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第2章 流水の弟子編

051.悪魔の壁(4)外~11

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 ※


「迷宮(ダンジョン)に籠るって、いいのか?その面倒な新技術の話は?」

 リュウとしては聞かない訳にはいかない。1週間後というのは、明日か、いや明後日か?まで迫っている。その情報が見れる様になるその時に、ゼンがいない、というのは、解説役がいなくなる事になるのでは?

「いいんです。そうしたらしばらくまともな冒険者活動出来なくなりますし、その前に一つぐらい迷宮(ダンジョン)攻略しても、罰(ばち)は当たらないでしょう。普通に自分のパーティーの活動優先です。せっかく再活動始めたのに、すぐ休止じゃ、みんなだって嫌なんじゃないですか?」

 ゼンの言う事は分かるが、ギルドが一部署を立ち上げて研究するぐらいの新技術の、妨害にはならないのだろうか?

 と、リュウが言うとゼンは、

「みんなはその話を聞いてなかった事にして、で、中級ならそうそうすぐに帰れない状況なんていくらでもありますから、行って帰るつもりだったけど戻れなくて、で、攻略進めて、制覇しちゃった事にしましょうよ」

 と、なんだか強引な、なし崩し的に事を進めようとしている。

「行こうよ~~。せっかくいい感じなのに、しばらくお休みとか嫌だよ~」

 自分に正直過ぎるアリシアさん。

 確かに、せっかく再活動始めて、良さげな波が来ている感覚もあるのに、それがしばらくお預けなのは自分達としても不本意ではある。

「それに、俺がいなくても、その情報を吟味して、ギルドなりの解釈とかしてたっていいんだし、別にゴウセルの乗っ取り騒ぎなんかみたいに緊急を要する様な事じゃないんです。たかだか1週間か2週間ぐらい遅れたって、誰も損をしないし、得する人もいないと思いますよ」

(義母さんは個人的に、自分の目が治った事情を知りたがるだろうけど、それもキューブの情報である程度の推測はつく)

「俺としては、パティー・リーダーの決定に従いますよ?」

「あ、それはズルいだろう」

 リュウは焦る。自分の責任にされても困るのだ。

「じゃあ、公平に決を取ってみたら?今、俺を入れて西風旅団は奇数だから、棄権がなければ絶対にどちらかに決まりますよ」

 それなら確かに、責任は公平に皆に等分される。気がする。

「……そうだな。俺が勝手に決める訳にもいかんし、採決するか。今回の、迷宮攻略行きに、賛成は挙手。反対は上げない、で……」

 当然言い出したゼンは上がる。それ以外は―――全員が手を上げていた。

「ま、別に大して不利益がないならいいじゃんか」

「そうね。私も、それ程問題にはならないと思うわ」

 皆は少し気まずげな顔して笑っていた。新技術とやらに興味はあるが、直接自分達には関係しない気がしたからだ。

 こうして、また『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』の攻略がすぐに再開される運びとなった。



「で、いつ出発するんだ?明日とかだと、ギリギリ過ぎてギルマスに止められないか?」

「その可能性は、やっぱりありますね。今日出ますか。俺のポーチには、水や食傷は最低でも1カ月分ぐらいあります」

「1人分で1カ月だと、5人分だと心もとなくないか?」

「言い直します。5人分でも1カ月分ぐらいあります」

「……なんでそんなに一杯入れてるんだ?」

「帰って来てからはなんでもパーティー単位で揃えてたので。後、転移符も予備入れて5枚。これは別に人数分とかじゃなく、まとめて安く買えたからです。

 制覇するんだったら、帰りの分は考えなくてもいいのですが……」

「いや、攻略に手こずったら、何処かで区切りをつけて帰った方がいいだろう。だから転移符は必要だ。そうだな……2週間で、まだ終わりの目途が立たない様なら、仕方ないから一旦帰ろう。

 それで、いいだろう?分かっててギルマスに迷惑かけるのもマズイし、な。仮にも、お前の義母になるんだから……」

「そう……ですね。俺は2週間もかからないと思ってるから、いいですよ」

 ゼンが自信満々なのが、ある意味怖い。今や彼の方が戦闘経験豊富なのだ。つまり、彼の予想の方が当たる確率が大きいと言う事になるのだ。

 初回での迷宮の戦闘は、ちゃんとした打ち合わせや陣形等の確認もなく、流れで行ってしまったのは、やはり様子見だと思っていたからだ。それが、ゼンがこちらに合わせるのが上手過ぎて、自然にこちらに動きに溶け込んでいるので、ついついズルズルとそのまま最後まで行ってしまった。

 これで、ちゃんとそれらの準備を済ませたら、もっとチームの総合的な力が上がって、更に攻略の速度が上がる?

