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第3章 従魔研編
114.クラン勧誘会(2)
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並べられた条件の良さ、ゼンの保証などで、今この場の雰囲気は、乗り気に傾いている。
二つのパーティーを除いて。
その一つ、『剛腕豪打』のリ-ダー・ガドルドが立ち上がり、ゼンを睨みながら、自分達は参加する意思のない旨を話しだした。
「……色々と、好条件が揃っているのは分かる。言いたい事の理屈も、大方、合っておるんじゃろうて。
じゃが、ワシらは、人間が好かん。嫌いじゃ、信用が出来ん。この話は断る!」
室内が、水を打ったような静けさに包まれる。
誰もが言葉を発するのを、ためらう様な静けさの中で、ゼンはそれを、まるで意に介さない。
「……なら、なぜ、仲間に人間の術士がいるんですか?」
これは、この場にいる誰もが疑問に思う話。
それを聞く度胸のある者は、そうそうはいないが。
「……この子はワシらの子、ドワーフじゃ。戸籍的には、な……」
苦々し気に言うガドルド。
「捨て子、ですか?」
周囲がギョっとして空気が固まる。そこまでハッキリ、言葉にすると思わなかったのだろう。
「そうじゃ!ワシらの里の入り口に、籠に入って、名の書かれたハンカチを握りしめ……」
ガドルドは、更に渋面になりながらも、素直に応えるのは、ゼンという存在の大きさに、呑まれてしまっているからだとは、気付かずにいた。
「……それなら、愛されてたんですね」
過去の、暗い記憶の話だというのに、意外な事を、優しい声音で言い出すゼンに、ガドルドは呆気にとられる。
「な、何を言っておる!捨てられていたんじゃぞ!」
「捨てた、その理由は分かりません。何か、やむにやまれぬ、余程の事情があったんでしょう。
けれども、人目のつく所に置かれ、名前も分かる様にしている。生きて欲しいからでしょ?
可愛らしい名前をつけるだけ、愛されていたのは確かなんじゃないですか?」
ゼンは、どうしてそれが分からないのか?と、不思議そうな顔すらしている。
「な、何も知らぬお主に、なにが分かる?名など、つけて当り前のものじゃ!」
「……俺が、今の養父に名付けられた時が、一生で最上の喜びでしたよ。だから、名前の持つ重い意味は、分かっているつもりです」
「な、なにを言って……」
ガドルドは、『流水の弟子』の経歴を知らなかったらしい。だが、義娘の方はそうではなかったので、クラリッサは、彼の腕を強く引き、耳打ちして教えていた。
ちまたで広まっている、『流水の弟子』の生い立ちは、スラムにボロを纏わせ、名もなくただ打ち捨てられていた、となっている。
細かな詳細等は、言っても理解し難いものがあるので、そういう分かりやすい話に要約されているのだ。
だから、ゼンがスラムで酷い生活をしていたのは本当でも、捨てられて、や、名もつけられずに、という話に対しては、ゼンとしては何も思う事がないのだが、周囲はそれに対して、色々と想像し、勝手に哀れで悲惨な解釈をする。
「そ、そうなのか。それは知らなんだ……」
これも、そちら方面に誤解されての事なのだろうが、ゼンはあえて誤解を解こうとはせずに、利用する事にする。ゼンは、それなりに小ズルいのだ。
「そ、それに、ガドルド義父さん!私は、センさんに言う事が、正しいと思う!ううん、お、思いたいの!義父さん達が、私を捨てた親が、嫌いのは分かる。
でも、私は、今まで私を育ててくれた義父さん達には、悪いけど、私はこの名前が好き!
だから、この名前をつけてくれた親に、愛情があったと思いたいの!思い込みでも構わないの!」
外見からも、クラリッサはとても大人しそうな女性だったので、恐らくは、娘の初めての反抗だったのではないだろうか。
「クラリッサ、お前は……」
ガドルドもゴドルドもオロオロして、普段の堂々とした態度はどこかに吹き飛んでしまったかのようだった。
「今まで、義父さん達に遠慮して、どうしても言えなかったの……。ごめんなさい……。
でも、同じことを考えて、言葉にしてくれた人がいたから……」
クラリッサがゼンを見つめる、その瞳には、感謝と、それとは別の感情が微量、含まれているようであった……。
(うぉい!ゼン!婚約者持ちになったんだから、女性に優しくするのは、程々にしておけよ!)
