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第25話 割れたコップ
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「シオ。何があった。」
あの日、エマとエイルが帰ったと思ったらいきなり確信を突いてきた。
彼女からは僕でも威圧されるような怒気を感じる。
それから僕は事の経緯を少しずつ話し始めた。
ラスラトが異形の姿で訪れたこと。
僕を、ギリギリ命が繋がる程度に生かしながら嬲り続けたこと。
……………シャノが亡くなっていたこと……
言葉にすれば意外と短いものだ。
そう思っていたら再びサルサが抱きついてきた。
気付いたら僕は涙を流し震えていたらしい。
僕は弱くなった。
仮面が付けられなくなってしまった。
ここに来る前は、どんなに寒くても、痛くても、気持ち悪くても、全部我慢出来たはずなのに。
最近は本当に我慢が効かない。
やれあれがしたいあれが食べたいあの人に会いたい。
今まで経験したことの無い何かが僕の心を飛び出していく。
まるで子供のように。
自分が自分なのか疑うほどに、僕は弱くなった。
今だってそうだ。
どこかの誰かにあれだけガキだなんだと言われたのに、結局僕は彼女の肩でポロポロと子供のように涙を零している。
昔は溢れ出る涙なんていくらでも止められた。
吐くなと言われれば吐かなかったし、声を出すなと言われれば何をされても黙っていられた。
最初はもちろん……キツかったけどさ。
血が出るほど腕を噛んで、爪が剥がれるくらい地面を抉って耐えた。
寒いのだって、痛いのだって本当は嫌だ。
嫌だけど……当たり前になれば気にならなくなる。
だから寒くなってきたら薄着になるんだ。
「悲劇の主人公振るな。」
どこかの誰かに言われた言葉。
頑張ってみようと思ったんだ。
僕はこんなにも恵まれている。
幸せなんだって。
でもこの幸せが僕を弱くする。
だって決心した直後にこれだよ、終わってる。
抗うのはしんどいんだ。
本当にしんどいんだ。
辛いことに抗わずに身を任せて、僕はそういう運命なんだって信じている方がずっとずっと楽なんだ。
悲痛な叫びを上げる心を押し潰して、これが当たり前だと思わなければ簡単に僕の心は壊れてしまう。
僕はきっと幸せに慣れてしまったのだ。
ここは優しい人が多すぎる。
いつも幸せがいっぱいで、居心地がいい。
だからこそ絶望はより深く心に突き刺さる。
「ねぇサルサ…僕、弱くなったんだ。
昔はどれだけ殴られても……痛くても寒くても涙なんて流さなかったのに……
僕はサルサが大好きなのに!……
大好きなのに……………
幸せなのに!……幸せなのに心のどこかで拒絶しちゃう……
こんなに苦しいならやっぱり死んでおけばよかった……」
それはシオが人生で初めて人に語った吐露。
だがその言葉は彼だけのもの。
その感情をサルサと共有したわけでも、ましてや共感を求めたわけでもない。
「……シオ」
「……?」
突如名前を呼ばれ、そちらに目を向ける。
僕は変わらず頭を撫で続ける彼女の表情を目にして驚愕する。
……彼女は泣いていたのだ。
(あ……泣かせちゃった)
そう気付いた瞬間、僕は酷く後悔した。
もう自分のせいで彼女が泣くのは見たくなかったから。
「ねぇシオ……アタシはさ、シオが死ぬのは嫌だよ。もうシオ無しの人生なんて考えられないんだ。
だからさ……シオ。アンタは今は好きなだけ弱っちまいな。アタシがその分支えてあげるからさ、これからは辛くなったら我慢せずに言いな。アタシにはアンタの痛みや苦しみを全て理解することはできなくても、少しでも和らいでくれるように努力する。だからもう一人で抱え込むな。アタシたちは二人で一つなんだから!…」
「……うん……ありがとう……」
それを聞いて再び涙がこぼれ始める。
もう彼女に心配をかけるわけにはいかないのに涙が止まらない。
そんな感情を代弁するかのようにサルサを抱きしめる力が強くなる。
まるで縋りつくようにギューっと音が出そうなくらいに。
「……あのね、サルサ……僕、本当はずっと怖かったんだ。ここに来てからずっと。でも誰にも言えなくて、それで、すごく苦しくて、でもどうしたらいいか分かんなかったんだ。毎日が楽しくて楽しくて……こんな所にいてもいいのかなって………だけど今日、サルサのおかげで全部吐き出せた気がする。本当にありがとね。」
_____________
結局僕は前世については話せなかった。
僕はもうとっくに汚《けが》れている。
彼女が言うキラキラしていて純粋なんてものとは程遠い。
きっとそんな僕でも彼女はきっと愛してくれる。
分かってる。
分かってはいるけど……
僕はそれを打ち明けられるほど昔を割り切れてはいない。
未だに振り返ればアイツは歩を進め続けている。
ふとした瞬間に襲いかかり僕の心を覆う。
でも今は照らしてくれる光があるのだ。
それで十分。
もうこれで十分なのだ。
僕の心に他はいらない。
残念ながら今の僕の幸せの容量は彼女でいっぱいいっぱいなのだから。
いずれは話す、絶対に。
だから強くなろう。
コイツを笑い飛ばせるくらい強くなろう。
健全じゃないって?