 リュウは首を振って、無闇に楽観的な予想を立てるべきではないと戒める。

 しかし、ゼンは決して自分だけが突出した活躍はせずに、あくまでチームの一員として、自分の決められた役割からはみ出そうとはせずに、こちらが思う存分活躍出来る様、一歩引いた位置で戦闘をしている。

 それは、決して『流水の弟子』という本来ならもっと上に行ってもいい様な過剰戦力をこちらに合わせ、パーティー全体の成長を促してくれているのだろう。だから、ゼンが再三言っている様に、ちゃんと自分達自身での力で攻略を進められている実感がある。それでも、あの異常な攻略速度なのだが……。

 術士として天才的な、アリシアやサリサはともかく、それなりでしかないと思っていたラルクやリュウに対しても、B級並になれる素質がある、的な事を言っていたが、あれは本当なのか?ゼンがお世辞やおだてを言わないのは、彼を昔から知っている自分達はよく分かっているが、それはいくら何でも飛躍し過ぎていると思う。

(余り考え過ぎても意味ないか。それよりも、今はともかく『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』に行く事を考えよう。打ち合わせ等も、どうせだから中の“休憩室”ですぐにやる事にしよう。サリサも俺に指示だしの確認がしたい様だし、攻略はそれからだな)

 リュウ達は、昨日、迷宮(ダンジョン)に行ったばかりなので、こちらも大して準備はいらない。回復薬(ポーション)等も消費してないので補充の必要はない。すぐにでも出かけられるだろう。

 食料や水等の、本来は迷宮(ダンジョン)探索で、一番かさばって重い荷物になる物をゼンが、あの異常に強化された性能のポーチで担当してくれているので、背中のザックがやたらと軽い。この次からは、皆の収納具もある程度小さめの物で揃えた方がいいかもしれない。

 ゼンがいると、こちらにプラスの効果ばかりあって、多少申し訳なく思うのだが、彼はむしろこちらの役に立ちたがっているので、それを口にすると怒られそうだ。

 一つだけ、特にリュウ自身のみに問題があるのは、“あの”移動方法だろう。身体や“気”の鍛錬にもなり、馬車代も節約出来るいい方法ではあるのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。アリシアは大喜びだが……。


 ※


 そうして、フェルズから馬車を飛ばしても3時間近くかかる、荒野のど真ん中ににある、『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』に着くまで、大体1時間ちょっと。

 身体強化して全力で走れば、それ位の時間で着くのだ。1時間全力はかなりきついので、リュウもラルクもかなり消耗しているが。

「おー、今日も潜るのか。熱心だな」

 昨日のギルド職員二人が笑って一同を迎える。彼等、見張りの冒険者ギルド職員は、近くに建ててある小さな小屋に、交代要員を休ませ、交代制で仕事についている。ある程度の期間で、ギルド本部に戻るか、休みを挟んで別の迷宮の見張りに交代に行くかする。

「え、ええ。調子のいい時に、で、出来るだけ行こうと、思いまして……」

 リュウがアリシアを降ろして、その場にだらしなく腰を下ろして言う。

 ラルクも息絶え絶えだ。ゼンが水筒ごと、そんな二人に投げ渡す。

 ゼンは息どころか汗一滴すらかいていない。練度が違うのだ。

「今回から、迷宮(ダンジョン)に籠って、じっくり慎重に探索しようと思っているので、しばらく出て来ませんが、ご心配なく」

 ゼンの言葉に、元冒険者の職員の方が、大いに同意だと大きく頷く。

「ああ、そうだな。中級ともなるとそれぐらい慎重に、ゆっくりぐらいでいいんだ!焦らずに、細心の注意を払って行くのがいいさ!」

 ゼンは、慎重派な職員に、程々に話を合わせて同意しておく。

(神の試練だとかいう迷宮(ダンジョン)には、前のロックゲート 岩の門の様に、妙な仕掛け ギミックがあったりするし、それを発動させない為にも、余り急がなくてもいいのかな。後、残り40階層。正直、1週間もいらないと思うのだけど……)

 それから西風旅団一行は、リュウとラルクが息を整えるのを待ってから、『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』の中に足を踏み入れた。