ラルクは小声でゼンをたしなめる。
(いや、でも、これは彼らを説得する絶好の機会なんですよ。程々には、しますが……)
「……ゴドルドさんは、彼女の親が人間だから、人間嫌いになったんですか?」
「だから、なんじゃ……」
力なく答えるゴドルフ。
「いくらなんでも、短絡的過ぎます。養子になっても、クラリッサさんは人間なんですよ?そう言われる度に、娘さんは、少なからず傷ついていたんじゃないですか?」
「…………あ」
どうも、本気で気づかなかったらしい。典型的な脳筋ドワーフなのだろう。
悪気がないのは分かるが、デリカシーにかけ過ぎる。見た所、女親はいないようだ。
男の兄弟のみで育児とは、苦労したのだろうが、育てられた本人の苦労も、並大抵のものではなかっただろう。
「……それでも、ドワーフの里を出て、冒険者をやっているのは、クラリッサさんの親を探す為なんですか?」
「なぜ、分かる?……」
意気消沈しているゴドルフは、今やなんでも素直に答えそうだった。
「それ以外で、貴方方が、里から出る理由が、ないと思いましたので。
……ファナさん」
ゼンは、ギルドの秘書官に、振り向いて声をかける。
「……これは、女性保護法や、術士保護法を逸脱していますよ?」
「実費は出しますので」
気弱な顔で頭を下げるゼンに、ファナは思いっきり溜息をついてから、ゴドルドに尋ねる。
「その、捜索、調査を依頼した会社はどこですか?」
「おお?あ、親の捜索の事か。東のベルウィック調査会社じゃ」
「ふむ。あそこなら、いい加減な調査はしていないでしょう。ガドルドさんは来て下さい。
その調査は、冒険者ギルドが引き継ぐ事になりますから」
ファナは、大柄なドワーフの手を引いて、部屋を出る。
「なんと!ギルドは、そんな事もやってくれるのか?」
「勿論やりません。ただし、ギルドにとって、重要な人物のごり押しには、応じない訳には行かないんですよ。お金も出す、とおっしゃってましたし」
「??一体、誰が、じゃ?」
「話を聞いて、なかったんですか?ゼンさんですよ。ただし、民間の調査会社よりも当てになるでしょうけど、必ずしも見つかるかどうかは、分かりませんよ」
「『流水の弟子』が?何のために?」
「さあ?普通に考えれば、クラン勧誘の為でしょうけど、こんなにお金がかかる、余計なお世話を、普通の人はやりませんけどね」
そしてファナは、ギルマスに通話魔具を借りて、ガドルドの住むドワーフの里に近い冒険者ギルドの支部長を呼び出し、ガドルドがベルウィック調査会社に依頼した調査の引継ぎをするように頼んだ。
ガドルド本人がいる事もあって、その引継ぎは問題なく行われた。
「古い話ですから、時間がかかると思いますが、なんとかやってもらいますよ」
「お願いね」
途中から相手を変わったレフライアが、向こうの支部長にお愛想を言って、通話を終えた。
「ゼン君は、苦戦してるのかしら?」
「まあ、それなりに。頑張ってると思いますよ」
それから、会議室に戻る途中、ファナは、ある余談を持ち出す。
「ゴルドルフさんは、ヴァルカン、というドワーフを知っていますか?」
「ドワーフで、その名を知らぬ者はいないじゃろう。鍛冶の王、鍛冶の神を」
「その人は、ずっとスランプで苦しんでいたそうですよ」
「なんと!あれ程のお人が……」
「ですが、天啓を受けて、ある国のオークションで、魅力的な素材の山に巡り合え、なんとかそれを、脱する機会を得たとか」
「ほう。ありがたい事じゃな」
「その素材は、『流水の弟子』が狩った魔獣の素材です。売主は、彼の養父」
「な、なに?」
唐突に出た意外な人物の名前。
「これは、その養父と『流水の弟子』に当てられた感謝状です。ゴウセル商会長から借りて来ました」
ゴドルフが受け取る、その立派な手紙には、確かにヴァルカンのサインと印が、国王の印と一緒に押されていた。
「これを、どう感じるかは、そちらの勝手ですが、私はこれを、見せろ、と命令されて、貴方に見せた訳ではありません」
「……ならば、なぜじゃ?」
ゴドルフは、ファナの思惑が分からず、慎重に聞く。
「独断専行、というものですよ」
ファナは珍しく、悪戯っ子の様に邪気のある笑みを見せた。
戻って来た二人を見て、ゼンは笑顔で出迎える。
「手続きは、うまくいきましたか?」
「全てとどこおりなく」
ファナはツンと冷たくそれだけ告げる。
