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第3章 従魔研編
118.ハイエルフ
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「……ここは、小城の屋上、ですか?」
夜風が、風呂上りのほてりを冷ます。
あがった事があった訳ではないが、その、着地した建物のコの字の形状と、高い位置から見下ろしている、周囲の風景と塔の先端で、そう判断出来た。
「そうじゃ。理解が早いのう。増々気に入った……」
と、笑う姿は、獰猛な肉食獣の食事前を連想される。
アルティエールは、ゼンの前方に、まるで重力がないかの如くに浮かんで、微動だにしない。
サリサよりも、数段上の浮遊魔術を使っているようだ。
ゼンは、どうにもこのハイエルフ様の第一印象が、最悪に悪い。
何故この人からは、こうも物騒で、危険が危ない崖の端に追い詰められたような、瀬戸際で、絶体絶命な危機感を感じるのだろうか。
「……夜の天体観測に、強引に連れ出された訳……ではないようですが、これは、一体何の真似ですか?」
「言ったじゃろう。お主が気に入った、と。外の世界に出たのは、実に400年ぶりぐらいの事じゃが、主のように、面白い子猿がおるとは。
たまには外に、出てみるものじゃな」
「??……子猿観察なら、昼間にでもしてもらえませんか。もう少ししたら、寝るつもりだったんですよ。
それと、また半裸なんですね。せっかく選んでもらった服は、お気に召しませんでしたか?」
「半裸とか申すな!これでも、少しは気を遣っておるのだ!
服など、自分の周囲の温度を操作すれば、必要ないではないか。あの、肌にピッタリ張り付く感覚が、わしは好かんのじゃ!」
「女の子にとっては、服は体温調節の為だけでなく、外見を飾り立てる、おしゃれの意味とかの方が、大事な筈なんですけどね。
せっかくとても可愛いかったのに、素のままというのは、飾り気がなさ過ぎなんじゃないでしょうか」
ゼンは昼間、アリシアとサリサ等の着せ替え人形にされたアルティエールが、最後に渋々選んだ、簡素ながら、少しフリルのついたブラウスに半ズボンのパンツルックが、活動的なアルティエールに似合っていたと、本気で思っていた。
「……か、可愛いとか申すでないわ、子猿風情が!
わしが、何千年生きていると思おておるのじゃ!三千は軽く超えておるのじゃぞ!」
怒り?に顔を赤くして、アルティエールは抗議する。
「それは……凄いですね。でも、見た目がそんなだから、仕方ないじゃないですか。
ほぼ同年代にしか、見えませんよ。エルフは特に、若い時代とかで長く成長が止まるから、こちらとしては、どういう扱いをしていいか困るんです」
(三千とか、古代竜(エンシェントドラゴン)クラスか。生きた化石を、どう扱っていいかなんて、師匠にも習ってないからなぁ……)
「……何か、不遜な事を、考えてはいないかや?」
「いえ、特には」
ゼンは、シレっとして表面上は冷静に嘘をつく。
(一応、精神防御はしている。完全には読まれてはいないだろう……)
「所詮、見た目の良さ等、どうでもいい話じゃろうて。外見は完璧で、中身の腐り切った王族貴族等、呆れる程よく見たぞい。
綺麗な外見よりも、清く正しき心の方が、大事なのではないかえ?」
「お説ごもっともですが、外見が綺麗な血筋の元の、ハイエルフ様に言われても、説得力があるようなないような。
俺は、両方大事だと思ってますよ。
確かに、中身が、心が良ければ、それはそれでいいでしょうが、人は外見の良さにも惹かれます。
だから、美しき器に、正しき心が、魂が宿る者は、それは奇跡で、それだけ価値があり、大切に、大事にするべきなんじゃないですか?」
センは、何となく、誰かを思い浮かべて、つい力説してしまう。
「特定の、誰かの事を言っておるのか?」
人の悪い笑みを浮かべる、ハイエルフ様。
「……まあ、それもあります」
「可愛い子猿じゃ。すれている様で純朴で、他を気遣いつつ、常に頭を巡らせ、周囲の状況を観察し、最善の行動を取れるように、緊張し、準備を怠らず、警戒をしておる。
本当に、面白いのう」
「………」
褒められている様な気もするが、何か違う意味合いが含まれている気もする。
「おお、料理も美味かったのう。『料理の美味い嫁はさらってでもモノにしろ』は、われながら、名言じゃて」
「ハルアの言ってた婆様って、あんたか!」
ゼンは思わず、素でツッコンでいた。
「なんじゃ?なぜここで、ハル坊の名前が出るのじゃ?」
「……ギルドの研究棟に、いるからです」
「おお、そう言えば、なつかしき気配がチラホラするとは思おておったが、成程、旧知の者がおったのか。偶然よのう」
「それで済ませるんですか……」
(いや、別に文句を言っても、意味ないか。ハルアは、料理だけの事じゃない、と言っていたし、この人の変な教えに、文句を言っても仕方ない……)
「……それで、大した用でないなら、もう戻って寝たいんですけどね。アルティエール様」
「駄目じゃ」
「……はぁ?」
「駄目じゃと言うておる。わしは、お主が気に入ったのでな。わしの物になってもらう」
「………それは、ハイエルフ・ジョークか何かですか?」
「なんじゃ、それは。今の世には、そんなものがあるのかや?」
「いや、聞いているのは、俺の方なんですけどね」
(本気か?)
