カタツムリ

カタツムリは好きな生き物である。寄生虫だか細菌だかの悪い何かがいるので今では触ることはないが、昔は見つけるたびに角をツンとつついたり、殻を持って持ち上げたりして遊んでいた。これも小学生の頃。殻の中がどうなっているのか気になった私は、カタツムリの殻を剥いてしまった。もちろんカタツムリは死んでしまった。母親には「殻を取ったらナメクジになると思った」と言い訳をしたが、ナメクジとカタツムリは全く別の生物だと知っていた。死ぬことも承知でやりましたスミマセン。最近はカタツムリを見る機会が減ったので、見つけると嬉しい。


・キンギョ

小さい頃、家でキンギョ飼っていた。「金太郎」などを名前を付けて可愛がっていた。数匹はいたと思う。ある日、友人が遊びにきた時、「エサはこうやってやるんだよ」と千切った食パンを与えてみせた。友人も同じようにエサをやった。私たちは調子に乗って、パンをやりまくった。翌日、数匹が死んでプカプカ浮いていた。


・ボウフラ、カ

小学一年生の時。ベランダに置きっぱなしにしていた何かの容器に雨水が溜まっていて、ある日、その中に糸くずみたいなものを見つけた。水を揺らすとソイツらもクネクネと動く。母親に聞くと、ボウフラだと言う。私はボウフラがすっかり気に入り、虫カゴに入れて飼い始めた。しばらくして、成虫となったカが、外へ出られず水面に浮かんで死んでいた。他のボウフラをどうしたのかは、もう忘れてしまった。


・ハエトリグモ、アシダカグモ

ハエトリグモがよく家の中に出没する。これは彼らのエサである虫が部屋に多いせいなのか? と思うのだがあまり自覚はない。彼らが食べてくれる結果、見かけないだけなのか? 私にとってクモは益虫であるので、小さなハエトリグモ程度ならば可愛いものである。見かけても「コンチャ!」と挨拶して放置である。アシダカグモも時々見かける。いわゆる「軍曹」である彼らはゴキブリを退治してくれるので、やっつけることはしない。しかし家族はクモがダメらしく、ハエトリグモでもアシダカグモでも、発見するとギャーギャーうるさい。私にしてみればゴキブリの方がよっぽどダメである。価値観の違い、なのである。


・セミ

私が住むあたりには、断然クマゼミが多い。次に多いのがアブラゼミで、雑木林まで行くとツクツクボウシやヒグラシの鳴き声が聞こえる。だからクマゼミ以外の声を聞くと、少しテンションが上がる。数年前までは、夏は子どもと抜け殻を探して歩き回っていた。運動にもなるし、良い時間潰しになる。抜け殻は近所を歩いているだけで簡単に見つかった。民家の生垣、街路樹、コンクリート塀、などなど。最初は触るのに抵抗があったが、そのうちにどーでも良くなった。バケツに山盛り集めて、何に使うと言うと、何にも使わない。ただ集めて歩くことが目的だからだ。捨てようとすると怒るので、数年そのままだった。


・野良犬

まだ子どもだった三十年前、野良犬がそこらをウロウロしていた。今では考えられないことである。犬は恐ろしい。ガチで戦ったら、大人になった今でも、小さなお座敷犬以外にならあっけなく負けるだろう。野良犬はハァハァ言いながら後をついてくる。こう書くと変態みたいだが、実際に追いかけられると恐怖である。命の危機なのである。覚えているのは、集団登校の途中で野良犬に遭遇したことだ。立派な成犬だった。私たち五、六人の小学生は塀を背にして、野良犬が立ち去るのをひたすら待った。噛まれなくて本当に良かったと思う。私の犬嫌いはこの経験からもきているのだろう。この間、紐を付けずに犬を散歩させている老夫婦がいた。当人達にしてみれば「可愛い可愛い愛犬ちゃん」なのだろうが、こっちにとっては冗談でなく恐怖なのでやめてもらいたい。