人間の女性の取る行動は、かなり意味不明だとゴドルドは思う。
「ゴドルドさんは……?」
その顔色を伺うゼンに、もう答えは決まっているのだが、一応は勿体ぶっておく。
「最後まで付き合うから、参加かどうかも最後じゃ」
取り合えず、ここでの断りはなくなった訳だ。
「では、もう一組ですね」
ゼンが言い、皆が、その大柄な甲冑にフルフェイスの兜をガッシリはめた、外見や種族の分からぬ二人と、フードを目深に被った、エルフらしき人物に注目する。
『古(いにしえ)の竜玉』の三人だ。
「それがさ~」
意外に軽い、高い声で話したのは、エルフの少女(?)アルティだった。
「うちは、元々4人しかいなかったんだけど、その内の一人が、身内の不幸で、田舎に戻ってしまったのさ。だから、残りは私ら3人のみ。
とてもクランになんて、参加出来る戦力じゃないんだよ~」
まるで残念そうでなく、だから諦めてね、とでも言っている口ぶりだ。
「うちには、貸せる従者の余剰戦力があります。また、正式なパーティー・メンバーの補充でしたら、2、3名程でしたら、当てもありますが?」
「ありゃりゃ」
困ったな、当てが外れたな、とでも言い出しかねない感じだ。
「それよりも、俺としては、オルディアスさん達が、俺が旅の途中に会って、一緒に戦い、仲間に伝言を頼まれた人なのか、気になるのですが……」
それを聞いて、今まで微動だにしなかった、二人の重甲冑の戦士が、急にゼンに向き、重い声を上げた。
<それは、誠か?>
人とは音域が違うのか、聞き取りづらい声だった。
「はい。俺が会ったのは、『ギルバイア』という人です。仲間には、“碧の角が美しき者”と言えば、通じるだろう、と言われました」
<ギルバイア、碧の角……。間違いなかろう……生きていて、くれたのか……>
<兄上、良かったですね……>
なにやら深刻な話をする二人。
<それで、伝言、とやらは?>
「メモリー・クリスタルで渡されました。大事な物なので、ここに持ってきてはいません」
「つまり、うちらにも来い、って事だね。知恵がまわる猿だ……」
アルティが、声に似合わぬ、凶悪に侮蔑的な物言いを、最後にした。
ゼンはまるで無視だ。
「なので、全員、『西風旅団』の用意した宿舎の見学、と言う事で、移動しましょう。
時間的にも丁度いいので、そちらで昼食の準備もしてあります。
クラン参加の返事も、そちらを見てからお決めになって下さい」
どうやら全員を、“宿舎”見学まで連れて行く事が出来て、ゼンはホっと一息ついた。
※
全員を連れて、小城へ向かう。
冒険者の足なら、大した距離ではないが、遠い事は遠い。
てっきり、ギルドに残ると思っていた、ファナまでがついて来ている。
見届け人としては、しっかり最後まで見る必要がある、という事なのか。律儀な人だ。
あるいは、昼食目当てだろうか。ファナも、ゴウセルの屋敷で何度か食べている筈だ。
食道楽な人には見えなかったが、甘い物のせいかもしれない、とゼンは一人納得した。
小城に着くと、そこを知る者以外が、ポカンと口を開け、驚愕していた。
オルディウスとコルターナも、フルフェスの兜で見えないが、茫然とはしているようだった。
何故かアルティは、クックックと、腹を押さえ、何やら嫌な笑いを洩らしていた。
彼女は何者なのだろうか?普通のエルフでない事は確かなのだが。
門をくぐり、正面の大扉を開けると、恒例の、子供達とミンシャ、リャンカが丁寧に頭を下げ、
「いらっしゃいませ、ご主人様方!」と22人で唱和している。
さあ、小城の見学会の始まりだ。
*******
オマケ
ロ「ゼンは、クランの勧誘会か……」
リ「そうです。さすが師匠。自分でクランを立ち上げるなんて、並の人なら出来ません!」
ロ「うむうむ」
リ「こちらにも連れて来て、見学された後は、昼食もご一緒されるとか」
ロ「うむうむ!つまり、分かるか?リーラン!」
リ「もちろんです!」
「「美味しい料理が食べられる!!」」
ザ「……あの二人、当初の目的、見失ってないか?」
デ「まあ、それだけあの料理は……」
モ「うんうん。美味い料理の破壊力すら凄まじい」
デ「……モルジバは、なんでここにいるんだ?」
モ「一人で暇だからだよ!怪我しろよ。治してやるから」
ザ「なんでだよ……」
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