いや、どうも話の流れからは、告白とか、そんな殊勝な感じではない。
「俺に、婚約者がいる事、聞きませんでしたか?」
「ん?ああ、伴侶にしたい、とかではない。子猿風情が、自惚れるでないわ。
わしは、お主をわしの所有物にする、と言うておるのじゃ。光栄に思うが良い」
(なにか、超特大級の、嫌な予感が……)
「所有物ってなんですか。俺は、物じゃないですよ」
「そうじゃな。じゃが、人でも所有物になる時があるじゃろう」
「俺は、スラム出の貧民ですが、今は冒険者です。奴隷にはなりませんよ」
「いやいや、奴隷がどうとか、そういう話ではない。
圧倒的な強者とは、弱者を屈服させ、自分の物のする。単純な話よ」
「……頭が未だ、原始時代ですか?そんなの、今の世の中じゃ、通用しませんよ」
「通用しない?させるのが、“本物の力”という物じゃ!」
「貴方は、先程、正しき心がどうのって言ってた癖に、邪悪な行いを、しようとするのですか?」
「邪悪かどうかは、時代ごとに変わる。不変ではない」
「だから、今は邪悪だって言ってるんですよ、原始人!野蛮で粗野で、まるで野盗かなにかの言い分ですよ、それ!」
「さてさて。それも、露見すればの話じゃろ?この場でお主をさらって、隠してしまえば、わしの犯行とはわかるまいよ」
「……俺は、そうは思いませんよ。俺を力づくでどうこう出来る存在なんて、このフェルズでは限られている。貴方は、絶対その最有力候補になります」
「ならすぐに、里に戻って原初の森に、籠ってしまおうか。
人というのは、定命が短過ぎる。すぐ死ぬ。いなくなる。
じゃから、お主は時の止めた空間で、ゆっくり愛でてやろう」
もしかしたら誰か、大切な人を失った事でもあるのだろうか?
だとしても、その感傷は、ゼンがつき合う筋のものではない。
「冒険者ギルドを、敵にまわすつもりですか?下手をしたら、世界中から、エルフが非難の対象になるかもしれないのに!」
(たった一人の冒険者の為に、冒険者ギルドとエルフが戦争に、なんて事はないだろうが、エルフが非難されはするだろう。それなのに、この人は、子孫の災いの種になっても平気なのか!)
「ふん。別に、それぐらいで滅ぶなら、滅びればいい。またわしが、産んで増やしてやろうではないか。おお、その時には、子猿の子も産んでやろう」
「結構です。謹んで、お断りさせていただきますよ」
(駄目だ。この人は、外見通り、まるで子供のままなんだ。勝手気まま、我がままで、自分の我を通す事しか考えていない……)
ゼンはポーチから、いつもの剣を取り出し、鞘から抜き、構える。
(ポーチをつける癖があって良かった……)
「抵抗するかや?それも面白いのう。
お主は、妙な剣術を使うようじゃし、存分に試してやろうぞ!」
アルティエールの瞳が、好戦的に輝く。まるで獣人族だ。
「その前に、アルティエール様は、炎の精霊王の加護を得ているとか。
ここでそれを使うのは、やめてもらえませんか?