・モンシロチョウ

ベランダのプランターにカラシナを植えた。道端から種を大量に採ってきたのだ。翌春、順調に咲いて、しかしそのまた翌春には三本くらいしか咲かなかった。土の質がダメになったのだろうか、よくわからない。その貴重な三本に、青虫が発生した。どうもモンシロチョウの幼虫らしかった。二十匹くらいが、ひたすらに葉を食い荒らしている。幼虫は割と好きなので放置していたら、葉にはすでに食べる部分が無くなったため、茎の表面まで剥ぎ取るように貪り食っている。あわよくばサナギや羽化の瞬間に立ち会えるかと思っていたのに、とうとうカラシナは全体を丸裸にされ、どこか別の場所にエサを探しに行ったのだろう、一匹もいなくなった。結局は食い逃げされただけだった。


・アゲハチョウ(ナミアゲハ)

デコポンかハッサクかは忘れてしまったが、柑橘類を食べた後に出た種を蒔いておいたら、芽が出て小さな木にまで育った。そこにアゲハチョウ(ナミアゲハ)の幼虫がいつの間にか三匹いた。もうすでに終齢幼虫の緑色にまで育っていて、つつくと黄色い角を出すのが可愛い。上に書いたモンシロチョウの時と同じく、そのうちサナギになったのを観察できると思っていたら、三匹とも忽然と姿を消していた。また体よく食い逃げされたということだった。


・カワハギ

中学生の頃だっただろうか。ゴールデンウィークに、祖母のうちに行った。祖母は海のそばに住んでいたので、行くと海でよく遊んでいた。釣りが趣味の親戚があまりいないので、釣りに行くことは稀だったが、その時は何故か釣竿とエサを持って、何人かで海岸に向かった。夏にも釣りしたことがあって、アジの入れ食いを経験していたのだが、季節が違うからか何なのか全く釣れなかった。カワハギが寄ってはくるのだ。しかし警戒心が強いのだろうか、全然かからない。つまらなくなったいとこ達は帰ってしまった。残ったのは私と母親だけだった。二人で根気強く待つと、やっとカワハギが釣れた。彼らはは可愛い。「キュイキュイ」と鳴きながら私たちに釣られた。数匹釣れたが、それらをどうしたのかは忘れてしまった。ただ、母とひたすら待った挙句に釣れたカワハギ釣りが楽しかった記憶だけが残った。


・カブトムシ

少し前まで住んでいた家では、ドア付近によく朝にカブトムシやクワガタムシが出没した。地方にある普通の町で自然がものすごく豊かというわけではなく、その賃貸住宅の敷地も地面がコンクリートで固められていたので、何故ちょくちょく現れるのかは最後まで不明だった。見つけると子どもが喜ぶので捕獲する。初めて捕まえた時、虫カゴが無かったので空になった食べ物の容器にとりあえず入れておいた。次の日にも発見したので、カブトムシはオスとメス二匹となった。そしてその夜、奇妙な音を私は聞いた。シャーン! シャーン! というような音が、部屋のどこからか聞こえてくる。気になるので起きて音の出所を探ると、何とカブトムシの容器からだった。正体は、カブトムシのオスがメスに対して発情し、性器を出し入れする音であった。カブトムシの性器は鈎状で尖っていた。そして、体の大きさに対して意外と大きかった。メスにのしかかり、一生懸命交渉しようとしていたが、メスの方はじっとしていない。どうも嫌がっているように見えた。真夜中だったので寝てしまったので、その後首尾よく交渉が成立したのかどうかは不明である。


・ニジュウヤホシテントウ

ベランダのプランターに、芽の出てしまったジャガイモを植えてみた。ジャガイモはすくすく成長し、薄紫色で星形の可憐な花を咲かせてくれた。いつの間にか葉が網目状にスカスカになっている。裏側を見ると、星のたくさんある毛深いテントウムシがせっせと葉を食い荒らしている最中であった。草食のテントウムシがいることを、この時初めて知った次第である。世の中、知らないことが多すぎる。別に収穫目的で栽培しているわけではないので放置していたら黄色いつぶつぶした卵を産み数が増えた。仲間のオオニジュウヤホシテントウにはまだ会ったことがない。分布が違うのだろう。


・ガガンボ

子どもの頃住んでいた集合住宅の階段に、よくガガンボが張り付いていた。蚊の親玉みたいなヤツである。ガガンボは好きでも嫌いでもないが、いると階段が通りにくい。兄弟は唾をぺっと吐きかけたりしていた。ガガンボはふわりとどこかへ飛んでいった。