言ったじゃん、そんな生き方できるほどもう綺麗な人間じゃないって。
僕の名はシオ。
明日に目標が出来た闇医者さ。
あの日、エマとエイルが帰ったと思ったらいきなり確信を突いてきた。
彼女からは僕でも威圧されるような怒気を感じる。
それから僕は事の経緯を少しずつ話し始めた。
ラスラトが異形の姿で訪れたこと。
僕を、ギリギリ命が繋がる程度に生かしながら嬲り続けたこと。
……………シャノが亡くなっていたこと……
言葉にすれば意外と短いものだ。
そう思っていたら再びサルサが抱きついてきた。
気付いたら僕は涙を流し震えていたらしい。
僕は弱くなった。
仮面が付けられなくなってしまった。
ここに来る前は、どんなに寒くても、痛くても、気持ち悪くても、全部我慢出来たはずなのに。
最近は本当に我慢が効かない。
やれあれがしたいあれが食べたいあの人に会いたい。
今まで経験したことの無い何かが僕の心を飛び出していく。
まるで子供のように。
自分が自分なのか疑うほどに、僕は弱くなった。
今だってそうだ。
どこかの誰かにあれだけガキだなんだと言われたのに、結局僕は彼女の肩でポロポロと子供のように涙を零している。
昔は溢れ出る涙なんていくらでも止められた。
吐くなと言われれば吐かなかったし、声を出すなと言われれば何をされても黙っていられた。
最初はもちろん……キツかったけどさ。
血が出るほど腕を噛んで、爪が剥がれるくらい地面を抉って耐えた。
寒いのだって、痛いのだって本当は嫌だ。
嫌だけど……当たり前になれば気にならなくなる。
だから寒くなってきたら薄着になるんだ。
「悲劇の主人公振るな。」
どこかの誰かに言われた言葉。
頑張ってみようと思ったんだ。
僕はこんなにも恵まれている。
幸せなんだって。
でもこの幸せが僕を弱くする。
だって決心した直後にこれだよ、終わってる。
抗うのはしんどいんだ。
本当にしんどいんだ。
辛いことに抗わずに身を任せて、僕はそういう運命なんだって信じている方がずっとずっと楽なんだ。
悲痛な叫びを上げる心を押し潰して、これが当たり前だと思わなければ簡単に僕の心は壊れてしまう。
僕はきっと幸せに慣れてしまったのだ。
ここは優しい人が多すぎる。
いつも幸せがいっぱいで、居心地がいい。
だからこそ絶望はより深く心に突き刺さる。
「ねぇサルサ…僕、弱くなったんだ。
昔はどれだけ殴られても……痛くても寒くても涙なんて流さなかったのに……
僕はサルサが大好きなのに!……
大好きなのに……………
幸せなのに!……幸せなのに心のどこかで拒絶しちゃう……
こんなに苦しいならやっぱり死んでおけばよかった……」
それはシオが人生で初めて人に語った吐露。
だがその言葉は彼だけのもの。
その感情をサルサと共有したわけでも、ましてや共感を求めたわけでもない。
「……シオ」
「……?」
突如名前を呼ばれ、そちらに目を向ける。
僕は変わらず頭を撫で続ける彼女の表情を目にして驚愕する。
……彼女は泣いていたのだ。
(あ……泣かせちゃった)
そう気付いた瞬間、僕は酷く後悔した。
もう自分のせいで彼女が泣くのは見たくなかったから。
「ねぇシオ……アタシはさ、シオが死ぬのは嫌だよ。もうシオ無しの人生なんて考えられないんだ。
だからさ……シオ。アンタは今は好きなだけ弱っちまいな。アタシがその分支えてあげるからさ、これからは辛くなったら我慢せずに言いな。アタシにはアンタの痛みや苦しみを全て理解することはできなくても、少しでも和らいでくれるように努力する。だからもう一人で抱え込むな。アタシたちは二人で一つなんだから!…」
「……うん……ありがとう……」
それを聞いて再び涙がこぼれ始める。
もう彼女に心配をかけるわけにはいかないのに涙が止まらない。
そんな感情を代弁するかのようにサルサを抱きしめる力が強くなる。
まるで縋りつくようにギューっと音が出そうなくらいに。
「……あのね、サルサ……僕、本当はずっと怖かったんだ。ここに来てからずっと。でも誰にも言えなくて、それで、すごく苦しくて、でもどうしたらいいか分かんなかったんだ。毎日が楽しくて楽しくて……こんな所にいてもいいのかなって………だけど今日、サルサのおかげで全部吐き出せた気がする。本当にありがとね。」
_____________
結局僕は前世については話せなかった。
僕はもうとっくに汚《けが》れている。
彼女が言うキラキラしていて純粋なんてものとは程遠い。
きっとそんな僕でも彼女はきっと愛してくれる。
分かってる。
分かってはいるけど……
僕はそれを打ち明けられるほど昔を割り切れてはいない。
未だに振り返ればアイツは歩を進め続けている。
ふとした瞬間に襲いかかり僕の心を覆う。
でも今は照らしてくれる光があるのだ。
それで十分。
もうこれで十分なのだ。
僕の心に他はいらない。
残念ながら今の僕の幸せの容量は彼女でいっぱいいっぱいなのだから。
いずれは話す、絶対に。
だから強くなろう。
コイツを笑い飛ばせるくらい強くなろう。
健全じゃないって?
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