街や、改修したばかりの小城を、燃やされたくないんですが」
「やれやれ。注文が多いのう」
「炎の術なんか使ってたら、他の人が集まり、警備兵とかも来ます。
下の皆も気づくでしょう。人知れず、さらいたいのでは、なかったのですか?」
「チッ。確かに、のう。ならば、こうしよう」
アルティエールが何かを呟き、指を振る。
その時、世界が揺らぎ、“反転”した。
左右逆、そして色のない、モノクロの世界。
「……なんですか、これは?」
「わしの造った閉鎖空間じゃ。
見た目は普通に見えなくもないが、別の場所、別の空間じゃ。邪魔な人等いない、な
端はあるから、逃げても無駄じゃぞ」
「どうやったら出られるんですか?」
「わしを殺すか、開ける様に屈服させる事じゃ。それが勝者の権利よ」
言うと同時に、用意してあったのか、特大の火の球が3つ、ゼンに向かって放たれる。
ゼンはそれを、全て斬って相殺した。
「ぬ?……『轟炎の雨』」
サリサがよく使う、中位の範囲攻撃の術だ。
ゼンは迷う事なく前に、アルティエールに向かって突っ込み、剣を振るが、転移でかわされた。
「普通の魔術も使えるんですね」
「長く生きるのは、暇なのでな。覚えられる事は、大抵習得しておる。例えば……」
アルティエールは片手剣を出し、上空から斬りかかって来る。
その太刀筋、斬撃の鋭さは、並のものではない。一流の、達人級のそれだ。
ゼンはかろうじて剣で受け、それを押し返す。
「どうしたどうした、お主の剣は、そんなものかや?」
縦横無尽、雨あられと降り注ぐ斬撃に、ゼンはなす術もなく、ただ剣で受けるだけの様に見えた。
「期待外れじゃな。ほれ、これで仕舞いじゃ」
アルティエールが構え、ゼンの防御を打ち崩す威力の、大振りの斬撃が来る!
ゼンはそれを受け、崩れる様に押されながら、そのまま投げに入る!
「は?」
『流水』の受け流しにより、屋上の床に叩きつけられるそのギリギリの瞬間で、アルティエールは転移して逃れた。
「な、なんじゃ、今のは?」
「ご所望の、妙な『剣術』ですよ」
(なんでも転移で逃げられたら、決め技にならないな……)
アルティエールは『流水』を知らないらしかったので、決め技に入るギリギリまで見せなかったのだが、それでも通用しなかった。
「……やはり、剣など野蛮じゃ。エルフの真骨頂は、精霊魔術じゃし、のう」
アルティエールは剣を何処かに仕舞うと、言い訳がましい事を言いながら、古木の杖を出す。
「氷雪の女王よ、全てを凍らせる息吹をここに!」
アルティエールの背後に、氷雪の精霊が見える。そこから、とんでもない量の雪や氷を伴なった吹雪が、ゼンに向かって放たれる。
ゼンは、剣を構え、回転する。
「??なんじゃ?」
回転する剣に、吹雪は全て吸い込まれ、精霊の吹雪が終わったその瞬間、ゼンは受けた吹雪を一塊の力にしてアルティエールへと放つ。
「むお?!」
アルティエールは炎の壁を造り、その力を何とか防いだが、その後ろにはゼンがいた。
ゼンの、背中への斬撃は、氷の壁に阻まれた。
「……同時に2種の力を行使、か……」
サリサから難しい、と聞いていたのだが、精霊魔術だと容易なのだろうか?
ゼンは構わず、“気”を最大限に込めて氷の壁を斬り裂いたが、そこにアルティエールはもういなかった。
「……転移の鬼ごっこがしたいんですか?」
離れた所に浮かぶ、外套のみのハイエルフを挑発する。
「……お前のその剣は、なんなんじゃ?!剣術で魔術を返すとか、おかしいぞ!」
「……そういう剣術なんだから、仕方がないでしょう」
アルティエールは、『流水』に戸惑っている様だが、この勝負はもう先が見えている。
いや、始まる前から分かっていた。
アルティエールは、まだ全然本気を見せていないし、やろうと思えば範囲の広い精霊魔術で、付近一帯ごと薙ぎ払う事が出来るだろう。
ゼンが『流歩』でも逃げ切れない範囲を、“気”の防御でも防ぎ切れない様な、圧倒的な力で。
ハイエルフの上限は、ゼンにはまるで分からない。
ゼンに出来るとしたら、隙と死角をついての完全な奇襲をする事ぐらいだが、武術にも精通しているらしい、アルティエールの隙をつくのは至難の業だ。
それに、恨みも何もない、あの少女?を殺す気にもなれないので、戦う気概が高まらない。
だが、それでも、意味の分からない我が侭に、つき合う気もないのだが、落としどころが見つからない。
もう、死ぬ程いやで、借りを作りたくない相手だが、仕方がない。
「?何を止まっておるか。続きを―――」
「王様、見てますよね?ちょっと出て来てもらえませんか?」
