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第2章 流水の弟子編

049.邂逅

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 ※


「朝食も美味しかったね~」

 アリシアは美味なる朝食にご満悦だが、サリサはどうにも不満顔で納得出来ない、と言う。

「なんで、こんな理想の嫁みたいになってるの?あの子……」

 しっかり何も残さず食べ切っているいるのに、何故に文句をのたまうのか。それに不満といよりも取りようによっては誉め言葉の様だが。」

「サリーは何が不満なの?」

「私は、正直、魔術だけの、一点突破な馬鹿なのよ。シアも似た様なとこあるけど」

「私が神術に向いてたのはたまたまだよね~。他は不器用だし。何でか女の子っぽいとこは苦手で、お母さんにガッカリされてたからね~」

「私もよ。で、ゼンって剣の修行して来て、びっくりするぐらい強くなってるじゃない」

「うんうん~」

「なのに、炊事家事料理、みんな出来る様になってるって何?あいつ完璧超人かなんかなの?

 昔は、精神的に不器用っていうか、どこか欠けてる様な、そんな感じがあったけど、今は、こう、何処にもつけ入る隙がない、みたいな?」

「ゼン君につけ入りたいの?」

「ちっが~~う!そうじゃなくて、今が何でも出来て不自然というか、成長し過ぎというか、なんか納得いかないの!」

「サリ~の納得、はよく分からないけど、なら話してみれば~?戦闘指揮の事で相談したいって言ってたじゃない。そのついでに、聞きたい事聞いてみれば?」

「……そうね」

「ただ、私は、ゼン君あんまり変わってないと思うよ。人を気遣う割に、どこか抜けてたり、ゴウセルさんや私達の事大好きなとことか、全然変わってないよ」

「……今、シアが言った辺りは、確かに変わってないかもね。昨日の迷宮も、最後で本音ぶちまけてたし、それを聞くと確かに完璧になったんじゃなくて、努力して完璧に近づけている感じなのかしら……」

 リュウとラルクは、同じ食卓についていたので、二人の話を聞くとはなしに聞いていたが、何も口を挟まなかった。完全、女同士の話、な感じがしたからだ。

 もう食事は済み、レフライアはギルドに出勤している。

 二人も宿に戻ろうと席を立ち、洗い場で今朝使われていた食器類を洗っているゼンに声をかける。

「ゼン、俺達はそろそろ宿に戻るが、後でまた宿の方に来てくれるか?この先の迷宮の探索予定とか相談したいし、もし今日出るなら、昼過ぎからで、迷宮(ダンジョン)内で野営とか考えなくちゃいけないかもしれないからな」

「そう、ですね。後で必ず行きます。俺も午前中は所用を済ませたいので」

「応。後、サリサ達も、何か話あるみたいだから、その所用の合間?にでも聞いてやってくれ」

 リュウは一応気を効かせて、サリサ達の事も伝えておいた。アリシアが口だけで“ありがとう~”と伝えて来ているのでそれで良かったようだ。

「そうなんですか?分かりました」

 そうして、リュウとラルクはゴウセルに昨夜と朝の食事の礼などしてから屋敷を出て行った。

 洗い物を済ませたゼンは、手を拭きながら、アリシアとサリサ、二人の方に来て、さてどうしようか、と迷いを見せる。

「俺、これからギルドに一度、行ってくるんだけど、その間、ここで待つ?それとも―――」

「ゼン君、それに私達もついて行っちゃ駄目かな~?」

 サリサは、それが何のかよく分かっていなかったので、とりあえずアリシアに話を任せる事にした。

「それって、ゼン君が助けたって聞く、治癒術士さんのお見舞いでしょ?私達もぜひ会ってみたいから、紹介してくれないかな~」

「……えーと。そう、だね。二人には会ってもらっても、いいのかな……。同性の知り合いが増えるのは、多分いい事だろうし……」

 ゼンは、何か考え考え、迷いを見せながらも、それが彼女の為になると結論して、承諾した。

「じゃあ、行く前に少し事情を説明するね」

 場所を、食卓から応接間に移り、話をする事になった。

 いつの間にかゴウセルがいなくなったのは、多分気を効かせて自室に移動したのだろう。彼自身はゼンから話は聞いていたので、また説明を聞く意味は余りない。

 ゼンは二人に手早くお茶を出すと、どこから話したものかと逡巡する。

「……俺が、旅立つ前の、野外任務の時にした、一度魔物の毒の部分を食べてしまって、死にかけたって話は、覚えてるかな。ちょっとだけしか話してないから、覚えてないかもだけど……」