 まず最初に運悪く遭遇してしまった、Dオーガ7、Dトロル6の定番の群れを適当に一蹴してから、リュウに言われていた“休憩室”での腰を落ち着けた打ち合わせとなった。

 そこでゼンに今まで使っていた、戦術の符丁。単純に、Aは先に前衛が攻撃、いったん引いた後でサリサが魔術を撃つ、とか至極分かりやすくシンプルな物だ。それに、状況に応じてリュウが何か支持を足したり、あるいは状況に流されながら各個に最適と思う行動を取ったり、と、いい加減(アバウト)な一面もあったりした。

 ゼンはそれを覚え、そして、サリサはそれに自分流のアレンジを加えて、もっと洗練した物にするのだった。具体的には、サリサは風の下位魔術で、自分のつぶやき程度の小声を、仲間の耳元に送り届ける事が出来る。

 それで後から、いくらでも指示を変え、それを各自に正確に伝える事が出来る。これは、リュウが大声でしていたよりも、敵に気づかれずに尚かついくらでも変更が可能な上、聞き間違える事もない。

 細部を詰めていく毎に、サリサの方が指揮に向いているのが、後方に位置しているだけでなく、そうした魔術での細かな補助がきく点でも、より向いているのが分かって来た。

 ただ一つの問題を除けば―――

「虫とか、キモい系の魔物はどうしますか?」

 サリサはそれを聞いただけで青ざめ、背筋を震わせている。

「無理!あんた達で適当にやって!」

「う~ん。虫は外骨格が硬いだけで、余り“気”とか使わないから、それでもいいんだけど、アリとか蜂系の、やたら数で押すタイプもいて、そっちだと範囲系の魔術のが、断然効率がいいと思いますよ」

「だな。アリやハチぐらいなら平気だろ?」

「ま、まあ、そうね。でも蜘蛛は嫌!絶対嫌だから!」

「ここにいる、巨大蜘蛛(ジャイアント・スパイダー)か。あれも、遠くから薙ぎ払って欲しいとこなんだが……」

「……出たら、一発デカいのを中心にやるから、その後はお願い……」

「そうだな。苦手なのを無理させても、負担が大きくなるだけだ」

「はい。俺も、爆裂系の剣撃とかやりますから、リュウさんも魔剣の炎で薙ぎ払ってください」

「なんだ、その爆裂系の剣撃ってのは?」

「“気”で造った衝撃波を、当たったら爆発する様に調整するんです。結構難しくて、疲れるんですが」

「『流水』って実は何でも出来るな……」

「何でも、って事はないですよ。出来る範囲は広いかもしれませんが、それなりで。

 俺じゃなく、師匠ならもっと色々出来ますけどね。俺はまだまだ未熟者なので……」

(お前を未熟とか言わせてしまうラザンはホント、おっかないよ……)

 リュウは密かに思うのであった。

「……まあ、大体こんなとこか?サリサは何かそれでも手が足りない様な事あったら、アリアに言ってみてくれ。一番近い場所にいるしな」

「ええ、分かったわ」

「ラルクも、他、何か聞いてて疑問とかあるか?」

「ん~。今の所、思いつかんな。実際に戦ってみたら、何か出るかもしれんが」

「そうだな。アリアも、戦棍(メイス)で前に出る時の事考えて、サリサの指示は覚えておいてくれ。今回、そういう場面があるかどうか分からんが……」

 基本的にアリシアは治癒を担うチームの生命線だ。近接の前衛2人に、中距離援護に遊撃の1人がいる現状、それはほとんどあり得ないだろう。この3枚が抜ける様な敵なら、それは全滅を考えた方が速いぐらいだと思う。

「はいは~い。大丈夫、バッチシです~」

 アリシアは胸を叩いて余裕顔だ。心配いらないだろう。

「じゃあ、転移符で10階に移動するか」

 相談するなら、10階の安全地帯でも良かったのだが、雷大鹿(サンダー・ディア)のいる近くの場所で戦闘の相談するのは妙な感じがして、わざわざ1階に入った旅団一行だった……。


 ゼンが“気”を流して地面に転移符を置く。魔法陣が広がって、一同を10階の、ゼンが記憶させた位置へと転移させる。往復で使い終わった転移符は、その場で燃えてなくなった。

 10階の広い戦闘地帯の中央には、雷大鹿(サンダー・ディア)が悠然とたたずんでいる。出口側にいる者には目もくれない。

 もうこちら側に来てしまうと、一方通行で戦闘地帯には入れないので、もし階層ボス目当てに狩りを繰り返し、迷宮(ダンジョン)を出入りするなら、手前の階の“休憩室”等を拠点とする必要がある。転移符は、安全地帯でなければ起動が出来ないからだ。