「??なにを…お?」
二人の間に、綺麗なドレスを纏った薄淡く、透明な美貌の主が現れる。
「何故、リサでもない者に、私を呼びつける権利があると思うのでしょうか」
「俺が戻らなかったら、サリサは死ぬ程悲しんで、心配します」
「それも、時が解決するでしょう」
「王の思うサリサは、随分立ち直りが早いんですね。そう思うなら、その悲しむ姿をゆっくり楽しめば―――」
「やめなさい。私に、そんな悪趣味はない」
「なら、その人説得して下さい。どうせ旧知の間柄なんでしょう?」
「……なぜここで、主が出てくるのじゃ?」
厳しい目をしたアルティエールの様子を見るまでもなく、この上位存在が知り合いであろうことは予想出来た。
「俺は、勝手に出て行くんで、好きなだけ話し合って下さい」
ゼンは、剣を縦に振り、切れ目を作る。
予想通り、近い位置にあったようだ。
ゼンは、さっさとその切れ目から、元の空間に戻る。
場所は同じ、小城の屋上だ。ここの出口の鍵は、中からでなければ開けられない。
ミンシャやリャンカを呼ぶのも面倒だ。
ゼンは前庭の方に飛び降り、着地の瞬間、“気”で落下の速度を緩めた。
そして、正面の扉から中へ入る。
「あら、ゼン。さっきも呼びに行ったのだけど、前庭に出てたの?」
「ああ。ちょっと、厩舎の馬の様子を見に行ってたんだ」
今日はザラの日なので、彼女はゼンは探していたようだ。
「それで、大丈夫だった?」
「ああ、別に、異常はなかったよ」
一応後で、馬の様子を見に行こうと思うゼンだった。
※
その空間で、その二人はにらみ合い、対峙していた。
「なぜ、わしの邪魔をした。そんな余計な事をする“機能”があったのかや?」
「学習しました。学び、成長するのです。
ハイエルフの数少ない生き残りよ、あの存在に干渉するのはやめなさい。
あの者の近くには、貴方が思っている以上に、世界にとって重大な要因となる者が、数多くいます」
「……それが、神々の指示かや?」
「そう思ってもらっても構いません。
竜人を手伝い、妙な教団潰しぐらいは見逃されても、許されない案件もあります。
極最近、ある神が抹消され、更新されました。貴方も知っているでしょう?」
「“道化”か。
あれは、存在自体がふざけた物じゃて、今までも何回か、抹消されたではないか」
「確かにそうですが、今回はやらかした重要度が違います。
迷宮(ダンジョン)のシステムをいじり、改変したのです」
「??あれが、そんな大それた事をするか?」
「……そそのかした神が、いるのでしょう」
「……神界もどこも、下界と変わらんな」
「それはそれとして、警告しましたよ。あれに干渉するのはやめなさい。
消された“道化”がいじっていた迷宮(ダンジョン)。
そこにいた冒険者は、あれのパーティーです」
「“道化”も、あれが目的じゃったと?」
「さあ?それは、そそのかした方に聞かなければ、分からないでしょう」
「チッ。面白い玩具を、見つけたと思ったのじゃがな……」
「定命の者に手出しするのはおやめなさい。貴方は、抹消されたら、更新はされないのよ」
「……そうじゃろうな」
「……あれに手出しすると、リサが本気で悲しみます。私は、次も止めますよ?
でも、あれは“理(ことわり)”を斬る剣の持ち主。貴方が負けるかも?」
「“理(ことわり)”を斬る?そんな事が………
……なにやら随分、人の真似事が上手くなったものじゃな。
ただ、自然を管理し、見るだけが役目の“システム”が」
「学び、成長したのです。貴方にも、おすそ分けいたしましょうか」
「??なんじゃ、これは?」
「羞恥心、というものですよ」
「な!?余計な事を!」
「私に蛇の真似事をさせる、貴方が悪いのですよ。フフフ、さようなら」
「………」
「………成長じゃと、胡散臭い……」
「………」
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オマケ
ロ「マズイ。危機的状況だ!」
リ「確かにそうですね」
ス「はあ。そうですか」
ロ「クラン参加PTがドバっと増えて、女もドッと増える」
リ「困りましたね」
ス「はあ、そうですか」
ロ「スーリア、やる気が見えんぞ!」
リ「そうですよー」
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ロ「何を言っている!君のとこだって、第二夫人が出来るかもしれないぞ!」
リ「まったくまったく」
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