「あ、私、覚えてる。サリサはその場にいなかったから、分かりづらいと思うけど……」

「そっか、そうだね。俺も細かいとこは覚えてないや。まあ、ともかく、ゴウセルの世話になる結構前にそういう事があって、死にそうになってた所を助けてくれたのが、これから会う事になる人、“ザラ”なんだ」

「え、と。でも、ゼン君の様子だと、その人って、亡くなったんじゃなかったの?」

 その時のゼンのひどく落ち込んだ様子を思い出してアリシアは聞いた。

「……うん、俺はその時、もうザラが死んだと思ってた。思い込んでただけだったんだ。実際には、ザラは生きてたんだけど……」

 馬鹿な昔の時分、自分だけがヌクヌク幸せを享受していた、愚かな自分。

「スラムって場所は、ひどい所で、病気や怪我を治す手段なんてほとんどないんだ。

 医者や治癒術士なんていないから、ともかく栄養が取れるなら取って、ただじっとして、その怪我なり病気なりが治るのを待つしかない。薬もない薬草なんて知らない。

 だから、そこで毒を食べてしまった俺は、もう死ぬしかなかったのに、助けてくれたのがザラで、彼女は俺の命の恩人、それ以上の人なんだけど……」

 一度話を止めてから、またどう説明しようか考えながら言葉をつなぐ。

「スラムには組織……いわゆる裏組織っていうものが、いくつかあるんだけど、ほとんどは単なるゴロツキの集まりなんだ。

 でも、その一つに、奴隷商の手下に成り下がって、同じスラムの子供をさらう手伝いをする最低な奴等の組織があって、ザラは、お母さんも力の弱い治癒術士で、それで子供の頃から目をつけられてて、スラムだと、ともかく治癒っていうのには、それだけ価値がある物なんだ。

 だけど、ザラはお母さんに言われて、自分の顔を半分、火傷みたいにして、だから自分は治癒は出来ません、て証明にして誤魔化してたんだけど、裏では困った人をただで、俺みたいに治してたらしくて、結局それがバレて、ザラはそいつ等のアジトに連れてかれてしまった。

 で、俺はその時、毒の治療が終わったばかりで、体調がまだ本調子じゃなかったんだけど、急いでザラを助けに行ったんだ。

 どうしてかって言うと、ザラは捕まる前から、スラムを裏切っているそんな奴等に協力したくないから、もし捕まったりしたら、自分で自分の心臓を止めるって。治癒の応用で、逆の事も出来るって、そうザラは言ってたから。とても、誇り高い人だったんだ……。

 でも俺は、なんとかアジトには忍び込めたけど、結局捕まって、袋叩きに、ボコボコにされて放り出された。身体が本調子じゃなかったせいもあるけど、その頃の俺はどうしようもなく無力で、大切な人を守るどころか助ける事も出来なくて、結局諦めるしかなかった……。

 だから、ザラは、言っていた様に、自分で自分を……そう、思っていたんだ……」

 時々、あの頃の考え無しな自分を殺しに行きたくなる……!

「それで、話は飛ぶけど、俺が旅から帰って来て、で、ゴウセルの商会の乗っ取り騒ぎがあったでしょ。その詐欺は、他の街や王都でやっていて、商会の本部であるこっちではそういう詐欺はなかった。

 代わりに、ゴロツキが嫌がらせだの、配達に雇ってたスラムの子供が一斉に荷を持ち逃げしたりとかがあって、どうもその乗っ取りの商会が、フェルズの裏組織を雇って、ゴウセルの目が他に行かない様にしてたみたいなんだ。

 だから、俺は、多少なりとスラムの事情を知ってたし、せっかく雇ってもらえる場所をなくす様な事をするのは変だと分かってたから、子供達を……説得して、でどこがそれをやらせたのか教えてもらったら、何とそこが、俺を袋叩きにして、ザラを奪った組織だったんだ。

 変な縁と言うべきなのか、ともかくそこに乗り込んで、適当に幹部とかボスとかに痛い目見せて、その悪商会との取引を証言する事を約束させて、そいつらは捕まえたのだけど、って、こっちはどうでもいい話だったね。

 つまり、その場所にザラがいて、捕まっていて、ずっと治癒術士として利用されてたらしいんだけど……その、ザラがそれに応じた条件が、調度俺が捕まって、袋叩きにされてる様子を知らせて、俺の命を助ける事、それが条件で、ザラは自殺も出来ずに、あいつらにずっと利用されていて……!」

 ゼンはそこまで話して、また怒りが再燃しそうになったが、これはもう、ザラとの話し合いで、終わった、とする事にしたのだ。どうあがこうと何をしようとも取り戻せない時間なのだから。

 ゼンは深呼吸して、ことさら何でもない事の様に、話を続けた。

「それで、ゼラはその……やりたくない事をやっていたせいとかあって、ひどく衰弱してて、俺としては運び込む先はギルドしかなかったんだ。ギルドは術士を保護してるって聞いてたから」