・ホタル

幼稚園から小学校低学年にかけて住んでいた場所には川があり、初夏にはホタルが飛び交った。ホタルが育つくらいだから、綺麗な川だったのだろう。ホタルの季節には特別に夜の外出ができる。母親や友人らとホタルを見ながら近所を散策する。あの頃を、時々思い出すのだが、そういう時に感じるのが「郷愁」という感情なのかもしれない。


・コオロギ

夏の終わりになると、ベランダのプランターの下からコオロギが這い出してくることがある。ゴキブリかと思ってびっくりする。カマキリもバッタも平気なのであるが、コオロギだけはどうしてもダメなのである。やはり脚のギザギザが原因なのか。声だけ聞く分には構わないのであるが。


・ツマグロヒョウモン

ある時、ベランダのプランターに植えてあるビオラが禿げ散らかしていた。見ると赤と黒のトゲトゲした毛虫が大量のフンを撒き散らしながらビオラの葉を食い散らかしていた。この幼虫、この時初めて名前を知ったのだが、毒々しい見た目に反して無毒らしい。結局ビオラはお星様となり、幼虫もどこかに行ってしまった。


・ミヤマカミキリ

一度、家の前でミヤマカミキリに遭遇した。ヤツはとにかくデカい。子どもが喜んで棒でつついて追いかけると、軋むような鳴き声を上げ、逃げて行った。ギィ、ギィ、というような音だった。それ以来四年ほど経つが、一度も見ていない。また会いたいものである。


・ゾウムシ

ある時、家の中で謎の白い芋虫を発見した。一匹ではなく複数いた。驚いて原因を探ると、どうも子どもと拾ってきたドングリを家の中に放置していたせいで、中のゾウムシの仲間が孵化して出てきたらしい。小さいしそこまで害はないが、やはり家の中で見るとびっくりする。ドングリの処理には注意するべきことを学んだ。


・ナナホシテントウ

昔、ナナホシテントウの幼虫を飼っていた。近くの草むらに大量発生していたので、集めるのは簡単だった。アブラムシを食べるはずだが、何故か母親が「この虫はサツマイモを食べる」と言い張るので、サツマイモをエサとして与えた。その後どうなったのかは時が経ち過ぎていて忘れてしまったし、何故母はサツマイモなどと言い出したのかも不明である。


・ホタルガ

去年の夏、駐車場に黒い翅と赤い頭部を持つ虫を見つけた。弱っているらしく、地面に止まったまま触角をグルグルと回すだけで、なかなか飛び立たない。子どもと一緒にじっと見ていたが、触角の動きや太さなど、うまく言えないのだがすごく気持ちが悪い。帰って図鑑で調べてみると、ホタルガだった。検索窓に「ホタルガ」と入れると「気持ち悪い」とサジェストで表示されるので、そう思っているのは私だけではないことがわかった。飛び方もヒラヒラとして気味が悪いようだ。人間の恐怖心に訴えかける何かを、ホタルガは持っているのかもしれない。


・セスジスズメ

道路のアスファルトを這っている芋虫をたまに見かける。黒地に赤い点と白っぽい縞模様を持つ芋虫で、お尻の角をフリフリ一生懸命道路を横切っている。調べるとセスジスズメの幼虫だそうで、私がアスファルトの上で見かける芋虫は高確率でこれ。セスジスズメはアスファルトを横切りがちな昆虫なのだろうか? 見かけると轢かれないように、と見送るのみである。


・ムシヒキアブ

近くの公園で子どもを遊ばせている時に、遊具にとまっているムシヒキアブを何度か見つけた。白いポンポンをお尻に付けているのはシオヤアブのオスらしい。なかなか大きく、ネットにさでは最強説も囁かれているくらいの捕食者だそうだ。一度、小さなハエか何かを捕まえて食べているのに出くわした。なるほど、最強の風格が漂っていた。


・ヒラタアブ

ヒラタアブの仲間は可愛い。体は小さく、複眼は大きく、ホバリングして花の蜜を吸ったり花粉を食べたりしている様子はとても健気である。刺すこともないし、短い触角もいい感じ。ベランダにもよくやってくる。まぁゆっくりしていきなさいねと声を掛けている。