「じゃ、上に上がろう」

 5人は階段を上がり、11階を目指す。階段も敵の出ない安全地帯ではあるが、転移符を起動出来る様な広いスペースはない。

 11階も、今までの階とそう変わらない外観だ。明るすぎない、壁と床と天上に閉ざされた空間。何の面白味もなく代わり映えもしないので、どこがどの階層か覚えておかないと分からなくなるぐらいに一緒だ。

 しかし敵は違う。特に、階層の変わった時点で、それまでの敵は出ずに、まったく新しい魔物が出るようになる。

 リュウ達が上がったその場所の、右横の通路からズルズルと何かを引きずる様な音と共に、八体程が姿を見せる。それは、上半身は人間、下半身は蛇のラミアだった。

 ゼンの中でリャンカが何か反応してるが当然無視だ。

「Aで行ってみて」

 サリサの指示は、近接で防御の術や結界、“気”を近接で切り崩してからの魔術攻撃だ。

 リュウとゼンがすかさず前に出て、ラルクも牽制の矢を飛ばす。

 ラミアは攻撃系の術……呪術を使うが、近接でもその爪や牙、そして蛇の胴体を使っての巻きつき等、攻撃方法が多彩だ。爪や牙に毒はないのだが、呪術の呪いをつけられる事がまれにある。

 ゼン達の目には、呪術による多重障壁を張ったラミア達の結界が見える。

 リュウはとりあえず効かないと分かっている氷のつららを適当に飛ばしながら、ラミアとの距離をつめる。通路がそこまで広くない事もあって、ラミア達は前衛4後衛4、と布陣している。

 ラミア達からなにかの呪術が飛んでくる。ゼンはそれを剣で斬り、受け流す。リュウは張ってもらった防御壁任せで強引に進む。

 リュウの大剣の大振りが、見事にラミアの結界を、一層も二層も関係なく切り裂く。やはり“気”の流された魔剣の効果は絶大だ。それに茫然としてラミア達も驚いている。

 ゼンもまたそれに合わせ、2体のラミアの展開する結界を全て斬って無防備状態にした。

{下がって!}

 ゼンとリュウの耳元でサリサの声がする。二人が同時に下がった瞬間、

「『『狂風乱舞(ウィンド・ダンス)』!』

 ラミア達を風の中位魔術が覆う。恐らく術に対しての結界頼りだったラミア達は、瀕死の重傷、といった感じだったが、後方から、緑の暖かな光が、前方で傷ついたラミア達に降り注ぐ。

 ラミアは治癒系の術も使えるので、後方の仲間達が慌てて使ったのだろう。

 それでも、死体は治癒出来ない。ゼンは2体の回復しかけたラミアの首を斬り落とした。また中でリャンカが何か騒いでいる。後で注意しないと駄目だろうか?一応戦闘中は集中したいので、向こうの声は遮断していたのだが、かすかに少し洩れて来るのだ。

 リュウは炎の斬撃を飛ばし、こちらもそれがダメ押しとなって、前衛のラミア達はいなくなった。

 これで残りは後方の4体だ。

 仲間達をあっという間に見事な連携で倒され、かなり動揺しているのが見て取れる。

 どうでもいいが、何故ラミアは、男はともかく女の個体は、胸を何も隠さず、そのままで出て来るのだろうか?服を着る文化がない?それとも羞恥心がないのだろうか?

 ……あ、またリャンカが。おかしい。こちらの声も聞こえない筈なのに、付き合いが長いと伝わってしまうのだろうか?

 結局、動揺のひどかったラミア4体は、ゼンとリュウの近接攻撃に、要所要所で腹や目等の防御の弱い部位に飛ぶラルクの矢によって討伐された。

 戦利(ドロップ)品は、上等の蛇肉と、銀貨数枚、ラミアの爪や牙だった。
 

*******
オマケ

リ「なんか俺もかっこいい決め技的な名前でも考えるか?せっかく炎出てるし。火炎斬り、とか」
ラ「それまんま過ぎてヒネリが欲しいとこだな。俺が、急所撃ち、とか言うみたいだぞ」
サ「男子って好きよね。そういうの。呪文は最初からついてるし、強制で言わないといけないのに……」
ア「サリー、それなら暗示の鍵を火、とか水とかにしたら~?」
サ「いくらなんでも、それだと色々分かりづらくなりそう。でも、確かに鍵を変えるのはありかもね」
ゼ「……(そう言えば師匠に、かっこいい技名を色々考えろ、とか言われてたのは、こういう事だったのか……)」
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