 そのせいであんな二つ名が生まれた気がするが、もうこれは考えても仕方がない。

「あ、でもね。もうザラはかなり回復してて、その上、ギルドの専属治癒術士のマルセナさんの弟子になって同じ専属治癒術士になる事にした、みたいなんだ。

 だから、もうお見舞いじゃなくて、単なる様子見かな。毎日押し掛けても迷惑かな、とは思ってるんだけど……」

 と、そこまで話して、二人の様子を確認もせずに、ただただ一方的に説明していた事に、やっと気づいた。

「えーと、これが、事のあらましなんだけど、何か分からなかった事とかある?」

 二人を見て、ゼンはギョっとした。アリシアが、涙を滝の様に流して、持っているハンカチはもうすでにずぶ濡れ状態だった。

 サリサも涙目で、目の端に今にもこぼれそうな大粒の涙が溜まっている。

「ぜ、ゼン君、がわ”い”そ”うで……、ざ、ザラさんも、ぞんな苦労して……」

「うん、色々苦労してして来たのは知ってた……知ってたつもりだったけど、この話はちょっと、驚くぐらいに壮絶で、ごめん、ちょっと心落ち着かせるまで待って……」

 感受性豊かな二人にはきつい話だっただろうか。自分でもまだ色々持て余している過去だ。

 話さなかった方が良かったかな?とゼンは少し後悔していた。

「ゼン君、今話さない方がよかったとか思ってる?逆だよ!こういう大事な話は、ちゃんとしてくれないと、私達、困るから!」

 アリシアは、ゼンの様子を見て、ズバリ思ってる事を言い当てると、キッパリ言うのであった。

「……うん、そうね。確かに話しづらい事かもしれないけど、なるべく大事な話は、仲間と共有するべきだと、私は思うわ。ゼンがそれで罪悪感を色々覚えているのも分かるけど、ザラさんはそれを望んでないでしょ?」

 サリサも少し心を落ち着かせたのか、その分析は明解で、どうしてこんな少しの話でそこまで分かってしまうのか、と考えれば、それはゼンの顔にそれが出てしまっているからだ。

「やっぱり、女性の心は、女性が一番よく分かる物なのかな。俺としては、色々罪滅ぼししたいんだけど、ザラはそういうのはいらないって、俺が立派に成長してる、それだけでもう報われてるとか言われても困るんだけどなぁ……」

 ゼンは力なくソファの背もたれに身体を預け、脱力してしまう。

「女性、男性の違いとかあると思うけど、ゼン君は自分で何でも抱え込み過ぎ!どうして、まだ子供で何の力もない事が当り前なのに、それで自分を責めるの?それって、自分でなんでもしようとし過ぎて、それで出来ると思う思い上がりだと思うな」

「うん、多分もう、そういう話はザラさんとしてると思うけど、今はもう、ただ普通に、一緒の時間を過ごせれば、それでいいんじゃないかしら?

 余り罪悪感で罪滅ぼしとか、それって一方的に借りがあるって思っちゃってるでしょ?それだと、普通に対等な関係になれなくて、ザラさんは困ると、私は思うけど?」

「サリー、頭いい上いい事言うなあ。うん、ゼン君。パーティーとかでもそうだよ。誰かが誰かを助けた。それは借りとかじゃなく、当り前でしょ?それで上下関係なんて出来ないし、罪悪感とか罪滅ぼしなんてあり得ないの。

 普通の、普段の話と、冒険者のパーティー内の話を一緒にするな、とか思うかもしれないけど、基本的に人間関係なんだし、違う事は、そんなにないよ?」

 ゼンは増々ソファに沈み込んで行く。

「多分、二人のが正しくて、ザラはそういうのを望んでたのかなぁ……。俺、今一、ザラの言う事が飲み込めなくて分からなくて、困ってたんだけど、そうなのかな……」

 やっぱり俺はまだまだ子供なんだなぁ、とゼンは深いため息をつく。

 二人はそれを見ても、ただ暖かく年上の余裕で微笑む。

「だって本当にまだ子供なんだから、仕方ないでしょ。そういうのもこれから成長していって、それで“大人”にいつかなるわよ。私達だってまだ子供だと、自分でも思ってるのに、そんなに簡単に大人になんかなれやしないんだから」

 サリサもまた、なんでゼンに不満があったのか分かった様な気がした。こんなつらい事を一人で抱え込んで、無理して色々こなしている少年の、強がりや見栄の様なものが、彼女には不満だったのだ。もっと本音や本心、弱音をこんな風にさらして頼って欲しかったのだと、なんとなくそう思える自分がいた。
 