・クワガタムシ

クワガタムシの大あごに挟まれたことがある。小学校中学年くらいの時、クワガタムシを飼っていた。近くの雑木林で獲ってきたものだ。土の上の止まり木だか昆虫ゼリーの位置を整えようとした時、土の中に潜っていたクワガタに触れてしまったのだ。確か人差し指だった。結構痛く、三十年以上経っても忘れられない思い出となっている。


・アリ

昔、アリを飼ってみたくて、アリの巣の近くのアリを根こそぎ捕まえたことがある。虫カゴに入れるとアリの巣を作ってくれる。私はもっと数を増やしたくなった。そこで別の場所のアリも集めて、一緒のカゴに入れておいた。すると新しく入れた方は全滅し、屍が累々と横たわっていた。昔の私は、アリは全て同じ仲間だと思い込んでいたので、どこのアリを入れても仲良く暮らしてくれると、何の疑いもしなかったのである。我ながら馬鹿なことをしたものである。


・ダンゴムシ

子どもが二、三歳の頃、ダンゴムシに異様に執着していた。外出時にダンゴムシを見つけると捕まえて家まで持ち帰ったり、小雨の中でも延々と捕獲を続けたりと、付き合うこっちはうんざりしたものである。飼育もしていた。ダンゴムシは何でも食べるので、料理の際に出る野菜の切れ端などを与えるだけで良い。ダンゴムシは繁殖し、小さな透明の赤ちゃんがたくさん生まれたりするのをみると、愛着が湧いてきた。結局、引っ越す時に名残を惜しみながら自然に帰した。


・ヒザラガイ

祖母の家はひなびた漁村にある。泊まりがけで遊びに行くと、いつも磯遊びを楽しんでいた。潮溜りにはカニや小さな魚がたくさんいて飽きないのだが、幼い私にとってひとつだけ怖いものがあった。ヒザラガイである。ヤツは岩に張り付いてピクリとも動かないが、何故かあの模様が気持ち悪く、少しでもヒザラガイの姿が見えると先に進めなくなった。大きくなるにつれ恐怖心は薄れていったが、やはりヒザラガイは見た目が気持ち悪い。


・フナムシ

海辺と言えばフナムシである。近付くとカサカサッと素早い動きで物陰に隠れる。一度、従兄弟が「コイツは踏もうとしても絶対踏めない」と言って思い切りフナムシの上に着地すると、フナムシはペチャンコになった。


・ヤモリ

前に住んでいたアパートには、夏になると台所の窓の外側にヤモリが夜な夜なやってきた。家の中からヤモリの裏面を見る形になるので、脚の先の裏のシマシマを観察することができる。ヤモリが壁などにへばりつくのはファンデルワールス力のおかげだと最近テレビで知った。ヤモリは窓の明かりに誘われてくるコバエなどを食べているらしい。たまに昼間にいることもある。「我が家のヤモリ」と呼んでいて、見つけると嬉しい気持ちになった。


・ヘビ

昔勤めていた職場でのこと。ある日、上司(四十代女性)が窓の外を見て、私に「ヘビは好き……?」と意味深な表情で聞いてきた。ヘビが好きな人はあんまりいないんじゃないのかと思いながら「好きではないです」と答えると、外を指さして「ヘビがいますよ」。ヘビが好きかの質問の意味がわからないし、ニヤリと笑って嬉しそうに私に教えるのも意味不明だった。思えば何を考えているのかわからない、変な上司だった。





何で読んだか忘れたが、最近の子は当たり前にある自然の姿を知らなかったりするらしい。例えば「川を絵を描いて」と言うと、プールみたいに四角く囲まれた水面の絵を描いたりする子が少なくないらしい。スマホやパソコンの普及で、幼い頃から動画やゲームばかりしていることの影響だろうか? また思うのが、親も子も忙しいのではないだろうか? 共働きが当たり前の現代社会。自然の中に子どもを連れて行く暇もなく、子どもも習い事や塾で忙しい。子どもの頃に虫などと遊ぶことは、非常に重要なことだと思うのだが……。
しおりを挟む

処理中です...