「じゃあその。行こうか、ザラの所に」

 ゼンはもうすでに二人に圧倒されて、少し疲れ気味だったがともかく立ち上がった。

「そうだね~~」

「ええ。行きましょう」

 アリシアとサリサは元気よく立ち上がるのと好対照であった。


 ※


 ゼンが、2階の治療室に顔を覗かせる。この時間は、普通にここを本来の、怪我の治療等で来る者はそうそういないが、それでもいる時があるかもしれないので。

「おはよう、ゼン」

「ゼンさん、おはようございます」

 マルセナとザラの二人が声をかけて来たので、大丈夫と判断してゼンは部屋に入る。今日は一人ではない。

「おはようございます、ザラ、マルセナさん。今日はえ~と……」

 ゼンが言いよどんでいる間に、二人は足取り軽く、中に入って来た。

「おはようございます!私達、ゼン君と同じパーティー『西風旅団』に所属してます。アリシアといいます。神術士です~~「

「おはようございます。私も、同じくチームメイトの、サリサリサです。魔術師です」

「二人がぜひ、その会いたいと言うので紹介しに、来ました……」

 女四人に男一人で肩身の狭いゼン。

「あら、嬉しい。ゼンは、まるで冒険のパーティーの事とか話してくれなくて。私は、とても会いたかったのよ」

「え?話した事なかったっけ?……確かに、何も話してないみたいだ。おかしいな……」

 どうにも、普段そういう方面で楽しいおしゃべり、と言う感じになった事がなかったのだ。

「今日は、私達女性陣だけですが、今度は男性陣も一回連れて来ますから」

 サリサは如才なく微笑んで言う。

「ザラさんは、マルセナさんの弟子という形で、ギルドに所属された様ですが、治癒術の系統はどういった感じの?」

「私は、水系統の操作が出来るの。師匠と同じね」

「師匠は禁止と言ったでしょ、ザラ。あたしは友達付き合いの方が大事なんだから」

「……困ったお師匠様ね。だから、神術程劇的に治ったりはしないのだけど。毒を取り除いたり浄化したり、後、は自然治癒の強化かしら」

「成程。じゃあ、ゼンを治癒したのもそれで?」

「あら、そんな話をしてるの?もうずっと昔の話だけど、そう。ゼンの治癒にはある意味調度いい治癒術だったの。だから、何とか助けられたし……」

 それがとても誇らしい、とザラの表情が訴えていた。

 サリサとザラが話している間に、マルセナはコソっとアリシアをそこから少し離して耳打ちする。

「二人は、ゼンさんとはどういう……関係なのかしら?」

「あ~、私は、同じパーティーに恋人がいますから、関係ないですよ~。ゼン君は弟みたいに思って可愛がってますが。マルセナさんは~?」

「私は、普通に『流水』の弟子という英雄に、憧れの感情はありますが、せっかく出来た弟子で親友な子の競争相手(ライバル)になったりするつもりはないわ」

「それじゃあ……」

「当面、あの二人だけ、でいいのかしら?ゼンさん、その方面にうといみたいで、今の所決まったお相手はいないみたいだし……」

「私の親友も、ちゃんと自覚してないみたいなんですよ~」

「あら、まあ……」

 一方のサリサとザラはというと。

「ゼンはまだ色々“子供”なので、命の恩人への、“恩”や“思い入れ”で、間違った感情を押し付けそうですが、そこら辺は“子供の思い込み”として、あしらってあげて下さいね」

「……そうね、あの子は“思い込み”が激しいから。でも、そこから発展する“想い”もあったりすると、思うのだけれど……」

「そうかもしれませんね。そういう、“立場”や何かに付け込んで、は、私はどうかと思いますけど……」

「そうね。四六時中いる同じ冒険者のパーティー“仲間”という“立場”に付け込んだりするのは、私もどうかと思うわ……」

 ゼンはその二人を離れて見ていて、話の内容を盗み聞いたりはしていなかったので、表面上は終始なごやかな二人の様子を見て、アリシアとサリサを連れて来たのは正解だった。

 特にサリサとは気が合っている様だ、とぼんやり呑気に考えていた……。


*******
オマケ

ある従魔達の秘密会話

ミ「主様、鈍感。でも、そこがいいですのー」
リ「ああ、自由に呪殺出来ない我が身が恨めしい……」
ル「ご主人のお嫁さんは、るーだぉ?」
ミ「はいはい、ルフはもうお眠でしょ?寝なさいですの」
リ「お嫁さん、いい響き!でも子供にはまだ早いでしょう」
ル「る~、子供じゃないぉ。雛だぉ」
ミ「それ鳥の子供を意味しますの……」
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